夢奪われた劣等剣士は銀の姫の守護騎士となり悪徳貴族に叛逆する
フィーンドと呼ばれた男(2)
二対一という不利な状況であったが、青年はなんとか二人の猛攻をいなしていた。
二刀を振るえば単純に強くなるというものではない。片手で闇雲に剣を振るえば剣に振り回されて身体はよろめき余計な隙が生じるし、敵の攻撃を防ぐのであれば盾を構えるほうが最小限の動きでそらすことができる。
しかし、青年の技術と膂力は、二刀の長剣を自在に攻めと守りに転じさせられるほどに極まっており、卓越した剣技でエルドとジャファルの二人を相手にしていた。
「二人がかりでも抑え込めないなんて。これがフィーンドの力なのか……」
エルドが肩で息をし始める。強敵との戦いでは常に致命の一撃を避けるために精神を研ぎ澄ませなければならない。
加えて身体中に霊子を巡らせて身体を強化するのにも集中が必要となる。
エルド達が戦いを始めてからほんの数分程度しか経っていなかったが、その精神的な疲労は尋常ではなかった。
だがそれは青年の方も同様であった。
「はぁ……はぁ……っ」
エルドにしろ青年にしろ、強力な魔獣との死闘や模擬戦の経験があってもこうして実戦で自身と伍する実力者と死闘を繰り広げるのは初めてのことであった。
ひとしきり斬り結ぶと、青年は渾身の斬撃で二人を払った。
「その若さで大した実力だ。だが、ここで終わらせよう」
ジャファルが曲刀を地に突き立てた。するとその一点を中心に間欠泉のような勢いで地面から水がしぶき始めた。
そして、曲刀でしぶく水をすくい上げる様な動作をすると、綿あめのように剣先に集った水で宙をなぞり、陣を描きだした。
水流の陣が完成すると、縁にある六つのサークルからまるで鉄砲水のように、水柱が青年に向かって放たれた。
「くっ……」
青年は食らうまいと避けようとするが、エルドはそれを許さず青年に斬りかかってその場に釘付けにする。
青年はなんとかエルドを斬り払おうとするが、その暇もなく、激流が青年を呑み込んでしまう。
水柱は青年を捕らえるとやがて球状に集い、激流で渦巻く巨大な水牢に変化した。
「ごふっ」
水牢の中を渦巻く奔流は青年の呼吸を止め、身体を締め上げていく。
この状態では抵抗も難しく、青年の生殺与奪の権はジャファルの手にあった。
「殺しはしないがこのまま意識を落とさせてもらうぞ」
その言葉を機に、より圧力と水流を強めようと周囲から水が集まっていく。アーチを描いて集っていく水の様はまるで太陽に吹き上がる紅炎のようで、それを受けて膨れ上がる水牢は、それ自体が一つの天体のように思えた。
「うっ……ぐっ……」
しかし青年も無抵抗というわけではなく、水の戒めを解こうと必死にもがき続ける。
「無駄だ。もがけばもがくほど身体を縛る水の圧力は強くなる。大人しく投降しろ」
しかし、そう言われて素直に従う道理はない。やがて青年は、獣の咆哮のような叫び声を上げると、どくんと鼓動するかのように水牢を膨れあがらせた。
「な!? くっ……」
先程から水流を操作していたジャファルが苦しそうな表情を見せた。どうやら青年の抵抗によって、水流操作を阻まれているようであった。
そして再び水牢がどくんと鼓動すると、徐々に内側から凍りつきはじめた。それに抵抗するように水に魔力を注ぐジャファルであったが、それも虚しくやがて凍りきった牢はガラスのように爆ぜ割れ、その欠片を四方八方に飛び散らせた。
「はぁ……はぁ……」
水牢から解放された青年だが、そのダメージは相当のものだったのか剣を支えに膝をついた。
「その力、想像以上だった……だがここは通さん」
息を切らせる青年は禍々しいほどの魔力を顕現させ、自身を中心に吹雪く冷気を展開すると、それを一気に周囲へと放った。
次の瞬間、豊かに茂る木々、草花、せせらぐ川の悉くが凍りつき、室内は極寒の支配する白い世界へと染め上がった。
「カーティスやあのイシュメル人達に用があったみたいだが、奥に続く扉は塞いだ。これでお前たちは先に進めない」
見ると、青年が入ってきた扉はすっかりと氷漬けになっていた。
「俺はジーク、ジークハルトだ。お前たちの名を聞かせてくれ」
このタイミングで何を悠長なと言いたいところであったが、名乗られた以上返すのが礼儀だ。
「僕はエルド、エルド・イーグレットだ」
「ジャファル・ムフタールだ」
「二人共大した腕前だった。その腕に敬意を評して忠告する。今すぐ引き返せ」
「何だと?」
ジークの突然の申し出にジャファルは困惑する。
