暗黒騎士と堕ちた戦乙女達 ~女神に見放されたので姫と公女たちに魔神の加護を授けて闇堕ちさせてみた~
解放への一歩
ステファンの追撃をかわしたアベル達は、仙境の城館に集まっていた。
「フライフォーゲル城と導きの塔を同時に攻略するだと?」
シャーロットは戻るやいなや、一つの提案をした。それは、今の手勢だけでこの地の解放に乗り出すというものだ。
「ええ、今のステファンはたがが外れている。守るべき領民を虐待するなんて正気じゃない。もし、あいつの提示した一週間の期限を過ぎたら、どんなことをしでかすか分からないわ。だから、導きの塔の解放と同時にこの地の反抗勢力に蜂起を促し、一気呵成にフライフォーゲル城を制圧するべきよ」
「随分な強行軍だが勝算はあるのか? どちらかにはあの竜が出てくるだろうし、闇雲に突っ込んでもどうしようもないぞ?」
彼女とて勢いだけでこの様な提案をする人物ではない。そこには何か秘策のようなものがあるのではないだろうか。
そう思い、アベルは彼女に尋ねかけてみた。
「あの竜への対抗策ならあるわ。フライフォーゲル城に隠された神器がね」
「なるほど。確かに神器を確保できれば、あるいは……」
神器とはかつて、この世界を覆った"魔"を討つために女神より与えられた強力な武器のことである。
あらゆる国でそれらを継承する家系が、王や貴族に名を連ねるなど、今日の社会の中核を為してきた存在である。
「私はシャルの案に賛成です。いずれにせよ塔の攻略は、私達アベルの加護を受けた者達だけで行わなければなりませんし、数の利を覆すために、神器の確保も避けては通れませんから」
結局は、いずれ実行に移すはずの計画が前倒しになったということでしかなかった。
帝都解放への道のりは茨の道、皆既にそのことへの覚悟は出来ているようだ。
「そうだな。俺たちは、無茶でも何でも、寡兵で宰相と聖教国に対抗するしか選択肢がない。神器の奪還、導きの塔と城館の攻略、準備期間は余りにも短いが、果たして見せよう」
その言葉に皆がうなずいた。
*
「懐かしいわね、ロストック。帝都であんなことがあったのに、ここは余り変わりないみたい」
フライフォーゲル地方の領都ロストック、人口二十万人を誇る、ちょっとした大都市だ。
その最大の特徴は丘の上に建てられているという点だ。
後背が断崖絶壁となっていることから周囲から攻めにくい立地で、城の前面に展開された防壁が何重にも折り重なっている。
その敵を寄せ付けない堅牢さから、帝国一の城塞都市との異名も持つ。
アベルとシャーロットは、丘の麓に広がる農村地帯を取り囲むように広がる森林地帯に転移し、城門を抜けてロストック市街へと潜入していた。
ロストックの地に詳しいシャーロットと、まだ顔の割れていないアベルの二人が、潜入に適しているとの理由からだ。
幸い兵達の警戒は、農村地帯を取り囲む堅牢な長城の出入り口にあったようで、敵の警戒の内側へと潜り込めた形となった。
「でも、この格好変じゃないかしら?」
「いや、よく似合ってるよ。いかにも女冒険者って風貌だ」
シャーロットは、軽装に身を包み、桃色の髪を橙に変えていた。
流石に、市民の中には彼女の顔をよく知る者も居えうことから、変装をすることとしたのだ。
「何より、眼鏡ってのが良い……」
どうやらその装いには、アベルの趣味が入っているようであった。
「な、何よ、あまりじろじろ見ないでって……」
眼鏡を掛け、目元もごまかしているため、傍目に見れば彼女がここの領主の娘だと気付くものはいないだろう。
今のシャーロットはいかにも知的で有能な女冒険者といった風貌であった。
「普段お転婆なお嬢様が、まさかこんな知的な装いをしてるとは誰も思わないだろうしな。完璧な変装だ」
「何よ、馬鹿にしてるの?」
「いえいえ、その様な」
「大体、あんた気安いのよ。騎士学院では、ただの同期だったんだからね」
「それはそうだが」
本当はもっと幼い頃には出会っていたのだが、彼女が切り出してこない以上は、自分からそのことを告げるつもりはなかった。
