夢奪われた劣等剣士は銀の姫の守護騎士となり悪徳貴族に叛逆する
イシュメルの決意(2)
やがて、不利であった状況は、イシュメル人の参戦により覆され、獣の殆どが制圧された。中には激しく負傷したイシュメル人もいたが、皆一命を取り留めていた。
「どうして……」
その光景を目の当たりにして、エルドは声を漏らした。
「どうしてそこまで尽くしてくれるんだ……この国があなた達にしたこと到底許せるものじゃないだろうに……」
一度抱いた憎しみが簡単に晴れることはない。それはエルドがよく知っていることであった。
どれだけ理性的であろうとしても、心に燻った怒りと憎しみの炎は簡単には消えない。それ故、両親の命を奪った"悪意"、それを追ってエルドは憎しみを募らせてきたのだ。
だがイシュメル人達の多くは怨恨を乗り越え、今再びアルビオンの民のために武器を手にとった。故に、彼らが何故その様な選択が採れたのか理解が及ばなかった。
その時、一人の戦士がエルドの傍らに立った。それは長であった。相当な激戦を繰り広げたのだろう。その身には多くの裂傷が残り、軽鎧は返り血に染まっていた。
しかし、長はエルドの疑問に答えようとゆっくりと口を開いた。
「わしらの故郷は人を拒む死の世界じゃった。ろくな作物も採れず、昼と夜の寒暖差は人の耐えうるものではない。新しく生まれる命の多くはその成長を待たず命尽き、大陸中を流離っても安らかに、健やかに住める土地など見つからなかった。だがそんな中、君らの王が住む場所を与えてくれると言った。わしらはどれほど嬉しかったと思う?」
長は遠く空を眺める。彼もまた多くの家族や友人を亡くしていた。
「この十年間決して良いことばかりではなかったじゃろう。わしとて一度は倦怠に身を沈め、すべてを諦めた。ジャファル達は怒りの余り、この国に牙を剥いた。今ここで姫殿下に従う者達の中にも、家族を焼かれた怒りに狂う者も居る。だが我らの長い歴史の中で安住の地を持てたこと、それは間違いなく幸福じゃった。この国のために武器を取る理由となるぐらいにはな」
「…………」
心の奥底に憎悪を抱えるエルドにとってその言葉は、衝撃的であった。
(なんて……強い人達なんだ……)
彼らは長く戦いから離れ、老いたにもかかわらず、意志の力で自身の力を何倍にも高め、獣達に対抗してみせた。それは膂力や武術といった表面的なものとは全く違う人間の持つ真の”強さ”なのだと、エルドは直感した。
「さて、あとはジャファルの奴じゃな。大人しく投降してくれればよいのじゃが」
いつの間に移動していたのか、崖の上の台地、そこでジャファルは戦場を見下ろしていた。
「叔父様……」
「まさかアルスターに住む全てのイシュメル人を結束させるとはな。大したものだ、フィリア」
「違うよ、叔父様。きっと私だけじゃ彼らは動かなかった。カイムやアリシア、みんなと真実を明らかにしようと奔走して、姫様はロージアンの所業を心から謝罪して、誠意を込めて協力を要請した。それだけじゃない。集落が火に包まれた時、彼らを救おうと懸命に救助にあたったアルビオン人がいた。そして、この十年間を共に過ごし商売や工業で多くの関わりを持ってきた人も、そうした人達の築き上げた信頼が彼らを動かしたんだよ」
「…………」
ジャファルは静かにフィリアの言葉に耳を傾けていた。
「こうやって人と人が互いを信頼し合い、お互いの考えや習慣の違いを乗り越えていく。それこそが叔父様が目指してきた私達の在り方じゃないの?」
フィリアは素直な想いをジャファルにぶつけた。それは、アルビオンとイシュメル、二つの血をその身に流し、イシュメルのために奔走し続けたフィリアだからこそ気付けた、理想であった。
「フィリアの言う通りじゃ。お前たちの怒りはもっとも。じゃがきっとこれからのわしらは、もっとうまくこの国とやっていける。もう馬鹿なことはやめるのじゃ」
二人の言葉にジャファルは黙り込んだ。
「……そうだな。今肩を並べる皆の姿こそ俺とあいつらが求めた理想だ」
そして、ジャファルはフィリアの言葉を否定しなかった。
「じゃあ、投降してくれる?」
「…………それはできない」
だが、フィリアの投降の呼びかけに、ジャファルははっきりと拒否の意を示した。
「どう……して!?」
「イシュメルの民とアルビオンの人間、その一部ではあるが、確かに両者は絆を築き上げつつある。それは認めよう。だが、これからこの国を覆う暗雲の前に、その絆はあまりにも無力だ」
「待ってジャファルさん、それって……?」
思慮深いジャファルが突如、翻意してこの国に牙を剥いた。そのことをフィリアは不自然に感じていた。今のジャファルの口ぶり、彼の変心にはなにか深刻な事情があったのだろうか。
