夢奪われた劣等剣士は銀の姫の守護騎士となり悪徳貴族に叛逆する
憎しみの向かう先
イシュメル人街には人々の怒号が響き渡っていた。
水路に毒を撒き、破壊活動によって多くの死傷者を出したイシュメル人への怒りから一部市民が暴徒と化していた。
燃えにくいイシュメル建築の性質を知ってか街には猛火油が撒かれ、街の豊かな木々と油を伝って燃え広がった灼炎がイシュメル人街を包み込んでいた。
さすがに守備隊も事態を見過ごせなかったのか、消火のために一部隊が訪れていた。中には親衛隊の面々もいた。しかしアルスター側の門は押し寄せた暴徒たちによって阻まれてしまっていた。
「国は奴らの肩を持つのか!」
「卑劣な野蛮人どもを許すな!」
兵の面々は暴徒たちに口々に罵声を浴びせられ、火から逃れようと這い出ようとしたイシュメル人達は取り囲まれて暴行を受けて火の中へと送り返される。
冷静さをすっかり失った暴徒たちによって容赦のない凶行が行われ、そこはまるで地獄のようであった。
「クソッ……」
ガラティア山岳より早々と帰還したジャファルはその光景を見て舌打ちをすると、入口を避け、集落をぐるりと取り囲む塀をよじ登って火中に飛び込んでいった。
「鎮圧班、魔術の使用を許可する。前衛は放水で暴徒たちの動きを封じつつ、後衛は睡眠魔法にて対応せよ。火炎瓶などが投げ込まれる恐れもある。それらに十分注意して速やかに彼らを鎮圧せよ。消火班、猛火油による火災だ。水魔法の使用は封じ、土をかけて消火せよ」
「親衛隊は、守備隊の鎮圧が終わり次第住人の救護活動を行う。直ちに救護用のトリアージテントを設置せよ。場合によっては癒術士や医者の手を借りる必要もある。周辺の診療所への連絡及び搬入体制も整えておくように」
暴徒らの妨害を前に両部隊の指揮官は冷静に指揮を行う。よく訓練されているのか兵たちも無駄のない動きで指示を遂行していった。
暴徒の数も多くはなかったため、やがて鎮圧も終わり、続々と消火班と救護班が突入していった。
「珍しく守備隊が熱心だと思ったら、指揮官はハルフォード少佐か。フレイヤ少佐の親衛隊もいるし、ひとまずは安心だな」
とはいえこうして親衛隊まで出動せざるを得ないのは、守備隊がうまく機能してないことの表れとも言えた。
「でも、そんな……こうなることだけは避けたかったのに……」
一方、アリシアは目の前の光景にショックを受けていた。
度重なるイシュメル人への疑惑、それがもたらす結果は容易に予想できた。だからこそ迅速に事態を収拾したかった。
(アーケードでの事件については箝口令を敷いていた。事件そのものは隠せなくても、少なくともイシュメル人がその首謀者であることは伝わってないはず……それなのになぜ?)
事態はアリシアの予測を超えたスピードで推移していた。なぜこうも早くイシュメル人に矛先が向いたのか、水源の件も併せて本当にイシュメル人が首謀したことなのか? ならばその動機は? あらゆる危惧懸念がアリシアの頭に浮かんだ。しかし、それらを考えようとすればするほど、それらは頭の中で複雑に絡み合い、アリシアを混乱させた。
「アリシア、考えるのは後だ。あんたは治癒魔法が使えるんだ。救護に参加しないと。人手は多いに越したことはない」
「そう……ですね……」
そんなアリシアをカイムが諌めた。カイムの言う通りだ。今は頭を悩ませている場合ではない。
「ほらエルド、お前もぼさっとしてないで救護に参加するぞ」
カイムがエルドの肩を揺らす。しかし、反応はない。
「どうしたんだ、おい? …………まさか」
ある懸念がカイムの頭の中に浮かんだ。すぐさまエルドの顔を覗き込むと、その表情はすっかり青ざめていた。そしてその呼吸が徐々に乱れて早くなったかと思うと、エルドは過呼吸へと陥った。
「エルド!?」
 膝をつき倒れ込むエルドをカイムがさっと受け止める。
エルドは胸を抑えて悶え苦しんでいた。まるで内から身を食い破られるように沸いてくる”何か”による全身の痛みに背をのけぞらせながら、エルドは必死に耐えていた。
「どうしてこんな時に。くそっ」
カイムは体内の霊子を練り上げて拳に収束させた。
「カ、カイム? 何をするつもりなの」
「いいから見てろ」
そう言ってカイムはその拳を大きく振り抜いてエルドの腹部を思い切り殴り飛ばした。
「かはっ……」
その殴打に吹き飛ばされたエルドは、その勢いのまま地面を思い切り転がり先にある民家の壁に激突する。
「カ、カイムくん!? エルドに何をしてるんですか!?」
慌ててアリシアがエルドの元へと駆け寄った。
「大丈夫ですか、エルド?」
「う、うん……なんとかね」
カイムの拳を食らったエルドはゆっくりと立ち上がる。どうやら先程の苦しみはすっかり消え去っているようだ。
「ありがとう、カイム。助かったよ」
その口ぶり、どうやら二人の間では珍しいやり取りでは無いようだ。しかし、どういう事なのかアリシアとフィリアはその意味を測りかねていた。
「あ、あの、どういうことなのでしょうか?」
「エルドの体内の乱れた霊子を鎮めたんだ。荒療治だけどな」
「詳しいことは後でちゃんと話すよ。今はできることをしよう……」
