夢奪われた劣等剣士は銀の姫の守護騎士となり悪徳貴族に叛逆する
敗北
二人の衝突によって、周囲の壁から床、天井に至るまでそのほとんどが跡形もなく崩れ去り、あとに残ったのはわずかな足場のみであった。
むき出しになった庭園はどうやら遺跡の最上階にあったようで、壁の向こうは昏く遠い奈落の底へと続いていた。
さて、巻き起こった爆風がやがて晴れると、その中心にはボロボロになったレオンの姿があった。もはや剣を支えにしなければまともに立てないほど疲弊しきっているように見えた。対するベガも肩で息をするほど疲弊はしていたが、その鎧には傷が付いた様子はなかった。
「やれやれベガ殿は加減というものを知らない。アルヴァナイト製の壁が粉々だ。最もそれに抗する聖騎士殿も大概だけど」
ため息をつきながらイスマイルは目の前に展開していた障壁を解いた。どういうわけか、彼はエルドをかばうように防護壁を巡らせていたようだ。
その行動に疑問は尽きなかったが、今はレオンの様子が心配であった。エルドは不安そうにレオンに視線を向けた。
「やはりお前の力は私の想像を超えていた……子は親が居なくとも育つということか」
そう呟くベガの真意は、鎧に隠され窺い知ることは出来なかった。
「っ……かはっ……」
やがてレオンは、血を吐いて倒れ伏した。
互いの剣がぶつかりあった時こそ、傍目には互角に見えていたが、今地に倒れているのはレオンであった。
「そんな、レオンが負けるなんて……」
「いや、さすがは公国最高の騎士と謳われただけある。私も無傷では済まなかったか」
ベガは剣を地面に突き立てると、ゆっくりと膝をついた。見ると鎧の隙間を縫うように、大量の血痕が床に染み出ていた。
「ベガ殿があそこまで負傷するなんてね。流石にまずいね。それに時間切れのようだ」
イスマイルは瞬時にベガの隣に転移すると、今にも倒れそうなベガの身体を支えた。イスマイルの視線の先には親衛隊を引き連れ、遺跡へと駆けつけたフレイヤの姿があった。
「レオン!?」
フレイヤは地面に倒れ伏したレオンを見つけると血相を変えて駆け寄る。
「やあ、フレイヤ。しくじった……彼らを頼むよ」
「身体は無事なの?」
「ああ、少し休む。だから……」
そう言ってレオンが気を失うと、フレイヤはゆっくりと立ち上がり細剣を抜いた。直後、フレイヤの全身を包むように白炎が巻き起こった。
「っ……」
その眩いほどの劫火に、エルドは思わず目を瞑る。
フレイヤは白炎を頭上に集めると球状の塊へと変質させ、そして細剣をイスマイル達の方向へ突きつけると、まるで太陽のように膨れ上がったそれがイスマイル達を飲み込むように降り注いだ。
その熱さが膝をついていたエルドにも伝わってきた。
「少佐……?」
フレイヤの放った熱量は相当のものであった、およそ負傷した相手にぶつけるには容赦がなさすぎるほどに。その一撃に、エルドは僅かな怒りを感じ取った。
「っ……」
イスマイルは防壁をもってベガを守るが、フレイヤはその後も立て続けに火球を叩き込む、その猛攻に耐えられなかったのか、防壁にぴきりとヒビが入った。
「さすがにもたないか……」
度重なる灼炎に防壁がついに砕け散った。すると、親衛隊達は一糸乱れぬ足取りでイスマイル達を取り囲んだ。
「漸く、尻尾を掴んだぞ。公都における諸事件について洗いざらい話してもらおうか」
フレイヤは前に出るとイスマイル達に剣を突きつけた。その周囲を取り囲むのはいずれも実力者たちである。イスマイル達が逃れる隙はどこにもなかった。
「万事休すといったところか。私も体が動きそうにない」
「ベガ殿がそのような状態ならやむ無しか……」
しかしそのような危機的状況にあるにもかかわらず、イスマイルは余裕な態度を崩さず前へと躍り出た。
「この期に及んでまだ逃げられると?」
「ああ。奥の手を使わせてもらうよ」
そう言うと、イスマイルは指を鳴らした。
――――突如、世界が宵闇に包まれた。
