夢奪われた劣等剣士は銀の姫の守護騎士となり悪徳貴族に叛逆する
吹雪の中の死闘
吹雪の中、レオンの光剣がまっすぐ振り下ろされた。四人は脇に避けて躱すがその剣が通った先は、地面がえぐり取られたようにめくれ上がっていた。
「油断しないでまだ来る」
今度は小型の光の剣が矢のように天から放たれた。それも一発二発ではなく数百といった具合だ。
四人は散開して全力で走って躱すが、それらが止むとまた巨大な光剣が叩きつけられる。
その度に雪原は地形を変え、エルド達はまるで自然災害と戦っているような錯覚に陥った。しばらくの間、振り下ろされる光の柱と合間を縫うように降り注ぐ光剣を躱していくが、やがて雪原の中心から円を描くように光の柱が真横に振るわれた。
「な!?」
それはまるで城壁そのものが襲いかかってくるような光景であった。光の壁は地表を削り取りながらエルド達を呑み込もうとする。
「おいおいおいおい」
慌てふためいたカイムは急いで足元に風をまとうと、跳躍してそれを何とか躱した。そのあまりのでたらめな攻撃に戦慄する。
レオンがその光を振り終えると、後に残ったのは地表が焦げ付き、木々や岩石の消滅した、完全な更地であった。
「大振りすぎて隙だらけだよ」
だがいつの間にか接近していたのか、エルドはレオンに渾身の一太刀見舞った。
「やれやれ」
しかし、レオンはそちらを見ようともせず腰元から小ぶりの短剣を引き抜くと、難なくその一撃を止めた。一瞥もくれず体勢すら変えずにエルドの剣を受け止めるその様は、まるで赤子の頭を押さえてその突進を止める父のような気軽さであった。
「はっ」
短剣でエルドを払うと、レオンは回し蹴りエルドに見舞った。
「っ!?」
まともにその一撃を食らったエルドは血を吐き捨てると、再び剣を振るって応戦した。
「学習能力がない」
しかし、相変わらずレオンは短剣のみでエルドの斬撃を軽くいなすと、その度にカウンターの蹴りを見舞い、エルドをいたぶった。
(昂ぶるな……力の差はわかっていた)
体の回転とともに見舞われる斬撃と蹴りの応酬にやがて防戦一方となるエルドであったが、その攻撃にじっと耐え続ける。すると、レオンの足元に旋風が巻き起こた。それは風の檻のようにレオンの動きを封じようとまとわりつき始めた。
レオンは気を一瞬、解放するだけで難なくそれを振り払ってしまうが、それで連携は終わらず、次は光の鎖がレオンを絡め取ろうと伸びてきた。しかし――――
「こんなものですか、殿下」
レオンはその鎖を素手で掴むと冷たく吐き捨てた。
次の瞬間、レオンは鎖ごとアリシアの体を引っ張り上げたかと思うと、宙に舞ったアリシアを分銅鎖のように振り回し、地面に叩きつけた。何度も何度も。
「かはっ……」
「この程度の力しか無いのなら到底――――ッ!!」
レオンは"何か"を察知し、咄嗟に鎖を離すと、跳躍して錐揉み回転しながらその"何か"を回避した。
「正確な射撃だった。今のは流石に驚いたよ……」
圧倒的絶望として君臨していたレオンを初めて驚かせたのは、フィリアの放った一撃であった。
「嘘……まさか勘付かれるなんて」
タイミングはおそらく完璧だった。しかし、射撃の際に漏れるほんの僅かな敵意、それを感知しただけでレオンは完璧に回避してみせた。
それは戦場に身を置き、常に命を狙われ続ける極限状態でのみ培われる戦士の勘であった。
「僕らの年の頃には戦場に出ていたんだ。やはり強い……」
「彼らが……あのベガたちが現れなければ。事態が動くには余りにも早すぎた」
