夢奪われた劣等剣士は銀の姫の守護騎士となり悪徳貴族に叛逆する
魔法講座
「なあ、エルドよ。ちょっとした疑問なんだが」
修道院を後にし、酒造の関係者に一通り話を聞いて回ったところで、カイムが口を開いた。
「うん、何?」
「この前、ジャファルと戦った時お前、魔法が使えてたよな? なんでこの前の猟犬の時は使わなかったんだ?」
魔神化したジャファルを相手に、エルドはそれまで扱うことの出来なかった魔法を行使した。
魔法の資質というものは先天的に与えられるもので、後天的にそれが花開くという事例は極めて珍しい。
前の戦闘でエルドが魔法を使わなかったこと、そこに何か理由があるのではないか、カイムは疑問を口にした。
「ああ、そのことか。使わなかったんじゃなくて、使えなかったんだ」
「どういうことだ?」
「ジャファルさんと戦った時は、無理やり雷を身体に受けて帯電させて、それを維持するって形で電流を操ったんだ。だけど無から電流を生む感覚がまだ掴めなくて」
「あれは随分な荒業だったな。ぶっつけ本番で雷を制御するなんていくら人間が丈夫にできてるからって、限度ってもんがある。とはいえ確かに、魔法は事象の維持よりも発現の方が難易度が高いと言うな」
魔法の基本のプロセスの一つは、頭で事象の発動を思い浮かべることだ。
しかし、予め遺伝子に刻まれたものか、社会を構成するにあたって自然に備わったものか、人間には魔法発動のためのリミッターが掛けられており、無闇に発動することが出来ないようになっている。
魔法の発動において、そのリミッターを外すことが第一段階であり、一朝一夕で身に付けられるものでは無い。
「魔法は現実の上書きだ。自身の身体強化や治癒みたいな、肉体の生理活動の延長程度ならともかく、より遠方や広範囲、あるいは複雑な上書きをしようとすればその難易度は跳ね上がる。エルドは、子供の頃に習うような魔法の制御が必要ってわけか」
「僕は《劣等剣士》だからね。なんかコツとかないの? カイムは見かけによらず教えるのとか得意でしょ?」
「一言余計だぞ。そうだな……」
カイムが顎をさすり、考える仕草を見せる。しばらくすると、目の前に小さな風の奔流を生み出した。
「魔法ってのは、今ある絵を上から塗りつぶす様なイメージだ。自分が起こしたい事象が、そこに現れたら絵はどのように変化するのかを想像する。この場合は無風地帯に風の渦巻きを起こして、風向きを発生させるイメージか? そんで、その変化を起こすためには筆をどう使い塗料はどれくらい要るのか、それも考えなきゃいけない」
「教科書に印刷された偉人の顔に落書きするようなものかな」
「お前、そんなことしてたのかよ……まああながち間違ってはいないが。んで、この場合の塗料は霊子で、筆はそれを練り上げて作った魔力のことだな。エルドに関しては、霊子の保有量はすさまじいし、この辺りまでは心配はいらんだろう」
「うん、身体強化で散々意識してきたことだからね」
「肝心なのはここからだな。大事なのはイメージをどこまで練るかだ。これがしっかりしてなきゃ、不発に終わる。身体強化程度なら、身体に力を込める時の感覚の延長でどうにかなるが、世の魔法の大半は人が普段意識するような生理活動とは別物だからしっかり想像しなきゃならねえ」
「人間は火を吹けないし、空も飛べないからね」
「そうだ。だから人によっては、錬金術に触れて事象を学術的に分析するものもいれば、直に事象に触れてその身で性質を理解する者もいる。あるいは魔法陣や、魔道書の呪文に頼る者もいる」
「大魔法の発動の時は、先史文明文字や魔法陣の補助が必要だったりするよね」
「ああ、初めて《伝承の獣》と戦った時に使ったやつなんかは典型例だな。だが補助は飽くまでも補助、ある程度事象への理解がなきゃどうしようもない」
