暗黒騎士と堕ちた戦乙女達 ~女神に見放されたので姫と公女たちに魔神の加護を授けて闇堕ちさせてみた~
異形
「待って……なんなのこれ……」
都市の向こうで天を貫くように伸びる銀の尖塔、その麓では無数の悪鬼達が蠢いていた。
骨とただれた皮ばかりの両腕両足に、でっぷりと膨らんだ腹部、そして、どろどろと溶け崩れる全身、異形が歩く度に体組織がどろりと地面にこぼれ落ちていた。
強烈な飢餓感に襲われているのか、彼らは周囲の建物にかじりついたり、時には悪鬼同士で争いながらお互いを食い合うなどおぞましい光景を繰り広げていた。
そして、悪鬼からこぼれ落ちた体組織が強烈な腐臭を放って、アベル達の鼻を刺激する。
「また、増えておりますな。何度か駆除しましたがこうしてすぐに復活するのです」
ユリウス騎士長が戦斧を構えた。
「戦闘力自体は大したことはありません。早々に倒してしまいましょう」
そう言うとユリウスは悪鬼の群れに向かって跳躍すると、その戦斧を振り回した。
「あれが何なのか気になるが、まずは駆除してからだな」
アベルとシャーロットが黒鎧と黒衣を召喚した。
そして、シャーロットが矢をつがえて、目の前に魔法陣を展開すると、同時にアベルが地面を蹴った。
宙を舞うアベルが、剣から伸びる蒼炎を鞭のようにしならせて悪鬼の群れに叩き付けると、今度は背後から放たれたシャーロットの風の矢が着弾と同時に巨大な竜巻を起こして、悪鬼達を呑み込んでいく。
三人の奮戦により、程なくして群れは駆逐され、悪鬼達の残骸はやがて蒼い粒子となってその場で霧散していった。
「大した力ですな。いつもはもっと時間が掛かるのですが、あっという間に掃討が終わってしまいました」
「一体この悪鬼達は何ですか?」
アベルが尋ねた。
「私達も詳しいことは分かっておりません。ただ一つ言えるのは、目の前にそびえる銀の尖塔、そこからまるで廃棄されるように吐き出されるのです」
「何ですって!?」
目の前にある銀の塔は恐らく《導きの塔》の一部である。
しかし、何故その様なところからおぞましい存在が投棄されるというのか。
「ここから《導きの塔》に入り込むことは出来ませんが、廃棄口の様な物が取り付けられているようで。なので、放っておくとあれは一気にこの都市を埋め尽くすのです。我々がこの地下都市を発見した時も酷い有様でした」
「どういう理由か分からんがここは封印され、何らかの廃棄場として利用されている。わざわざ廃棄場に足を踏み入れる奴もいないから、隠れるにはある意味うってつけの場所だったってわけですか」
「そうですね。結果的に"灯台もと暗し"になっているのでしょう」
その時、尖塔からの壁面がまるで扉のように開かれた。
その奥から轟音のような物が響くと、何か巨大な存在が投棄されてきた。
「あ、あれは何……?」
シャーロットが捉えたその存在は、どろりとした銀の塊で、そこから無数の人の手足と瞳が不規則に生えたおぞましい何かであった。
「アァ……グルシイ……アツイアツイ……」
それは老若男女の声が重なり合ったような奇怪な声で何か苦しみを訴えていた。
「ギャアアアアアアアアアア!!!!!!!!!」
やがてそれが、発狂したように叫ぶと、全身をぐつぐつと煮えたぎらせながら、のたうち回るように辺りを疾走し始めた。
「ろくでもないことがあの塔で行われているのは確かなようですな。シャーロット姫、アベル殿、あれを解放してやりたい。手伝って頂いてもよろしいでしょうか?」
二人はこくりとうなずいた。
*
突進してくる異形をアベルが大盾で受け止めた。
「っ……ぐぅ……何て力だ」
じりじりと押し切られながら、アベルが後退していく。
「後は任せて」
すると、アベルの肩を踏み台に跳躍したシャーロットが宙を舞った。
そしてすれ違いざまに膨大な魔力で錬成した風矢を撃ち込むと、異形の内部がずたずたに引き裂かれ、同時にその無数の目玉が爆ぜ散っていった。
「ギャァアアアアアアア……ヤメテ……ヤメテ……」
しかし、それで異形の活動が止まることは無く、剥き出しになった赤い核のような物が銀腕を生成して伸ばすと、シャーロットをつかみ取った。
「え…………」
「ナカマ……ナカマ……」
異形の核は大きな口のような物を開いて、シャーロットを飲み込もうとした。シャーロットはそれを振りほどこうとするが、想像以上の力でがっちりと捕らえられ、逃れることは敵わなかった。