それはレオンの心からの嘆きであった。今年の公国はそれまでと雰囲気を異にしていた。暗躍する強者たち、彼らや貴族の陰謀により、この国の抱える問題は徐々に先鋭化し始めていた。
差別や格差など、長い時間をかけてゆっくりと解決すべき諸問題が、ちょうど国を憂う若者たちの巡礼の年に加熱するなど不運としか言いようがなかった。
「これで終わりにしよう。そして後は僕たちに任せてくれ……」
レオンは長剣を上段に構えた。すると刀身を包むように光刃が形成された。今までの派手な攻撃とは打って変わり派手さはないが、凝縮されたその魔力は凄まじいものであった。およそこの世のものとは思えない光の奔流と輝きがその光刃の凄まじさを物語っていた。
――刹那、レオンの姿が消えた。
目にも止まらぬ速さで、エルドとカイム、フィリアを叩き潰すと、次に現れたのは地に伏せるアリシアの目の前であった。
「ッ……ア、アリシア!!」
エルドが叫ぶ。しかし、エルドにはもはや立ち上がる気力はなかった。
容赦なくその身を断つように振るわれるレオンの剣、もはや絶体絶命であった。
「!!」
しかしその剣は、アリシアの細剣で受け止められていた。
エルドの剣すら容易くいなすレオンの剣だ。力で劣り、しかも先程の容赦のない猛攻でのアリシアにまさか止められるとは思っておらずレオンの表情に驚愕の色が浮かんでいた。
「……ありがとうございます、レオン少佐」
先ほど地面に叩きつけられた怪我か、頭から血を流しながらアリシアはそう言った。
「あなたのおかげで目が覚めました。魔人に数えられる少佐の剣、その身に受けて実感しました。自分は遅すぎたのだと」
アリシアは剣を受け止めたままゆっくりと立ち上がる。
「私にはエルドほどの力も、カイムくんほどの戦いの技も、フィリアさんのような狙撃の技術も持っていません。ですが力が無いならかき集めればいい。この身に宿る霊子をありったけ。技術がなければ盗めばいい。手本はいくらでもある」
レオンとて力は込めている。だが、アリシアの発揮する力が余りにも大きかったのだ。全身に迸る霊子を力に変え、アリシアは必死に抗っていた。
「たとえそれが戦いの最中でも、私は成長してみせます!!」
裂帛の気合を込めた一振りでアリシアはレオンを弾き飛ばした。
その身からはエルド達の目にもはっきり映るほどの闘気が迸っていた。
「何をやっているのですか、皆さん! 気合を入れなさい。私に出来るなら貴方たちにだってできるはずです」
戦女神のような苛烈さでアリシアは檄を飛ばす。それに触発されて皆何とか立ち上がろうとする。既に体力は限界を迎えた、しかし渾身の気力を振り絞り立ち上がろうとしたその時、エルド達の身体が霊力を迸らせ始めた。
人は女神の息吹にして力の根源たる霊子をその身に宿す。
それは等しく人に与えられた祝福であるがその全容を理解し、全てを引き出すには長い年月を要し、大抵の人間はそのほんの一欠片しか力を引き出せずに一生を終える。
しかし、その只人の壁を超えた者だけがその身を、精神を劇的に成長させ、武術・魔道・学問・技術、様々な分野において才能を伸ばすことができる。アリシア達は今、その壁を一つ乗り越えた。
「どうやら果てのない至境への道の入口に立ったか。だが所詮は、ほんの一端を垣間見たに過ぎない。ここで終わるか、それともその先へと至るか、今から示してみろ」
レオンは声を荒げて剣を掲げると、雲を裂いて無数の光の奔流がエルド達に降り注いだ。まるで、神の御業のように降り注ぐ、消滅の光だ。