先程いた遺跡とはうってかわり、無限に広がる果てのない光景が広がった。フレイヤは戸惑い、辺りを見回す。すると、ぴちゃりという水音が足元から響いた。
「水?」
どうやらフレイヤ達は湖面のような場所に立っているようだ。
「さあ、こちらをご覧」
イスマイルの声とともに、巨大な赤い月が空に浮かんだ。
その禍々しい光は湖面を照らし、親衛隊達を包み込んでいく。
「あ……」
その光に呑まれると、ふとフレイヤが脱力してその場にへたり込んだ。
「ど、どうして」
力抜けたというよりは、力が入らなくなったというのが正確だろうか。
眼の前の者達への敵意に満ちていた頭の中も、靄がかかったようになり何も考えることができなくなる。その場に居た親衛隊たちも同様に気力を失い倒れ込んでいた。
「まさか、これを見せないといけないなんて、侮っていたよ。ではベガ殿、参りましょうか」
「ああ」
膝をついていたベガがゆっくりと立ち上がる。
「どうやら霊子を使い果たしたようですし、私の転移術で」
二人の身体を青白い光が包み始めた。
「ま、待て……」
何とかエルドが立ち上がるが、イスマイルの放った術のせいで立つのがやっとの状態であった。
「この術を食らって、なおも立ち上がるか。聖騎士殿や親衛隊長殿も健闘したし、これはおひねりをやらないといけないかな」
イスマイルはエルドの方へと向き直った。
「な、何を言って……」
「ちょっとしたアドバイスさ。今回のイシュメル人達の怒りの淵源、その全てを明らかにしたかったら、彼らが襲った場所を調べるといい。臆病者のネズミくんが這い出る前に済ませることをおすすめするよ」
そう言ってイスマイルは優雅に一礼した。
「それでは、皆様ごきげんよう。この地であなた達がどのように立ち回るか、楽しみにさせてもらうよ」
「っ……!!」
エルドは僅かな気力を振り絞り、立ち去ろうとするイスマイル達に斬りかかった。しかし、折れた剣が届くよりも先に、二人の姿は粒子となって霧散してしまった。
むき出しになった庭園はどうやら遺跡の最上階にあったようで、壁の向こうは昏く遠い奈落の底へと続いていた。
さて、巻き起こった爆風がやがて晴れると、その中心にはボロボロになったレオンの姿があった。もはや剣を支えにしなければまともに立てないほど疲弊しきっているように見えた。対するベガも肩で息をするほど疲弊はしていたが、その鎧には傷が付いた様子はなかった。
「やれやれベガ殿は加減というものを知らない。アルヴァナイト製の壁が粉々だ。最もそれに抗する聖騎士殿も大概だけど」
ため息をつきながらイスマイルは目の前に展開していた障壁を解いた。どういうわけか、彼はエルドをかばうように防護壁を巡らせていたようだ。
その行動に疑問は尽きなかったが、今はレオンの様子が心配であった。エルドは不安そうにレオンに視線を向けた。
「やはりお前の力は私の想像を超えていた……子は親が居なくとも育つということか」
そう呟くベガの真意は、鎧に隠され窺い知ることは出来なかった。
「っ……かはっ……」
やがてレオンは、血を吐いて倒れ伏した。
互いの剣がぶつかりあった時こそ、傍目には互角に見えていたが、今地に倒れているのはレオンであった。
「そんな、レオンが負けるなんて……」
「いや、さすがは公国最高の騎士と謳われただけある。私も無傷では済まなかったか」
ベガは剣を地面に突き立てると、ゆっくりと膝をついた。見ると鎧の隙間を縫うように、大量の血痕が床に染み出ていた。
「ベガ殿があそこまで負傷するなんてね。流石にまずいね。それに時間切れのようだ」
イスマイルは瞬時にベガの隣に転移すると、今にも倒れそうなベガの身体を支えた。イスマイルの視線の先には親衛隊を引き連れ、遺跡へと駆けつけたフレイヤの姿があった。
「レオン!?」
フレイヤは地面に倒れ伏したレオンを見つけると血相を変えて駆け寄る。
「やあ、フレイヤ。しくじった……彼らを頼むよ」