「まあいいわ。まずは情報収集よ」
そう言って、シャーロットが背を向けたその時、女性の悲鳴と男の怒号が響いてきた。
*
「見てたぞ! そこの女、店のリンゴを盗んだな?」
「え? そ、そんなことしていませんわ。騎士様!!」
大通りの出店の前、そこでは聖教騎士が女性を糾弾していた。
どうやら、女性は盗みを働いたとのことであった。
「黙れ。貴様がそのカゴにリンゴを入れたのを見たぞ」
騎士は無断で女性のカゴに手を入れて、リンゴを掴み上げた。
「な!? それは、うちの商品じゃねえか」
それを見て店主が騒ぎ始めた。
「そ、そんな! 私、カゴに入れてません。何かの間違いです!! お願いです。信じて下さい!!」
しかし、女性には心当たりがないようで、酷く狼狽していた。
「ふざけるな! うちの品を盗もうとしておきながら、しらばっくれるたぁ、とんでもねえ女だな」
「さあ、こっちに来い。俺がみっちりと取り調べをしてやる」
そう言って騎士は女性の腕を無理矢理に掴むと、下卑た表情を浮かべた。
取り調べの名目で、彼が何をしようとしているのか容易に想像が出来た。
「とんでもないのはどっちだ」
女性を掴む騎士の腕を、誰かが掴み上げた。
「っ、なんだてめえ!!」
「その人のカゴにくすねたリンゴを仕込み、冤罪を仕立て上げるとは大した聖職者だな」
騎士を止めたのはアベルであった。
「な、何だと!? この俺に言いがかりを付けようってのか?」
騎士は激昂してアベルの腕を払うと、拳を構えた。
「血の気の多い騎士様だな」
「黙れ!!」
騎士は腕を大きく振りかぶり、アベルに殴りかかった。
「さて、これは何だ?」
しかし、アベルは軽やかにその拳をかわすと、周りに見えるように、一瞬で騎士の装束からリンゴを抜き去った。
「ど、どういうことだ? なんで騎士様の懐にうちのリンゴが!?」
「な、バ、バカな。俺は自分の分まで盗っては――あ」
「語るに落ちたな。大方、その人を手籠めにしようと、稚拙な策を弄したんだろう」
騒ぎを聞いていた市民達が、眉をひそめる。
「き、貴様、俺にこんな恥をかかせて……」
「ただで済むと思うなよってところか。小悪党のやることは大体、決まっている。だが、あんたらの隊長がこんなこと見過ごすかな?」
「その通りだ。話は聞かせてもらった。聖教騎士の地位を笠に着た愚行、到底許されるものではない」
そこに現れたのは、モンシャウ村でアベルが遭遇した、騎士イザークであった。
「た、隊長!? こ、これは何かの間違いで……」
「弁解なら詰め所で聞こう。連行しろ」
イザークは部下に命じて男を拘束させた。
「我が騎士団の者が迷惑を掛けた」
騎士イザークは俺と隣に居た女性の元へ歩いてくると、深々と頭を下げた。
「部下の手綱はしっかり握っていて貰いたいもんだがな」
「面目次第もない。だが、誤解しないで欲しいのは、こういった行動を起こす者は一部なのだ。どういうわけか、最近になってこの手の女神の教えを忘れた輩が増え始めてな……」
イザークはそっとため息をついた。
確かに、聖教騎士とは本来、彼のような生真面目な人物が多い。
それがどういうわけか、この帝国では横暴な者が目立つ。狂気に陥った枢機卿、民を蹂躙する騎士達、そしてモンシャウを焼いた者達、騎士団の内部で何かが起こっているのだろうか。
「いや、こんなことを言っても仕方が無いな。今後は綱紀粛正に努める。改めて迷惑を掛けた」
そう言って再び一礼すると、イザークは踵を返して、去って行った。
「この地の騎士団を指揮する男か……」
敵対する立場であり、村を焼いた男だ。それに関しては、到底許されることではない。
だが、彼自身は被害を最低限に抑えようと尽力し、暴虐を働くバルデルを止めようとさえした。
そして今は、部下の不始末の尻拭いを自ら行っている。
彼の信ずる聖教国の腐敗、それさえなければ彼があのような暴虐に手を染めることも無かったのではないか。
