暗黒騎士と堕ちた戦乙女達 ~女神に見放されたので姫と公女たちに魔神の加護を授けて闇堕ちさせてみた~

水都 蓮

光届かぬ仙境(2)

「当然だが俺も協力する。これでも騎士の端くれだからな」


 最後に名乗りを上げたのはアベルであった。
 加えて父の安否が心配という理由もあったのだが、家族を亡くした彼女たちの手前、それについては口には出さなかった。


「そうね、あんたの力がなければ私達も戦えないし、心強いわ」
「ん? 今日のシャル、やけに素直」


 彼女のいつもと違った様子にアイリスがめざとく反応した。


「あらあら、そうね、シャルちゃんがそんな風に人を信頼するなんて、何かあったのかしら?」


 シャーロットの様子を見て、フローラが微笑ましげ言った。


「う、うるさいわね。こいつの加護がないと兵を集めても戦えないのは事実でしょ!」


 その追求にシャーロットは思わず顔を真っ赤にさせた。


「ふふ、シャーロットの言うとおりですね。私達の時のように加護を与えてもらわないと、女神の加護を失った者は武器も振るえませんから」


 経緯はどうあれ、女神の加護を失った四人はアベルのスキルによって、再び武器を手にすることができた。
 その点に関して、五人達の間にはわずかであるが信頼のようなものが出来上がっていた。


「ふむ、水を差すようで申し訳ありませんが、ベルセビュア様の加護はそう簡単には与えられませんよ」


 一同の話を聞いていた老人が口を開いた。


「それはどういうことでしょうか?」
「アベル殿が行使された《冥闇の権能》には、魔神の加護を他人に授ける効果があります。ですがその加護は、強い絆で結ばれた者同士が揃って、初めて与えることのできる加護なのです。無論、兵力を増強する中で一人一人の兵達と心を通わせれば与えることはできますが、現実的ではないでしょうな」
「き、絆!? 何よそれ、ほんとなの?」


 シャーロットがアベルの方を向いて問いただした。


「いや、俺も条件はわからんって。だが確かに、帝都で合流した兵達に加護を授けられるか試してみたが、それは不可能だった」
「絆ですか……?」


 だが、そもそもの話、アベルと四人達の間には接点がほとんど無かった。
 ジークリンデはアベルのことを気に掛けていたがそれだけであり、他の者達に関しては同期として挨拶を交わす程度だ。シャーロットに至っては口を利いたことも数えるほどしかない。


「まあ、俺が言うのも何だが、さして親しい間柄じゃないな。本当に絆とやらが条件なのか?」
「ええ、間違いありません」
「うーん、でもそうなると、兵を集めても宰相達に対抗するのは難しいかしら……」


 フローラは腕を組んで頬杖を突くと、困ったような表情を浮かべた。


「万策尽きたね」


 アベルのスキルこそが宰相打倒の希望であったが、それに制約があると知り、一同はどうしたものかと考え込み始めてしまった。


「まあ、話は最後まで聞きなされ、策がないわけではない」


 五人は黙り込んでいたが、その沈黙を割くように老人が口を開いた。


「本当でしょうか?」
「うむ。そもそも女神エリュセイア様とて、この世すべてを支配・強制できる万能の存在ではありません。そうであればこの地上から争いはとっくに無くなっているでしょう」
「司祭達が聞いたら即刻、破門確定の発言ですよ……」


 教会では女神は万能の存在として語られている、教会関係者の前で今のような疑問を呈せば、ただでは済まないだろう。


「ここでは誰も聞いておりませぬよ。ともかく女神の力の及ぶ範囲は限られている、故に女神の枷や加護というものは、それを届かせる中継器のようなものがあって初めてわしらの下に届くのです」
「その中継器というのは?」
「それは《導きの塔》です。女神の御座す《審判の塔》、そこから放たれる女神の威光を増幅し、遠方に届けるために用意された中継器、それがあの塔の役割なのです」


 《導きの塔》とは、神話に世界各地に打ち立てられたとされる純銀のモニュメントのことである。
 製作した者は不明で、その巨大で堅牢な威容から、女神が自ら建てた聖殿であるとされ、信仰されている。


「本来、あの塔自身に我々のスキルや魔法を封じる力はありません。ですが、どういうわけか聖教国は、人々に女神の枷を嵌め、力を奪うという現象を可能とさせた。一時的にそれらを無効化する術はあれど、加護を奪うというのは明らかな女神の領域への干渉、そうなるとあの塔に何かあると考えるのが当然でしょう」
「…………」


 一同は老人の話を聞いて考え込んだ。《導きの塔》の役割や女神の力の限界など、どれも神学の授業では教わらないような、ともすれば異端の領域に属しうる話であった。


「……なあ、そもそもの疑問だが、あなたは何者なんですか? どうやら、俺ら以上に教会について詳しいようだが」


 アベルは目の前の老人の素性について尋ねた。


「これは失礼しました。まだ紹介しておりませんでしたな。わしは元々、聖教国の枢機卿に名を連ねていた者で、名をトマスと言います」
「トマス様……?」


 元《聖女》だっただけあって、フローラは心当たりがあるようであった。


「こうしてお目に掛かるのは初めてですが、トマス様、あなたは確か背教の罪で処刑されたのでは?」
「うむ、教会ではその様になっておりますな。事実、私は教会の秘蹟を盗み見た罪で追われておりました。そしてその逃避行の最中、私はベルセビュア様と邂逅したのです」
「ベルセビュア……」


 アベルは自身が女神の加護から外れ、《暗黒騎士》となった経緯を思い返した。
 今でもその時の記憶は曖昧であったが、確かにその名を聞いたような気がする。


「私の見た秘蹟も多くはありませんが、いずれにせよあの《導きの塔》で教会関係者が何かをしていたのは事実です。あなた方が、帝都奪還に赴かれるのであれば、その攻略は避けては通れないでしょう」
「…………」


 一同は再び考え込んだ。有史以来人の立ち入った形跡のない遺構であり、そもそも教会の厳重な管理下に置かれた場所である。それをどうにかするなど並大抵のことではなかった。


「とはいえ、今はあまり考え込んでも仕方ありますまい。ともかく、あなた方の意志はわかりました。気になることはまだまだありましょうが、今はその疲れを取ることに専念されてはいかがでしょうか? この里には温泉などもあります。疲れを癒やすなら最適の場所です」


 一行はトマスの提案に従い、一度解散し、隠れ里を見て回ることとした。

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