暗黒騎士と堕ちた戦乙女達 ~女神に見放されたので姫と公女たちに魔神の加護を授けて闇堕ちさせてみた~

水都 蓮

裏切り

 ロストック中央にある時計塔の地下、そこから真っ直ぐ伸びる地下道を通り、しばらく歩くと行き止まりにたどり着く。
 何てこと無いレンガの壁であるが、所々浮き上がるレンガを特定の順番で押し込むと、壁がごうっと左右に開かれ、隠し通路が開かれる。

「やっぱりここにも障壁があるのね」

 目の前に広がるシャボンのような障壁を見てレイアが呟いた。

 本来、公爵家の者のみに知られた非常用の脱出口である。
 その存在が、ステファンに知られているのかは定かでないが、城館を覆う障壁は地中にも及び、この地下道にまで広がっていた。

「ですが、アベル殿なら、いずれ……」

 その時、聖教騎士ユリウスの呟きに応えるように黒い防壁が展開され、一瞬でシャボン状の障壁をかき消した。

「おお、噂をすればですな」

「行きましょう、ユリウス卿。シャルを早く救出しないと」

 二人は通路の奥へと駆け出していった。



*



 城の最上階、空中庭園とも形容される美しい屋上にシャルは捕らえられていた。
 後ろ手に縛られたシャルは、為す術もなく目の前の人物をただ睨んでいた。

「良いザマね、シャーロット」

 淡々とした口調で義母デボラが言った。
 側にはびくびくと怯えた表情を浮かべたステファンが立っていた。

「本当に分からないものね。あなたは正当なフライフォーゲルの後継者として育てられたというのに、今この場に立つのは私とステファン。笑えるわ」

 底冷えするような冷たい視線を向けてデボラが吐き捨てた。
 親族の情など一切感じられない、酷く寒々しい態度である。

「父を陥れ、帝国の敵と手を組んでまで、領主の座を掴む……一体そんな物になんの価値があるの」

「黙りなさい、シャーロット」

 頬をはたく音が鳴り響いた。

 ただでさえ冷たいデボラの視線に、わずかな殺意が感じられた。
 その冷酷な雰囲気と暴力に、シャルの背筋が凍る。

「あなたに何が分かるのかしら? 真実も知らず、のうのうと次期後継者の座に収まり、それが意味するものも知らない愚か者が」

 デボラがシャルの胸元を掴み上げた。
 とても女人のそれとは思えない怪力と気迫であった。

「お、お母様……お姉様にあまり乱暴なことは――」

「黙りなさい。私が居なければ何の価値も示せない愚図が、口を開くんじゃないわ」

 淡々とデボラが言い捨てた。
 そこには実の息子への情など欠片も見当たらなかった。

「は、はい……申し訳ありません」

「まあいい」

 デボラは乱暴にシャルを放り投げた。

「ステファン、あなたの務めを果たしなさい」

「はい……」

 デボラに促されると、ステファンはゆっくりとシャルの方へと近づいていった。

「な、何をするつもり……?」

 シャルはその様子に嫌な雰囲気を感じて、じりじりと後退った。

「神器を操る英雄の血、あなたの利用法はいくらでもあるわ。だけど、まず必要なのは次代の後継者。あとは言わなくても分かるでしょう?」

「っ……や、やめなさい!!」

 シャルはこれから起こる事態に考え及んで、恐怖する。

「お姉様、安心して。優しくするから」

 ステファンは狂気に歪んだ表情を浮かべて、ステラに迫ってくる。

「く、狂ってるわ……姉弟でなんて」

「つまらない反応ね。所詮あなたのそれは、女神が植え付けた勝手な規範意識。そんなものに囚われるなんて馬鹿げているわ」

 こちらに一瞥もくれずデボラが背を向けると、庭園の淵に立って街を見下ろした。

「忌々しい街並みね。歴史を理解しようともしない豚共がのさばっている……」

 デボラが歯噛みした。
 淡々として、余り感情の揺らぎを見せないデボラであるが、街並みを見るその視線と口調には、はっきりとした怒りの感情が籠もっていた。

「ステファン、私は塔へ行くわ。あなたはしっかりとその子を孕ませなさい。神器の器を得るまで、何百回でもやってもらうから。必要なら手足を切り取っても構わないわ」

 僅かに一瞥してそう言うと、デボラはその場から跳躍して消え去った。

「お母様……やっと行った」

 ステファンは母が去ったことに、いくらか安堵したような様子を見せると、再びシャルの方へと向き直った。

「ふふ、もう邪魔者はいないよ、お姉様。ずっとこの時を待っていたんだ」

「っ……近寄らないで」

 シャルはもぞもぞと身体を動かして、背後へ逃れようとする。
 ステファンはそんな様子を楽しむかのように、じりじりと近寄ってくる。

「お姉様だけが、あの日、僕を救ってくれた……ママンに見捨てられ、紅蓮に焦がされた僕を。だから、お姉様を僕だけの物にする、そのために僕は今日まで生きてきたんだ」

 彼は焦点の合わないうつろな表情を浮かべた。
 その瞳は目の前のシャルを見ているようで、どこか別の何かを捉えているようであった。

(どうにか……どうにか抜け出さないと……)

 今自分を縛り上げるこの縄は、対象の魔力を吸い上げる呪具である。
 刻一刻と失われていく体力と恐怖に焦燥感を抱きながら、シャルは必死に打開策を探る。

「無駄だよ、お姉様。僕だけのお姉様。こっちには神弓ウルがある。誰が来ても何をされても無敵なんだ」

 そして、やがて壁際へと追い詰められたシャルの方へステファンの腕が伸びていった。

「させない!!」

 その時、飛び出してきた人影がステファンを脇から突き飛ばした。

「うわっ!?」

 突然、飛来した何者かによってステファンが思いきり吹き飛ばされると、その勢いのまま地面を転がっていった。

「くそっ……一体、何をするんだ」

 ただ走り続けて自分の身体をぶつけるだけの単純で、技術を要しない攻撃。
 それは。スキルの使えない人間が行える数少ない行動であった。

「ステファン、あなたの思い通りにはさせません」

「お前、お姉様の……」

 金髪の少女レイアが髪をかき上げながらゆっくりと起き上がるった。
 そして、ステファンの前へ躍り出ると、シャルをかばうように立ちはだかった。

「全く、僕の邪魔をするんじゃ無いよ。気の利かない女だな」

 すっかり機嫌を損ねたステファンが宙に手を掲げると、まばゆいほどの光と共に、蒼光を煌めかせる金色の弓が現出した。

「まあでも、ねずみ一匹なら、すぐに駆除できる。はやく始末して続きをしよう、お姉様!」

 ステファンが弓を構えた。
 しかし、レイアはそれに臆すること無く彼をにらみつけた。

「一人じゃ無いです。ちゃんと心強い味方もいます」

「レイア殿、勝手に飛び出されては困ります」

 遅れてユリウス卿が庭園へと駆け込んできた。
 道中敵と遭遇したからか、その鎧には返り血がこびりついていた。

「ぷっ……アッハハハハ。ヒヒャッハッハッハッハ。馬鹿だなあ。何も知らないのかぁ?」

 しかし、ユリウス卿の姿を確認したステファンは、心底レイアを馬鹿にしたように高笑いを浮かべた。

「何のことですか?」

「こういうことです……」

 レイアの首元に背後から戦斧が突きつけられた。

「ユ、ユリウス卿……?」

 それはまさしく背後に立っていたユリウス卿の得物であった。
 彼は自分たち向けるべき相手ではなく、レイアの首元に得物を向けたのだ。

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