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夢奪われた劣等剣士は銀の姫の守護騎士となり悪徳貴族に叛逆する

水都 蓮

昏い地の底で

 一行は《伝承の獣》を撃退しながら奥へと進んでいき、浄水区画と書かれた広い部屋へとたどり着いた。


「一体これは何なの……」


 眼下の様子を見た一同が目を見開いた。すえた臭いの充満するそこには、狼、飛竜、鰐、そして人間など、様々な姿の《伝承の獣》が鎖に繋がれ、その口にチューブ状のものが無理やり突っ込まれ、赤黒い液体のようなものを強制的に摂取させられていた。


 中には、液体を過剰に摂取しすぎたのか、急激に身体を膨れ上がらせ、破裂するものもいた。


 しかし、それだけでなく、数人の研究員が《獣》を切り刻む、焼きごてを当てる、電流を流すなど、その耐性を確認するかのような実験が行われていた。


「うっ……」


 その光景にフィリアが思わず吐き気を催した。


「僕も人のことは言えないが、悪趣味だね」


「もしかして賦役を課された人達はここに運ばれていたのでしょうか……?」


 アリシアの頭にふとした考えがよぎった。急な徴税、強制労働に連行される村人、そこには何か別の目的があったのではないか。


「そう言えば、街でも行方がわからなくなった人が居たって話を聞いたかも、それに工場なのに工員の姿がまったく見えないなんてまさか……」


「真実は分かりませんが、ともかく制圧しましょう」


 これといった戦闘力を持たない研究員達を制圧するのに時間はかからなかった。
 アリシアは一人を残して全員を気絶させると、この場所で行われていることについて尋ねた。


「お、お許しください。我々も脅されていたのです。本来は魔導機の研究をしていただけなのにあの男がやってきて、あの生物たちの生体実験と、耐用試験、変異用の錠剤の量産化をしろと……」


「あの男……?」


 キャドバリー侯の側に現れたのは女性であったはずだ。性別の不一致にアリシアは疑問を浮かべた。
 その時、研究員の身体を触手のようなものが貫いた。


「ごふっ」


 男は血を吐いて、地面に倒れ伏した。


「おいおい、口の軽いやつだな。そういうのは命取りだぞ。って、もしかしてもう死んじゃった」


 アリシア達の背後に立っていたのは、二十代半ばの若さの、金髪の男であった。


「あれはまさかキャドバリー侯かい? 随分と若いみたいだけど」


「いえ、違います……まさか、あなたはヒースコート子爵なのですか?」


「ええ、そうですよ。麗しの姫殿下」


「ちょっと待って、ヒースコートって確か私達が寄った村の辺りを治めている人じゃなかったっけ?」


 フィリアはウェンブリー村の村長の話で、その名が出ていたことを思い出した。


「ええ、それが何故この様な場所にいるのですか?」


「簡単な話ですよ、殿下。今回の件、私が全て裏で手を回していたのです。あの方の命でね」


「あの方? まさか、エインズワース卿ですか?」


 アリシアが咄嗟に浮かべたのは、アリシアと対立する貴族派の筆頭貴族の名であった。


「アッハハハハハ、殿下、私が妄りに主の名を口にするわけがないでしょう。あの方は、禍々しく偉大だ。私や、増してあなたごときが軽々しく口にしていい名ではない」


 ヒースコートは狂気や誇大妄想に取り憑かれたような口ぶりでアリシアを嘲笑した。


「《獣》共の製造は我が主の悲願。ですがそれを見られたからには仕方ありません。殿下とその仲間どもには消えていただきましょう」


 ヒースコートがそう言うと、彼の立つ方向とは反対側の壁が開閉し、奥から二匹の《猟犬》が現れ、三人を取り囲んだ。


「これは私の最高傑作、実体の無い《猟犬》相手にどこまでもつかな」


 ヒースコートは下卑た笑いを浮かべると、背中から触手の様な脚を伸ばし、その身体をくねらせると、半人半蜘蛛の異形へと変貌した。


「ヒースコート卿、少しお伺いしてもよろしいでしょうか?」


 アリシアが前に躍り出た。


「うん? まあ良いでしょう」


「あの《獣》の中には、あなたの治める領民、そしてこの街の者達が含まれている、間違いありませんね?」


「クックック、もちろんでございますとも。彼らもまさか私が今回の徴税の計画者だとは思っていなかった様子、すぐにキャドバリーに掛け合うから辛抱してくれと甘い顔して言ってやれば、ものの見事に騙され実験動物になってくれた。街の連中や工員も動員したおかげであの方に指示された研究も捗った」


「そうですか。で、あの方というのはエインズワース卿で間違いありませんか?」


「クックック、さあどうでしょうね」


 ヒースコートは、はぐらかした。


「話す気はありませんか。分かりました」


 アリシアが細剣を引き抜いた。その瞳には怒りの炎が燃えていた。


「フィリア、イスマイル、猟犬は実体が無いわけではなく、小さな本体がその霧状の体を動き回っていて、捉えられないというのがその正体です。フィリアの狙撃能力とイスマイルの転移を組み合わせればなんとかなるはずです。お任せしましたよ」


「うん、それは良いけど、アリシアは?」


「私はこの男を誅します。貴族の責務を放棄して、守るべき民と自然を弄んだ罪は裁かれねばなりません」


 アリシアの言葉を機に、三人は迎撃の構えをとった。


「おおいアリシアァ、ワタシを舐めスギじゃんカ? そんナ細腕でどにかナルわけなイダろウェイ!!」


 獣化した影響か、ヒースコートの言動は徐々に滅裂となっていった。


「では試してみましょう」


 アリシアは腕を引くと、思い切り剣を振るった。すると次の瞬間、巨大な光の剣閃が迸った。


「へっ!?」


 そのあまりの巨大さにヒースコートは横に跳んで躱そうとしたが、間に合わずその半身を蒸発させた。


「ぴぎぃっ、痛いイタイナンデ???」


 何とか身を起こそうとしたが、アリシアは攻撃の手を緩めず、舞いのようにその身を翻すと、光の熱線を生成して、まるで銃弾の様にまっすぐ《蜘蛛》に放った。


「あぎぃ!!!」


 その着弾と同時にその脚が全て千切れ跳び、ヒースコートは地面に倒れ伏した。


「命までは奪いません。ですがその罪、獄中で悔い改めてください」


 そう言ってアリシアは細剣を鞘にしまった。そのチャキンとう音と同時に、無数の鎖がヒースコートを絡め取った。

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