暗黒騎士と堕ちた戦乙女達 ~女神に見放されたので姫と公女たちに魔神の加護を授けて闇堕ちさせてみた~

水都 蓮

潜入

 すっかり日も暮れ、深夜に差し掛かる頃。


「ったく、退屈な任務だぜ」


 モンシャウ男爵家の屋敷の門前で、一人の兵士がぼやいた。


「そう言うな。枢機卿を殺害したあの《黒騎士》が現れたんだ。警戒は必要だろう」


 一方の兵士は真面目な性格のようで、背筋を伸ばして周囲を警戒していた。


「ハッ、真面目な奴だよな、お前は。それよりも聞いたか? 領都じゃ連日、新皇帝の即位を祝うパーティが催されてるらしいぜ? ったく、俺もそっちに配属になりたかったぜ」


 だらしない兵士は槍を壁に立てかけると、大きく伸びをした。


「俺らみたいな一兵卒が参加できるわけないだろ? せいぜい会場警備に当てられるぐらいさ」


「それでも良いだろ!! 綺麗な給仕の姉ちゃんや貴族の令嬢に囲まれて、あまりもんでも良いからうまい飯を平らげるんだ。そしたら、貴族の令嬢がやってきて『働いてる姿、ずっと見てました。とても素敵な方ですよね。どうか二人で抜け出しませんか?』なんて言われたりしてよ」


「ないない」


「夢がねえな」


「それよりも、差し入れなら来たみたいだぞ。お前の待望の給仕の姉さんだ」


「はっ、いつものしわくちゃの婆さんどもだろ」


 うへぇといった表情を作り、兵士が舌を出した。


「すみません。いつものお婆さんは腰を痛めて、今日は来られないんです」


「え……?」


 現れたのは、いつもの老婆ではなく金の髪の若い娘であった。
 白雪のように透き通った肌に、街中で見かければ誰もが振り返るであろう美しい顔、それは給仕に扮したフローラであった。
 軽薄な兵士はその美貌を目の当たりにして言葉を失った。


「う、美しい……」


「あら、そんな。照れるわ」


 思わず漏れた言葉に、フローラは嬉しそうに腰をくねらせた。


「いや、ほんと。こんな美人見たことないって言うか……」


 その優しげな声とおっとりとした雰囲気に当てられて、兵士がどぎまぎする。


「ああ……で、差し入れを持ってきてくれたと?」


 そのやりとりにうんざりしたのか、もう一人の真面目な兵士が遮った。


「ええ、地のコカトリスを揚げた唐揚げです。お酒は駄目ですけど、葡萄と清水で作ったジュースもありますのでぜひお召し上がりください」


「げへへ、君が作ったの?」


「ジュースの方はそうですよ。私が煮詰めて、たっぷり愛情を込めました!! これで体力を回復させて夜の番も頑張ってくださいね」


 フローラはとびきりの笑顔を浮かべると、その場を後にした。
 その笑顔が余りにもまぶしかったのか、軽薄な兵士は頬を赤らめながらいつまでも名残惜しそうにその背中を見送った。


「うちにあんな娘がいたのかー。今度名前聞こう」


「…………」


「おい、どうした? ぼーっとして」


 一方の真面目な兵士は、給仕に扮するフローラを険しい表情で見送っていた。


「まさかお前も一目惚れか?」


「ん? あ、ああ、そうだな。あんな美人見たことねえからな。それよりも頂くとするか。さすがに腹が減った」


 そうして兵達は、夜食に供された唐揚げにかぶりついた。






*






「さてと、眠ったか」


 門の前で眠りこけた二人の兵士を見下ろしながらアベルが言った。


「屋敷の兵のスケジュールを調べ上げて、最も警備が薄い時間帯を狙い、さらに睡眠薬を盛らせるとは大したものですね」


 ジークリンデは感心したように言った。


「戦いの基本は情報戦だ。相手の動きを調べ上げれば、動きやすくもなるし、労力も使わない。幸い、給仕のお婆さんの口が軽くて助かった」


「ともかくこれで中に入れますね。でも、アベルその仮面は……?」


 アベルはいつもの黒鎧ではなく、キザな銀の仮面を身につけていた。


「俺はいくらか力の制御に慣れてるが、それでもあの力を使うと消耗が激しいからな。だから、基本はあの鎧は使わない方向で行こうかと思ってな。女神の力の及ぶ範囲だと枷の制限が復活するみたいで、多少スキルのレベルが下がるが、剣を振るうには十分だしな」


 アベルの加護によって、ジークリンデ達はスキルを再び使えるようになった。
 しかし、その消耗を恐れて、五人は基本的に魔神の力を行使することは控えることとした。
 黒衣を纏わない状態でも、ある程度力を行使するため、非常時の切り札というのがその方針である。