「今なら救える命もあるだろう。同胞を思うのならばすぐに戻ってやることだな」
「立つのもやっとなその身体で何を言う。まさか、この期に及んで見逃せと?」
「……忠告はした。信じるかは貴方に任せる」
そういうや否やジークの身体を冷気が覆い、その姿を隠した。そして揉み込むように纏わりついた冷気がやがて晴れると、ジークはすっかりその場から姿を消していた。
「な!? 消えただと」
ジャファルはあっさりと目の前から消え果せたジークを追い、周囲を探るがついぞ見つけることはなかった。
「これは転移の魔法……? まさかそんなのが使える人間がいるなんて」
ほんの一握りの賢者にのみ許された高等な魔法だ。それを用いた謎の青年の実力にエルドは驚く。
「くそっ、ここで逃すなんて……」
思いがけず得られたカーティスの関係者を逃したのは、ジャファルにとって痛恨の極みであった。
「すみません、ジャファルさん。僕にもっと実力があれば……」
エルドが頭を下げる。
「ううん。本当に力になれなかったのは私達だよ……」
「はい。お力になれず申し訳ありません」
アリシア達がようやく起き上がり、エルド達の元へと歩いてきた。
「気にするな。並の相手ではなかった。俺も水流の操作には自信があったがまさか突破されるとは思わなかった」
一行は自らの実力の不足を痛感する。
「叔父様、これからどうしよう」
だが、気になるのは最後にジークが残した言葉だ。
「戻ろう。奴らの動向も気になるが、あれ程腕の立つ奴だ。誤魔化しや欺罔で言ったわけじゃ無いかもしれん」
そう言うと、ジャファルはもと来た道を引き返した。
ふと、エルドは視線をジークが凍らせた扉に向ける。すっかり凍りついた扉からは靄が漂っていた。
「どうしたエルド?」
一人扉を見つめるエルドにカイムが声をかけた。
「まさかあんな手練がいるとは思わなかった。魔術の腕を加味したら、いや差し引いても僕よりも腕は上だった」
エルドは強く拳を握りしめた。
「俺は恐怖で動けなかった。情けねえよ……」
「……強くなろう。今度は負けないくらいに」
「ああ」
二人の騎士は互いに誓い合った。いや、二人だけではない。その想いは、その場に居た全ての者に共通していた。一同はそれぞれの胸の内で、この敗北の味を噛み締めて決意を新たにした。
二刀を振るえば単純に強くなるというものではない。片手で闇雲に剣を振るえば剣に振り回されて身体はよろめき余計な隙が生じるし、敵の攻撃を防ぐのであれば盾を構えるほうが最小限の動きでそらすことができる。
しかし、青年の技術と膂力は、二刀の長剣を自在に攻めと守りに転じさせられるほどに極まっており、卓越した剣技でエルドとジャファルの二人を相手にしていた。
「二人がかりでも抑え込めないなんて。これがフィーンドの力なのか……」
エルドが肩で息をし始める。強敵との戦いでは常に致命の一撃を避けるために精神を研ぎ澄ませなければならない。
加えて身体中に霊子を巡らせて身体を強化するのにも集中が必要となる。
エルド達が戦いを始めてからほんの数分程度しか経っていなかったが、その精神的な疲労は尋常ではなかった。
だがそれは青年の方も同様であった。
「はぁ……はぁ……っ」
エルドにしろ青年にしろ、強力な魔獣との死闘や模擬戦の経験があってもこうして実戦で自身と伍する実力者と死闘を繰り広げるのは初めてのことであった。
ひとしきり斬り結ぶと、青年は渾身の斬撃で二人を払った。
「その若さで大した実力だ。だが、ここで終わらせよう」
ジャファルが曲刀を地に突き立てた。するとその一点を中心に間欠泉のような勢いで地面から水がしぶき始めた。
そして、曲刀でしぶく水をすくい上げる様な動作をすると、綿あめのように剣先に集った水で宙をなぞり、陣を描きだした。
水流の陣が完成すると、縁にある六つのサークルからまるで鉄砲水のように、水柱が青年に向かって放たれた。
「くっ……」
青年は食らうまいと避けようとするが、エルドはそれを許さず青年に斬りかかってその場に釘付けにする。
青年はなんとかエルドを斬り払おうとするが、その暇もなく、激流が青年を呑み込んでしまう。
水柱は青年を捕らえるとやがて球状に集い、激流で渦巻く巨大な水牢に変化した。
「ごふっ」
水牢の中を渦巻く奔流は青年の呼吸を止め、身体を締め上げていく。
この状態では抵抗も難しく、青年の生殺与奪の権はジャファルの手にあった。
「殺しはしないがこのまま意識を落とさせてもらうぞ」