カイムは軽く吹いた風を捕まえるような仕草を見せると、手の中で渦巻きへと練り上げた。
「身近であればこうして直に触れて研究することも出来る。まあ中には、未知の現象を発見しようと既存の事象イメージを重ね合わせたりなんかして、全く別のアプローチをする賢者もいるが、こりゃ俺らには理解できない領域だな」
「つまり、僕の場合は雷の性質を理解することで、その制御がうまくなるわけだね」
「ああそういうわけだ。幸いエルドは体当たりで覚えるタイプで、実際に雷に打たれたんだ。何とかなるんじゃないか?」
「そう言われてみるとできる気がしてきた」
エルドはカイムのアドバイスを受けて目を閉じた。意識を以前、受けた雷の感覚に集中させて霊子を練り上げる。すると、その身体からバチバチと電流が迸り始めた。
「お、いいぞ。その調子だ」
「なんとなく分かってきた。どうしたらこの電流が起こるのか。どういった条件で、どんな場所へ流れるのか。そしてどうやって、都合が良いように変質させられるのか」
それはまるで水に触れてその冷たさや、質感、性質を感じ取っていく感覚に似ていた。
やがて僅かな奔流が、飛沫を上げるようにエルドの全身を呑み込み始めた。
そして、それらは轟音をあげると、雷そのものといった荒々しさへと変質していった。まるでエルド自身が雷になったかのように。
「発動に関しては大体こんなところか。あとは制御の練習もあるが、まあ、それは追々だな。さて、フィリア達と合流するか」
そうしてカイムが湖の方に目をやった。
するとまるで悲鳴のような喧騒が聞こえてきた。目を凝らすと、湖から幾数もの魔獣が這い出て来る様子が見えた。それらは黒い靄を纏いながら、正気を失った様子で人々に襲いかかっていた。
「何だあれは……?」
「《魔神の黒霧》で変異した魔獣かもしれない。行ってみよう」
そう言って、エルドは電流を迸らせるとまるで稲妻のごとく、魔獣の元へと飛んでいった。
「あ、おい……ったく、もう使いこなしてやがる」
カイムも風を纏って宙に浮くと、エルドの後を追った。
修道院を後にし、酒造の関係者に一通り話を聞いて回ったところで、カイムが口を開いた。
「うん、何?」
「この前、ジャファルと戦った時お前、魔法が使えてたよな? なんでこの前の猟犬の時は使わなかったんだ?」
魔神化したジャファルを相手に、エルドはそれまで扱うことの出来なかった魔法を行使した。
魔法の資質というものは先天的に与えられるもので、後天的にそれが花開くという事例は極めて珍しい。
前の戦闘でエルドが魔法を使わなかったこと、そこに何か理由があるのではないか、カイムは疑問を口にした。
「ああ、そのことか。使わなかったんじゃなくて、使えなかったんだ」
「どういうことだ?」
「ジャファルさんと戦った時は、無理やり雷を身体に受けて帯電させて、それを維持するって形で電流を操ったんだ。だけど無から電流を生む感覚がまだ掴めなくて」
「あれは随分な荒業だったな。ぶっつけ本番で雷を制御するなんていくら人間が丈夫にできてるからって、限度ってもんがある。とはいえ確かに、魔法は事象の維持よりも発現の方が難易度が高いと言うな」
魔法の基本のプロセスの一つは、頭で事象の発動を思い浮かべることだ。
しかし、予め遺伝子に刻まれたものか、社会を構成するにあたって自然に備わったものか、人間には魔法発動のためのリミッターが掛けられており、無闇に発動することが出来ないようになっている。
魔法の発動において、そのリミッターを外すことが第一段階であり、一朝一夕で身に付けられるものでは無い。
「魔法は現実の上書きだ。自身の身体強化や治癒みたいな、肉体の生理活動の延長程度ならともかく、より遠方や広範囲、あるいは複雑な上書きをしようとすればその難易度は跳ね上がる。エルドは、子供の頃に習うような魔法の制御が必要ってわけか」
