賢者(魔王)の転生無双は反則です!

雹白

【賢者】が【勇者】になって直後に【魔王】になった日

……時は人間と魔族が争う戦乱の世。

 日に日に廃れ行く世の中で、ある小さな村に人間の赤子が生まれた。

 彼はその魔法の才より後々【賢者】と人々から呼ばれるようになり【魔王】を倒すべく魔族との戦いに身を投じたのであった……。






「ようやくここまで来たぞ!魔王!」

 魔王の城の最奥。人々が足を踏み入れたことの無い最終決戦の場でたった一人の人間が声を張り上げた。

 彼がここにたどり着くのにたくさんの人々が苦しみ、涙を流してきたという。

 幾星霜もの間続いてきた魔族と人間との争いに今終止符が打たれようとしていた。

「ほう……。ここまで来る人間がいるとはな。汝がかの【賢者】か?」

「俺の名はミトラ・ラーヴァナ。魔王を打ち倒す人間ヒトの名だ!【賢者】ではなく人々の力で貴様は討ち滅ぼされると知れ!」

 ミトラは自らの内に秘めた覚悟をぶつけるかのように魔王に向かって叫んだ。

「《業火ヘルファイア》!」

 まだ少年とも呼べる年齢の彼は一目見るだけで業物と分かる杖を自らの宿敵へと向け魔法を放つ。

 罪を焼き付くし、魔を滅ぼす地獄の業火がその場に出現し轟々と燃え盛る。

 炎が燃え盛るその音はまるで、今までの争いで苦しみ嘆いてきた人々の怨嗟の声のようだった。

「無詠唱でそれほどの魔法を放つとはな。さすがは人間の英雄といったところか」

 しかし、そんな攻撃をあっさりと手を払っただけで【魔王】は消し去った。

「だが。魔法の王に対してそんな魔法が通じるとでも?」

「思ってる訳ないだろッ……!連続詠唱ラピッドファイア・《煉獄インフェルノ》!!!」

 間髪入れずに連続して魔法を放つ【賢者】。しかし、その顔には苦悶の表情が浮かんでいた。

 先の炎が優しく見えるほどの紅蓮のほむら。それは威力、熱量共に《業火ヘルファイア》とは比べ物にならない。

「これで……どうだ?」

 ミトラの至高の一撃。全ての魔力を使い果たした彼は、その場に片膝をついた。

 【賢者】の最高の一撃。数えきれないほどの魔族を焼いてきた断罪の焔。魔族に対してなら特に威力を増す【賢者】だけが扱える魔法であり……彼が強敵を葬った際には必ず使っていた魔法。名前こそ禍々しいものの……人間の行く先を照らす聖火である。

「ふむ。なかなかの腕前だ。我の配下が倒されたのも頷ける。
 しかも普通の連続詠唱ではなく魔法を重ねるごとに魔法の威力が増す特殊技法か。【賢者】の二つ名に見合った実力者のようだな。しかし……その程度か」

