彼女と出会ったあの日から

秋色

第三話

三月三日午後13時 晴れ


 昨日は、あれから彼女と長話に華を咲かせた。正確に言えば、華が咲きすぎたのでお互いに一端家へ帰りもろもろのいわゆる所用というやつを片付けることになった。
 まぁ、暇人の俺にはそんな大それた所要とやらはないのだが。
 ちなみに冷蔵庫はきちんとゴミ捨て場に捨てておいたからあらぬ不法投棄のうわさは立てないでくれ。
 さて、色々と書き留めておきたいところではあるが、くどいのは嫌われるだろうから控えめにしておくよ。
 いや、控えめと言ってもまるで塩気の感じられない梅干しやディスカウントストアに置いてありがちな一〇八円の半日分の栄養素が取れると誇大広告を銘打っている健康食品もどきのスカスカで気持ち程度の蜂蜜味よりは味がする程度にはしておくよ。
 まぁ何事も程ほどという事で。それにくどいのは甘味料たっぷりの噛まれることしか能のないガムだけで十分だろう。
 ところで昨夜一番盛り上がったと言えばお互いの出身地を言い合った時だ。
 俺が、広島の生まれで大学に進学するのを機に上京してきた自称二十五歳と三か月の自称夢を追いかけるフリーターだと名乗ると、彼女はどこか遠くを見ながらとして答えた。
「私は岡山の生まれです。広島なんだ意外」彼女が何やらこちらを訝しみながら見ている。
 彼女は俺がどこからか彼女の出身地を入手していて、それをあたかもバカな軟派男がカラオケでこれまたバカな女を口説く際に用いる常套句であろう
「出身が近いっていうかもはや地方レベルだと同じじゃね?これって運命でしょ、絶対そうだよ。俺たちはぁ前世からの仲だと思うね」キーポイントとしては「俺たちはぁ」と語尾を伸び上げるの部分だが解説は別の機会に譲るとして、問題なのは俺がこんな軟派男と同列で認識されているかもしれないという事だ。
 二十五歳無職でチェリーである俺には当然恋愛経験はない。
 いや、幼稚園の頃幼馴染の智ちゃんとのことをカウントすることが許されるならば、恋愛経験はあることになるだろうが、それはこのご時世倫理的にアウトな賛同と白黒で彩られた高級車でのお迎えを同時に呼んでしまいそうだから自制しておくことにする。
 まぁ、とにかく見ての通りお察しなチェリーマンなわけだ。
 そんな俺がそわそわしているのはたから見れば明らかに白黒で彩られた高級車へご乗車一歩手前といったように見えているだろう、彼女の手前これ以上うろたえている様子を見せるわけにもいかずに深夜眠い目をこすりつつ長ったらしい何の示唆にも富んでいない宣伝を横目で見ながら鑑賞してきた深夜アニメで得た知識を総動員した。
 した、確かにした。したけれど、何も浮かび上がりはしなかった。
 よくよく考えれば、あの手のアニメは大抵主人公がなぜか美少女にモテているし、何よりも、いや女性を目の前にして言う事でもないか。結論から言えば俺の脳は声優さんと一度でいいから色々な意味での色々なお話をしたいという結論を導いていた。
「あの、さっきから何うなってるんですか?顔色も……あれ、何だかすっごく赤いですけど大丈夫な感じですか? 」
「あ、そのお向かいさんと隣県だなと思いまして、ってか地方レベルじゃ同じですよね」      言い終わった直後にしまった、と思ったが時はすでに遅く彼女は俺をそのきれいな茶色をしたというかどう表現すれば良いのかすら、わからないが、きれいなその目で俺を下から覗き込むようにして、まるで三歳児をなだめ落ち着かせた後にゆっくりとした口調で染み込ませ諭すように言った。
「違ったらごめんなさいですけどもしかして、青山さんって遊びなれてたりします?何かそんな感じするな」
 先程も説明したとおりだが青山憲法こと俺はチェリーマンである。
 ケンポウ?大それた名前だな、そう思う人もいるだろうが、残念ながら違う。
 憲法と書いてタカノリと読むんだ。何故こんな変な名前に両親はしたのかって?誤解しないでほしいのは右だの左だの言ってつけられたわけじゃない。
ただ、俺の親父がどうやれば間違えられるのかわからない間違いをしたまま、子供を授かってしまったというだけの話だ。
 こんな大層な名前を冠しているからには気を付けなければならないこともある。
 前に左側の人に会ってしまった時の事だ。
自衛隊がどうのや政治がどうのというもういっそそんなに喋るのが好きならばニュース番組の一つでも持てばいいのに、と本気で思うほどの長話に付き合わされる可能性があるという事だ。
 なに気にしないでくれ。俺はガキの頃からよく社会科の授業でこの手のイジリには免疫があるからな。
 さて、そんな俺が異性と交遊を毎日エンジョイしているわけがない。いや、言い切ってしまうのは早計だろうか。
 というのもこの広い世界にはきっと俺の様にチェリーマンでありながら女には不自由していないやつもきっと居るだろう。
 いや、居てもらわないと困るが。こんなことを彼女に言ってしまった日には二度と口を聞いて貰えないという事くらいは俺にすら分かっていた。




だから俺は彼女の誤解を解くために精一杯の身振り手振りを交えながら誤解しないで欲しい旨を説明した。
 彼女は最初戸惑っている様子だったが、俺の説明に納得してくれたのか最後には苦笑いに近いが彼女なりに最大限気を配ってくれたであろう、その笑顔を貰った。
 その後は「もう遅いから」そう言って彼女が自室に戻ろうとするので、俺も慌てて俺たちがいた階段と階段とを繋ぐ、踊り場から俺たちの部屋がある階へと慌てるようにして一緒に階段を上った。
 ほどなくして俺たちの部屋のある階についたので、いつ以来だろうか、母親以外の女性とお休みの挨拶を交わしたのは。
 彼女は部屋に入る直前まで俺に手を振りながら部屋へと入っていく。
 彼女の下着に近い細い紐に薄い生地が彼女の肩甲骨のあたりをそっと包み込むのを見守った。
 妙な満足感とそれに付随する幸福感に包まれるのを実感した。
  色々と捗るなと思いながら部屋へ入る為に露天商から買った、というよりは無理やり押し付けられ当初は五千円だったこいつもあまり物欲がなく、買う気のないオーラの出ている俺には手が出ないだろうと露天商は踏んだのだろう。
 何と、テレビのコマーシャル枠の無駄遣いの極みであり、普段は旦那の靴下やワイシャツは千円程度で済ます主婦に財布の紐を解かせる程の値引き率を誇る通販番組をも凌ぐ値引きに次ぐ値引きであっという間に五百円まで下がった。
 この値段で売ってくれるというのだからこれは買いだと思いすぐさま財布の紐を緩めてしまった俺をもし街で見かけたらストレス解消ついでに一発蹴りでも入れておいてくれ。多分大事にはならないから。
  そんな激安価格で買ったネケと書かれたボロボロの穴あき靴を脱ぐのに手間取っているとチャイムが控えめにピッポーン、ピッピッポーンと鳴った。

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