その言葉を機に、より圧力と水流を強めようと周囲から水が集まっていく。アーチを描いて集っていく水の様はまるで太陽に吹き上がる紅炎のようで、それを受けて膨れ上がる水牢は、それ自体が一つの天体のように思えた。
「うっ……ぐっ……」
しかし青年も無抵抗というわけではなく、水の戒めを解こうと必死にもがき続ける。
「無駄だ。もがけばもがくほど身体を縛る水の圧力は強くなる。大人しく投降しろ」
しかし、そう言われて素直に従う道理はない。やがて青年は、獣の咆哮のような叫び声を上げると、どくんと鼓動するかのように水牢を膨れあがらせた。
「な!? くっ……」
先程から水流を操作していたジャファルが苦しそうな表情を見せた。どうやら青年の抵抗によって、水流操作を阻まれているようであった。
そして再び水牢がどくんと鼓動すると、徐々に内側から凍りつきはじめた。それに抵抗するように水に魔力を注ぐジャファルであったが、それも虚しくやがて凍りきった牢はガラスのように爆ぜ割れ、その欠片を四方八方に飛び散らせた。
「はぁ……はぁ……」
水牢から解放された青年だが、そのダメージは相当のものだったのか剣を支えに膝をついた。
「その力、想像以上だった……だがここは通さん」
息を切らせる青年は禍々しいほどの魔力を顕現させ、自身を中心に吹雪く冷気を展開すると、それを一気に周囲へと放った。
次の瞬間、豊かに茂る木々、草花、せせらぐ川の悉くが凍りつき、室内は極寒の支配する白い世界へと染め上がった。
「カーティスやあのイシュメル人達に用があったみたいだが、奥に続く扉は塞いだ。これでお前たちは先に進めない」
見ると、青年が入ってきた扉はすっかりと氷漬けになっていた。
「俺はジーク、ジークハルトだ。お前たちの名を聞かせてくれ」
このタイミングで何を悠長なと言いたいところであったが、名乗られた以上返すのが礼儀だ。
「僕はエルド、エルド・イーグレットだ」
「ジャファル・ムフタールだ」
「二人共大した腕前だった。その腕に敬意を評して忠告する。今すぐ引き返せ」
「何だと?」
ジークの突然の申し出にジャファルは困惑する。
「今なら救える命もあるだろう。同胞を思うのならばすぐに戻ってやることだな」
「立つのもやっとなその身体で何を言う。まさか、この期に及んで見逃せと?」
「……忠告はした。信じるかは貴方に任せる」
そういうや否やジークの身体を冷気が覆い、その姿を隠した。そして揉み込むように纏わりついた冷気がやがて晴れると、ジークはすっかりその場から姿を消していた。
「な!? 消えただと」
ジャファルはあっさりと目の前から消え果せたジークを追い、周囲を探るがついぞ見つけることはなかった。
「これは転移の魔法……? まさかそんなのが使える人間がいるなんて」
ほんの一握りの賢者にのみ許された高等な魔法だ。それを用いた謎の青年の実力にエルドは驚く。
「くそっ、ここで逃すなんて……」
思いがけず得られたカーティスの関係者を逃したのは、ジャファルにとって痛恨の極みであった。
「すみません、ジャファルさん。僕にもっと実力があれば……」
エルドが頭を下げる。
「ううん。本当に力になれなかったのは私達だよ……」
「はい。お力になれず申し訳ありません」
アリシア達がようやく起き上がり、エルド達の元へと歩いてきた。
「気にするな。並の相手ではなかった。俺も水流の操作には自信があったがまさか突破されるとは思わなかった」
一行は自らの実力の不足を痛感する。
「叔父様、これからどうしよう」
だが、気になるのは最後にジークが残した言葉だ。
「戻ろう。奴らの動向も気になるが、あれ程腕の立つ奴だ。誤魔化しや欺罔で言ったわけじゃ無いかもしれん」
そう言うと、ジャファルはもと来た道を引き返した。
ふと、エルドは視線をジークが凍らせた扉に向ける。すっかり凍りついた扉からは靄が漂っていた。
「どうしたエルド?」
一人扉を見つめるエルドにカイムが声をかけた。
「まさかあんな手練がいるとは思わなかった。魔術の腕を加味したら、いや差し引いても僕よりも腕は上だった」
エルドは強く拳を握りしめた。
「俺は恐怖で動けなかった。情けねえよ……」
「……強くなろう。今度は負けないくらいに」
「ああ」
二人の騎士は互いに誓い合った。いや、二人だけではない。その想いは、その場に居た全ての者に共通していた。一同はそれぞれの胸の内で、この敗北の味を噛み締めて決意を新たにした。
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