「僕は《劣等剣士》だからね。なんかコツとかないの? カイムは見かけによらず教えるのとか得意でしょ?」
「一言余計だぞ。そうだな……」
カイムが顎をさすり、考える仕草を見せる。しばらくすると、目の前に小さな風の奔流を生み出した。
「魔法ってのは、今ある絵を上から塗りつぶす様なイメージだ。自分が起こしたい事象が、そこに現れたら絵はどのように変化するのかを想像する。この場合は無風地帯に風の渦巻きを起こして、風向きを発生させるイメージか? そんで、その変化を起こすためには筆をどう使い塗料はどれくらい要るのか、それも考えなきゃいけない」
「教科書に印刷された偉人の顔に落書きするようなものかな」
「お前、そんなことしてたのかよ……まああながち間違ってはいないが。んで、この場合の塗料は霊子で、筆はそれを練り上げて作った魔力のことだな。エルドに関しては、霊子の保有量はすさまじいし、この辺りまでは心配はいらんだろう」
「うん、身体強化で散々意識してきたことだからね」
「肝心なのはここからだな。大事なのはイメージをどこまで練るかだ。これがしっかりしてなきゃ、不発に終わる。身体強化程度なら、身体に力を込める時の感覚の延長でどうにかなるが、世の魔法の大半は人が普段意識するような生理活動とは別物だからしっかり想像しなきゃならねえ」
「人間は火を吹けないし、空も飛べないからね」
「そうだ。だから人によっては、錬金術に触れて事象を学術的に分析するものもいれば、直に事象に触れてその身で性質を理解する者もいる。あるいは魔法陣や、魔道書の呪文に頼る者もいる」
「大魔法の発動の時は、先史文明文字や魔法陣の補助が必要だったりするよね」
「ああ、初めて《伝承の獣》と戦った時に使ったやつなんかは典型例だな。だが補助は飽くまでも補助、ある程度事象への理解がなきゃどうしようもない」
カイムは軽く吹いた風を捕まえるような仕草を見せると、手の中で渦巻きへと練り上げた。
「身近であればこうして直に触れて研究することも出来る。まあ中には、未知の現象を発見しようと既存の事象イメージを重ね合わせたりなんかして、全く別のアプローチをする賢者もいるが、こりゃ俺らには理解できない領域だな」
「つまり、僕の場合は雷の性質を理解することで、その制御がうまくなるわけだね」
「ああそういうわけだ。幸いエルドは体当たりで覚えるタイプで、実際に雷に打たれたんだ。何とかなるんじゃないか?」
「そう言われてみるとできる気がしてきた」
エルドはカイムのアドバイスを受けて目を閉じた。意識を以前、受けた雷の感覚に集中させて霊子を練り上げる。すると、その身体からバチバチと電流が迸り始めた。
「お、いいぞ。その調子だ」
「なんとなく分かってきた。どうしたらこの電流が起こるのか。どういった条件で、どんな場所へ流れるのか。そしてどうやって、都合が良いように変質させられるのか」
それはまるで水に触れてその冷たさや、質感、性質を感じ取っていく感覚に似ていた。
やがて僅かな奔流が、飛沫を上げるようにエルドの全身を呑み込み始めた。
そして、それらは轟音をあげると、雷そのものといった荒々しさへと変質していった。まるでエルド自身が雷になったかのように。
「発動に関しては大体こんなところか。あとは制御の練習もあるが、まあ、それは追々だな。さて、フィリア達と合流するか」
そうしてカイムが湖の方に目をやった。
するとまるで悲鳴のような喧騒が聞こえてきた。目を凝らすと、湖から幾数もの魔獣が這い出て来る様子が見えた。それらは黒い靄を纏いながら、正気を失った様子で人々に襲いかかっていた。
「何だあれは……?」
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