彼女と出会ったあの日から
第二話
三月二日午前九時
「うーん」パッと目が覚めるなどいつ以来だろうか。
  妙な心地よさをと多少の寝覚めの悪さを感じながら、背伸びをして台所へ向かう。 
 
顔を洗い朝食のトーストを器具へセットしつつのどの渇きを軽く潤したくなったのでいつもの調子 で冷蔵庫へ目を向けるとそこには覚えのない破損した冷蔵庫があった。
 
いや、正確には俺が壊した冷蔵庫のイメージとはかけ離れているのだ。
目の前にあるのは俺が壊した冷蔵庫の扉と、何故だか換気扇の刃の部分が冷蔵庫の傍に横たわって いる。
「換気扇までやった覚えはないけどな……」しぶしぶ刃の部分を片付け、ゴミの収集日を確認すべくベッドへ向かう。
壁紙にはアイドルのポスターに挟まれているが収集日が書いてあるからだ。
「おっ、ちょうど今日収集日かついでに冷蔵庫も運ぶかね」自分で壊しておいてなんだが割と後悔している。
 
というのも昔から頭に血が上りやすくてなかなか手が付けられないと周囲からも言われていたにも関わらず昨日のあれだ。
「用心せねば」俺が冷蔵を両手いっぱいに抱えて玄関ドアを足で開けているとお向かいさんの部屋から声が漏れ聞こえてきた。
「だから……あん…分かってくれないならもう知らない」
 
お向かいさんは語尾に係るにつれ口調が強くなっていたが半分ほどは何も聞き取れなかった。
 
ドアとドアの間に挟まれた気分の俺はそのまましばらくの間立ち尽くしてしまっていた。
 
しばらくすると両腕の感覚がない。
 
そうか、冷蔵庫。
そう思い出すかのようにその両手に抱えた冷蔵庫を踊り場で降ろす。
「何を俺は考え込んでいたのだろう」
  ポツリとつぶやいてみたものの考え込んでいた時間より考えてみた時間のほうが短いに決まっているのだが、俺は妙に納得してしまっていた。
 
すると、とつぜん肩のあたりに指先の感触がした。
  振り向くとそこには先程まで見ていた景色があった。どういうことだろうか、答えは簡単で彼女 は俺が振り向くと同時にあらかじめ用意していた人差し指で俺のほっぺを押し込んできたのだ。
  彼女は少年の様にケラケラと笑いながら話しかけてくる。
「奇遇ですね、どこかへおでかけ…… この冷蔵庫は一体なんですか」
彼女のその目は冷蔵庫と俺を行ったり来たりしながら不思議そうに問いかけてくる。
  俺としては、もし、許されるならば貴方の先程の喘ぎ声にも似た声を、
誰に向けていたのはたまた、会話の相手は良からぬ相手ではないのか。
  そういった探偵まがいの聞き込みや警察の行う職務質問にも似た、
しつこく取り立てて必要とは思えない事柄をお向かいさんの全身をなめずるように視線の向けながら行いたいが、あまり社会通念上よろしくないであろうことは、俺にもわかる。
「あの……」お向かいさんが不思議そうに俺の全身を先程良からぬことを考えていた俺に対する何らかの仕打ちかと思うほどになめずっていた。
 
慌てて俺は、小銭以下の価値しかないつまらぬ展開を日夜垂れ流している昼ドラや深夜に
定期的にやっている海外ドラマの再放送を馬鹿にしていたにもかかわらず、
そういったドラマであまりに使い倒されてきたであろうセリフを口走っていた。
 
それを受けて、お向かいさんはお向かいさんなりに気を使ってくれたのだろう。
  やさしい口調と三歳児に言い聞かせる口調が混じっている不思議なそれでいて
男心をくすぐる甘ったるい声で俺に同情をしてくれた。
「本当に大丈夫なんですかぁ?問題ないって言っても何だ か辛そうですよ 」
  このお向かいさんの美声もといハートフルボイスを独占している男が
過去や現在にこの世のどこかに居たと想像してしまい、少し胸が苦しくなる。
 