「させません」
その時、飛び上がったユリウス卿がシャーロットを掴む銀腕を切り落とした。
シャーロットは、その勢いのまま頭から落下するが、風を操作して激突寸前にくるりと身体を回転させると、足で着地した。
「た、助かりました、ユリウス卿」
シャーロットは体勢を立て直す。
「どうやら並の攻撃ではどうしようも無い様子ですな」
次の瞬間、爆ぜ散った目玉が宙を舞いぎょろりとアベル達に視線を向けた。
「うっ……俺ああいう集合体苦手だ……」
アベルがぼやくと、次の瞬間、目玉達が赤く発光し、同時に熱線のような物を放射した。
「まずい!?」
咄嗟にアベルが盾を構えて防壁を展開した。
あらゆる魔法攻撃を跳ね返す《魔鏡》のスキルである。
照射された熱線はアベル達に届く前に、防壁によって阻まれ、ジジジと音を立てながら防壁を削っていく。
「ぬぅ……なんて熱量だ」
このスキルの耐久性はアベルの魔力量に依存する。
しかし、どうやら想定以上の威力の様で、アベルは苦悶の表情を浮かべていた。
「なら、本体を撃破するわ」
シャーロットが矢をつがえる動作を見せると、核に向かって風矢を解き放った。
一本の細い矢に凝縮された魔力は、その速さと威力を加速度的に増大させながら防壁の内側をすり抜けて、見事核を貫いた。
「大した腕前ですな。核を倒せば恐らく……ん!?」
しかし異形は周囲の目玉を掴んで口から飲み込むと、その核を瞬時に再生させた。
「そうなると周りの目玉ごとやらないと駄目か……」
アベルは熱線を防ぎながら呟いた。
「でしたら、防御は私が変わりましょう。お二人の力を合わせれば、まとめて異形を薙ぎ払うことも出来ましょうから」
ユリウス卿が戦斧を地面に突き立てると、アベルの防壁を取り囲むように無数の岩壁を展開した。
「分かった。シャーロット、君の風で俺の火の威力を上げてくれ。まとめて燃やし尽くす」
「ええ」
ユリウスは戦斧を指揮棒のように振るうと、熱線を防いでいた岩壁を矢のように、周囲の目玉へと射出した。
「ギィイイイイイイイ」
目玉達はまともに食らった岩弾によろめいた。
刹那、アベルが大剣に纏った蒼炎を巨大な竜の形に変化させた。
そして、それらはシャーロットが生成した風に煽られて、ぐんぐんとその火力を増していくと、一気に異形に向かって振り下ろされた。
*
「一体、どういうことなんだ……」
目の前の異形は、アベルの炎によって焼き尽くされた。
そして、燃えさかる火の中で異形の核が割れ、そこから血のようにおぞましい色をした弓が転がり落ちた。
それは通常の弓よりも大きく、立派な装飾のある上等な弓であった。
「神弓ウルでしょうか……? 色はともかく、形状は境界に伝わる絵姿によく似ておりますが」
「いえ、この弓とは"繋がり"を感じません。恐らくウルに匹敵する力を持った偽物……」
目の前の弓からは確かにとてつもない力を感じる。
しかし、神弓の使い手であるシャーロットは、それが本物でないと実感していた。
「神器のまがい物ってことか……? 一体なんだってそんな物が」
仮にも神器である。容易に複製など出来ず、これまでの歴史で、神器の複製品が作られたという話は例が無かった。
「恐らく、この塔で行われている実験の正体でしょうか。枢機卿達は何らかの方法で神器を複製しようとし、その過程で何人もの人間達が犠牲となっている……そういった推測が立てられますな」
燃え続ける異形の残骸はわずかに人の形をしていた。
もはや声を発することは無いが、先ほどの異形が何によって形成されていたのか、明らかであった。
「人体実験ってことか……もはや外道の行いだな」
アベルは怒りで肩をふるわせた。
いたずらにその命を消費され、望まぬ実験を課せられてゴミのように投棄される。
その様なこと、許せるはずが無かった。
「フライフォーゲルの民をこんなことに……決して許しはしない、クリストフ枢機卿……」
シャーロットもまた、歯を食いしばった。
その怒りは、塔の管理者であるクリストフ枢機卿に向いていた。
「……今は戻りましょうか。いずれ、城と塔の陣容など、必要な情報が入ってくるはずです。この様なことを繰り返させないように準備をしましょう」
ユリウスは踵を返してそう言った。
非道な行いを続けるステファンとクリストフ、二人との決着は近かった。
