彼女と出会ったあの日から

秋色

第十二話

 次の日の朝、いや正確には次の日の昼に俺は目覚めた。いつものように空っぽの冷蔵庫へ向かい、中身のない事を検めてから水道水を流し込む。口元を拭い洗面所へと向かう。向かうといっても、対して広くもない部屋だから、すぐに辿り着く。
 そうして、髭を剃り歯を磨く。朝飯を食う習慣はほとんどない俺にとっては、朝は本当に暇で仕方ない。その足で、ソファという名のベッドへと戻り腰かけていると、玄関先から物音が聞こえてくる。まるで、彼女とそう川角さんと出会ったあの日の様に。俺は、昨日の例を改めて言おうと、玄関へ急ぐ。一応の心配もあったから、のぞき穴で念入りに辺りを見渡し、そこに彼女の姿を認めてからは、すぐさま鍵を開けた。「あ、青山さんこんにちは」「ちわっす……何してるんですか?」彼女は、一瞬間を置いてから話し出した。「ちょっと、出かけてこようかなと」そういうと彼女は地面に置いてある段ボール箱を両手いっぱいに抱え階段を下りていこうとする。危ないな、そう思って声をかけようとした時にはもう遅かった。キャッ、短く艶っぽい声を彼女は出しながら、段ボール箱を盛大に階下まで落としてしまう。どうしたものだろうか、ここで男らしく。大丈夫ですか、だったり、俺も持ちますよ!と威勢のいいことを言えばよいのだろうか。男子諸君ならばこういったシチュエーションの場合には男子たるもの須らくこうするべきである、というようなことを身につけているべきなのだろうか。「あおや……青山さ、ん」うーん。なかなか悩ましい。格好つけすぎて逆に格好悪いという事もあるしな。何よりキザなナンパ男だとは思われたくない。「青山さんってば!」へ? 声のする方へ顔を向けると当たり前だが、彼女が段ボール箱を持ちなおそうとしている。
 ここは、スマートに行こう。「あれぇ、川角さん。何かお困りですか?」「ふざけてないで、早く手伝ってくださいよ」小さな体に小さな手、色白な肌に少し赤っぽいような茶色っぽいような髪。全部を乱しながら、段ボール箱に神経を注いでいる。その姿に見惚れてしまった。見る見るうちに彼女の頬は膨らみを増していき、こちらを何か言いたそうな顔をしながら、一回、二回と段階を追うように睨み付けてきた。そんな拗ねている姿もこれまた可愛いのだがもう少し見ていたい気持ちと早く助けてあげたい気持ちとを戦わせてみていたら、彼女はとうとう段ボール箱を地面に置いてしまった。後悔。残念。申し訳ない。

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