異世界転移治療録 神とゴブリンと病院の卵

雲と空

8話 初体験

 朝、起きると憂鬱だった。


 そんなことは関係なく、時間は過ぎていく。


 2階の透析室に連れて行かれて、体重を測った。


 ベッドが20床ほど並んでいて、その脇に透析の機械が並んでいる。


 自分を歓迎してくれているようだ。


 そんなに歓迎してくれなくていいよ・・・嬉しくないから。


 透析の機械には1本のダイアライザーと生理食塩水で満たされた透析の回路が準備されている。


 血液回路の透明な色は、向こう側の景色を歪んで映している。


 現実も歪ませて、なかったことにしてくれないかな、なんて思った。


 他の患者さんはベッドにすでに寝ていて、自分も所定のベッドに案内される。






 透析室の看護師さんが順番に回って、透析を始めていっている。


 隣のベッドのおじいさんの所に看護師さんが来た。


 おじいさんは、腕を出して「お願いします」とか言っている。


 腕には太い血管。


 手術で、シャントという透析用の血管がすでに、造られていた。


 麻酔用のテープを剥がし、駆血帯で駆血して、消毒して・・・楊枝ほどもある太い針。


 「はい、針を刺しますよ」


 刺す。


 刺す。


 2本の針と血液回路の入口と出口がつながれる。


 見覚えのある行為が全く違う景色で展開されていく・・・。


 血液回路の赤い印のついた入口から、血液が登って回路を薄赤く・・・次第に赤黒く染め上げていく。


 ダイアライザーの1本1本の繊維をすっかり染め上げて、青い印のついた出口まで染まった。






 自分で業務としてやっていたことだけれど、いざ、患者側になると他人事じゃない。


 自分も近い将来、あんなのを刺すんだな・・・と思うと悲しくなってくる。


 


 看護師さんが自分の所に来た。


 「おはようございます。小林さん。これから透析を始めますね」


 「お、おねがいします」


 看護師は首に刺さってるアオネギ(透析用カテーテル)の周りに巻いてあるガーゼとテープを外した。


 キャップをとって、消毒して、シリンジで中に詰められた抗凝固剤と生理食塩水を吸出す。


 そして、血液回路の入口を接続する。もう片方の管も同じように接続された。


 生きるのに必要だとは言え、1日の半分が透析でなくなるのはもったいない気がした。


 透析中はやることもなく、寝てしまおうと思った。


 1時間毎の血圧測定も煩わしい。


 特に・・・初めだから、慣らしで3時間だよ、とかいう指示もなかった。


 普通に4時間透析という指示で、筋肉量も考慮してかダイアライザーはなかなか太かった。


 血液ポンプの回転数は良く見えないけれど、150ml/minとスタッフが言っていた。


 「テレビでも見ますか」


 透析室のスタッフが、そんなことを聞いてきたけれど、そんな気になれなかった。






 目をつぶってしまおうと思った時、回診の先生に声を掛けられた。


 「小林さん、どうですか」


 「あ、ああ。だ、大丈夫です」


 「腎臓なんですけれど・・・。腎臓がだめになった理由はまだ分からないんですが、利尿剤も反応していません。腎臓自体も普通では考えられないんですけど、どんどん小さくなっています。人工透析をずっと続けることを考えた方がいいと思います」


 「・・・」


 「突然言われて、ショックだと思いますが、シャントも早速造った方がいいと思います」


 「・・・」


 「腎臓血管外科の了承も得たので明日、造りましょう」


 (やっぱ、そうなるよね)


 人によっては腎臓の機能が悪くなってきた時に、透析を見越して造っておいて、透析になったらすぐシャントを使って透析できるようにしておく、ということもある。


 自分の場合は急だったけれど、シャントが使えるようになるのに最低2週間はかかるのだ。


 早く造らないといけないというのもわかる。


 なぜなら、首から入っている透析用のカテーテルはそんなに長く入れておけない。


 普通に3週間くらいだろうか。


 一時的なものだし、長く入れておけば、感染症のリスクも上がる。詰まったら、入れ直さなくてはいけない。


 医療従事者側としては、早く針を刺せるように持っていきたい。


 わかる。


 わかるんだけど、まだ、自分の中で処理しきれない。


 受け入れきれていない。


 シャント手術なんて受ければ、重たいものも持てないし。


 今後は、どんな仕事をするにしても差し支えになる。


 シャントをケガなんかしたら、出血多量になってしまうかもしれない。


 それに、なにより・・・女の子に腕枕をする時に、どっちの腕か考えないといけない。




 自分の中の心を、現実という悪魔が金属バットでガンガンと叩いているような感覚に、眩暈を起こしてしまう。


 自分にとっては大きなことだけれど、医療従事者にしてみればちょっとしたことなんだろうな。




 手術自体は、いたって簡単だと言われている。  


 動脈と静脈をつないで、動脈の血液が静脈に流れるようにするというもの。


 静脈に圧力の高い動脈血が流れると、静脈血管がだんだんと太くなっていく。


 血流量も増えて、透析をするための血液が簡単にとれる血管が比較的皮膚の浅い所にできる、とこういうものだ。


 他にも、シャントを造れるような血管がなければ人工血管を使ったり、心臓の機能が低すぎてシャントを造ると、負担が大きすぎるような人には動脈表在化なんてものもある。


 まあ、でも、全体の90%ほどは動脈と静脈をつなげて造るものだ。


 造るとしたら、普通にこっちだと思う。 




 受け入れなくちゃだけど、受け入れきれてない・・・矛盾していて、苦しい。






 「・・・えっと、先生。透析やらないと死にますよね」


 「え?はい、テレビでも話題になった通り、長くは生きられないと思います」


 「そうですよね、わかりました」


 「あとで、手術の同意書をお願いします」






 そう言うと、次の患者のもとへ先生は去って行った。




 当然、受け入れられているんでしょうね?という無言の風を残して・・・。




 透析は1.5㎏の水分を抜いただけだったので、血圧は下がらなかった。


 けれど、軽く足がつった。


 まあ、人生とは反対に、順調と言えば順調だったのか。透析は。


 

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