巡り物語

観楽

窓から見つめる女



 これは僕が実際に経験した話だ。知っての通り、僕は大学生の頃、映画サークルに所属していてな、いろんな映画を撮影してきたよ。その中に『人形館』っていう作品を撮ったことを、君は覚えているか。ああ、ありがとう。そう、あれは僕が映画サークルに所属して、初めて監督として撮影した映画でな、僕が言うのもなんだが僕が撮った映画の中でも最高傑作だと思っているよ。あの映画のおかげで僕は監督として尊敬されるようになったんだ。今も映画サークルの部室の棚に録画した映画が残っているはずだから、まあ、気が向いたら見てくれよ。まあ、とにかくだ。あれは僕が二年前、三回生の頃に撮影した作品なんだ。三回生の、しかも先輩たちがサークルを抜けたばかりでさ、僕たちがようやく主導で映画を撮影できる頃だ。僕は先輩たちのを手伝ってきたのを見てきたから撮りたい作品がかなり多くてな、創作意欲に燃えていたんだ。だけど、当時の僕は熱意だけ強くて、人を動かすのは苦手だったんだよ。自分の作りたい作品はいっぱいあるのに、どうしても思ったように撮れなくて、僕はかなり堪えていたんだ。熱意だけが空回りしている感じでさ、いっしょに撮影するサークルの仲間たちとも揉めまくってな。

 ところで、僕が作った『人形館』ってのは僕の作品の中でも唯一のホラー作品なんだ。主人公の男が人形がたくさんある廃墟の館に迷い込んでいろんな怪奇現象に巻き込まれるって話。でも、誰にも言っていないことなんだけど、実はこれ、実際にあった出来事を下敷きにしているんだ。

 あれは夏の日。茹だるような暑い日だったよ。僕はなかなか上手くいかない映画製作のことを考えながら歩いていたんだ。コンビニでアイスでも買おうと思ってな。でも、そんなことを考えていたからかな、気がついたら普段とは違う道を通っていたんだ。何軒も家が建ってるのに異様に静かな住宅街でさ、人の気配がしないんだ。どの家もカーテンが閉まったままで、人の姿がちっとも見えなかった。僕は見知らぬところに来ちゃったもんだから、ここはどこだろうなあ、なんて考えていた。まあ、なにもジャングルに迷い込んだわけでもないからな。すぐに戻れると思っていたけどな。だけど、すぐに帰りたい気分でもなかった。だからマップ見ようとは思わなくって、そのまま歩き続けていたんだよ。

 そうしたらさ、道端に何かが見えたんだ。何だろうと思って近づいてみて、思わずびっくりしたよ。人形だ。道端のゴミ捨て場にさ、ぼろぼろになった人形がたくさん捨てられていたんだ。中には夏の熱気でプラスチックが溶けたのか、顔が歪んでいるやつとか、目玉が片方なくなっているやつとか。そんな人形が山のように積まれていたんだよ。その無機質なガラスの視線がまるでいっせいに僕を見ているように感じて、僕は思わずぞっとした。でも、まだ明るい時間だったからその感覚はすぐに消えて、むしろ好奇心があったんだ。こんなに人形を捨てているのはどんなやつだろうって。家を見上げてみたら、何の変哲もない、白いおしゃれな一軒家だった。でも、僕はあることに気がついて、またぞっとしたんだ。二階にな、小さな窓があった。縦長の、細い窓でさ、ほとんどカーテンで閉まっていたけど、少しだけ隙間が開いていたんだ。

 その隙間を見上げた僕は、そこにいた女の人と目が合った。長い黒髪の、きれいな人だったよ。肌が不気味なほど白くてさ。でも、一番印象的なのは目だったかな。光がなくて、無機質で、それこそまるで人形みたいな瞳だった。それが僕をじっと見つめていたんだよ。僕は不気味に思って、その日は逃げるようにその場を去ったんだ。でも、家に帰るまでの間にも彼女の視線が僕の背中に向けられているような気がして、気が気じゃあなかったよ。

 いやいや、これで終わりってわけじゃあないんだよ。これで終わっていればよかったんだけどね。その日から僕は悪夢にうなされるようになった。夢の中で僕はあの家の中に忍び込んでいるんだ。家の中はその日ごとに違っていた。塵ひとつないほどきれいな時もあれば、そこらじゅうに穴が開いていて荒れ果てている時もあった。でも、いつだってそこはあの家だってことがわかるんだよ。不思議だけど、夢ってそんなものだよね。さて、僕は足音を忍ばせて家の中を歩いている。そこらじゅうにあの捨てられていたのと同じような人形が置かれていて、それが時々僕を見つめているような不思議な感覚に陥る。まるで走り回っているような足音も響いている。子どもの笑い声も。彼らが生きていて、この家の中で彼らは自由に遊びまわっているかのように思うんだ。僕はおそるおそる二階への階段を上っていく。そこにも当然人形が置かれている。人形を踏まないように気をつけながら二階に上るんだ。二階に上ると、壁一面に人形が置かれた部屋がある。くすくす笑う子どもの声が聞こえるんだけど、僕の目は窓際に座っている白いワンピースの女の人だけを見ているんだ。彼女がゆっくりと振り向くのを、僕は呆然と見ている。目が離せない。身体がまるで金縛りにあったみたいに動かないんだ。彼女の顔がゆっくりとこっちを向いて、笑い声も大きくなって、彼女の左目があの見たことのある視線を僕に向けた瞬間、いつも目が覚める。身体中汗でびっしょりになっていたよ。

 そんな夢を毎日見ていたもんだから、四日後くらいに、僕はまたあの場所に行ってみたんだよね。そうしたら、あの時の静けさが嘘みたいに人がいっぱいいてね、例の家の前に人がいっぱい集まっていたんだ。警察とかもいて、ものものしい感じだった。何があったか聞いてみたら、そこの家の人が自殺したらしいんだ。その家では女性が一人暮らしだったらしい。うん、そう、僕が見たのは彼女だった。自殺したのは一週間前らしい。僕が見たのは死体だったんだよ。

 それ以来、僕は悪夢を見なくなった。でも、あの妙に生々しい感覚の夢がどうしても忘れられなくてね、それでその体験をもとに映画を撮影しようと決めたんだ。君は知ってるよね、あの映画の内容。そう、人形館の主である女の子は等身大の人形だった。映画の評価は人形が人間みたいで怖かったって言われて、それが好評だったんだけど、当然だよね。だって、僕は彼女のことを人間を撮るように撮影したんだもの。

 どうして彼女は僕にあんな夢を見せたんだろうね。それはきっと、自分の死体に気づいてほしかったからじゃあないかなって思うんだ。夢の中で僕を見た彼女の目は、どこか寂しそうだったから。

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