夢奪われた劣等剣士は銀の姫の守護騎士となり悪徳貴族に叛逆する
兄と弟
三大貴族との会議を終え、アリシアはヘイスティングス卿にロージアンの嫌疑に関する調査を任せ、次の二点からイシュメル人の動向を探ることを決めた。
一つ目は、彼らの動機の面からで、二つ目は彼らの物資の流れから拠点を探るという点からである。
前者についてはアリシア、カイム、フィリアの三人がイシュメル人街へ向かい、後者は守備隊と親衛隊に委ねられ、それに休暇中のレオンとエルドの両兄弟が同行することとなった。
エルド達は、ガラティア山岳にある例の遺跡に続く洞窟の監視に当たっていた親衛隊の野営地を訪れた。
「第二国境警備隊所属のレオン・イーグルトン少佐だ。本来の指揮系統からは外れているが、今回はフレイヤ少佐の要請により、この場の指揮は僕が執る。慣れないことで大変だろうけどよろしく頼むよ」
「はっ! かのレオン少佐の下で働けて光栄です」
凛として指揮官然とした威厳を発するフレイヤとは対照的に、レオンは気の抜けた様な口ぶりであった。しかし、そのような違いを気に留める様子もなく兵たちは憧れの視線を向けていた。ただ一人を除いて。
「して、ご指示のほどは?」
フレイヤの片腕を務めるデイヴィス大尉はどこか不機嫌そうであった。
「報告によるとこちらの入り口は封鎖されていると聞いたよ。なので今後は最低限の人員を見張りに起き、残りを二班に分けることとする。一方は麓の宿場町での聞き込みを、もう一方は山麓の周囲に何らかの搬入搬出の痕跡がないかの追跡を任せたい。車輪の跡や騎竜の足跡など、今回の事件で使われた物資に関するものが出てくるかもしれない。振り分けをお願いするよ、デイヴィス大尉」
「お任せを。少佐とそちらの青年は?」
「僕らは例の遺跡に繋がる別の入口がないかを探ってみるよ。何かあればこちらの染料を混ぜて狼煙を上げてほしい」
「了解致しました。お気を付けを」
親衛隊達と別れ、エルド達は山岳を登り始めた。
「なんだかあのディヴィス大尉って人、機嫌が悪そうだったね。フレイヤの話だと忠実で気の利く部下だって話だったけど」
「嫉妬じゃない?」
学生の頃より無双の剣技と人智を超えた光魔法を操り、国境警備隊総司令のウェインライトに見出され、若くして第二の副長に抜擢された。
加えて、イルフェミア教国とアルビオンの国境における幻獣災害を解決して聖騎士の称号まで贈られた英雄、それがレオンという騎士だ。
その実力と地位に嫉妬する者も珍しくはない。
「本当にそういう理由なのかな?」
しかし彼らの多くは、同時に彼の力に対して憧れの念を持っていることが大半であった。故にデイヴィスも少数で遺跡の調査に乗り出すレオンを止めなかったのだ。
レオンが妬まれる理由の大部分は他にあった。
「まあ本当の理由はわからなくないけど」
「それはすごい。教えてよ」
レオンとフレイヤの仲の良さは学生時代から有名であった。
本人は否定するが、フレイヤは常にレオンの側に付き、数々の演習でその戦いをサポートし、息の合ったコンビネーションを見せてきた。
フレイヤもまた類まれな美貌の持ち主で、真紅の美姫と称されていたほどであったため、その相棒のレオンには無数の嫉妬の視線が集まっていた。またレオンが養子で、彼らが義理の姉弟であったこともその嫉妬を加速させていた理由の一つでもあった。本人は気付いていなかったが。
「やだよ、自分で考えて」
そう、その一人がエルドであった。恵まれたこの鈍感な兄はもう少し痛い目に遭えばいい、そう思ってエルドはその本当の理由を黙っておくことにした。
「ひどい。弟が冷たくて兄は悲しいよ……」
「それよりも早く捜索を完了させましょう、レオン少佐」
落ち込む兄を尻目にエルドは山道を登っていく。
「ああ、待って待って。というかその口調、せめて二人の時は止めてよ」
さて、ガラティア山岳は建築用の石材の切り出しとして古くから稼働していた採石場である。
今でも多くの労働者が働いていることもあり、カーティス達は街道を利用しつつもその人目を避けて拠点との出入りをしていたと考えられる。
幸い、先日の件から拠点がどの山にあったかは知れていたため、二人はその山へ至る山道のうち、人通りが少なくそれでいてかつ搬入に適した道に当たりをつけて捜索していた。
「ここのどこかに、昨日みたいな洞窟があるってことか。でもどう探したものか」
「困ってるようだね。ならここで、少しは兄のいいところを見せてあげよう」