「身体は無事なの?」
「ああ、少し休む。だから……」
そう言ってレオンが気を失うと、フレイヤはゆっくりと立ち上がり細剣を抜いた。直後、フレイヤの全身を包むように白炎が巻き起こった。
「っ……」
その眩いほどの劫火に、エルドは思わず目を瞑る。
フレイヤは白炎を頭上に集めると球状の塊へと変質させ、そして細剣をイスマイル達の方向へ突きつけると、まるで太陽のように膨れ上がったそれがイスマイル達を飲み込むように降り注いだ。
その熱さが膝をついていたエルドにも伝わってきた。
「少佐……?」
フレイヤの放った熱量は相当のものであった、およそ負傷した相手にぶつけるには容赦がなさすぎるほどに。その一撃に、エルドは僅かな怒りを感じ取った。
「っ……」
イスマイルは防壁をもってベガを守るが、フレイヤはその後も立て続けに火球を叩き込む、その猛攻に耐えられなかったのか、防壁にぴきりとヒビが入った。
「さすがにもたないか……」
度重なる灼炎に防壁がついに砕け散った。すると、親衛隊達は一糸乱れぬ足取りでイスマイル達を取り囲んだ。
「漸く、尻尾を掴んだぞ。公都における諸事件について洗いざらい話してもらおうか」
フレイヤは前に出るとイスマイル達に剣を突きつけた。その周囲を取り囲むのはいずれも実力者たちである。イスマイル達が逃れる隙はどこにもなかった。
「万事休すといったところか。私も体が動きそうにない」
「ベガ殿がそのような状態ならやむ無しか……」
しかしそのような危機的状況にあるにもかかわらず、イスマイルは余裕な態度を崩さず前へと躍り出た。
「この期に及んでまだ逃げられると?」
「ああ。奥の手を使わせてもらうよ」
そう言うと、イスマイルは指を鳴らした。
――――突如、世界が宵闇に包まれた。
先程いた遺跡とはうってかわり、無限に広がる果てのない光景が広がった。フレイヤは戸惑い、辺りを見回す。すると、ぴちゃりという水音が足元から響いた。
「水?」
どうやらフレイヤ達は湖面のような場所に立っているようだ。
「さあ、こちらをご覧」
イスマイルの声とともに、巨大な赤い月が空に浮かんだ。
その禍々しい光は湖面を照らし、親衛隊達を包み込んでいく。
「あ……」
その光に呑まれると、ふとフレイヤが脱力してその場にへたり込んだ。
「ど、どうして」
力抜けたというよりは、力が入らなくなったというのが正確だろうか。
眼の前の者達への敵意に満ちていた頭の中も、靄がかかったようになり何も考えることができなくなる。その場に居た親衛隊たちも同様に気力を失い倒れ込んでいた。
「まさか、これを見せないといけないなんて、侮っていたよ。ではベガ殿、参りましょうか」
「ああ」
膝をついていたベガがゆっくりと立ち上がる。
「どうやら霊子を使い果たしたようですし、私の転移術で」
二人の身体を青白い光が包み始めた。
「ま、待て……」
何とかエルドが立ち上がるが、イスマイルの放った術のせいで立つのがやっとの状態であった。
「この術を食らって、なおも立ち上がるか。聖騎士殿や親衛隊長殿も健闘したし、これはおひねりをやらないといけないかな」
イスマイルはエルドの方へと向き直った。
「な、何を言って……」
「ちょっとしたアドバイスさ。今回のイシュメル人達の怒りの淵源、その全てを明らかにしたかったら、彼らが襲った場所を調べるといい。臆病者のネズミくんが這い出る前に済ませることをおすすめするよ」
そう言ってイスマイルは優雅に一礼した。
「それでは、皆様ごきげんよう。この地であなた達がどのように立ち回るか、楽しみにさせてもらうよ」
「っ……!!」
エルドは僅かな気力を振り絞り、立ち去ろうとするイスマイル達に斬りかかった。しかし、折れた剣が届くよりも先に、二人の姿は粒子となって霧散してしまった。
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