アベルは彼に対して、奇妙な信頼感と同情のような念を抱き始めていた。
「フライフォーゲル城と導きの塔を同時に攻略するだと?」
シャーロットは戻るやいなや、一つの提案をした。それは、今の手勢だけでこの地の解放に乗り出すというものだ。
「ええ、今のステファンはたがが外れている。守るべき領民を虐待するなんて正気じゃない。もし、あいつの提示した一週間の期限を過ぎたら、どんなことをしでかすか分からないわ。だから、導きの塔の解放と同時にこの地の反抗勢力に蜂起を促し、一気呵成にフライフォーゲル城を制圧するべきよ」
「随分な強行軍だが勝算はあるのか? どちらかにはあの竜が出てくるだろうし、闇雲に突っ込んでもどうしようもないぞ?」
彼女とて勢いだけでこの様な提案をする人物ではない。そこには何か秘策のようなものがあるのではないだろうか。
そう思い、アベルは彼女に尋ねかけてみた。
「あの竜への対抗策ならあるわ。フライフォーゲル城に隠された神器がね」
「なるほど。確かに神器を確保できれば、あるいは……」
神器とはかつて、この世界を覆った"魔"を討つために女神より与えられた強力な武器のことである。
あらゆる国でそれらを継承する家系が、王や貴族に名を連ねるなど、今日の社会の中核を為してきた存在である。
「私はシャルの案に賛成です。いずれにせよ塔の攻略は、私達アベルの加護を受けた者達だけで行わなければなりませんし、数の利を覆すために、神器の確保も避けては通れませんから」
結局は、いずれ実行に移すはずの計画が前倒しになったということでしかなかった。
帝都解放への道のりは茨の道、皆既にそのことへの覚悟は出来ているようだ。
「そうだな。俺たちは、無茶でも何でも、寡兵で宰相と聖教国に対抗するしか選択肢がない。神器の奪還、導きの塔と城館の攻略、準備期間は余りにも短いが、果たして見せよう」
その言葉に皆がうなずいた。
*
「懐かしいわね、ロストック。帝都であんなことがあったのに、ここは余り変わりないみたい」
フライフォーゲル地方の領都ロストック、人口二十万人を誇る、ちょっとした大都市だ。
その最大の特徴は丘の上に建てられているという点だ。
後背が断崖絶壁となっていることから周囲から攻めにくい立地で、城の前面に展開された防壁が何重にも折り重なっている。
その敵を寄せ付けない堅牢さから、帝国一の城塞都市との異名も持つ。
アベルとシャーロットは、丘の麓に広がる農村地帯を取り囲むように広がる森林地帯に転移し、城門を抜けてロストック市街へと潜入していた。
ロストックの地に詳しいシャーロットと、まだ顔の割れていないアベルの二人が、潜入に適しているとの理由からだ。
幸い兵達の警戒は、農村地帯を取り囲む堅牢な長城の出入り口にあったようで、敵の警戒の内側へと潜り込めた形となった。
「でも、この格好変じゃないかしら?」
「いや、よく似合ってるよ。いかにも女冒険者って風貌だ」
シャーロットは、軽装に身を包み、桃色の髪を橙に変えていた。
流石に、市民の中には彼女の顔をよく知る者も居えうことから、変装をすることとしたのだ。
「何より、眼鏡ってのが良い……」
どうやらその装いには、アベルの趣味が入っているようであった。
「な、何よ、あまりじろじろ見ないでって……」
眼鏡を掛け、目元もごまかしているため、傍目に見れば彼女がここの領主の娘だと気付くものはいないだろう。
今のシャーロットはいかにも知的で有能な女冒険者といった風貌であった。
「普段お転婆なお嬢様が、まさかこんな知的な装いをしてるとは誰も思わないだろうしな。完璧な変装だ」
「何よ、馬鹿にしてるの?」
「いえいえ、その様な」
「大体、あんた気安いのよ。騎士学院では、ただの同期だったんだからね」
「それはそうだが」
本当はもっと幼い頃には出会っていたのだが、彼女が切り出してこない以上は、自分からそのことを告げるつもりはなかった。
「まあいいわ。まずは情報収集よ」
そう言って、シャーロットが背を向けたその時、女性の悲鳴と男の怒号が響いてきた。