弟の態度が素っ気ないと感じるレオンは、威厳を回復しようと張り切っていた。しかし、その態度が一層エルドに煙たがられる原因であることには気付いていなかった。
「それで、どうするの?」
エルドの問いに、不敵な笑みを浮かべるとレオンは何か紙のようなものを懐から取り出した。
「これはこの山岳周辺の古い地図だ。今は封鎖された旧坑道も詳細に記載されたものだ」
「そうか。入口は幻惑魔法が掛けられて普通じゃ認識できないようになってる。でもこの地図で正しい道筋を把握すればそれも見抜けるってわけか。ちょっと見せてよ」
「おっと駄目だ」
エルドがレオンの手元を覗き込もうとすると、地図を取り上げるように掲げて遠ざけた。
「どうしてさ」
「エルドまで正しい道を把握しちゃったらどこが隠された道なのかわからなくなるだろう? 正しい道を知る僕と知らないエルドのギャップを利用して探し出すんだよ」
「なるほど。そういうことか」
てっきりいつもの悪い病気で、悪戯心を見せたのかと思ったが、存外合理的な理由であった。
「ハハ、少しは兄のことを見直したかい」
「別にレオンの能力を疑ったことはないよ。一度もね」
「エ、エルド……」
不意の言葉にレオンの胸の内に喜びがこみ上げてきた。能力について言及しただけであるが、そのことについては気付いていなかった。
「でもそうするとどうして普段、兄に対して素っ気ないんだい? 遅れてきた反抗期ってやつなのか」
「違うよ!」
「なら……」
レオンが少し言い淀んだ。先程までのおどけた口調とは異なり、真剣なトーンであった。
「僕が第二国境警備隊に入ったことかい?」
エルドが押し黙った。図星であった。兄と自分との間にあるわだかまり、その始まりは彼が第二国境警備隊の副長に就いたことにあった。
「今回の事件を終えたら、久々に父さん達の墓参りに行こうか。色々と話しておきたいこともあるし」
「……そうだね、前に行ったのは随分昔だし」
「さて、そうと決まれば探索を終えよう」
そう言うとエルドとレオンが剣を抜いた。古い山道のため魔獣除けの魔導機は置かれておらず、狼や蜥蜴などの肉食の獣たちが目を血走らせながら二人を取り囲んでいた。しかし、二人は全くそれに動じた様子は見せなかった。
――次の瞬間、二筋の剣閃が魔獣の群れを千切った。
一つ目は、彼らの動機の面からで、二つ目は彼らの物資の流れから拠点を探るという点からである。
前者についてはアリシア、カイム、フィリアの三人がイシュメル人街へ向かい、後者は守備隊と親衛隊に委ねられ、それに休暇中のレオンとエルドの両兄弟が同行することとなった。
エルド達は、ガラティア山岳にある例の遺跡に続く洞窟の監視に当たっていた親衛隊の野営地を訪れた。
「第二国境警備隊所属のレオン・イーグルトン少佐だ。本来の指揮系統からは外れているが、今回はフレイヤ少佐の要請により、この場の指揮は僕が執る。慣れないことで大変だろうけどよろしく頼むよ」
「はっ! かのレオン少佐の下で働けて光栄です」
凛として指揮官然とした威厳を発するフレイヤとは対照的に、レオンは気の抜けた様な口ぶりであった。しかし、そのような違いを気に留める様子もなく兵たちは憧れの視線を向けていた。ただ一人を除いて。
「して、ご指示のほどは?」
フレイヤの片腕を務めるデイヴィス大尉はどこか不機嫌そうであった。
「報告によるとこちらの入り口は封鎖されていると聞いたよ。なので今後は最低限の人員を見張りに起き、残りを二班に分けることとする。一方は麓の宿場町での聞き込みを、もう一方は山麓の周囲に何らかの搬入搬出の痕跡がないかの追跡を任せたい。車輪の跡や騎竜の足跡など、今回の事件で使われた物資に関するものが出てくるかもしれない。振り分けをお願いするよ、デイヴィス大尉」
「お任せを。少佐とそちらの青年は?」
「僕らは例の遺跡に繋がる別の入口がないかを探ってみるよ。何かあればこちらの染料を混ぜて狼煙を上げてほしい」
「了解致しました。お気を付けを」
親衛隊達と別れ、エルド達は山岳を登り始めた。
「なんだかあのディヴィス大尉って人、機嫌が悪そうだったね。フレイヤの話だと忠実で気の利く部下だって話だったけど」
「嫉妬じゃない?」
学生の頃より無双の剣技と人智を超えた光魔法を操り、国境警備隊総司令のウェインライトに見出され、若くして第二の副長に抜擢された。
加えて、イルフェミア教国とアルビオンの国境における幻獣災害を解決して聖騎士の称号まで贈られた英雄、それがレオンという騎士だ。
