夢奪われた劣等剣士は銀の姫の守護騎士となり悪徳貴族に叛逆する

水都 蓮

暗影

 マルコの依頼について話がまとまり、ついに話は本題へと突入した。


「それにしてもエルドさん、久々に顔を出されましたけどこの辺りに用事でも?」


「うん、イシュメル人街の方にね」


「ふむ。この様な時期にですか? 観光というわけでもなさそうですね。先日のアーケードの事件の関係ですかな?」


「知ってたんですね。やっぱり広まっていますか?」


 その事件については、実行犯の背後関係が明らかになるまでは報道を自粛するようにとの達しが出ていた。とはいえ人の口に戸は立てられず、マルコの様な事情通には既に知られていたようだ。


「あれだけの規模でしたし、関係者全てを口止めすることなんて出来ませんからね。広まるところには広まっていると思いますよ」


「そうですか……あまり時間はないかもしれませんね」


 アリシアとしては今回の事件が、なるべくイシュメル人そのものの悪評とならぬように事態の背後関係を洗うつもりであった。しかし、こうして人の噂として広まってしまった以上、どのような形で伝播するかわからない。このことがアルスターの人の反感を買い、また新たな事件へと発展する恐れもあった。


「昨夜からイシュメル人街に特に近いこの街区はこころなしかピリピリとしています。汚染水騒ぎ、彼らに対する地上げ、活発化する野盗、そして先日の事件、何か恐ろしいことが起こるのではないか、そんな予感がしてしまうほどです」


 当事者でない者であっても、薄々とイシュメルを取り巻く不穏な空気を察していた。


「そんなことにはさせないつもりですよ、マスター。だから、そのために彼らに知ってることを教えてもらってもいいですか?」


 エルドが尋ねた。


「そうですね……私に分かることは貴族の方々がこの地でリゾート地を築こうとしていることぐらいですね?」


「リゾート地?」


「エルーナ湾沿いも南西部はまだ開発の手が及んでいません。ですからイシュメルの方々の入植先として選ばれたのですが、彼らの築いた水の楽園とも言える建築がどうにも貴族方のお眼鏡に適ったようでしてね」


「確かに私は小さい頃から訪れていたけど、とても綺麗な場所なのは確かかも。でもそんな理由で追い出そうなんて……」


「私が知るのはこの程度の情報ですが、参考になればよいのですが」


「いえ私達は彼らの現状についてほとんど知り及んでいません。こうしてその近くに住んでいる方からお話が聞けてとても助かりました」


「…………」


 そう言って礼を告げるアリシアであったが、その様子を見てマルコは黙り込んだ。


「マスターさん?」


「あ、いえ申し訳ございません。昔の知り合いのご息女によく似ていらしたもので……」


 そうしてアリシアを見つめるマルコの瞳はとても優しげであった。


「なぜ従騎士である皆様が動かれているのか難しいことは私にはよく分かりませんが、状況が好転することを願っております」


 そうしてエルド達は店を後にすると、店の脇の小さな広場で今後の方針を話し合うこととした。


「さて、これからイシュメル人街に潜り込むわけだが、まず根本的な疑問として具体的に何をするんだ?」


「そうだね。イシュメルの人達を取り巻く事情はおぼろげだけど見えてきた。それを踏まえて今回の調査で何を明らかにするのか改めて確認してもよろしいでしょうか、殿下?」


「エルドくん、殿下はその……」


「あ、申し訳ございません。ア、アリア……」


 どうもエルドが打ち解けるには時間がかかりそうだ。


「当然の疑問ですよね」


 国内で相次ぐ事件の裏側を洗い、膿を一掃するとはアリシアの談であった。それに向けて手を尽くすという点については、エルド達もアリシアに協力することを決めた。しかしこのアルスターにおける事件について具体的にどう動くのか、その点についてはまだ四人の間では共有されていなかった。


「事の発端は水源の汚染です。それを機にして、ごく少数ではありますがアルビオン人とイシュメル人の中には互いに疑惑を向ける者が生まれました。そして先日の事件が起こりました」


「アリアはその二つになにか関係があると睨んでるってわけか?」


「ええ実は各地で相次ぐ事件においては必ず、異民族同士あるいは貴族と平民といった対立する二つのコミュニティを刺激するような事態が起こっているのです。まるでそれぞれの事件の前触れのように」


「確かにそう考えると妙かも。イシュメルのみんなは水を神聖視するの。故郷が砂漠化する以前、彼らは水精の力を借りて枯れ地に恵みの雨を降らせて街を築いたから。そういった経緯もあって水とそれを司る精霊を女神と同じくらい、あるいはそれ以上に信奉しているの。だから彼らが水源を汚染させたって噂を聞いておかしいと思ったの」


「イシュメル人に関してはフィリアのおっしゃる通りです。一方、アルスターの人間にとっても、水源を汚染させるということは考えづらいことだったのです」


「そうか。確か今回汚染された水源って……」


 エルドは合点がいったようだった。


「ええ。イシュメル人街に流れる河川、それは南のガラティア山岳にあるパーシヴァルの巡礼殿のある湖なのです」


 建国の祖・パーシヴァルはかつて国内を巡った時に女神の遺物を奉ずる神殿を建てたという。その理由は諸説あるが、人々はそれをパーシヴァルの巡礼殿と崇め、度々巡礼するというのが習慣であった。


「アルビオン人、イシュメル人、どちらにしても汚染する理由は無いわけだな。余程のないことがない限りは」


「どちらも汚染する理由はない、そうなればお互いに相手を疑うのが自然だ。なるほど、パーシヴァルの巡礼殿はお互いの疑心暗鬼を煽るにはちょうどいい場所だったってことですね」


「そういうことです、エルドくん。もちろんただの自然現象の可能性もありますが、実はこれまでの調査で自然的な要因の可能性は低いとの結論が出ているのです。その事実が彼らに対する貴族たちの強気の理由でしょうね」


「おいおい、ビンゴじゃないか」


「アリア、それってもしかしてイシュメルの人達が今回の事件を起こしたのも、そう仕向けた誰かがいるかもしれないってことなの?」


 フィリアは険しい表情で尋ねた。


「それを今回の調査で探りたいと思います」


「なるほどな。となると、水源の汚染の原因は何か、一体誰が関与しているのかというのがまず探るべきポイントになるのか」


「ええそうなりますね。幸い、ちょうど外から滞在している方が居るようですし、まずはその方を探ってみようかと思います」


「できれば、イシュメルの人達が今回の事件についてどう思っているのか、それも聞いてみたいんだけど良いかな、アリア?」


「もちろんです、フィリア。彼らの真意を知ることができれば、どうして恐ろしい事件が起こされたのかそれを探る手がかりにもなりますから」


 方針はまとまった。探るべきは全ての始まりである水源の汚染原因、それは果たして偶然か人為か、それが明らかになった時、今回の事件を取り巻く陰謀の一端が見えるはず、一行はそう考えてイシュメル人街の調査へと乗り出す。


 しかし公国を取り巻く暗雲は、彼らの想像を超えて深いのだということを彼らはまだ知らなかった。

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