都市の向こうで天を貫くように伸びる銀の尖塔、その麓では無数の悪鬼達が蠢いていた。
骨とただれた皮ばかりの両腕両足に、でっぷりと膨らんだ腹部、そして、どろどろと溶け崩れる全身、異形が歩く度に体組織がどろりと地面にこぼれ落ちていた。
強烈な飢餓感に襲われているのか、彼らは周囲の建物にかじりついたり、時には悪鬼同士で争いながらお互いを食い合うなどおぞましい光景を繰り広げていた。
そして、悪鬼からこぼれ落ちた体組織が強烈な腐臭を放って、アベル達の鼻を刺激する。
「また、増えておりますな。何度か駆除しましたがこうしてすぐに復活するのです」
ユリウス騎士長が戦斧を構えた。
「戦闘力自体は大したことはありません。早々に倒してしまいましょう」
そう言うとユリウスは悪鬼の群れに向かって跳躍すると、その戦斧を振り回した。
「あれが何なのか気になるが、まずは駆除してからだな」
アベルとシャーロットが黒鎧と黒衣を召喚した。
そして、シャーロットが矢をつがえて、目の前に魔法陣を展開すると、同時にアベルが地面を蹴った。
宙を舞うアベルが、剣から伸びる蒼炎を鞭のようにしならせて悪鬼の群れに叩き付けると、今度は背後から放たれたシャーロットの風の矢が着弾と同時に巨大な竜巻を起こして、悪鬼達を呑み込んでいく。
三人の奮戦により、程なくして群れは駆逐され、悪鬼達の残骸はやがて蒼い粒子となってその場で霧散していった。
「大した力ですな。いつもはもっと時間が掛かるのですが、あっという間に掃討が終わってしまいました」
「一体この悪鬼達は何ですか?」
アベルが尋ねた。
「私達も詳しいことは分かっておりません。ただ一つ言えるのは、目の前にそびえる銀の尖塔、そこからまるで廃棄されるように吐き出されるのです」
「何ですって!?」
目の前にある銀の塔は恐らく《導きの塔》の一部である。
しかし、何故その様なところからおぞましい存在が投棄されるというのか。
「ここから《導きの塔》に入り込むことは出来ませんが、廃棄口の様な物が取り付けられているようで。なので、放っておくとあれは一気にこの都市を埋め尽くすのです。我々がこの地下都市を発見した時も酷い有様でした」
「どういう理由か分からんがここは封印され、何らかの廃棄場として利用されている。わざわざ廃棄場に足を踏み入れる奴もいないから、隠れるにはある意味うってつけの場所だったってわけですか」
「そうですね。結果的に"灯台もと暗し"になっているのでしょう」
その時、尖塔からの壁面がまるで扉のように開かれた。
その奥から轟音のような物が響くと、何か巨大な存在が投棄されてきた。
「あ、あれは何……?」
シャーロットが捉えたその存在は、どろりとした銀の塊で、そこから無数の人の手足と瞳が不規則に生えたおぞましい何かであった。
「アァ……グルシイ……アツイアツイ……」
それは老若男女の声が重なり合ったような奇怪な声で何か苦しみを訴えていた。
「ギャアアアアアアアアアア!!!!!!!!!」
やがてそれが、発狂したように叫ぶと、全身をぐつぐつと煮えたぎらせながら、のたうち回るように辺りを疾走し始めた。
「ろくでもないことがあの塔で行われているのは確かなようですな。シャーロット姫、アベル殿、あれを解放してやりたい。手伝って頂いてもよろしいでしょうか?」
二人はこくりとうなずいた。
*
突進してくる異形をアベルが大盾で受け止めた。
「っ……ぐぅ……何て力だ」
じりじりと押し切られながら、アベルが後退していく。
「後は任せて」
すると、アベルの肩を踏み台に跳躍したシャーロットが宙を舞った。
そしてすれ違いざまに膨大な魔力で錬成した風矢を撃ち込むと、異形の内部がずたずたに引き裂かれ、同時にその無数の目玉が爆ぜ散っていった。
「ギャァアアアアアアア……ヤメテ……ヤメテ……」
しかし、それで異形の活動が止まることは無く、剥き出しになった赤い核のような物が銀腕を生成して伸ばすと、シャーロットをつかみ取った。
「え…………」
「ナカマ……ナカマ……」
異形の核は大きな口のような物を開いて、シャーロットを飲み込もうとした。シャーロットはそれを振りほどこうとするが、想像以上の力でがっちりと捕らえられ、逃れることは敵わなかった。
「させません」
その時、飛び上がったユリウス卿がシャーロットを掴む銀腕を切り落とした。