しかし、今度は焦ることなく冷静にその軌道を見抜いて回避する。
その回避の隙を突こうとレオンが斬りかかるが、最初に狙われたカイムは風の障壁でそれを受け止めると風翼を生やし空を舞う。
それを撃ち落とそうと天から注ぐ光が軌道を変えながら襲いかかるが、カイムは旋回しながら飛翔するとその全てを回避した。
そして、先程の光剣への意趣返しと言わんばかりに無数の風の槍を生成して、一気にそれらを放つ。レオンはまっすぐ飛んでくるそれを回避しようとしたが、レオンの動きに合わせてそれらは追尾してきた。
「なら、これで」
回避が無理なら撃ち落とさんと光剣を展開して、槍めがけて撃ち放った。すると風槍はすべて撃ちとされて、煙を上げて爆ぜた。
しかし、攻撃の手は緩まない。煙の向こうから一気に接近してきたのはフィリアであった。フィリアは大型銃を切り離すと、小型の二挺拳銃を構えて霊子の弾丸を至近距離から放った。
「甘い」
レオンは剣を盾にしてそれらを防ぐ。しかしフィリアは、ブーツの機構を作動させた。ぶぅんと振動すると、脛の全面に光の刃を展開された。
「はっ!!」
フィリアは身軽な動きで銃撃と蹴りを織り交ぜた体術を見舞うと、さすがのレオンは防戦一方になりその場に釘付けになった。
(先ほどと違ってみんなの一撃が重い。どうやら殻は破れたみたいだ)
レオンは口元をわずかに綻ばせた。そして、未だに攻撃に加わらないエルドの出現を警戒した。
(どこだ? どこからくる?)
その間もフィリアの猛攻が止むことはない。それらを全て防ぎながらレオンは、周囲に警戒をやる。しかし、次に襲いかかってきたのは頭上から降り注いだ光剣の数々であった。
「!?」
警戒の埒外から叩きつけられた光剣を躱そうと、レオンは後方に跳躍した。
「少佐の技、真似てみましたがどうでしょうか?」
「ハハ。こうもあっさり模倣されるとやや悔しく感じますね」
レオンはたまらず笑っていた。アリシア達の急成長もそうだが、それ以上に四人がかりとは言え自分を追い詰める強者が現れたからだ。
エルドは言わずもがな、アリシア、カイム、フィリアの三人もまた学生時代、武芸で好成績を修めていた。大抵の者が泣いて逃げ出す過酷な修行もこなした。
後はほんの少し殻を突き破れば、その身に宿る力の可能性は無限なのだと気付ければ、と臨んだ戦いであったが、その成果は上々であった。
「何を笑ってるのさ。こっちは必死だってのに」
挑発と捉えたのかエルドは上空からその大剣を叩きつけてきた。先ほどとは違いその一撃はより鋭くより重い。真正面からそれを受け止めると、その衝撃が余波となり、レオンの足場を崩した。
二人はそのまま鍔迫り合った。
「やれやれ、発破をかけすぎたかな?」
「やはり最初からそれが狙いだったんだね。でも……だからってアリシアをあんな風に叩きつけるなんて許せないよ」
エルドは斬り結んだレオンを吹き飛ばした。そして、後方に下がったレオンに追撃を加える。レオンはそれらを全て躱すが、空を切ったエルドの一撃はその度に地面を叩き割った。
「馬鹿力だなあ……」
呆れるようにレオンは躱し続ける。しかし、やがてその攻撃にカイムの暴風が加わった。しかも質の悪いことに不規則な攻撃をようやく躱すレオンを狙いすましたようにフィリアの狙撃が襲いかかった。
「さすがに攻めあぐねるな」
どうしたものかと思案するレオンだが、背後から迫ったアリシアがそれを許さなかった。
