彼女と出会ったあの日から

秋色

番外編



  私は、何故、ここにいるのだろうか。母と父が交尾よろしく励んだから、というのは生物的でしっくりくる。


  しかし、それではあまりにも野生的で無秩序な感じがしてそこはかとなく嫌な気持ちになる。


  そうなってくると考えるのは、それとは、別の何かではないだろうか。


  そう、例えば愛情と愛情のぶつかり合いの末……とか、コウノトリさんが運んでくれただとか、


  両親が仲睦まじくデートをしていると、畑が目に入りいかにも畑です、そんな風には何故だか思えず近寄ってみたら
  土砂降りの中で、雨避けも考えず段ボール箱に窮屈そうに縮こまりながら「良い人」に育てられたいと見つめてくる
  子猫のような、そんな愛くるしさが私にもあったから私はこの世に生を受けたのだろうか。


  そうすると私は「収穫物」であり少なからず人を喜ばせているだろうか。


  大型連休で混雑するトンネルの真っ青の勢いで次々と止め処なく押し寄せてくる思考、いや、思想や倫理観。
  はては道徳観念ともいうべきそれらを処理しながら私は今、時間を無為に過ごしている。


  私にとってこういった事を考えるのはたまにであれば、何てことはない頭の体操に近い。


  しかし、一応の体裁は整えておかねばならないし、何よりも私があんな片田舎から飛行機や電車を乗り継いで、


  粗雑で怠惰で、年中無休と言ってもちゃっかりと正月は休む商店の胡散臭さによく似たこの街が、私は嫌いだ。


  こんなにも嫌いな街に居所を構えているのには理由があるけれど、それを話すには時間が惜しいし、何より女性の秘密をか  ぎまわる男は昨今では忌み嫌われる。
  「さて、今日はどう過ごそう、このまま家に一人でいるのも気が滅入るし」グッ――っと肩をもみほぐしながら考えてみた  ものの体の良い遊びが思いつかない。


  趣味の定番である読書やスポーツを余暇を見つけてはせっせっと励むいう柄でもない事は私自身分かっているのだけれど。


  そもそも、女性ならば須らく家事は勿論、くだらない飲み会で料理を率先して皆に取り分けるべきという風潮にはほとほと  感心している。


  くだらない飲み会でくだらないクズにすらなり得ない話を聞かされながらこの仕打ちである。まだ、ナンパ男の軽口を聞い  ている方が有意義ではないだろうか。こういったように物事を思考してしまう
  私は、捻くれているのだろう。


  そんな捻くれている私の前世は、きっと超がつくほどのエリートでいい大学を出て、家庭を最優先しても文句の一つどころ  か当たり前過ぎて誰も気に留めない会社に勤めて定年後は盆栽いじりに精を出した、快活な男だったであろう事は想像に難  くないだろう。見ての通りの私だが一つだけ素直に言えることもあるのだ。


  私はスタイルも悪くないし、言ってよければ顔も頭もそこそこ良い。
  こういったものに恵まれたのは両親の影響だろう。どちらかと言えば母親似で頭は父親譲り。
  これに関しては両親には感謝の念しかない。
  母はちょくちょく電話をよこしてきては、彼氏だの結婚だのとやかましい。


  父に関しては遅くにできた子だからなのかあまり干渉しては来ないし、母に叱られたときや口論となった際には率先して、  庇ってくれたり仲裁役を買って出てくれることが多い。


  そんな理想の親子を演じるのが上手い両親が私は嫌いだ。


  両親の事を毛嫌いする私を良識ぶった薄汚れた大人たちは
  まるで私という螻蛄が世の中を優雅に泳いでいるかのように視線を向けてくる。


  私の感覚が一般のそれとは違うのだと、幼い自分を責め、家を飛び出たこともあったがむしろ正解だったのだろう。


  彼に出会えたあの日があるからこそ今があるのだから。


  私は欠かさずにつけている日記を閉じ、開きの悪いベランダと部屋とを区切る横向きのガラス窓をおもむろに開けながら、  少々の黄昏へと興じることにした。
  自分は、鼻歌交じりに外の景色を眺め楽しい時間や雰囲気過ごしている、そう自覚するまでの
  ほんの一瞬にして、その時間は粉々になった。「カァーカァーカカァー」カラスの集団がまるで上等な獲物を見つけたかの  ようにやかましく鳴いている。
  カラスに対して怒るわけにもいかずただ、カラスが鳴き止むまでの間をどう過ごせばいいのか、
  それだけを考えていた。
 ふと、鼻に何か焦げ臭いものがこびりつくような感覚がする。
 男が行えば間違いなく挙動不審と称されてしまう程辺りをキョロキョロと見回しながら特定を急ぐ。


 しかし、そもそもそんなに急ぐ必要はなかった。
 発生源を特定するのにそう時間はかからない、何せ彼の部屋からなのだから。


 また何か変なことしてるのかな?この前なんか夜中に大声で、私の名前を叫びだすから火事だと思って飛び起きちゃったし」


 呆れたようなそれでいてグイグイと引き寄せられるようにも感じた。


 「さすがに叫びはしないけれど、私もカラスと一緒、なのかな」

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