「お前たちも感じているだろう。人の心を姿を捨てた獣達、その発生は異常だと。この国の何かが変わり始めているのだと」
「まさか我々を試したのか? その不穏な力を前に、この国は団結して対処できるのかを」
フレイヤが疑問を口にした。
「いや、最後の試しがまだだ……」
ジャファルは、先程イシュメル人達が用いた注射器をその身に刺した。
「叔父様!?」
次の瞬間、ジャファルはよろめき地面にうずくまる。
「がっ……あっ……」
ジャファルはもがき苦しみながら、邪な闘気を膨れ上がらせた。
すると、先程の獣達とは比にならない邪悪な気がその肉体を歪ませる。肉体は一旦隆々に膨れ上がったかと思うと、次には無駄な筋を削ぎ落とすように引き締まっていく。
やがて肌の色を紫紺に変え、その双眸には輝きすぎるほどに眩い金の眼が宿ったかと思うと、ジャファルはエルド達を睨みつけた。
「以前とは比にならない魔力、それにその姿は……」
アリシアは顔を蒼くさせた。
ジャファルの頭には禍々しい悪魔の双角が、背中には禍々しい怪鳥の翼が生やされていた。
――その姿は伝承に記された悪魔・フォルカロルの姿であった。
魔神が顕現すると、辺り一体の天を禍々しい漆黒の雷雲が覆った。そして、激しい雷雨を降らせ、"海"を形成していく。
「さて……」
ジャファルはエルドたちの方へ向き直ると、ゆっくりと口を開いた。
「いずれこの国を邪悪な意志が覆い始めるだろう。だが、もしもこの国を変えたいと思うのなら……この国を救いたいと思うのなら……」
その全身が禍々しい闘気に包まれていく。
「魔人と悪神、二つの力を備えたこの俺の力、見事凌駕してみせろ!!」
そして魔神は邪悪な闘気を放ち、爆ぜ散らせると、無数の天雷を招来した。
天を裂き、豪雷を響かせる天雷はエルド達に降り注ぎ、辺りの岩壁を跡形もなく消滅させて更地にした。
「がぁっ……」
魔神の放った一撃は、数百はいたであろう戦士達を一撃で昏倒させた。
かろうじてそれに耐えたのはエルド、カイム、アリシア、フィリア、フレイヤの五人だけであった。
「やはりお前達は耐えたか。良いだろう。なら次はこれだ」
ジャファルが指を鳴らすと、周囲を濃い霧が覆う。それはエルド達の視界を完全に奪うように充満していく。
「あ、あれ……」
不意に眠気がエルド達を襲った。目の前に敵がいるというのに、一切の緊張感は抜け、身体に力が入らなくなる。
やがて一行は武器を落とすと膝をつき、深い眠りへと誘われていった。
「どうして……」
その光景を目の当たりにして、エルドは声を漏らした。
「どうしてそこまで尽くしてくれるんだ……この国があなた達にしたこと到底許せるものじゃないだろうに……」
一度抱いた憎しみが簡単に晴れることはない。それはエルドがよく知っていることであった。
どれだけ理性的であろうとしても、心に燻った怒りと憎しみの炎は簡単には消えない。それ故、両親の命を奪った"悪意"、それを追ってエルドは憎しみを募らせてきたのだ。
だがイシュメル人達の多くは怨恨を乗り越え、今再びアルビオンの民のために武器を手にとった。故に、彼らが何故その様な選択が採れたのか理解が及ばなかった。
その時、一人の戦士がエルドの傍らに立った。それは長であった。相当な激戦を繰り広げたのだろう。その身には多くの裂傷が残り、軽鎧は返り血に染まっていた。
しかし、長はエルドの疑問に答えようとゆっくりと口を開いた。
「わしらの故郷は人を拒む死の世界じゃった。ろくな作物も採れず、昼と夜の寒暖差は人の耐えうるものではない。新しく生まれる命の多くはその成長を待たず命尽き、大陸中を流離っても安らかに、健やかに住める土地など見つからなかった。だがそんな中、君らの王が住む場所を与えてくれると言った。わしらはどれほど嬉しかったと思う?」
長は遠く空を眺める。彼もまた多くの家族や友人を亡くしていた。
「この十年間決して良いことばかりではなかったじゃろう。わしとて一度は倦怠に身を沈め、すべてを諦めた。ジャファル達は怒りの余り、この国に牙を剥いた。今ここで姫殿下に従う者達の中にも、家族を焼かれた怒りに狂う者も居る。だが我らの長い歴史の中で安住の地を持てたこと、それは間違いなく幸福じゃった。この国のために武器を取る理由となるぐらいにはな」
「…………」
心の奥底に憎悪を抱えるエルドにとってその言葉は、衝撃的であった。
(なんて……強い人達なんだ……)
彼らは長く戦いから離れ、老いたにもかかわらず、意志の力で自身の力を何倍にも高め、獣達に対抗してみせた。それは膂力や武術といった表面的なものとは全く違う人間の持つ真の”強さ”なのだと、エルドは直感した。
「さて、あとはジャファルの奴じゃな。大人しく投降してくれればよいのじゃが」