流石に剣技では勝るため全て防ぎ切るが、アリシアは隙のない連撃を容赦なく浴びせてくる。そうして斬り合いを続けていると、アリシアは真正面から突きを繰り出し、同時にレオンが放ったものによく似た、巨大な光剣を練り上げて、まるで砲撃のようにレオンに叩きつけた。
「ぬぅっ」
たまらず光の防壁を周囲に展開して耐えるが、それが好機と言わんばかりにカイムは巨大な旋風を、フィリアは極太の光条をそれぞれ撃ち放った。
至近距離から放たれた三位一体の砲撃は、防壁を食い破らんとレオンに襲いかかり、やがてその防壁にヒビを入れた。それでもレオンは新たに魔力を練り、何とかそれを凌いだ。
しかし、それらは前座に過ぎなかった。
レオンの払った雲の隙間から差す陽光を背に、エルドは上下から襲う剣撃の顎を放った。それはレオンの防壁を食い破った。
「っ!?」
レオンは剣を盾にし、防壁ごと食い破ったエルドの剣を防いだ。
「さすがに今の一撃は焦った」
まさかガラスのようにあっさりと破られるとは思っていなかった。しかしエルドは今の一撃で体力を使い果たしたらしく、レオンはの放つ回し蹴りをまともに食らい、後方に吹き飛んだ。
「ごふっ……」
まともに腹部に蹴りを受けたエルドは力尽き、剣を支えに膝をつく。
「これでも届かないのか」
それぞれが今持てる全てを尽くした乾坤一擲のコンビネーションであった。しかし、それでもレオンにダメージを与えることはできなかったのだ。他の三人も、砲撃で霊子が尽きるとその場で膝をついた。
「いや、どうやらエルド達の勝ちみたいだね」
「え……」
次の瞬間、レオンの左の肩鎧がほんの僅か砕け散った。
「わずかだけど、一太刀は一太刀だ。認めよう。君たちならあのジャファル相手に食い下がれるかもしれない」
そう言って一息つくと、レオンは下山しようとする。
「空も晴れたみたいだし、ここまで天馬を連れてくるよ、しばらく休んでいるといい」
四人とは対照的に息を乱した様子もなく、レオンはそのまま消え去っていった。一行はそれを見送ると、ぐでんと寝転がった。
「ねえ、エルド?」
「何ですか?」
「吹雪が晴れたと言ってますけど……」
一同が空を仰ぐ。
「あの雲を吹き飛ばしたの少佐ですよね……」
「……………………」
一行はぼーっと空を眺めた。
「届かねえなあ……」
ぽつりと呟いたカイムの声が空に虚しく響いた。
「油断しないでまだ来る」
今度は小型の光の剣が矢のように天から放たれた。それも一発二発ではなく数百といった具合だ。
四人は散開して全力で走って躱すが、それらが止むとまた巨大な光剣が叩きつけられる。
その度に雪原は地形を変え、エルド達はまるで自然災害と戦っているような錯覚に陥った。しばらくの間、振り下ろされる光の柱と合間を縫うように降り注ぐ光剣を躱していくが、やがて雪原の中心から円を描くように光の柱が真横に振るわれた。
「な!?」
それはまるで城壁そのものが襲いかかってくるような光景であった。光の壁は地表を削り取りながらエルド達を呑み込もうとする。
「おいおいおいおい」
慌てふためいたカイムは急いで足元に風をまとうと、跳躍してそれを何とか躱した。そのあまりのでたらめな攻撃に戦慄する。
レオンがその光を振り終えると、後に残ったのは地表が焦げ付き、木々や岩石の消滅した、完全な更地であった。
「大振りすぎて隙だらけだよ」
だがいつの間にか接近していたのか、エルドはレオンに渾身の一太刀見舞った。
「やれやれ」
しかし、レオンはそちらを見ようともせず腰元から小ぶりの短剣を引き抜くと、難なくその一撃を止めた。一瞥もくれず体勢すら変えずにエルドの剣を受け止めるその様は、まるで赤子の頭を押さえてその突進を止める父のような気軽さであった。