 【魔王】は【賢者】の最高の魔法を持ってしてもほんの少しの火傷を負った程度で変わらずそこに君臨していた。

 まさに【王】。圧倒的な力を持って他をねじ伏せる【魔王】と呼ぶに相応しい存在。

「ハハ!どうした、間抜けな顔をして。この我を倒すのではなかったのか?」

 【賢者】の顔は絶望に染まっていた。

……当然である。自分の武器が相手に通用する物ではないと、目の前にいるのは自分が勝てる存在ではないと理解してしまった・・・・・・のだから。

「……正直、《煉獄インフェルノ》で倒せると思っていた」

 すると、【賢者】……人間の少年はうつむいて呟いた。【魔王】に、ではなく自分自身に語りかけるかのように。

「けれど……それは通用しなかった。だから……」

 少年は、否、【賢者】は自らの心の内に潜む『絶望』を『勇気』によって振り払った。
 
 そして、うつむくのをやめ【魔王】に絶望の消え失せた表情を向け、強い意思の籠ったその双眸をもって対峙する。

「俺の『命の灯火』を使ってお前を討ち取ろう」

 手に持った杖を投げ捨て【賢者】が踏み出す。

 今まで強力な魔法を用いてリスクの少ない戦い方を、【賢者】としての戦い方をしていた彼が、初めて【賢者】という肩書きを捨てた瞬間。

 彼は心の底にある、自分が傷つくのは嫌だという『恐怖』を『勇気』で乗り越えた。

 【賢者】が、勇気の律動によって行動を起こした、真の【勇者】として歩き出した瞬間である。

 【勇者】は駆ける。宿敵である【魔王】へと。

 基礎体力が低い魔法使いとは思えない速度で駆けていく。

 みるみる内に距離を詰めていく。
 【魔王】が迎撃のために無数に放った強力な魔法弾をすべてかわして駆ける。

 そこに賢い者が持つ優雅さや、静けさはない。

 ただ……純粋な『人間臭さ』があるのだ。彼は紛れもなく【人間の代表】だった。【勇者】であった。

 そして、ついに【魔王】の目前へと接近する。


「ハァァァァッ!!!」


 【勇者】が拳を振り上げる。

 【勇者】が攻撃体制に入ってもなお、【魔王】の顔に焦りや不安の色は見受けられなかった。むしろ静かに笑っていた気すらする。

 【勇者】の拳に光が宿る。この光こそが『命の灯火』。

 彼が魔法を扱うために必要な『魔力』を産み出す魔法使いだけが持つ存在。

 内臓など肉体を作り上げる器官とは異なり、その在り方は『魂』と呼ばれるものに近い。また、『命の灯火』そのものは魔力の塊である。

 今、【勇者】は自らの『命の灯火』を拳で殴り付けるとともに【魔王】へと流し込もうとしている。

 基本的に生物は違う個体の『命の灯火』が体内に入った場合強い拒絶反応を起こし死に至る。

 もちろん使う側にもリスクはある。『命の灯火』は『魂』に近い器官である。

 そのためもし仮に体外に一瞬でも出してしまったのならば……『命の灯火』は多大な損傷を負うこととなる。

 そうなってしまったら運が良くても今後一切魔法を使用できなくなり、悪ければ廃人化や死亡は免れない。

 【勇者】は己の命と代償に【魔王】を倒そうとしているのだ。

 【勇者】が拳を振り上げた次の瞬間。彼の拳が【魔王】へと突き刺さる。

「あぁ……ぁぁああッ!!!」

 【勇者】が咆哮を轟かせる。拳に宿った光が【魔王】の身へと移っていく。

 【勇者】が叫ぶのに対し、【魔王】は静かに佇むだけであった。

 自分に死が音をたてて近づいてきているというのにこの落ち着きよう。いくら【魔王】といえども異常である。

 【勇者】は言葉を失った。比喩ではなくそのままの意味で。『命の灯火』を攻撃に使った反動により気を失ったのである。

 それに対し、【魔王】はただ黙って自らの死を待っていた。

 ただ、その姿は死ではなく『別のなにか』を待つようであった。

 今までとはうって変わって、場を静寂が支配する。

 もはや【勇者】の叫びは聞こえない。聞こえるのは、せいぜい【賢者】が放った炎の残り火のパチパチという音くらい。


「さて……ついに『継承者』が現れたか……」


 【魔王】がおもむろに口を開く。

「遥か未来……人間、魔族関係なく滅びの時を迎える未来を見てから長かった……」

 【魔王】は現在の争いの結果など最初から視野に入れていなかった。

 今よりずっと昔、強い力を持った【魔王】はふと未来視の魔法を使った。その時見えてしまったのが『滅びの時』だったのだ。

 『滅びの時』を見た時から魔王は自分を超える魔法の使い手を探すことにした。

 その方法が争いを起こすことであった。魔族は支配下のためもちろん、人間側もある程度の戦果を上げている者だけをチェックすれば効率良く探せるという寸法だった。

 そしてついに現れた。【賢者】という自分を超える魔法使いが。

 まだまだ実力は自分に及ばないが……彼は【賢者】に自分を超える素質を見出だした。

 だから、『賢者』に託すことにした。魔族の支配権と、自らの『命の灯火』を。

 『命の灯火』は基本的に他の者に譲渡はできない。しかし、【魔王】だけは例外だった。【魔王】は『継承』という形で『命の灯火』を他人に譲渡することができる。

 【魔王】がゆっくりと自分の手を【賢者】に当てる。『命の灯火』を損傷し廃人と化しているその姿はとても痛々しかった。

 【魔王】から光が【賢者】へと移っていく。

 自分の『命の灯火』を失った【魔王】はその場に倒れた。

 再び静寂が場を支配した。先ほどとの違いはもはや両者とも声を挙げられる状態では無いということ。




 こうして、長かった人間と魔族との争いは幕を閉じた。



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