夢奪われた劣等剣士は銀の姫の守護騎士となり悪徳貴族に叛逆する

水都 蓮

フィリアの過去

「母さんが命を落としたあの戦い、私もそこにいた。母さんの人質として。事前にロージアン伯の意図に気付いたお父さんは必死に抵抗して私を連れ戻そうとしたけど、伯爵位相手じゃそれもできなくて……」


 フィリアはゆっくりと記憶の糸を辿りながら当時の状況を語る。しかし思い出した過去の重さから、時折フィリアは苦しげな表情を見せる。


「おいフィリア、無理はするな」


「大丈夫、ありがとう。そして、あの撤退戦が始まった時、兵士達は私達を人質にイシュメルの人達を囮にしたの。そして退路を断つと私達を追いて逃げ去ってしまった。まだ幼かった私は逃げ惑い、やがて帝国兵に取り囲まれた。向こうも慌てふためいていて、取り出したナイフで私に襲いかかった。それを救ってくれたのがお母さんとジャファルさんの奥さんだった。二人は帝国兵をまたたく間に倒すと私に駆け寄った。だけどそこに敵が放った無数の矢が降り注いだ。二人は必死に私をかばうように覆いかぶさった。それが私の最後の記憶……」


 一行は、ただじっとフィリアの言葉に耳を傾けていた。


「私のせいで死んだようなものなんだ……だから……」


 フィリアは声を振り絞る。


「だけど、フィリアそれは……」


 そのフィリアの様子が見ていられず、カイムはたまらず口を開いた。悲しい記憶を掘り起こすその姿も、そのことに罪悪を感じて自分を責めるその姿も、何もかもがカイムにとって辛いものであった。だが――


「分かってる!! 二人が私を守ってくれたんだって。でも、そんなの堪えられない……背負いきれないよ……いっそ恨んでくれた方が楽なのに!! 私は二人の人間の命を奪ってしまった……私が幼かったばかりに!! そのせいでお父さんも、叔父様も、大切な人を失って、叔父様はこの国と敵対する決断をした……叔父様を追い詰めた原因が私にあったのかもしれない、そう考えたら――」


「フィリア!!」


 カイムは整理できない感情の奔流を吐露するフィリアの両頬を思い切りひっぱたいた。そして頬をひっつかむと、ぐにゃりと引っ張り上げる。


「カ、カイムくん?」


 間近に見ていたアリシアが目を丸くした。


「ふぁ、ふぁにするの! ひはい、ひはい!」


「フィリア、俺はその場に居なかったしその二人のことも知らないから勝手なことは言えないが……お前がそんな風に自分を責めてるのを見るのは辛い」


 カイムは心からそう言った。


「俺は親の顔も、愛も知らずに、掃き溜めのような場所で育った。だが、幸いなことにクソジジイに拾われてエルドと出会って、誰か大切に想い、愛する気持ちを得る縁に恵まれた。最初にジジイとエルド、次にお前だ、フィリア」


「ふぁいむくん……」


「俺は『掃き溜め』で数多くの理不尽な死を見てきた。後悔だって数え切れないほどしてきた。だが後悔は人を蝕み続ける呪いだ。拭えない過去は、いつまでも自分を苛み続けることしかしない。なら俺たちは過ちを価値ある未来に繋げればいい。自分を苛むだけの過去に縛られ続けるなんてばかばかしい。少なくとも俺はそう思ってる。お前はどうだ?」


「…………」


「フィリア?」


 カイムは必死にフィリアに語りかけたが、フィリアは何も答えず、黙りこくったままであった。


「……はなひて」


 やがて口を開くと、ただ一言そう告げた。


「え?」


「はなひてっていっへるの!」


 フィリアは言うやいなやカイムを突き飛ばす。結構な力だったため、たまらずカイムは尻餅をついた。


「頬がじんじんする痛いよ……」


「わ、悪い……」


 頬をさするとフィリアは再び黙り込む。そして一息するとやがて口を開いた。


「私はね、イシュメル人たちが平和に暮らせるそんな国にしたい。みんな優しくて穏やかな人達なのに、その見た目や、文化のせいでみんなに怖がられる。私のこの耳だって昔から周りの子達から奇異な目で見られ、恐れられてきた」


 フィリアは獣の耳を揺らす。


「だから私がその偏見を変える。確かに見た目も文化も違うかもしれない。でも、同じように人を愛し、労る気持ちを持っている。だからお互いを恐れなくたっていいと思うの。ただ、自分たちの望み願うことを為せば、時にぶつかることもあるけどそんな時はお互いを尊重して譲り合う。言うほど簡単じゃないけど、こうして見た目の違う私達だって友だちになれた。だからこの国だって変えられる。そうすれば私も、お母さんたちに命を救われたこと、前向きに捉えられるようになる……かな?」


 それはフィリアが漠然と心に願っていた想いだ。こうして母の死と向き合うことで、初めてフィリアはその願いを形にすることが出来た。


「分からん、その時になってみないとな。だが過去の自分を責めてうじうじしてるよりずっと良い、俺はそう思う」


「…………うん。でもカイムも協力してよね」


「ああ。俺がこうして生きていられるのもこの国に住む色んな人間のおかげだ。イシュメル人だってそうだ。だから俺ができることなら何だってする」


 カイムとフィリアは決意を新たにする。


「ふふ……」


 その時、アリシアの笑みがこぼれた。二人のやり取りを見守っていたアリシアは穏やかな表情を浮かべていた。


「とても良い場面に立ち会わせてもらいました。フィリアの秘めた想いを知ってとても良い気分です」


「妹のような存在がこうして僕の手を離れて立派になるのは少し妬けるけど、でもこれでもう心配はないかな」


 キシュワードはフィリアを見て目を細めた。


「あの時、僕は君に覆いかぶさるように絶命していた二人を見つけた。どれほどのことが起こったのか、想像に難くなかったし、きっと君はそのことに堪えられないと思った。でも、幸い君は恐怖とショックで記憶を失っていたから、正直好都合だと思ったよ。でもこうして今のフィリアを見ていると、それも僕のエゴだったのかもしれない」


「そんなことないよ。きっとキシュワードさんの言う通りだと思う。私はあの時の記憶に堪えられなかった。だからあの時の出来事を忘れてしまったんだ。でもキシュワードさん、それにきっとお父さんとジャファルさんも私を想って真実を隠してくれたおかげで、カイムやみんなと出会って、こうして向き合うことが出来た。私はそうやってみんなに支えられて一つの答えを出せたんだと思う。だからありがとう、みんな」


 フィリアは満面の笑みを浮かべて、礼を言った。その目の端には一筋の雫が伝っていたが、きっとそれはさっきの雫とは違うだろう。


 死者の眠る荘厳な場所だと言うのに、今はその静謐さが心地よかった。


「いい仲間に恵まれたようだな」


 ――いつの間にか、一行の背後にジャファルが立っていた。

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