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夢奪われた劣等剣士は銀の姫の守護騎士となり悪徳貴族に叛逆する

水都 蓮

追憶

 その日から、彼女はローレンスの師となった。
 名前はレアという。聖典に出る女性からとったありふれた名前だ。


 レアは毎日のように、ローレンスの演奏の練習に付き合い、様々な感想を述べてくれた。ローレンスもそれを真剣に聞き、時には彼女の演奏に胸打たれながら、日々その腕を上達させていく。


*


「待ってよ、レア。これが何の練習になるんだ」


「何って? 今日は遊びに来ただけよ?」


 ある日、レアに引き連れられてやってきたのは街外れの草原であった。
 インヴァネス連峰に囲まれた平原の外周に広がる草原を二人は駆けずり回った。これが演奏の上達にどう繋がるのか、ローレンスには分からなかったが、彼女に押されるがままローレンスはその後に続いた。


 草原は彼女の庭のようで、連峰の水を引き込んで造られた中世の庭園、人懐っこい兎のたまり場、足を滑らせても決して落下することのない風吹き上げる崖など、様々な名所を案内された。


 風の吹き上げる崖に飛び降りて空中遊泳をするなど、レアは時にローレンスの肝を冷やすような行動にも出たが、彼女と共に駆ける草原は、領地の中でも安全な場所しか知らなかったローレンスにとってとても新鮮で、絶えることのない新発見を与えてくれた。


 特に人懐っこい兎たちは、腹をすかせた二人を見かねて果実を分けてくれたり、森にある水場に案内してくれた。
 獣は人に敵対的なものというのが彼の固定観念であったが、豊富な果実に溢れる森の中では大小様々な獣達が食料と水を分け合い、争うこと無く共存していた。その中に人間の子供がすんなりと入っていけるほどに。


*


「ねえ、見て。風船トカゲ!」


 ひとしきり草原を堪能し、日も暮れに差し掛かった頃、帰路の途中で急に立ち止まったレアが岩場を指して言った。


 そこには岩場に張り付くようにしがみつく、下腹部の大きく膨らんだトカゲがいた。なかなか大きな個体で、ローレンスの三倍はあろうかという巨躯であった。
 目をギョロギョロさせたトカゲは風船のように膨らんだお腹に引っ張られ、下半身を宙に浮かせていた。


「知ってる? 風船トカゲは体内にガスを溜め込んで飛ぶことができるのよ。でもあれは間抜けな子ね。ガスの吐き出し方がわからなくなったみたい。助けてあげましょう」


 そう言ってレアはトカゲへと近付いていった。


「おい、危ないよ」


「大丈夫、ここの魔獣はおとなしい子ばかりなんだから」


 そう言ってレアはトカゲを降ろそうとする。しかし――


「え、あ、うわぁああああああああ!!!」


 想像以上にガスを溜め込んでいたのか。トカゲは腕を掴むレアごと宙へと浮き始めた。


「レア!!」


 大慌てでローレンスはレアの腕を掴む。しかし、子供二人の体重をもってしてもトカゲの浮遊を止めることは出来ず、その巨体は空へと持ち上がっていった。


「グワァ」


 しかし、脳天気な個体なのか。トカゲは間抜けな声を上げると、そのまま二人を連れて飛び去ってしまった。


*


 二人は何とかトカゲの身体をよじ登って、その背に乗っかることで安定姿勢をとった。


「はぁ……うかつだよ、レア」


「ごめんごめん。前も間抜けなトカゲを助けたんだけど、あの時はこんなことにならなかったから」


「やれやれ。これでどうやって帰るんだか」


「うーん……でも見てよほら」


 レアの視線の先には、リヴィエラの街があった。


 まるで蛍のようにぽつぽつと明かりの灯り始めた街並み、それを見守り、包み込むように空を覆う雄大な雲海、そして湖面をきらきらと照らす夕暮れの光、街を守るように上空を飛び回る飛竜、そんな彼らに報酬代わりと言わんばかりに魚を放り投げる漁師たち、普段街にいる時には到底お目にかかれない絶景がそこには広がっていた。


「ラッキーだったね。インヴァネス連峰に登らないとこんな景色、絶対見られないんだから」


「うん……」


 レアと居ると新発見の連続だ。


 自分たちの過ごしている街がこんなにも美しいこと、そしてその中には色々な人が住んでいて、それぞれの暮らしが光となって街を彩っていること、人と魔獣がお互いの役割をもって共存していること、きっとこんな機会がなければ人や魔獣、街の営みを意識することなど無かっただろう。


「私ね、この街が好き。自然に溢れていて、色んな種族がお互いを思いやる優しいこの街が……」


 レアは真剣な面持ちでじっと街を見つめていた。普段、見かけない彼女の表情にローレンスは妙に惹き込まれる心地がした。


「それが私が音楽に乗せる想いの源。この街の平和と自然がいつまでも続くようにって、みんながそう思ってくれるような音楽を奏でたいの。ローレンスはどう?」


「僕は……」


 心の奥底にあったのは、かつての家族の絆を取り戻したいという想い。だが、今はそれだけではないような気がした。


「そうだね、僕は……」


 ローレンスはふと自分の中に湧いた想いを口にした。


 自分の奥底にある家族への想い、そしてレアと過ごすことで芽生えた彼女への想い、二人を出会わせたこの街と自然への想い、それを包むアルビオンという国への想い、それらはローレンスの貴族としての信念の根っこを形成し始めていた。

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