「はっ」
短剣でエルドを払うと、レオンは回し蹴りエルドに見舞った。
「っ!?」
まともにその一撃を食らったエルドは血を吐き捨てると、再び剣を振るって応戦した。
「学習能力がない」
しかし、相変わらずレオンは短剣のみでエルドの斬撃を軽くいなすと、その度にカウンターの蹴りを見舞い、エルドをいたぶった。
(昂ぶるな……力の差はわかっていた)
体の回転とともに見舞われる斬撃と蹴りの応酬にやがて防戦一方となるエルドであったが、その攻撃にじっと耐え続ける。すると、レオンの足元に旋風が巻き起こた。それは風の檻のようにレオンの動きを封じようとまとわりつき始めた。
レオンは気を一瞬、解放するだけで難なくそれを振り払ってしまうが、それで連携は終わらず、次は光の鎖がレオンを絡め取ろうと伸びてきた。しかし――――
「こんなものですか、殿下」
レオンはその鎖を素手で掴むと冷たく吐き捨てた。
次の瞬間、レオンは鎖ごとアリシアの体を引っ張り上げたかと思うと、宙に舞ったアリシアを分銅鎖のように振り回し、地面に叩きつけた。何度も何度も。
「かはっ……」
「この程度の力しか無いのなら到底――――ッ!!」
レオンは"何か"を察知し、咄嗟に鎖を離すと、跳躍して錐揉み回転しながらその"何か"を回避した。
「正確な射撃だった。今のは流石に驚いたよ……」
圧倒的絶望として君臨していたレオンを初めて驚かせたのは、フィリアの放った一撃であった。
「嘘……まさか勘付かれるなんて」
タイミングはおそらく完璧だった。しかし、射撃の際に漏れるほんの僅かな敵意、それを感知しただけでレオンは完璧に回避してみせた。
それは戦場に身を置き、常に命を狙われ続ける極限状態でのみ培われる戦士の勘であった。
「僕らの年の頃には戦場に出ていたんだ。やはり強い……」
「彼らが……あのベガたちが現れなければ。事態が動くには余りにも早すぎた」
それはレオンの心からの嘆きであった。今年の公国はそれまでと雰囲気を異にしていた。暗躍する強者たち、彼らや貴族の陰謀により、この国の抱える問題は徐々に先鋭化し始めていた。
差別や格差など、長い時間をかけてゆっくりと解決すべき諸問題が、ちょうど国を憂う若者たちの巡礼の年に加熱するなど不運としか言いようがなかった。
「これで終わりにしよう。そして後は僕たちに任せてくれ……」
レオンは長剣を上段に構えた。すると刀身を包むように光刃が形成された。今までの派手な攻撃とは打って変わり派手さはないが、凝縮されたその魔力は凄まじいものであった。およそこの世のものとは思えない光の奔流と輝きがその光刃の凄まじさを物語っていた。
――刹那、レオンの姿が消えた。
目にも止まらぬ速さで、エルドとカイム、フィリアを叩き潰すと、次に現れたのは地に伏せるアリシアの目の前であった。
「ッ……ア、アリシア!!」
エルドが叫ぶ。しかし、エルドにはもはや立ち上がる気力はなかった。
容赦なくその身を断つように振るわれるレオンの剣、もはや絶体絶命であった。
「!!」
しかしその剣は、アリシアの細剣で受け止められていた。
エルドの剣すら容易くいなすレオンの剣だ。力で劣り、しかも先程の容赦のない猛攻でのアリシアにまさか止められるとは思っておらずレオンの表情に驚愕の色が浮かんでいた。
「……ありがとうございます、レオン少佐」
先ほど地面に叩きつけられた怪我か、頭から血を流しながらアリシアはそう言った。
