暗黒騎士と堕ちた戦乙女達 ~女神に見放されたので姫と公女たちに魔神の加護を授けて闇堕ちさせてみた~

水都 蓮

追撃

 平原中に響き渡る咆哮をあげながら、古代竜が追いかけてくる。
 その瞳は真っ赤に燃え上がり、まるで正気を失っているように見えた。


「この辺りは平原で、身を隠す場所もありませんね」


 全速力で平原を駆けながら、ジークリンデが行った。


「そうね……アイリスちゃんとの合流場所までこのまま走り続けるしか無いわね……」


「アッハハハハ。お姉様、どこまで逃げるんだい?」


 古代竜の背に乗ったステファンが、光の矢を放た。
 一行は何とかそれを凌いだが、躱した光の矢は地面をえぐり、周囲の地形を変えていった。


「ほらほら、まだまだ行くよ」


 次にステファンが大きく矢をつがえるような動作をすると、今度は白い熱線が放たれた。
 それはかなりの高熱で、一直線にアベル達の脇に着弾すると、地面を一瞬で蒸発させた。


「ちょっと狙いが逸れちゃった」


 そう言って、熱線を放ち続ける弓を動かすと、まるでホースの噴射で虫を打ち落とそうとする子供のように、徐々にその矛先を一向に近づけていった。


「な、何て、でたらめな火力なんだ。君の弟はあんなのをぶっ放して魔力がもつのか?」


 フローラに抱きかかえられながら、アベルがぼやいた。
 彼女の癒術で傷こそ塞がっていたが、相当体力を奪われたのか、その声にはうめき声のようなものが混じっていた。


「ううん、とっくに切れてるはずよ。それがあんな大魔法なんて使うなんて……」


「みんな、避けて!」


 その時、アイリスの声と共に猛吹雪が、前方から飛来してきた。
 その規模はすさまじく、後ろから迫る古代竜に勝るとも劣らないほどのものであった。


「って、今度は何よ!!」


 三人が跳躍して何とか躱すと、猛吹雪はそのまま、背後の古代竜とステファンを呑み込まんと襲いかかっていった。


「うわっ、何だこれ!?」


 ステファンは突然迫り掛かった氷雪の奔流にたじろいだことで集中を切らし、魔法を解いてしまった。


「お、おい、お前何とかしろ!」


 迫る吹雪に酷く慌てた様子を見せると、ステファンは竜の背中を蹴ってせかした。すると、古代竜は喉をうならせて顎を天に向ける動作を見せた。


「う、うわぁあああああ」


 首の辺りに乗っていたステファンは、そのまま振り落とされる形となったが、何とか背中の突起に捕まり、事なきを得た。


 一方、竜の胸部と思しき箇所がぶくりと膨らんだかと思うと、竜の内部でまばゆい光の奔流がうねり、まるで嘔吐するような仕草で、口から溢れる白炎を前方に放射した。


 そして、白炎と氷雪がかち合うと、両者は混ざり合うように拮抗を始め、その余波が辺りの大地を揺らした。


「みんな、こっち。多分、あれじゃ長くはもたない」


 ふと、姿を現したアイリスに導かれるように、一行は仙境への転移門のある方へと駆け出した。
 同時に、背後で爆発音がした。


「ガァアアアアア!!!!」


 白炎の放射で吹雪を打ち破った竜は咆哮を上げると、アベル達めがけて一直線に飛翔した。
 そのスピードは先ほどの比ではなく、ぐんぐんと距離を詰めていく。


「やっぱり、あの程度じゃ止められない。でも、なんであんな大きい竜が?」


 アイリスが首をかしげた。


「わかりません。あんなものを使役しているとは、私達も想定外でした」


「このままだとまずいわ……追いつかれるかも」


 アイリスの足止めである程度の距離を稼いだ一行だが、竜のスピードは想像以上で、いずれ、転移門にたどり着く前に接近されることは明らかであった。


「ちょ、ちょ、待て待て。ストップ、ストップ、ウェイト!!!」


 突如、ステファンが慌てて様子で竜の進撃を制止した。
 すると、竜は後ろ足を前に出して急停止した。


「あわわ、こらもっとゆっくり止まらんかい!! くそぅ、そこに行かれたら、追えないよ」


「何? どういうことなの?」


 両者の間を隔てる物は何も無い。
 竜の行動を阻害するような要因も見当たらず、依然として見晴らしの良い平原が続くのみであった。


 しかしステファンは、何故かその場に留まり、これ以上追ってくる様子は無かった。


「事情はわからんが、どうやらあのステファンとかいう奴、こっちまで追っては来られないようだ。こりゃチャンスだぞ」


「ああ、もう。なんでお姉様はそんなに逃げ足ばかり早いのさ!! くそっ!! くそっ!!」


 ステファンは幼い子供のように、竜の背で地団駄を踏んだ。
 しかし、散々足蹴にされているというのに、古代竜はまるで気にもしていなかった。


「ま、まあ良いさ。どうせ、お姉様はいずれ僕のところへやってくる。そうだろう?」


 ひとしきり竜を踏みつけて一息つくと、ステファンが意味深げな言葉を口にした。


「何、どういうこと?」


「まだ、気付かないのかい? どうして、モンシャウの血族でしか開けられない扉を開くことが出来たのか。少し考えれば分かるだろう?」


「それって、まさか……」


 モンシャウの血を引く者はシャーロットだけでは無い。


 祖父母らは既に他界し、これと行った親戚もいないが、ただ一人だけ、その血を引き、扉を開くことの出来る者がいた。


「まさか、お母様なの……? その扉を開いたのは? でも、お母様は帝都で……」


「どう考えるかは自由さ。だけど、このままずっと逃げ隠れたらどうなるか分かるよね?」


 ステファンはすっかり落ち着きを取り戻し、下卑た笑みを浮かべた。


「僕は一度、領都ロストックに戻るよ。だけど一週間だ。それ以上は待ってあげない。必ず、お姉様一人で僕のところへ来るんだ。いいね? 絶対だぞ!!!」


 そう言うと、ステファンは騎乗する竜を翻して、どこかへ飛び去っていった。

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