 一方のアベルもそれに倣うこととした。


「いえ、事情はわかってますけど、その仮面のことです」


「これか? 俺はあの全身鎧のお陰で、まだ面が割れてないからな。顔を見せるわけにはいかないし、これで隠そうと思ってな。どうだ、かっこいいだろ?」


「……よくお似合いだと思います」


 一瞬の間が気になったが、アベル個人としてはかなり気に入っている造形なので、構わず屋敷に乗り込むことにした。


「さてと、アポはないが失礼して――」


 兵達の身体をまたいだその時、耳を突き刺すように甲高い、笛の音が鳴り響いた。


「やはりあのジュースは薬が仕込んであったか。飲まなくて正解だったぜ」


 笛の音と同時に、背後で真面目な兵士が立ち上がった。


「今のは魔獣を操る笛だ。奴らはこの笛の音を聞くと見知らぬ人間を食い殺すように訓練されてる。これでお前らもおしまいだな」


 兵士は槍をこちらに向けて構えた。そして庭のどこに隠れていたのか、次々と狼型の魔獣が現れる。
 頭の高さがアベル達の胸元ほどまであり、人間一人ならあっという間に丸呑みにしそうなほど巨大な狼であった。


「あんまり作戦の意味ありませんでしたね……」


「完璧だと思ったんだがなあ……」


「おら、いつまで寝たふりしてやがる。侵入者だ。魔獣と連携して狩るぞ」


 真面目な兵士が軽薄な兵士を起こす。しかし、彼が起きる気配は一向に無かった。


「おい、あれだけ飲むなって言ったのに、飲んだのかよ……」


「むにゃむにゃ……ねえ、お姉さん、お名前教えてよ」


 男は早速フローラが夢に出てきたのか嬉しそうな表情を浮かべながら寝言を吐いた。


「一応、作戦の効果はあったみたいですね」


「いや、あれ一人いてもいなくても変わらんだろ。緊張感のない」


 アベルはあきれたように言い放った。


「その通りだ。貴様らなど、俺と魔獣達で十分だ……ん?」


 兵士がジークリンデの顔を見つめた。


「どこかで見たような顔だが……誰だ?」


 目の前にいるのは皇女ジークリンデだというのに、目の前の兵士はピンとは来ていないようであった。


「皇女様はあまり知名度がないようだな」


「少し傷つきますね」


 ジークリンデはおちゃらけたように悲しげな表情を浮かべた。


「まあいい、ここに忍び込もうなんてろくな奴じゃねえんだ。掛かれ魔獣ども!!」


 兵士の合図で狼達が一斉に飛び上がった。その跳躍力は並の狼の比ではなく、屈強な前足とそこから伸びる凶爪の一撃と、長く伸びた太い牙による噛み付きを喰らえば、ただでは済まないであろうことが容易に想像できた。


「!!」


 ジークリンデは迎撃しようと、とっさに腰元の剣に手を伸ばした。しかし、アベルがそれを手で遮る。


「荒事の時は、体力に余裕のある俺が行こう。ここは任せてくれ」


「わかりました。お任せします」




「ああ、任された」


 アベルは剣を抜くと、目の前に魔法陣を展開した。それは鎧を召喚する陣であり、どうやら一瞬で片を付けるつもりのようだ。


 そして次の瞬間、地を蹴り、魔法陣を通り抜けて漆黒の鎧を纏うと、アベルは牙を剥いて襲いかかる狼たちを一瞬で斬り捨てた。
 鮮血が舞いアベルの黒鎧を深紅に染まる。


「ひぃっ!! お前は《黒騎士》!!」


 その威容から一瞬で、帝都に現れた人物と判断すると、兵士は槍を落として情けなく後ろに下がった。


「俺、そんなかっこいい通り名が付いてるのか?」


「む、無理だ。俺らじゃ手に負えねえ……」


 そして、兵士は同僚を担ぐとそのまま、どこかへ走り去ってしまった。


「やれやれ、鮮やかな引き際だな」


「でも、同僚の方は背負っていかれるのですね」


「そこは好感が持てるな。だが、姿を見せて良かったのか?」


「ええ、私達が現れたこと、そして未だに反抗の意思を持っていることを示さないといけませんから」


 当初の予定では、秘薬を奪取した後、兵達を起こし、自分たちの存在を大々的にアピールする予定であった。
 目的としては、先日の焼き討ちのような、彼らをあぶり出すための暴挙を抑えることである。
 多少、予定が前後したとはいえ、目論見通りと言えた。


「しかし……あの反応、俺の方が有名みたいだな」


「…………」


 アベルが冗談めかして言うと、ジークリンデは黙り込んでしまった。

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