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夢奪われた劣等剣士は銀の姫の守護騎士となり悪徳貴族に叛逆する

水都 蓮

冒涜の竜

 ――其の者は泥濘の如き腐海を纏い、道の後をおぞましき死の世界へと変える。魔神の血潮より生み出された忌むべき獣は、冒涜的な呪詛を吐きながら世界を汚染し続ける。女神が降臨するその時まで。






 エルド達は目の前に現れた巨躯を見上げていた。


「《伝承の獣》の中でも大物じゃねえか。聖典の通りならこいつこそが霧の原因ってわけだ」


 カイムの言葉を証明するように辺りの黒霧は、竜の出現を機により暗く深くなっていた。


「でも大きすぎるよ……それに見ていて気分が悪くなってくる……」


 まるでマグマのようにコポコポと沸き立つ毒皮、そのおぞましさはとてもこの世のものとは思えないほどに不気味であった。
 時折、垂れ落ちた皮が湖を、その水を黒く汚染させていった。そして竜はその毒の皮を撒き散らしながら、ゆっくりとこちらへ歩みを進めた。


「まずいな。こんなのが街を通過したら、それだけで腐海が出来上がるぞ」


 目の前の異形のもたらす被害を想像して、カイムは咄嗟に竜巻を放射した。エルドとカイムも続けて雷撃と銃撃でその巨体を止めようとする。
 しかし竜が足を止めて咆哮したかと思うと、うっすらとした白い防壁のようなものが展開され、その攻撃を全て阻んだ。


「くっ……ジャファルが展開してたものと同じやつか。《伝承の獣》の中でも特別なやつみたいだな」


 まるで象の皮膚を貫こうとする蜂の針、エルド達の攻撃は一切が通らなかった。


「でもあの時よりもずっと強固。とても割れる気がしないよ」


 実際にジャファルの纏う結界を割った、フィリアだからこそその強力さを実感する。


 その後も諦めずに攻撃を加え続けるが、竜はそれをものともせずに四本の脚を湖から引き上げて、ついに湖岸に上がってしまった。


「くっ、こうなったら」


 エルドが大剣を構えて駆け出した。どこまで通じるか分からなかったが、高く跳び上がると、上段に構えた剣を思い切り振り抜き、直接その巨体を斬りに掛かった。


「Lu――」


 しかし、竜はエルドの斬撃をものともせずに大口を開けた。そして――


「Ahhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhh」


 冒涜的で聞くに堪えないおぞましい叫び声を吐き散らした。










 永遠とも思える長い時、あるいはほんの一瞬のことであったか、やがて竜の咆哮が止んだ。


「ぐっ、がああああっ」


 聞く者の精神を汚染するかのような惨烈さに、エルドとフィリアは全身の血液を抜かれたかのような虚脱感を抱き、叫び声を上げてその場にうずくまった。


「まったく、なんて声してやがる……吐きそうだ」


 二人に対して、少しふらついただけで済んだカイムも顔を青くさせていた。


 一方、その汚染を受けたのは人間たちだけではなかった。
 空を覆う竜、湖より這い出る水生魔獣、防壁を囲う陸の獣達、それらもまた例外ではなく、竜の冒涜的な歌声に悶え苦しんでいた。
 そして魔獣達は、少しずつリヴィエラから去っていった。


「ったく、ひとまずの危機は去ったが……」


 カイムは竜に目を向けた。魔獣達が撤退したからと言って目の前の脅威が去ったわけではない。竜を迎撃していたアリシア達も含めて、今この場で動ける人間はカイムだけしかいなかった。


「俺が誰かのために命を張る? 冗談じゃないぜ」


 カイムはぼやいた。しかし、その瞳に怯えの色はなく、まっすぐ竜を見据えていた。その脳裏をよぎったのはかつて自分が居た"掃き溜め"であった。


 血と肉の腐敗した匂いの充満した光の届かない空間、そこでカイムは明日をも知れぬ命を、少しでも延命させようともがいていた。血の泥を飲み干し、おぞましき肉を喰らいながら自身の命を狙う魔を打ち払う。


 その様に生き足掻いてきた自分が、こうしてその身を危険に晒し、そのことに何のためらいも感じないことが少しおかしかった。


「さてと……」


 ボソリと呟いた刹那、カイムを中心に暴風が吹き荒れた。天を突かんとばかりに膨れ上がった竜巻、それはカイムが今まで生み出した風の中でも特別疾く上等なものであった。


「流石にレオンみたいに雲を晴らすまではいかないか。だが、今度は補助がなくても余裕そうだな」


 レオンはその風の柱を幾数本も生み出すと、それらを束ねて一気に竜にぶつけた。


 風は荒々しい奔流となって竜の眼前に収束した。そして風はまるで掘削機のように竜の結界をごりごりと削りはじめた。
 始めこそびくともしなかったが、それでもカイムは集中を途切らせないように風を維持すると、やがてほんの少し、ほんの僅かではあるが結界にひび割れを生じさせていった。


「Lu――」


 そのことに驚いたのか、竜は徐々に後退していった。


「はっ、そのまま湖に帰りやがれ」


 カイムはそこが攻め時と風を増やすと、一層猛々しさを増した暴風が竜の巨体を押し込むように吹き荒れた。するとやがて竜は、踵を返して湖へと消え去っていった。


「はは、なんだよ案外臆病な――」


 霊子を枯渇させたカイムがふらりとその身をよろめかせた。


「あれ、くそっ何が起こって――」


 そしゆっくりと気を手放しながら、地面へと沈み込んでいった。すると、いつの間にか起き上がっていたのか、倒れ行くその身体をエルドが受け止めた。

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