今にして思えば、お向かいさんに俺はこの時初恋という感情を抱いていたのだろう。
  彼女が引っ越してきた時でも、初めてあった時でもなく。
  でなければ彼女を失った現在と過去を結ぶ手記を誰に売るでもなく、
また誰に請われるわけでもなくただの自己満足なマスターベーションと言われてもおかしく
のない作業をロクに働かずに行えるはずはない。
 
この手記を読んでくれる人はあまり多くはないだろうが、
彼女の、いや彼女と俺の少し変わってるけど他人様から見てしまえば何てことはない、
良くてただのバカップル。
  悪ければ「美女と野獣」も真っ青のアンバランスなコンビ。
 
こんな俺たちのたった三か月のそれでいて今この手記を書いている俺にとっては
生涯忘れることのできない三か月を良かったら見ていってくれ。
 
もしかすると、この手記を読んでくれたアンタたちの中には今付き合っている彼女や彼氏、
いや旦那や嫁といったよっぽどのことがなきゃ離れ離れにならないと思える
パートナーを見つけている奴もいるだろう。
 
でも、みんな気づいてんだろ?そんなことは無いって。
  このままいけば子供ができた、できない、はたまた子供が大きくなった、独り立ちした。
そんな理由で離れなきゃならないこともあるって。
  差し出がましくて、どこか恩着せがましい言い方になるのは少し勘弁してほしいが、
世の中には、そんな合理的で法に則った円満やそうじゃないを問わずに、一定の法則に乗れば事が 済む。
  こういったことばかりじゃない。若造が言っても「説得力」がないって?確かにそうだ。
でもな、俺は、多分アンタよりも俗にいう酸いも甘いも雑木林を駆け抜けるように
半強制的にこの何年間かで味わってきたつもりだ。
 
そんな俺からアンタにプレゼントがあるんだ。え、大方この手記のことだろって?正解だよ。
おめでとう。
  いや、悪かった。ここでは、素直になることにするよ。
この手記を読んでくれてありがとう。拙い言葉で読みにくいだろうが0
不細工な男が傍目を気にせずに書き上げたんだ。最後まで読んでくれ。
「うーん」パッと目が覚めるなどいつ以来だろうか。
  妙な心地よさをと多少の寝覚めの悪さを感じながら、背伸びをして台所へ向かう。 
 
顔を洗い朝食のトーストを器具へセットしつつのどの渇きを軽く潤したくなったのでいつもの調子 で冷蔵庫へ目を向けるとそこには覚えのない破損した冷蔵庫があった。
 
いや、正確には俺が壊した冷蔵庫のイメージとはかけ離れているのだ。
目の前にあるのは俺が壊した冷蔵庫の扉と、何故だか換気扇の刃の部分が冷蔵庫の傍に横たわって いる。
「換気扇までやった覚えはないけどな……」しぶしぶ刃の部分を片付け、ゴミの収集日を確認すべくベッドへ向かう。
壁紙にはアイドルのポスターに挟まれているが収集日が書いてあるからだ。
「おっ、ちょうど今日収集日かついでに冷蔵庫も運ぶかね」自分で壊しておいてなんだが割と後悔している。
 
というのも昔から頭に血が上りやすくてなかなか手が付けられないと周囲からも言われていたにも関わらず昨日のあれだ。
「用心せねば」俺が冷蔵を両手いっぱいに抱えて玄関ドアを足で開けているとお向かいさんの部屋から声が漏れ聞こえてきた。
「だから……あん…分かってくれないならもう知らない」
 
お向かいさんは語尾に係るにつれ口調が強くなっていたが半分ほどは何も聞き取れなかった。
 
ドアとドアの間に挟まれた気分の俺はそのまましばらくの間立ち尽くしてしまっていた。
 
しばらくすると両腕の感覚がない。
 
そうか、冷蔵庫。
そう思い出すかのようにその両手に抱えた冷蔵庫を踊り場で降ろす。
「何を俺は考え込んでいたのだろう」
  ポツリとつぶやいてみたものの考え込んでいた時間より考えてみた時間のほうが短いに決まっているのだが、俺は妙に納得してしまっていた。
 