「あなたのおかげで目が覚めました。魔人に数えられる少佐の剣、その身に受けて実感しました。自分は遅すぎたのだと」
アリシアは剣を受け止めたままゆっくりと立ち上がる。
「私にはエルドほどの力も、カイムくんほどの戦いの技も、フィリアさんのような狙撃の技術も持っていません。ですが力が無いならかき集めればいい。この身に宿る霊子をありったけ。技術がなければ盗めばいい。手本はいくらでもある」
レオンとて力は込めている。だが、アリシアの発揮する力が余りにも大きかったのだ。全身に迸る霊子を力に変え、アリシアは必死に抗っていた。
「たとえそれが戦いの最中でも、私は成長してみせます!!」
裂帛の気合を込めた一振りでアリシアはレオンを弾き飛ばした。
その身からはエルド達の目にもはっきり映るほどの闘気が迸っていた。
「何をやっているのですか、皆さん! 気合を入れなさい。私に出来るなら貴方たちにだってできるはずです」
戦女神のような苛烈さでアリシアは檄を飛ばす。それに触発されて皆何とか立ち上がろうとする。既に体力は限界を迎えた、しかし渾身の気力を振り絞り立ち上がろうとしたその時、エルド達の身体が霊力を迸らせ始めた。
人は女神の息吹にして力の根源たる霊子をその身に宿す。
それは等しく人に与えられた祝福であるがその全容を理解し、全てを引き出すには長い年月を要し、大抵の人間はそのほんの一欠片しか力を引き出せずに一生を終える。
しかし、その只人の壁を超えた者だけがその身を、精神を劇的に成長させ、武術・魔道・学問・技術、様々な分野において才能を伸ばすことができる。アリシア達は今、その壁を一つ乗り越えた。
「どうやら果てのない至境への道の入口に立ったか。だが所詮は、ほんの一端を垣間見たに過ぎない。ここで終わるか、それともその先へと至るか、今から示してみろ」
レオンは声を荒げて剣を掲げると、雲を裂いて無数の光の奔流がエルド達に降り注いだ。まるで、神の御業のように降り注ぐ、消滅の光だ。
しかし、今度は焦ることなく冷静にその軌道を見抜いて回避する。
その回避の隙を突こうとレオンが斬りかかるが、最初に狙われたカイムは風の障壁でそれを受け止めると風翼を生やし空を舞う。
それを撃ち落とそうと天から注ぐ光が軌道を変えながら襲いかかるが、カイムは旋回しながら飛翔するとその全てを回避した。
そして、先程の光剣への意趣返しと言わんばかりに無数の風の槍を生成して、一気にそれらを放つ。レオンはまっすぐ飛んでくるそれを回避しようとしたが、レオンの動きに合わせてそれらは追尾してきた。
「なら、これで」
回避が無理なら撃ち落とさんと光剣を展開して、槍めがけて撃ち放った。すると風槍はすべて撃ちとされて、煙を上げて爆ぜた。
しかし、攻撃の手は緩まない。煙の向こうから一気に接近してきたのはフィリアであった。フィリアは大型銃を切り離すと、小型の二挺拳銃を構えて霊子の弾丸を至近距離から放った。
「甘い」
レオンは剣を盾にしてそれらを防ぐ。しかしフィリアは、ブーツの機構を作動させた。ぶぅんと振動すると、脛の全面に光の刃を展開された。
「はっ!!」
フィリアは身軽な動きで銃撃と蹴りを織り交ぜた体術を見舞うと、さすがのレオンは防戦一方になりその場に釘付けになった。
(先ほどと違ってみんなの一撃が重い。どうやら殻は破れたみたいだ)
レオンは口元をわずかに綻ばせた。そして、未だに攻撃に加わらないエルドの出現を警戒した。
(どこだ? どこからくる?)