いつの間に移動していたのか、崖の上の台地、そこでジャファルは戦場を見下ろしていた。
「叔父様……」
「まさかアルスターに住む全てのイシュメル人を結束させるとはな。大したものだ、フィリア」
「違うよ、叔父様。きっと私だけじゃ彼らは動かなかった。カイムやアリシア、みんなと真実を明らかにしようと奔走して、姫様はロージアンの所業を心から謝罪して、誠意を込めて協力を要請した。それだけじゃない。集落が火に包まれた時、彼らを救おうと懸命に救助にあたったアルビオン人がいた。そして、この十年間を共に過ごし商売や工業で多くの関わりを持ってきた人も、そうした人達の築き上げた信頼が彼らを動かしたんだよ」
「…………」
ジャファルは静かにフィリアの言葉に耳を傾けていた。
「こうやって人と人が互いを信頼し合い、お互いの考えや習慣の違いを乗り越えていく。それこそが叔父様が目指してきた私達の在り方じゃないの?」
フィリアは素直な想いをジャファルにぶつけた。それは、アルビオンとイシュメル、二つの血をその身に流し、イシュメルのために奔走し続けたフィリアだからこそ気付けた、理想であった。
「フィリアの言う通りじゃ。お前たちの怒りはもっとも。じゃがきっとこれからのわしらは、もっとうまくこの国とやっていける。もう馬鹿なことはやめるのじゃ」
二人の言葉にジャファルは黙り込んだ。
「……そうだな。今肩を並べる皆の姿こそ俺とあいつらが求めた理想だ」
そして、ジャファルはフィリアの言葉を否定しなかった。
「じゃあ、投降してくれる?」
「…………それはできない」
だが、フィリアの投降の呼びかけに、ジャファルははっきりと拒否の意を示した。
「どう……して!?」
「イシュメルの民とアルビオンの人間、その一部ではあるが、確かに両者は絆を築き上げつつある。それは認めよう。だが、これからこの国を覆う暗雲の前に、その絆はあまりにも無力だ」
「待ってジャファルさん、それって……?」
思慮深いジャファルが突如、翻意してこの国に牙を剥いた。そのことをフィリアは不自然に感じていた。今のジャファルの口ぶり、彼の変心にはなにか深刻な事情があったのだろうか。
「お前たちも感じているだろう。人の心を姿を捨てた獣達、その発生は異常だと。この国の何かが変わり始めているのだと」
「まさか我々を試したのか? その不穏な力を前に、この国は団結して対処できるのかを」
フレイヤが疑問を口にした。
「いや、最後の試しがまだだ……」
ジャファルは、先程イシュメル人達が用いた注射器をその身に刺した。
「叔父様!?」
次の瞬間、ジャファルはよろめき地面にうずくまる。
「がっ……あっ……」
ジャファルはもがき苦しみながら、邪な闘気を膨れ上がらせた。
すると、先程の獣達とは比にならない邪悪な気がその肉体を歪ませる。肉体は一旦隆々に膨れ上がったかと思うと、次には無駄な筋を削ぎ落とすように引き締まっていく。
やがて肌の色を紫紺に変え、その双眸には輝きすぎるほどに眩い金の眼が宿ったかと思うと、ジャファルはエルド達を睨みつけた。
「以前とは比にならない魔力、それにその姿は……」
アリシアは顔を蒼くさせた。
ジャファルの頭には禍々しい悪魔の双角が、背中には禍々しい怪鳥の翼が生やされていた。
――その姿は伝承に記された悪魔・フォルカロルの姿であった。
魔神が顕現すると、辺り一体の天を禍々しい漆黒の雷雲が覆った。そして、激しい雷雨を降らせ、"海"を形成していく。
「さて……」
ジャファルはエルドたちの方へ向き直ると、ゆっくりと口を開いた。
「いずれこの国を邪悪な意志が覆い始めるだろう。だが、もしもこの国を変えたいと思うのなら……この国を救いたいと思うのなら……」
その全身が禍々しい闘気に包まれていく。
「魔人と悪神、二つの力を備えたこの俺の力、見事凌駕してみせろ!!」
そして魔神は邪悪な闘気を放ち、爆ぜ散らせると、無数の天雷を招来した。
天を裂き、豪雷を響かせる天雷はエルド達に降り注ぎ、辺りの岩壁を跡形もなく消滅させて更地にした。
「がぁっ……」
魔神の放った一撃は、数百はいたであろう戦士達を一撃で昏倒させた。
かろうじてそれに耐えたのはエルド、カイム、アリシア、フィリア、フレイヤの五人だけであった。
「やはりお前達は耐えたか。良いだろう。なら次はこれだ」
ジャファルが指を鳴らすと、周囲を濃い霧が覆う。それはエルド達の視界を完全に奪うように充満していく。
「あ、あれ……」
不意に眠気がエルド達を襲った。目の前に敵がいるというのに、一切の緊張感は抜け、身体に力が入らなくなる。
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