夢奪われた劣等剣士は銀の姫の守護騎士となり悪徳貴族に叛逆する
二人の共闘
「エル……」
誰かが自分を呼ぶ声がする。
「エルディアス!! どうしたのかしら、ぼーっとして」
はっと意識を取り戻すと、銀の髪の少女が心配そうに顔を覗き込んでいた。
「え、ああ? なんだろう、なんだか夢を見ていたような……」
「もう、変なんだから。それよりも早く向かうわよ」
二人は仄暗い石階段をずっと下っていた。本来は立ち入りを禁止されている場所だが、少女に逆らうことは出来ず、黙々と付き従っていた。
「うん、でもやめたほうが良いんじゃないかな」
立入禁止となっているのには理由があるからだ。何か恐ろしい事が起こる前に引き返したかった。
「どうして? ちょっと覗くだけなんだから。それにお父様は構ってくださらないし、お母様も先程からお姿が見えないから退屈なの。こうして探検でもして気を紛らせないと」
少女が止まることはなかった。
どれほど地下へと進んだのだろうか。もはや降りた階段の数も数えていられないほどの地下深く、無骨な石扉が二人の前に現れた。
少女はその扉を開こうと手を掛けた。
「ッ、駄目だこの扉を開けたら!!」
しかし、咄嗟に少女を止めるように手が動いて、彼女の肩を引き止めた。これは触れてはいけない禁忌の扉、なぜだかそう直感した。
だが時は既に遅く、少女が触れる前に扉はひとりでに開いてしまった。
禁忌の扉の先から、黒い瘴気のようなものが漏れ出てきた。それをまともに吸い込んでしまい、肺が汚されていく心地がした。
「え……?」
そして、そこで繰り広げられる光景に少女は言葉を失った。
宙に浮く、漆黒のローブをまとった者達、彼らに取り囲まれた中央の祭壇に女性が横たえられていた。
そして、最後に焼き付いたのは、無数の槍に刺し貫かれた女性の姿と、いつまでも耳に残り続ける少女の慟哭の入り混じった悲鳴であった。
*
(今の記憶は……?)
湖には《竜》とローレンス、二人の声が重なり合うように響き合っていた。
その響きに脳が揺さぶられ、あるビジョンがエルドの脳裏に浮かんでいた。二人の少年と少女の出会いとふれあいの光景、そして――
(最後の光景は僕の記憶?)
様々な記憶が渦となってエルドを混乱させた。
「あの少女は……誰だったんだろう」
気になることだらけであった。しかし、今はそれどころではないと疑念を振り払った。
やがて、二人の歌声が鳴り止んだ。
「駄目だ。今の状況じゃ俺の声が届かない」
ローレンスは《竜》の正気を取り戻すために歌声を届けていた。しかし、《竜》の巨躯には効果がないのか、何の反応も見られなかった。
「あの《竜》の正体は分かった。だけど、このままだとあの《竜》を駆除するしか止める方法がない」
「エルド! レアのことを知ってて、そう言ってるのか?」
珍しくローレンスが声を荒げた。彼の怒りももっともだ。目の前にいる大切な存在を、害獣のように駆除するなど到底認められるはずもなかった。
「違うよ。あれを見て」
エルドが湖岸を指さした。《竜》の冒涜的な歌声に州兵達は皆、心身を喪失していたが、その中でも実力のある者達は徐々に持ち直し始めていた。
そして、その後方には防壁を展開して"声"を防いだ魔導砲兵たちがいた。
彼らは、ローレンスの思いに反して、再び大規模な陣を構築して《竜》を仕留めんと大魔法の準備をしていた。
「くっ、もう時間はないのか」
「彼らは彼女のことなんて知らない。確実にとどめを刺すつもりだ」
彼らからすればこの街の治安維持こそが最優先事項だ。加えて《竜》の事情を知らないとあれば、その行動は当然であり、エルド達に止められるものではなかった。
「一体どうすれば……」
「幸い、あの《竜》は防衛行動以外には攻撃を加えてこないみたいだ。近付くのは容易かもしれない」
「まさか?」
「ああ、彼女のすぐ側で、君が歌えば届くかもしれない。君たちの思い出の曲は、きっと変異しても彼女の奥底に刻み込まれてるはずだ」
「エルド、どうしてそれを……」
「ごめん、ローレンス。あの《竜》と君の歌声が響き合った時、見えたんだ。君が初めてこの街に来た時のあのレアって娘との記憶が」
「…………」
「どうして僕に見えたのかはわからないけど、君の想いがまるで僕の想いと重なり合うように伝わってくる、そんな不思議な感覚だったんだ。だから、君ならあの《竜》を何とかできるって、そんな確信が持てるんだ」
「エルド……」
「さあ、行こう。君は歌を届けるだけでいい。何があっても僕が君を守るから」
ローレンスがそっと口元を緩ませた。
「嬉しい事言ってくれるけど、カイムが嫉妬するんじゃないかなあ」
いつもの調子でローレンスは言った。おまけに身体もくねらせる始末だ。
「あまり馬鹿なこと言うんだったら、この剣で君を《竜》のとこまで打ち上げても良いんだけど。いや、そうだな。そうしよう。余計な手間もいらないし、効率がいいね」
段々とエルドの目が真剣なものへと変わっていった。
「あの、冗談なんでやめてください」
冗談はそこそこにエルドが剣を構えた。すると《竜》を守るように飛竜や水生魔獣たちが集まってきた。
