夢奪われた劣等剣士は銀の姫の守護騎士となり悪徳貴族に叛逆する
動き出す事態
そこは金色の装飾が織り交ぜられた、小振りな宮殿のような建物であった。あくまでも宮殿を模したものであるので、普段は公会堂として利用されていた。そこの村長の執務室にジャファルは訪れていた。
「長、これはどういうことだ」
ジャファルは長と呼ばれた老人に詰め寄る。その表情には静かだがはっきりとした怒りの感情が滲み出ていた。
「ジャファル……どうやらその様子じゃと知ってしまったようじゃな」
長は落ち着き払った様子でジャファルの目を見据える。
「まさか既に知っていたのか?」
「今朝じゃよ。隠れて食料を卸してくれる商人からの情報じゃ」
「ならどうしてそうやって落ち着いていられる? 俺たちのような外様が他所の国でうまくやっていくには一切の害意がないことを証明し続けなきゃならん。その信頼は何十年と世代を重ねてようやく積み重ねられるものだ。だのにそれを崩す出来事が起こったんだぞ?」
「わかっておる。じゃが今回の件はわしらの総意ではない。一部の者が暴走しただけに過ぎん」
「総意であろうとなかろうと、どんな仕打ちを受けようと、イシュメル人がこの国の民を手に掛けた事実は拭えない。それが意味することが何か、分からん長ではないだろう?」
それは長も重々承知していた。外から来た異国人がどのような目で見られるのか。建国の頃から入植者や先住民など様々な民族が歴史を共有してきたアルビオン人と異なり、入植から十年ほど経っていないイシュメル人はその一挙手一投足が注視される。
それがたとえ一部の者の暴走であっても、イシュメル人全体の暴力・性質として捉えられ、排除の理由とされる。
「だが何よりも納得いかんのは、仮にも俺たちを代表する長がこんなところでのうのうとしていることだ。事件の話を聞いて何もしなかったのか?」
「わしらももう歳だ。イシュメルの献身を踏みにじり、愛する水精の住む水場を汚されて怒る若い衆を止める力などわしらにはなかった。それにいずれは我らが賜った土地も再び奪われることじゃろう」
「ふざけるな」
村長の口ぶりからは諦めのようなものが漂っていた。その事にジャファルは苛立ち、思わず長の胸ぐらを掴んだ。特に抵抗も見せず為すがままの長であったが、折よくジャファルの怒号を聞いたのか、エルド達が部屋に入ってきた。一行はジャファルをなだめると、両者を一旦引き離す。
「あんた達だって十年前は剣を振り、槍を持って帝国と戦った。だのになんでそうも諦める。ようやく手にした場所を手放すのか? また流浪の生活に戻りたいのか?」
「…………」
「あの、よろしいでしょうか?」
両者の間に入ったのはアリシアであった。
「ふむ、どなたかな?」
「私はこういうものです」
そう言ってアリシアは髪や眼の色を一変させていた魔法を解いた。そして二人の前に銀に煌めく髪と翠玉の瞳をあらわにした。
「まさかその瞳、その御髪は……?」
「まずは、この国の者があなた方の住む土地を取り上げようとしていることを謝罪させてください」
「姫殿下、そんな。先王陛下には我々は大変良くしていただきました。ですからあれが姫殿下の考えだとは思っておりませぬ」
「ありがとうございます。私は今は亡き先王に代わり今のこの事態を打開したいと考えています。先日の事件により極まったイシュメルの方に吹く逆風を変えたいと」
「ですがどうやって?」
「鍵になるのは汚染の原因と、最近ここに流れ着いたという人物にあると私は考えております」
「カーティスのことか? 確か奴なら時折、戦闘訓練と称して村の若いやつに武術を仕込んでいたが、ふむ……」
ジャファルは考え込むような仕草を見せた。
「思えばあの男は人当たりの良い好人物ではあったが、どこか影を落としたような表情を浮かべていることが多かった気がする。俺から見てもかなりの腕の持ち主だったが、それが何故こんなところに流れ着いたのか疑問にも思っていた」
「じゃがセンセイのおかげで、我々は枕を高くして眠れる様になったのじゃ。ほとんど寝ずに番を引き受けてくれて、交易の制限で飢える一方であったわしらに商人を紹介してくれたのも彼じゃった」
「ちょっと待ってくれ。商人を紹介した……?」
長の言葉に引っかかりを見せたのはカイムであった。
「うむ。以前のようにとは行かぬが、少なくとも飢えずに済んでいるのは彼のおかげじゃ」
「交易の制限が掛けられている中で随分と親切な商人だな」
「素性は知れぬが顔の広い者じゃ。どこから仕入れたのかシュネーヴァイスの品まで扱ってる不思議なお人じゃよ」
「へえ、そりゃ大したもんだな。この国はシュネーヴァイスとはほとんど交易してない状態だ。国境通過の要件が厳しいからな」