シャーロットは、その勢いのまま頭から落下するが、風を操作して激突寸前にくるりと身体を回転させると、足で着地した。
「た、助かりました、ユリウス卿」
シャーロットは体勢を立て直す。
「どうやら並の攻撃ではどうしようも無い様子ですな」
次の瞬間、爆ぜ散った目玉が宙を舞いぎょろりとアベル達に視線を向けた。
「うっ……俺ああいう集合体苦手だ……」
アベルがぼやくと、次の瞬間、目玉達が赤く発光し、同時に熱線のような物を放射した。
「まずい!?」
咄嗟にアベルが盾を構えて防壁を展開した。
あらゆる魔法攻撃を跳ね返す《魔鏡》のスキルである。
照射された熱線はアベル達に届く前に、防壁によって阻まれ、ジジジと音を立てながら防壁を削っていく。
「ぬぅ……なんて熱量だ」
このスキルの耐久性はアベルの魔力量に依存する。
しかし、どうやら想定以上の威力の様で、アベルは苦悶の表情を浮かべていた。
「なら、本体を撃破するわ」
シャーロットが矢をつがえる動作を見せると、核に向かって風矢を解き放った。
一本の細い矢に凝縮された魔力は、その速さと威力を加速度的に増大させながら防壁の内側をすり抜けて、見事核を貫いた。
「大した腕前ですな。核を倒せば恐らく……ん!?」
しかし異形は周囲の目玉を掴んで口から飲み込むと、その核を瞬時に再生させた。
「そうなると周りの目玉ごとやらないと駄目か……」
アベルは熱線を防ぎながら呟いた。
「でしたら、防御は私が変わりましょう。お二人の力を合わせれば、まとめて異形を薙ぎ払うことも出来ましょうから」
ユリウス卿が戦斧を地面に突き立てると、アベルの防壁を取り囲むように無数の岩壁を展開した。
「分かった。シャーロット、君の風で俺の火の威力を上げてくれ。まとめて燃やし尽くす」
「ええ」
ユリウスは戦斧を指揮棒のように振るうと、熱線を防いでいた岩壁を矢のように、周囲の目玉へと射出した。
「ギィイイイイイイイ」
目玉達はまともに食らった岩弾によろめいた。
刹那、アベルが大剣に纏った蒼炎を巨大な竜の形に変化させた。
そして、それらはシャーロットが生成した風に煽られて、ぐんぐんとその火力を増していくと、一気に異形に向かって振り下ろされた。
*
「一体、どういうことなんだ……」
目の前の異形は、アベルの炎によって焼き尽くされた。
そして、燃えさかる火の中で異形の核が割れ、そこから血のようにおぞましい色をした弓が転がり落ちた。
それは通常の弓よりも大きく、立派な装飾のある上等な弓であった。
「神弓ウルでしょうか……? 色はともかく、形状は境界に伝わる絵姿によく似ておりますが」
「いえ、この弓とは"繋がり"を感じません。恐らくウルに匹敵する力を持った偽物……」
目の前の弓からは確かにとてつもない力を感じる。
しかし、神弓の使い手であるシャーロットは、それが本物でないと実感していた。
「神器のまがい物ってことか……? 一体なんだってそんな物が」
仮にも神器である。容易に複製など出来ず、これまでの歴史で、神器の複製品が作られたという話は例が無かった。
「恐らく、この塔で行われている実験の正体でしょうか。枢機卿達は何らかの方法で神器を複製しようとし、その過程で何人もの人間達が犠牲となっている……そういった推測が立てられますな」
燃え続ける異形の残骸はわずかに人の形をしていた。
もはや声を発することは無いが、先ほどの異形が何によって形成されていたのか、明らかであった。
「人体実験ってことか……もはや外道の行いだな」
アベルは怒りで肩をふるわせた。
いたずらにその命を消費され、望まぬ実験を課せられてゴミのように投棄される。
その様なこと、許せるはずが無かった。
「フライフォーゲルの民をこんなことに……決して許しはしない、クリストフ枢機卿……」
シャーロットもまた、歯を食いしばった。
その怒りは、塔の管理者であるクリストフ枢機卿に向いていた。
「……今は戻りましょうか。いずれ、城と塔の陣容など、必要な情報が入ってくるはずです。この様なことを繰り返させないように準備をしましょう」
ユリウスは踵を返してそう言った。
非道な行いを続けるステファンとクリストフ、二人との決着は近かった。
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