その実力と地位に嫉妬する者も珍しくはない。
「本当にそういう理由なのかな?」
しかし彼らの多くは、同時に彼の力に対して憧れの念を持っていることが大半であった。故にデイヴィスも少数で遺跡の調査に乗り出すレオンを止めなかったのだ。
レオンが妬まれる理由の大部分は他にあった。
「まあ本当の理由はわからなくないけど」
「それはすごい。教えてよ」
レオンとフレイヤの仲の良さは学生時代から有名であった。
本人は否定するが、フレイヤは常にレオンの側に付き、数々の演習でその戦いをサポートし、息の合ったコンビネーションを見せてきた。
フレイヤもまた類まれな美貌の持ち主で、真紅の美姫と称されていたほどであったため、その相棒のレオンには無数の嫉妬の視線が集まっていた。またレオンが養子で、彼らが義理の姉弟であったこともその嫉妬を加速させていた理由の一つでもあった。本人は気付いていなかったが。
「やだよ、自分で考えて」
そう、その一人がエルドであった。恵まれたこの鈍感な兄はもう少し痛い目に遭えばいい、そう思ってエルドはその本当の理由を黙っておくことにした。
「ひどい。弟が冷たくて兄は悲しいよ……」
「それよりも早く捜索を完了させましょう、レオン少佐」
落ち込む兄を尻目にエルドは山道を登っていく。
「ああ、待って待って。というかその口調、せめて二人の時は止めてよ」
さて、ガラティア山岳は建築用の石材の切り出しとして古くから稼働していた採石場である。
今でも多くの労働者が働いていることもあり、カーティス達は街道を利用しつつもその人目を避けて拠点との出入りをしていたと考えられる。
幸い、先日の件から拠点がどの山にあったかは知れていたため、二人はその山へ至る山道のうち、人通りが少なくそれでいてかつ搬入に適した道に当たりをつけて捜索していた。
「ここのどこかに、昨日みたいな洞窟があるってことか。でもどう探したものか」
「困ってるようだね。ならここで、少しは兄のいいところを見せてあげよう」
弟の態度が素っ気ないと感じるレオンは、威厳を回復しようと張り切っていた。しかし、その態度が一層エルドに煙たがられる原因であることには気付いていなかった。
「それで、どうするの?」
エルドの問いに、不敵な笑みを浮かべるとレオンは何か紙のようなものを懐から取り出した。
「これはこの山岳周辺の古い地図だ。今は封鎖された旧坑道も詳細に記載されたものだ」
「そうか。入口は幻惑魔法が掛けられて普通じゃ認識できないようになってる。でもこの地図で正しい道筋を把握すればそれも見抜けるってわけか。ちょっと見せてよ」
「おっと駄目だ」
エルドがレオンの手元を覗き込もうとすると、地図を取り上げるように掲げて遠ざけた。
「どうしてさ」
「エルドまで正しい道を把握しちゃったらどこが隠された道なのかわからなくなるだろう? 正しい道を知る僕と知らないエルドのギャップを利用して探し出すんだよ」
「なるほど。そういうことか」
てっきりいつもの悪い病気で、悪戯心を見せたのかと思ったが、存外合理的な理由であった。
「ハハ、少しは兄のことを見直したかい」
「別にレオンの能力を疑ったことはないよ。一度もね」
「エ、エルド……」
不意の言葉にレオンの胸の内に喜びがこみ上げてきた。能力について言及しただけであるが、そのことについては気付いていなかった。
「でもそうするとどうして普段、兄に対して素っ気ないんだい? 遅れてきた反抗期ってやつなのか」
「違うよ!」
「なら……」
レオンが少し言い淀んだ。先程までのおどけた口調とは異なり、真剣なトーンであった。
「僕が第二国境警備隊に入ったことかい?」
エルドが押し黙った。図星であった。兄と自分との間にあるわだかまり、その始まりは彼が第二国境警備隊の副長に就いたことにあった。
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「……そうだね、前に行ったのは随分昔だし」
「さて、そうと決まれば探索を終えよう」
そう言うとエルドとレオンが剣を抜いた。古い山道のため魔獣除けの魔導機は置かれておらず、狼や蜥蜴などの肉食の獣たちが目を血走らせながら二人を取り囲んでいた。しかし、二人は全くそれに動じた様子は見せなかった。
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