ふらふらと立ち上がるとエルドはテントへと向かった。いまいち事態は飲み込めなかったが、アリシアたちもその後に続いた。
水路に毒を撒き、破壊活動によって多くの死傷者を出したイシュメル人への怒りから一部市民が暴徒と化していた。
燃えにくいイシュメル建築の性質を知ってか街には猛火油が撒かれ、街の豊かな木々と油を伝って燃え広がった灼炎がイシュメル人街を包み込んでいた。
さすがに守備隊も事態を見過ごせなかったのか、消火のために一部隊が訪れていた。中には親衛隊の面々もいた。しかしアルスター側の門は押し寄せた暴徒たちによって阻まれてしまっていた。
「国は奴らの肩を持つのか!」
「卑劣な野蛮人どもを許すな!」
兵の面々は暴徒たちに口々に罵声を浴びせられ、火から逃れようと這い出ようとしたイシュメル人達は取り囲まれて暴行を受けて火の中へと送り返される。
冷静さをすっかり失った暴徒たちによって容赦のない凶行が行われ、そこはまるで地獄のようであった。
「クソッ……」
ガラティア山岳より早々と帰還したジャファルはその光景を見て舌打ちをすると、入口を避け、集落をぐるりと取り囲む塀をよじ登って火中に飛び込んでいった。
「鎮圧班、魔術の使用を許可する。前衛は放水で暴徒たちの動きを封じつつ、後衛は睡眠魔法にて対応せよ。火炎瓶などが投げ込まれる恐れもある。それらに十分注意して速やかに彼らを鎮圧せよ。消火班、猛火油による火災だ。水魔法の使用は封じ、土をかけて消火せよ」
「親衛隊は、守備隊の鎮圧が終わり次第住人の救護活動を行う。直ちに救護用のトリアージテントを設置せよ。場合によっては癒術士や医者の手を借りる必要もある。周辺の診療所への連絡及び搬入体制も整えておくように」
暴徒らの妨害を前に両部隊の指揮官は冷静に指揮を行う。よく訓練されているのか兵たちも無駄のない動きで指示を遂行していった。
暴徒の数も多くはなかったため、やがて鎮圧も終わり、続々と消火班と救護班が突入していった。
「珍しく守備隊が熱心だと思ったら、指揮官はハルフォード少佐か。フレイヤ少佐の親衛隊もいるし、ひとまずは安心だな」
とはいえこうして親衛隊まで出動せざるを得ないのは、守備隊がうまく機能してないことの表れとも言えた。
「でも、そんな……こうなることだけは避けたかったのに……」
一方、アリシアは目の前の光景にショックを受けていた。
度重なるイシュメル人への疑惑、それがもたらす結果は容易に予想できた。だからこそ迅速に事態を収拾したかった。
(アーケードでの事件については箝口令を敷いていた。事件そのものは隠せなくても、少なくともイシュメル人がその首謀者であることは伝わってないはず……それなのになぜ?)
事態はアリシアの予測を超えたスピードで推移していた。なぜこうも早くイシュメル人に矛先が向いたのか、水源の件も併せて本当にイシュメル人が首謀したことなのか? ならばその動機は? あらゆる危惧懸念がアリシアの頭に浮かんだ。しかし、それらを考えようとすればするほど、それらは頭の中で複雑に絡み合い、アリシアを混乱させた。
「アリシア、考えるのは後だ。あんたは治癒魔法が使えるんだ。救護に参加しないと。人手は多いに越したことはない」
「そう……ですね……」
そんなアリシアをカイムが諌めた。カイムの言う通りだ。今は頭を悩ませている場合ではない。
「ほらエルド、お前もぼさっとしてないで救護に参加するぞ」
カイムがエルドの肩を揺らす。しかし、反応はない。
「どうしたんだ、おい? …………まさか」
ある懸念がカイムの頭の中に浮かんだ。すぐさまエルドの顔を覗き込むと、その表情はすっかり青ざめていた。そしてその呼吸が徐々に乱れて早くなったかと思うと、エルドは過呼吸へと陥った。
「エルド!?」
 膝をつき倒れ込むエルドをカイムがさっと受け止める。
エルドは胸を抑えて悶え苦しんでいた。まるで内から身を食い破られるように沸いてくる”何か”による全身の痛みに背をのけぞらせながら、エルドは必死に耐えていた。
「どうしてこんな時に。くそっ」
カイムは体内の霊子を練り上げて拳に収束させた。
「カ、カイム? 何をするつもりなの」
「いいから見てろ」
そう言ってカイムはその拳を大きく振り抜いてエルドの腹部を思い切り殴り飛ばした。
「かはっ……」
その殴打に吹き飛ばされたエルドは、その勢いのまま地面を思い切り転がり先にある民家の壁に激突する。
「カ、カイムくん!? エルドに何をしてるんですか!?」
慌ててアリシアがエルドの元へと駆け寄った。
「大丈夫ですか、エルド?」
「う、うん……なんとかね」
カイムの拳を食らったエルドはゆっくりと立ち上がる。どうやら先程の苦しみはすっかり消え去っているようだ。
「ありがとう、カイム。助かったよ」
その口ぶり、どうやら二人の間では珍しいやり取りでは無いようだ。しかし、どういう事なのかアリシアとフィリアはその意味を測りかねていた。
「あ、あの、どういうことなのでしょうか?」
「エルドの体内の乱れた霊子を鎮めたんだ。荒療治だけどな」
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