カイムはちらとアリシアに目配せをした。アリシアも小さくうなずいて返すなど何らかの意図を汲んだようだ。
「しかし彼らとわしらの苦境にどういう関係があるのですかな?」
「すみません、まだ不確かな憶測を抱いているだけで確証のあることは言えません。ですが私は彼に話を聞く必要があると考えております。よろしければ彼の元へと案内していただいても宜しいでしょうか?」
「ふむ、それぐらいならお安い御用ですじゃ。ジャファルよ、殿下達を――――」
その時、長を呼ぶ大きな声とともに一人のイシュメルの青年が部屋に駆け込んできた。
「長、た、大変です!」
「何じゃそんな大声を出して、殿下に失礼じゃろう」
「す、すみません。でも、セ、センセイが居なくなったんです。書き置きを残して」
「何じゃと?」
「それだけでなく、街の若いのが何人も。突然!」
「一体、どういうことなんじゃ……」
「決まっている。一連の事件を煽動したのはあの男だったということだ」
ジャファルは拳を握りしめた。
「多分彼らは次の行動に移ったんだ。それもアーケードの事件とは比にならないなにか大きな事を為すつもりで。殿下、早くそのカーティスって男を追うべきです」
「ええ、エルドくんの言うとおりです。ここで手がかりを失うわけにはいきません」
追跡を決意した一行は長に断りを入れ、早速部屋を出ようとする。その時、ジャファルが口を開いた。
「待ってくれ、俺も連れて行って欲しい。当事者として、俺も奴に話を聞く必要がある」
「良いのか? 民間人を連れて行っても?」
「それは……」
話を聞くに相手は相当の実力者であった。ジャファルの心情はよく分かるが、一般の人間を連れて行くべきか、アリシアは決めあぐねていた。
「わしからも頼みます、殿下。ジャファルはこう見えてこのイシュメル人街で一番腕が立ちます。もしセンセイと対峙するような事態になれば必ず助けになるはずです」
助け舟を出したのは長であった。
「長……」
「わしにはこれぐらいしかしてやれん。ようやく手に入れた安住の地だというのに戦争で子を失い、水源の汚染に今回の事件、わしはすっかり疲れてしまった。じゃがお前はそんな状況であっても諦めるつもりはないんじゃな」
「ああ、同胞が安心して暮らせるようになるなら俺はどんな手でも打つ」
「そうか……一度諦めたわしにはもう長の資格はない。じゃがお前が最後まで諦めぬのなら、わしも何か自分にできることはないか探ってみることにしよう」
そう言って長は一行を送り出した。
「長、これはどういうことだ」
ジャファルは長と呼ばれた老人に詰め寄る。その表情には静かだがはっきりとした怒りの感情が滲み出ていた。
「ジャファル……どうやらその様子じゃと知ってしまったようじゃな」
長は落ち着き払った様子でジャファルの目を見据える。
「まさか既に知っていたのか?」
「今朝じゃよ。隠れて食料を卸してくれる商人からの情報じゃ」
「ならどうしてそうやって落ち着いていられる? 俺たちのような外様が他所の国でうまくやっていくには一切の害意がないことを証明し続けなきゃならん。その信頼は何十年と世代を重ねてようやく積み重ねられるものだ。だのにそれを崩す出来事が起こったんだぞ?」
「わかっておる。じゃが今回の件はわしらの総意ではない。一部の者が暴走しただけに過ぎん」
「総意であろうとなかろうと、どんな仕打ちを受けようと、イシュメル人がこの国の民を手に掛けた事実は拭えない。それが意味することが何か、分からん長ではないだろう?」
それは長も重々承知していた。外から来た異国人がどのような目で見られるのか。建国の頃から入植者や先住民など様々な民族が歴史を共有してきたアルビオン人と異なり、入植から十年ほど経っていないイシュメル人はその一挙手一投足が注視される。
それがたとえ一部の者の暴走であっても、イシュメル人全体の暴力・性質として捉えられ、排除の理由とされる。
「だが何よりも納得いかんのは、仮にも俺たちを代表する長がこんなところでのうのうとしていることだ。事件の話を聞いて何もしなかったのか?」
「わしらももう歳だ。イシュメルの献身を踏みにじり、愛する水精の住む水場を汚されて怒る若い衆を止める力などわしらにはなかった。それにいずれは我らが賜った土地も再び奪われることじゃろう」
「ふざけるな」
村長の口ぶりからは諦めのようなものが漂っていた。その事にジャファルは苛立ち、思わず長の胸ぐらを掴んだ。特に抵抗も見せず為すがままの長であったが、折よくジャファルの怒号を聞いたのか、エルド達が部屋に入ってきた。一行はジャファルをなだめると、両者を一旦引き離す。
