夢奪われた劣等剣士は銀の姫の守護騎士となり悪徳貴族に叛逆する

水都 蓮

急転

 深夜、野営地に雄々しく羽ばたく鷹が飛来してきた。


 鳥は夜目が利かないという迷信に反して鷹は、迷いなく滑空すると立哨を担当していたエルドの眼前へと降り立った。
 その脚に文がくくられているのを見ると、エルドは即座にフレイヤの眠る天幕へと駆け出した。


 伝書によく用いられる鳩や梟ではなく、飛行速度の速い鷹を用いたということは急を要する言伝であることを示していた。


「何だと!?」


 エルドより預かった文を見てフレイヤが狼狽する。
 文には、早朝ロージアンの軍がソルテールを発ったと記されていた。当初の予定では翌日には峡谷に隠れ潜み、やがて街道を通るロージアンを狙うイシュメル人たちを奇襲する手筈であった。


 しかし、ロージアンは今なら敵の準備も終わっておらず、夕食前の日暮れ頃を狙って抜ければ警戒も薄いと支離滅裂な事を言って夜更け頃にソルテールを後にしていた。


「今回の作戦は両軍の連携が重要だと散々申し上げただろうに……」


 無論フレイヤとてこの様な事態を想定していなかったわけではない。だが、こうもまんまと暴走してくれるとはと呆れていた。


「メイウェザーにはイシュメル人の労働者も多い。彼らがロージアンを孤立させるために工作を行ったのか? そういった事態を防ぐためにもカイムを先行させたのだが……」


 今回の作戦の要はいかにロージアンを予定通りに出発させるかという点にあった。
 メイウェザーの説得に素直に応じてくれればそれで良し、最悪の場合はカイムたちに、馬車なり馬なり兵なりに細工をして、出発を遅らせるということも許可をしていた。


「それにもかかわらずロージアンを出発させたということはなにか不測の事態があったのでしょうか。あるいは、卿を発たせるのが最適と判断した可能性も」


「カイムのことだ、後者の可能性が高いな。だが、文には最低限の事しか記されていないのは防諜を恐れてのことか」


「カイムは慎重な男ですからその可能性は高いかと。ただそうしたのならば何か僕らにだけ分かる暗号を残してるかもしれません」


「ふむ」


 フレイヤがエルドの言葉に従い手紙を眺める。すると下部に木々に囲まれた竜の絵が描かれていた。


「これは……そうか仕掛けとしては単純だな。火の用意をしてくれ」


「わかりました」


 その絵を見て二人共何かを察知したようで、エルドはフレイヤの命に従う。エルドの持ってきた松明にかざすと手紙の余白に徐々に文字が滲み出した。


「森の中の竜、お前たちが焼き払った地竜のことだが、案の定あぶり出しだったな」


 滲み出た文字には、メイウェザー商会内にロージアンの命を狙う者が潜んでいたこと、この状況で無理に卿を引き止めれば万が一卿の身に何かが起こった場合、アリシアや親衛隊に追及が及ぶ可能性があることが記されていた。


「ロージアンが暗殺された後の影響を考えれば当然の判断か。だが向こうの親衛隊とロージアンの戦力だけで峡谷を超えるのは難しい。予定は狂うがこちらも進軍を早める必要があるな」


「卿が発ったのは夜更けの頃で、ちょうど六時間が経った頃でしょうか。行程にしては峡谷までの三分の一も進んではいないでしょうけどこちらも森の中の行軍で馬は連れていません……」


「ああ。だが、幸い峡谷まではこちらの方が近い。森を抜け、行軍を早めれば卿に合わせて駆けつけることも可能だろう……エルド、皆を起こして支度をさせてくれ。私は公都とソルテールの親衛隊に急ぎ伝令をやる」


「了解」


 昨夜と打って変わり野営地の朝は慌ただしかった。
 無論十分な訓練の成果か、急な作戦変更に対し各々の兵は的確にかつ迅速に行動し、撤収の準備を終えていたが、それぞれの表情には確かに緊張の色が浮かんでいた。


 近くの宿場町より数頭の駅馬を借り受けることはできたものの、全ての兵にあてがうほどの数は確保することはできなかった。
 フレイヤは兵の疲労とロージアンの移動を考慮して慎重な行軍日程を組み、森を後にした。



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