「さすがに打ち上げたら飛竜の餌か。ほら行くよ」
二人は州兵の作り出した岩の道を駆け出した。
誰かが自分を呼ぶ声がする。
「エルディアス!! どうしたのかしら、ぼーっとして」
はっと意識を取り戻すと、銀の髪の少女が心配そうに顔を覗き込んでいた。
「え、ああ? なんだろう、なんだか夢を見ていたような……」
「もう、変なんだから。それよりも早く向かうわよ」
二人は仄暗い石階段をずっと下っていた。本来は立ち入りを禁止されている場所だが、少女に逆らうことは出来ず、黙々と付き従っていた。
「うん、でもやめたほうが良いんじゃないかな」
立入禁止となっているのには理由があるからだ。何か恐ろしい事が起こる前に引き返したかった。
「どうして? ちょっと覗くだけなんだから。それにお父様は構ってくださらないし、お母様も先程からお姿が見えないから退屈なの。こうして探検でもして気を紛らせないと」
少女が止まることはなかった。
どれほど地下へと進んだのだろうか。もはや降りた階段の数も数えていられないほどの地下深く、無骨な石扉が二人の前に現れた。
少女はその扉を開こうと手を掛けた。
「ッ、駄目だこの扉を開けたら!!」
しかし、咄嗟に少女を止めるように手が動いて、彼女の肩を引き止めた。これは触れてはいけない禁忌の扉、なぜだかそう直感した。
だが時は既に遅く、少女が触れる前に扉はひとりでに開いてしまった。
禁忌の扉の先から、黒い瘴気のようなものが漏れ出てきた。それをまともに吸い込んでしまい、肺が汚されていく心地がした。
「え……?」
そして、そこで繰り広げられる光景に少女は言葉を失った。
宙に浮く、漆黒のローブをまとった者達、彼らに取り囲まれた中央の祭壇に女性が横たえられていた。
そして、最後に焼き付いたのは、無数の槍に刺し貫かれた女性の姿と、いつまでも耳に残り続ける少女の慟哭の入り混じった悲鳴であった。
*
(今の記憶は……?)
湖には《竜》とローレンス、二人の声が重なり合うように響き合っていた。
その響きに脳が揺さぶられ、あるビジョンがエルドの脳裏に浮かんでいた。二人の少年と少女の出会いとふれあいの光景、そして――
(最後の光景は僕の記憶?)
様々な記憶が渦となってエルドを混乱させた。
「あの少女は……誰だったんだろう」
気になることだらけであった。しかし、今はそれどころではないと疑念を振り払った。
やがて、二人の歌声が鳴り止んだ。
「駄目だ。今の状況じゃ俺の声が届かない」
ローレンスは《竜》の正気を取り戻すために歌声を届けていた。しかし、《竜》の巨躯には効果がないのか、何の反応も見られなかった。
「あの《竜》の正体は分かった。だけど、このままだとあの《竜》を駆除するしか止める方法がない」
「エルド! レアのことを知ってて、そう言ってるのか?」
珍しくローレンスが声を荒げた。彼の怒りももっともだ。目の前にいる大切な存在を、害獣のように駆除するなど到底認められるはずもなかった。
「違うよ。あれを見て」
エルドが湖岸を指さした。《竜》の冒涜的な歌声に州兵達は皆、心身を喪失していたが、その中でも実力のある者達は徐々に持ち直し始めていた。
そして、その後方には防壁を展開して"声"を防いだ魔導砲兵たちがいた。
彼らは、ローレンスの思いに反して、再び大規模な陣を構築して《竜》を仕留めんと大魔法の準備をしていた。
「くっ、もう時間はないのか」
「彼らは彼女のことなんて知らない。確実にとどめを刺すつもりだ」
彼らからすればこの街の治安維持こそが最優先事項だ。加えて《竜》の事情を知らないとあれば、その行動は当然であり、エルド達に止められるものではなかった。
「一体どうすれば……」
「幸い、あの《竜》は防衛行動以外には攻撃を加えてこないみたいだ。近付くのは容易かもしれない」
「まさか?」
「ああ、彼女のすぐ側で、君が歌えば届くかもしれない。君たちの思い出の曲は、きっと変異しても彼女の奥底に刻み込まれてるはずだ」
「エルド、どうしてそれを……」
「ごめん、ローレンス。あの《竜》と君の歌声が響き合った時、見えたんだ。君が初めてこの街に来た時のあのレアって娘との記憶が」
「…………」
「どうして僕に見えたのかはわからないけど、君の想いがまるで僕の想いと重なり合うように伝わってくる、そんな不思議な感覚だったんだ。だから、君ならあの《竜》を何とかできるって、そんな確信が持てるんだ」
「エルド……」
「さあ、行こう。君は歌を届けるだけでいい。何があっても僕が君を守るから」
ローレンスがそっと口元を緩ませた。
「嬉しい事言ってくれるけど、カイムが嫉妬するんじゃないかなあ」
いつもの調子でローレンスは言った。おまけに身体もくねらせる始末だ。
「あまり馬鹿なこと言うんだったら、この剣で君を《竜》のとこまで打ち上げても良いんだけど。いや、そうだな。そうしよう。余計な手間もいらないし、効率がいいね」
段々とエルドの目が真剣なものへと変わっていった。
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