すると、とつぜん肩のあたりに指先の感触がした。
  振り向くとそこには先程まで見ていた景色があった。どういうことだろうか、答えは簡単で彼女 は俺が振り向くと同時にあらかじめ用意していた人差し指で俺のほっぺを押し込んできたのだ。
  彼女は少年の様にケラケラと笑いながら話しかけてくる。
「奇遇ですね、どこかへおでかけ…… この冷蔵庫は一体なんですか」
彼女のその目は冷蔵庫と俺を行ったり来たりしながら不思議そうに問いかけてくる。
  俺としては、もし、許されるならば貴方の先程の喘ぎ声にも似た声を、
誰に向けていたのはたまた、会話の相手は良からぬ相手ではないのか。
  そういった探偵まがいの聞き込みや警察の行う職務質問にも似た、
しつこく取り立てて必要とは思えない事柄をお向かいさんの全身をなめずるように視線の向けながら行いたいが、あまり社会通念上よろしくないであろうことは、俺にもわかる。
「あの……」お向かいさんが不思議そうに俺の全身を先程良からぬことを考えていた俺に対する何らかの仕打ちかと思うほどになめずっていた。
 
慌てて俺は、小銭以下の価値しかないつまらぬ展開を日夜垂れ流している昼ドラや深夜に
定期的にやっている海外ドラマの再放送を馬鹿にしていたにもかかわらず、
そういったドラマであまりに使い倒されてきたであろうセリフを口走っていた。
 
それを受けて、お向かいさんはお向かいさんなりに気を使ってくれたのだろう。
  やさしい口調と三歳児に言い聞かせる口調が混じっている不思議なそれでいて
男心をくすぐる甘ったるい声で俺に同情をしてくれた。
「本当に大丈夫なんですかぁ?問題ないって言っても何だ か辛そうですよ 」
  このお向かいさんの美声もといハートフルボイスを独占している男が
過去や現在にこの世のどこかに居たと想像してしまい、少し胸が苦しくなる。
 
今にして思えば、お向かいさんに俺はこの時初恋という感情を抱いていたのだろう。
  彼女が引っ越してきた時でも、初めてあった時でもなく。
  でなければ彼女を失った現在と過去を結ぶ手記を誰に売るでもなく、
また誰に請われるわけでもなくただの自己満足なマスターベーションと言われてもおかしく
のない作業をロクに働かずに行えるはずはない。
 
この手記を読んでくれる人はあまり多くはないだろうが、
彼女の、いや彼女と俺の少し変わってるけど他人様から見てしまえば何てことはない、
良くてただのバカップル。
  悪ければ「美女と野獣」も真っ青のアンバランスなコンビ。
 
こんな俺たちのたった三か月のそれでいて今この手記を書いている俺にとっては
生涯忘れることのできない三か月を良かったら見ていってくれ。
 
もしかすると、この手記を読んでくれたアンタたちの中には今付き合っている彼女や彼氏、
いや旦那や嫁といったよっぽどのことがなきゃ離れ離れにならないと思える
パートナーを見つけている奴もいるだろう。
 
でも、みんな気づいてんだろ?そんなことは無いって。
  このままいけば子供ができた、できない、はたまた子供が大きくなった、独り立ちした。
そんな理由で離れなきゃならないこともあるって。
  差し出がましくて、どこか恩着せがましい言い方になるのは少し勘弁してほしいが、
世の中には、そんな合理的で法に則った円満やそうじゃないを問わずに、一定の法則に乗れば事が 済む。
  こういったことばかりじゃない。若造が言っても「説得力」がないって?確かにそうだ。
でもな、俺は、多分アンタよりも俗にいう酸いも甘いも雑木林を駆け抜けるように
半強制的にこの何年間かで味わってきたつもりだ。
 
そんな俺からアンタにプレゼントがあるんだ。え、大方この手記のことだろって?正解だよ。
おめでとう。
  いや、悪かった。ここでは、素直になることにするよ。
この手記を読んでくれてありがとう。拙い言葉で読みにくいだろうが0
不細工な男が傍目を気にせずに書き上げたんだ。最後まで読んでくれ。
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