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夢奪われた劣等剣士は銀の姫の守護騎士となり悪徳貴族に叛逆する

水都 蓮

墓参り

 イシュメル人街の裏手にある、爽やかな風吹き抜ける丘の上、立派な巨木の下に墓石がずらりと並んでいた。
 遠く離れた故郷を想い、彼らは遠くを見通せる高台に骨を埋めるという。


 フィリアは、アリシアとカイム、そしてキシュワードを連れて墓地を訪れていた。


「しかし、良かったのか? 俺なんか連れてきて」


 ここはイシュメルの人間の眠る神聖な場所だ。自分のような素性の知れない人間を招いて良いのだろうか。カイムはなんだかここにいるのが場違いなようで、気が引けた。


「うん、もちろん。むしろ、みんなを紹介したかったし。エルドは居ないけど、またの機会かな」


「フィリア、ありがとう私も連れてきてくれて」


 アリシアが礼をする。


「ううん、こちらこそ。先代の娘さんが来たって知ったらお母さんもきっと喜ぶよ」


「おふくろさんの墓か。イシュメル人も俺らみたいに墓石を立てるんだな」


「水精を崇めているけど、女神への信仰は忘れたわけじゃないから。といっても遺体があるわけじゃないんだけど」


 フィリア達が尋ねたのは、巨木の下に建てられた戦没者の慰霊碑だ。彼らはみな遠くの地で命を落とし、遺体は帰還していない。《巡遊の民》の中には、かつての仲間であったイシュメル人のために遺骨を届けようという動きもあるが、誰の遺骨かの判定が困難であることからうまくはいっていなかった。


 母を尋ねたのに、ここに彼女は居ない。その寂しさが、フィリアの表情を悲しげなものにする。


「……人の魂は死んだ後、神樹の根を伝って女神の下に行くらしい。それなら根を伝ってここに立ち寄ってるかもしれんぞ」


 単なる迷信だ。真実を知るものは居ない。だが、カイムはフィリアの気を少しでも晴らそうと言葉を紡いだ。


「何それ、カイムって意外とロマンチストだね」


 だが効果はあったのか、くすくすとフィリアは笑顔を浮かべた。カイムは「ほっとけ」と不服そうに呟く。柄でもないことを言ったからか顔を赤くしていた。


 和やかな雰囲気の中、一行は慰霊碑の前で手を合わせた。


 長い沈黙、彼らはその胸の中で、死者にどのような言葉をかけたのだろうか。






「さて……」


 黙祷を終えると、意を決したようにキシュワードが口を開いた。


「昨日の話の続きをしようか、フィリア」


 十年前の真実が明かされる時が来た。


「イシュメルの抱える怨恨、その全てはあの時に遡る」


 ――――トラファルガー砦奪還作戦に。










 アリアナ自治州・州都グリューネ、その鼻先まで帝国軍が攻めてきた時、とある貴族は目前に迫る敵の脅威と、戦功に焦る気持ちからとある作戦を提案した。


 トラファルガー砦の奪還作戦である。


 ある霧の日、砦を囲うトランシルヴァニアの森をイシュメルとロージアン伯爵軍の混成部隊が進軍していた。
 敵に気付かれないように砦を包囲した部隊は、一斉に放たれた魔法による砲撃を合図に進軍を開始した。
 そして、砲撃を縫うように天馬を駆って内部に侵入したイシュメル人の電撃的な攻城で、あっさり砦は制圧された。
 当時極秘に開発された通信機能を持つ魔導機を用いた連携は見事で、歴史的な大勝利として後の世に記される、その筈であった。


 しかし、砦を奪還した彼らを待っていたのは、ロージアンの部隊を遥かに超える数の帝国兵であった。作戦は敵に漏れていた。砦を餌に森に誘い込まれた彼らは火攻めに会い、退路を断たれたのだ。


 その恐怖に錯乱したロージアンが提案したのが、イシュメル人を盾にして撤退するという作戦である。
 さすがのイシュメル人にも反発するものがいたが、ロージアンは信じられない方法で彼らを従わせた。


 戦場に密かに連れてきた彼らの家族を人質にするという、愚劣極まりない方法で――――










「チッ、貴族ってのはそんなのしか居ないのか」


 カイムが悪態をつく。仮にも民を守るべき存在である貴族が、義務を放棄して異民族を盾に逃げ出すなど末代までの笑いものだ。
 歴史の教科書にトラファルガー砦の作戦について一切の記載がなかったのも、彼らの醜態を隠すためなのではないか。カイムは邪推した。


「恨まれて……当然ですね。むしろ、彼らは一度その恨みを飲み込んでこの国に尽くしてくれた。それなのに、それに対する仕打ちがロージアン伯の今回の陰謀だというのなら、それはあまりにも酷く恥知らずな行いです」


 静かな口調であったが、アリシアは怒りにその身を震わせていた。


「これが十年前の出来事です。僕は当事者の一人ですから、中立とは言えませんが、少なくとも僕から見た当時の出来事はこのような感じです」


「…………」


 フィリアはキシュワードの話を聞いて、静かに目を瞑っていた。


「それがあのときの出来事だったんだ……」


 ようやく開いた口から紡がれた言葉には悲痛さのようなものが混じっていた。


「なんでずっと忘れてたんだろう……」


 フィリアは絞り出すような声で呟いた。


「フィリア、まさか記憶が!?」


「うん、全部思い出したよ……私が」


 フィリアの頬を一筋の雫が伝った。






 ――――私が母さんを死なせたんだ。

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