*
「見てたぞ! そこの女、店のリンゴを盗んだな?」
「え? そ、そんなことしていませんわ。騎士様!!」
大通りの出店の前、そこでは聖教騎士が女性を糾弾していた。
どうやら、女性は盗みを働いたとのことであった。
「黙れ。貴様がそのカゴにリンゴを入れたのを見たぞ」
騎士は無断で女性のカゴに手を入れて、リンゴを掴み上げた。
「な!? それは、うちの商品じゃねえか」
それを見て店主が騒ぎ始めた。
「そ、そんな! 私、カゴに入れてません。何かの間違いです!! お願いです。信じて下さい!!」
しかし、女性には心当たりがないようで、酷く狼狽していた。
「ふざけるな! うちの品を盗もうとしておきながら、しらばっくれるたぁ、とんでもねえ女だな」
「さあ、こっちに来い。俺がみっちりと取り調べをしてやる」
そう言って騎士は女性の腕を無理矢理に掴むと、下卑た表情を浮かべた。
取り調べの名目で、彼が何をしようとしているのか容易に想像が出来た。
「とんでもないのはどっちだ」
女性を掴む騎士の腕を、誰かが掴み上げた。
「っ、なんだてめえ!!」
「その人のカゴにくすねたリンゴを仕込み、冤罪を仕立て上げるとは大した聖職者だな」
騎士を止めたのはアベルであった。
「な、何だと!? この俺に言いがかりを付けようってのか?」
騎士は激昂してアベルの腕を払うと、拳を構えた。
「血の気の多い騎士様だな」
「黙れ!!」
騎士は腕を大きく振りかぶり、アベルに殴りかかった。
「さて、これは何だ?」
しかし、アベルは軽やかにその拳をかわすと、周りに見えるように、一瞬で騎士の装束からリンゴを抜き去った。
「ど、どういうことだ? なんで騎士様の懐にうちのリンゴが!?」
「な、バ、バカな。俺は自分の分まで盗っては――あ」
「語るに落ちたな。大方、その人を手籠めにしようと、稚拙な策を弄したんだろう」
騒ぎを聞いていた市民達が、眉をひそめる。
「き、貴様、俺にこんな恥をかかせて……」
「ただで済むと思うなよってところか。小悪党のやることは大体、決まっている。だが、あんたらの隊長がこんなこと見過ごすかな?」
「その通りだ。話は聞かせてもらった。聖教騎士の地位を笠に着た愚行、到底許されるものではない」
そこに現れたのは、モンシャウ村でアベルが遭遇した、騎士イザークであった。
「た、隊長!? こ、これは何かの間違いで……」
「弁解なら詰め所で聞こう。連行しろ」
イザークは部下に命じて男を拘束させた。
「我が騎士団の者が迷惑を掛けた」
騎士イザークは俺と隣に居た女性の元へ歩いてくると、深々と頭を下げた。
「部下の手綱はしっかり握っていて貰いたいもんだがな」
「面目次第もない。だが、誤解しないで欲しいのは、こういった行動を起こす者は一部なのだ。どういうわけか、最近になってこの手の女神の教えを忘れた輩が増え始めてな……」
イザークはそっとため息をついた。
確かに、聖教騎士とは本来、彼のような生真面目な人物が多い。
それがどういうわけか、この帝国では横暴な者が目立つ。狂気に陥った枢機卿、民を蹂躙する騎士達、そしてモンシャウを焼いた者達、騎士団の内部で何かが起こっているのだろうか。
「いや、こんなことを言っても仕方が無いな。今後は綱紀粛正に努める。改めて迷惑を掛けた」
そう言って再び一礼すると、イザークは踵を返して、去って行った。
「この地の騎士団を指揮する男か……」
敵対する立場であり、村を焼いた男だ。それに関しては、到底許されることではない。
だが、彼自身は被害を最低限に抑えようと尽力し、暴虐を働くバルデルを止めようとさえした。
そして今は、部下の不始末の尻拭いを自ら行っている。
彼の信ずる聖教国の腐敗、それさえなければ彼があのような暴虐に手を染めることも無かったのではないか。
アベルは彼に対して、奇妙な信頼感と同情のような念を抱き始めていた。
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