その間もフィリアの猛攻が止むことはない。それらを全て防ぎながらレオンは、周囲に警戒をやる。しかし、次に襲いかかってきたのは頭上から降り注いだ光剣の数々であった。
「!?」
警戒の埒外から叩きつけられた光剣を躱そうと、レオンは後方に跳躍した。
「少佐の技、真似てみましたがどうでしょうか?」
「ハハ。こうもあっさり模倣されるとやや悔しく感じますね」
レオンはたまらず笑っていた。アリシア達の急成長もそうだが、それ以上に四人がかりとは言え自分を追い詰める強者が現れたからだ。
エルドは言わずもがな、アリシア、カイム、フィリアの三人もまた学生時代、武芸で好成績を修めていた。大抵の者が泣いて逃げ出す過酷な修行もこなした。
後はほんの少し殻を突き破れば、その身に宿る力の可能性は無限なのだと気付ければ、と臨んだ戦いであったが、その成果は上々であった。
「何を笑ってるのさ。こっちは必死だってのに」
挑発と捉えたのかエルドは上空からその大剣を叩きつけてきた。先ほどとは違いその一撃はより鋭くより重い。真正面からそれを受け止めると、その衝撃が余波となり、レオンの足場を崩した。
二人はそのまま鍔迫り合った。
「やれやれ、発破をかけすぎたかな?」
「やはり最初からそれが狙いだったんだね。でも……だからってアリシアをあんな風に叩きつけるなんて許せないよ」
エルドは斬り結んだレオンを吹き飛ばした。そして、後方に下がったレオンに追撃を加える。レオンはそれらを全て躱すが、空を切ったエルドの一撃はその度に地面を叩き割った。
「馬鹿力だなあ……」
呆れるようにレオンは躱し続ける。しかし、やがてその攻撃にカイムの暴風が加わった。しかも質の悪いことに不規則な攻撃をようやく躱すレオンを狙いすましたようにフィリアの狙撃が襲いかかった。
「さすがに攻めあぐねるな」
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流石に剣技では勝るため全て防ぎ切るが、アリシアは隙のない連撃を容赦なく浴びせてくる。そうして斬り合いを続けていると、アリシアは真正面から突きを繰り出し、同時にレオンが放ったものによく似た、巨大な光剣を練り上げて、まるで砲撃のようにレオンに叩きつけた。
「ぬぅっ」
たまらず光の防壁を周囲に展開して耐えるが、それが好機と言わんばかりにカイムは巨大な旋風を、フィリアは極太の光条をそれぞれ撃ち放った。
至近距離から放たれた三位一体の砲撃は、防壁を食い破らんとレオンに襲いかかり、やがてその防壁にヒビを入れた。それでもレオンは新たに魔力を練り、何とかそれを凌いだ。
しかし、それらは前座に過ぎなかった。
レオンの払った雲の隙間から差す陽光を背に、エルドは上下から襲う剣撃の顎を放った。それはレオンの防壁を食い破った。
「っ!?」
レオンは剣を盾にし、防壁ごと食い破ったエルドの剣を防いだ。
「さすがに今の一撃は焦った」
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「ごふっ……」
まともに腹部に蹴りを受けたエルドは力尽き、剣を支えに膝をつく。
「これでも届かないのか」
それぞれが今持てる全てを尽くした乾坤一擲のコンビネーションであった。しかし、それでもレオンにダメージを与えることはできなかったのだ。他の三人も、砲撃で霊子が尽きるとその場で膝をついた。
「いや、どうやらエルド達の勝ちみたいだね」
「え……」
次の瞬間、レオンの左の肩鎧がほんの僅か砕け散った。
「わずかだけど、一太刀は一太刀だ。認めよう。君たちならあのジャファル相手に食い下がれるかもしれない」
そう言って一息つくと、レオンは下山しようとする。
「空も晴れたみたいだし、ここまで天馬を連れてくるよ、しばらく休んでいるといい」
四人とは対照的に息を乱した様子もなく、レオンはそのまま消え去っていった。一行はそれを見送ると、ぐでんと寝転がった。
「ねえ、エルド?」
「何ですか?」
「吹雪が晴れたと言ってますけど……」
一同が空を仰ぐ。
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「……………………」
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