「あんた達だって十年前は剣を振り、槍を持って帝国と戦った。だのになんでそうも諦める。ようやく手にした場所を手放すのか? また流浪の生活に戻りたいのか?」
「…………」
「あの、よろしいでしょうか?」
両者の間に入ったのはアリシアであった。
「ふむ、どなたかな?」
「私はこういうものです」
そう言ってアリシアは髪や眼の色を一変させていた魔法を解いた。そして二人の前に銀に煌めく髪と翠玉の瞳をあらわにした。
「まさかその瞳、その御髪は……?」
「まずは、この国の者があなた方の住む土地を取り上げようとしていることを謝罪させてください」
「姫殿下、そんな。先王陛下には我々は大変良くしていただきました。ですからあれが姫殿下の考えだとは思っておりませぬ」
「ありがとうございます。私は今は亡き先王に代わり今のこの事態を打開したいと考えています。先日の事件により極まったイシュメルの方に吹く逆風を変えたいと」
「ですがどうやって?」
「鍵になるのは汚染の原因と、最近ここに流れ着いたという人物にあると私は考えております」
「カーティスのことか? 確か奴なら時折、戦闘訓練と称して村の若いやつに武術を仕込んでいたが、ふむ……」
ジャファルは考え込むような仕草を見せた。
「思えばあの男は人当たりの良い好人物ではあったが、どこか影を落としたような表情を浮かべていることが多かった気がする。俺から見てもかなりの腕の持ち主だったが、それが何故こんなところに流れ着いたのか疑問にも思っていた」
「じゃがセンセイのおかげで、我々は枕を高くして眠れる様になったのじゃ。ほとんど寝ずに番を引き受けてくれて、交易の制限で飢える一方であったわしらに商人を紹介してくれたのも彼じゃった」
「ちょっと待ってくれ。商人を紹介した……?」
長の言葉に引っかかりを見せたのはカイムであった。
「うむ。以前のようにとは行かぬが、少なくとも飢えずに済んでいるのは彼のおかげじゃ」
「交易の制限が掛けられている中で随分と親切な商人だな」
「素性は知れぬが顔の広い者じゃ。どこから仕入れたのかシュネーヴァイスの品まで扱ってる不思議なお人じゃよ」
「へえ、そりゃ大したもんだな。この国はシュネーヴァイスとはほとんど交易してない状態だ。国境通過の要件が厳しいからな」
カイムはちらとアリシアに目配せをした。アリシアも小さくうなずいて返すなど何らかの意図を汲んだようだ。
「しかし彼らとわしらの苦境にどういう関係があるのですかな?」
「すみません、まだ不確かな憶測を抱いているだけで確証のあることは言えません。ですが私は彼に話を聞く必要があると考えております。よろしければ彼の元へと案内していただいても宜しいでしょうか?」
「ふむ、それぐらいならお安い御用ですじゃ。ジャファルよ、殿下達を――――」
その時、長を呼ぶ大きな声とともに一人のイシュメルの青年が部屋に駆け込んできた。
「長、た、大変です!」
「何じゃそんな大声を出して、殿下に失礼じゃろう」
「す、すみません。でも、セ、センセイが居なくなったんです。書き置きを残して」
「何じゃと?」
「それだけでなく、街の若いのが何人も。突然!」
「一体、どういうことなんじゃ……」
「決まっている。一連の事件を煽動したのはあの男だったということだ」
ジャファルは拳を握りしめた。
「多分彼らは次の行動に移ったんだ。それもアーケードの事件とは比にならないなにか大きな事を為すつもりで。殿下、早くそのカーティスって男を追うべきです」
「ええ、エルドくんの言うとおりです。ここで手がかりを失うわけにはいきません」
追跡を決意した一行は長に断りを入れ、早速部屋を出ようとする。その時、ジャファルが口を開いた。
「待ってくれ、俺も連れて行って欲しい。当事者として、俺も奴に話を聞く必要がある」
「良いのか? 民間人を連れて行っても?」
「それは……」
話を聞くに相手は相当の実力者であった。ジャファルの心情はよく分かるが、一般の人間を連れて行くべきか、アリシアは決めあぐねていた。
「わしからも頼みます、殿下。ジャファルはこう見えてこのイシュメル人街で一番腕が立ちます。もしセンセイと対峙するような事態になれば必ず助けになるはずです」
助け舟を出したのは長であった。
「長……」
「わしにはこれぐらいしかしてやれん。ようやく手に入れた安住の地だというのに戦争で子を失い、水源の汚染に今回の事件、わしはすっかり疲れてしまった。じゃがお前はそんな状況であっても諦めるつもりはないんじゃな」
「ああ、同胞が安心して暮らせるようになるなら俺はどんな手でも打つ」
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