暗黒騎士と堕ちた戦乙女達 ~女神に見放されたので姫と公女たちに魔神の加護を授けて闇堕ちさせてみた~

水都 蓮

星夜の語らい

「ごめんなさい! 利用中の看板に気付かなくて」


 フローラが深々と頭を下げた。
 元々、ここの温泉は一つしか無いため、利用中の者が立て看板で中にいることを知らせる仕組みを採っている。
 その点においては、看板を見落としたフローラに責任があると言えた。


「フローラは昔からそそっかしい。混浴になってるから気を付けてって言われたはず」
「ごめんね、アイリスちゃん」
「ちゃん付けはやめて」


 まるで仲の良い姉妹のように二人は言い合う。


「ああ、ともかく。その、俺こそ悪かったよ」
「どうして? アベルくんは何も悪くないのよ」
「いやでも、女性の肌を見るなんて」


 フローラ達はタオルで前を隠してはいるものの、それがちらちらと揺れて、時折肌が見えるなど、アベルは目のやり場に困っていた。


「と、とにかく、俺は上がる。ゆっくりして行ってくれ」


 居心地が悪く、アベルは今すぐこの場を抜け出したかった。


「だ、駄目よ。私が勘違いして押しかけちゃったんだから。あなたはゆっくりして」


 だが、フローラは自分の責任とアベルを呼び止めた。


「だが、中途半端に湯を浴びた状態で、君たちを放り出したら冷えるだろう? 俺ならいいから――」
「気遣いはありがたいけど、それだと私の気が済まないの……」


 フローラが上目遣いでこちらを見つめてくる。
 長い金の髪が後ろにまとめられたその姿が色っぽく、アベルはどきりとする。


「いや、そうは言ってもな――」
「まどろっこしい。それなら、みんなで入れば良い」


 互いに譲り合って、話の進まない二人に業を煮やしたのか、アイリスがアベル達に手をかざして、その身体を浮かび上がらせた。


「う、うお、なんだ!?」
「ア、アイリスちゃん!?」


 突然のことに戸惑う二人に構わず、アイリスは二人を湯船に放り込んだ。
 乱暴に投げ入れたものだから、湯がしぶきを上げた。


「お、おい! いきなり、何を――」


 アベルはその行動に抗議しようとしたが、直後、アイリスまで勢いよく湯船に飛び込み、アベルにしぶきを浴びせかけた。


「ぶっ、だ、だから何するんだ……」


 しぶきを払って、アベルは抗議した。


「私達もアベルとゆっくり話したかったし、裸の付き合いが最適」


 アイリスは恥ずかしげも無く言い放つと、フローラの方に視線をやった。


「ま、まあ、そうね。でも、さすがに恥ずかしいから、あまり見ないで欲しいのだけれど」
「わ、わるい」


 先ほどの魔法でタオルを手放してしまったため、フローラはその手で身体を隠していた。
 その姿が魅力的で思わず、視線を向けてしまっていたのだが、フローラが顔を赤くさせてそう言うので、アベルは慌てて背を向けた。


 そうして、アベルが温泉の端で背を向けて座り、その後ろに二人が座ると、一同は改めて湯を堪能した。


「空、綺麗。帝都で見上げる空よりもずっと近くに感じる」
「そうね。何もかも忘れて、この空をずっと見つめていられれば良いのに……」
「そだね……」


 三人は夜空を見上げた。
 悪夢のような出来事があったというのに、この空の海は、そんな下界の争いなど些末事であるかのように、悠然と星々を瞬かせていた。


「でもね。これから帝国がどうなるかわからない。宰相は平民主導を謳っているけど、彼自身も貴族の一員、皇帝になるという野心のために平民を利用しているだけに過ぎないわ。そして彼がその野心を果たした後、民達はどうなるか……」


 たとえ、女神と決別しようが、その慈愛の心まで失われるわけではない。フローラの不安が晴れることはなかった。


「確かに、貴族の中にも腐敗した人間はいる。彼らが領民に苦役を強いていたのは事実。だけど、お父様達はそれを改善しようと力を尽くしていた。だから、あの男のしたことは許せない」


 貴族の腐敗の責を皇帝になすりつけ、反抗勢力をまとめ上げる、その手腕こそ見事であったが、その実現のために取った行いは余りにも卑劣と言えた。
 アイリスの胸の内には、静かな怒りが湧いていた。


「味方は少ないけど、それでもどうにかして、帝都を取り戻さないとね」
「ああ、そうだな。だが味方は少なくても、俺は君たちを見捨てはしない。だから、今後も頼ってくれ」
「ふふ……」


 その言葉を聞いてフローラが小さく笑みをこぼした。


「な、なんだよ」
「あなたは昔から変わってないわね」
「うん、確かに」


 二人はまるで、昔からの友人のような親しさで微笑んだ。


「その口ぶり、憶えていたのか……?」


 アベルが目を見開いた。
 騎士学校に入学するずっと前に、アベル達は会ったことがある。
 しかし、学校での彼女たちの態度から、それを憶えていたのは自分だけだと思い、アベルはわざわざ名乗らなかったのだ。


「ええ。あの日、あなたが私達の命を救ってくれたこと一瞬たりとも忘れたことはないわ」
「まさか、あの男の子がアベルだとは思わなかったけどね。アベル、あの時名乗らなかったから」


 時が経てば人は変わる。それが子供であればなおさらであろう。
 故に、彼女達がアベルが一度会ったことのある少年だと認識することはなかったのだ。


「一体、いつからだ?」
「今日、あなたが私達の危機に駆けつけてくれた時よ」


 女神の加護を失い、ならず者達に襲われそうになった時、アベルがその窮地を救った。
 その時に、彼女たちはアベルこそが、幼い頃に出会った少年だと知ったという。


「あの日も、今日も、アベルは私達を助けてくれた。とてもかっこよかった」
「ええ。不安と絶望に押し潰されそうだった私達を二度も救ってくれた。とても嬉しかったわ」


 背中から伝わる賛辞にくすぐったくなる。


「……そんな褒められたもんじゃない。いつだって、君たちを死なせたくなくて必死だっただけだ」
「ふふ、でもその心がとても嬉しかったの。確かに私達はみんなの言うように優れた力を持っているかもしれない。でもね、その中身まですごい人って訳じゃない。不安に押し潰されそうなときの方が多いくらいよ」
「あのならず者達が、襲いかかってきたときがそうだった。あんな風に欲望を剥き出しにされて、これからどんな目に遭うか、想像しただけで恐怖で押し潰されそうだった。だからありがとう」
「私もありがとう。助けてくれて。あなたがいてくれて良かった」
「いや……」


 面と向かって感謝を伝えられるなどいつ以来だろうか。それがとても照れくさく、素っ気ない言葉しか出てこなかった。


「だけど、俺の方こそ、助けられて良かったよ。君たちを守る、それがあの日の約束だったから……」


 アベルは昔の記憶に思いを馳せた。
 五人が出会ったあの日の出来事に。

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