暗黒騎士と堕ちた戦乙女達 ~女神に見放されたので姫と公女たちに魔神の加護を授けて闇堕ちさせてみた~
温泉からの大脱出
「ふぅ……」
アベルは肩まで湯につかると、そっとため息を吐いて空を見上げた。
この帝国の中で最も空に近い場所、それがこの仙境であるそうだ。
魔導の灯で覆われた帝都の夜景も綺麗ではあるが、雲の上から見る夜空はそれとは比にならないほどに美しく、壮大であった。
白や黄色、赤に青、様々な光を放つ星の瞬きは、自分がいかにちっぽけな存在であるかを思い知らせてくれる。
「けど、そんなちっぽけな存在が、あんなことをしでかすわけだ」
女神によって帝都に放たれた業火、人々を教え導くはずの聖職者達によって行われた非道な蹂躙、帝都のは惨憺たる有様であった。
聖教国の堕落と腐敗、狂信は極まり、ついに本格的な他国への干渉が始まった。
その犠牲となったのが、アベルの祖国アルトジウス帝国である。
(本来女神は俺たちを見守り続けた慈悲深い存在だ。だが、その存在が裁きを下し、人々に枷を嵌めて力を奪った。一体その身に何が? トマスの言葉によれば、聖教国の人間による暗躍があったようだが……)
「うーん、とても綺麗な景色ね」
アベルがあれこれと考え事をしていると、おっとりとした声が響いた。
(な!? この声はフローラ? ど、どうして?)
フローラはこちらに気付いた様子も無く、湯に足を入れる。
(ま、まずい。俺が先に入っていたとはいえ、姿を見られたらおしまいだ)
幸いアベルは岩の陰に隠れて、フローラからは死角となっており、湯気も濃い。
うまく、このまま隠れきればこの場をやり過ごせるだろう。
「でも、リンデ達も来れば良かったのに。とっても良いお湯」
アベルはフローラの声を聞きながら、この場を抜け出す機会をうかがう。
「って、あら?」
(ま、まずい、気付かれたか)
フローラが岩陰に近づいてくる。
「っ……」
アベルは咄嗟に水中に身を隠す。
幸いアベルのいる場所は、気泡の噴流するジェットバスとなっている。
その気泡に紛れて、アベルはフローラと入れ替わるように岩陰を脱することに決めた。
「ふふ、ここだけ。ジェットバスになってるわ」
どうやら、気付かれたわけではないようだ。とはいえ、こちらへ来る以上、抜け出さざるを得ない。アベルは身体が水面に浮かばないように、両手両足に力を入れて何とか床に張り付き、移動を試みる。
(くっ、これは以外ときついぞ)
呼吸ができないまま、全身の筋肉を使って水中を這いずる、なかなかに困難な作業であった。
「…………お父様、お母様」
ふと、フローラが悲しげな声音で呟いた。
彼女たちの親は既に処刑されたと、聖教国より発表されている。彼らを悼み、祈りを捧げているのだろう。
「既に女神と決別したというのに、私は何をやってるのかしら……」
聖女だ何だともてはやされても、まだ二十に満たない若い娘である。
親を失い、日常を奪われ、心の拠り所たる女神とも決別をしたのだ。その心細さたるや察するに余りある。
(……早くここから上がろう)
足と手を酷使して、何とか入り口近くまでやってきた。
しかしその時――
「んぁっ!?」
足がつってしまった。そして急なことに動転して、肺の中に湯が入ってきてしまった。
「ごぼっ……」
息を止め、ギリギリまで耐えていたためにアベルは呼吸不全となりそのまま意識を手放してしまった。
*
「大丈夫、アベルくん?」
誰かの声と共に身体を揺さぶられる感覚がした。
どうやら温泉の縁の石床に横たえられているようだ。
温泉の成分が染みたぬるぬるとした感触が妙に心地良い。
「アベル、起きたみたい」
もう一人、声がした。
(ん? ま、まさか)
その声を聞いて恐る恐る目を開いてみる。
「良かった、起きたみたい」
「おはよ。大丈夫?」
そこにはフローラとアイリス、二人の娘がアベルの顔をのぞき込んでいた。
「ああ、これ、人生終了しましたね」
アベルは肩まで湯につかると、そっとため息を吐いて空を見上げた。
この帝国の中で最も空に近い場所、それがこの仙境であるそうだ。
魔導の灯で覆われた帝都の夜景も綺麗ではあるが、雲の上から見る夜空はそれとは比にならないほどに美しく、壮大であった。
白や黄色、赤に青、様々な光を放つ星の瞬きは、自分がいかにちっぽけな存在であるかを思い知らせてくれる。
「けど、そんなちっぽけな存在が、あんなことをしでかすわけだ」
女神によって帝都に放たれた業火、人々を教え導くはずの聖職者達によって行われた非道な蹂躙、帝都のは惨憺たる有様であった。
聖教国の堕落と腐敗、狂信は極まり、ついに本格的な他国への干渉が始まった。
その犠牲となったのが、アベルの祖国アルトジウス帝国である。
(本来女神は俺たちを見守り続けた慈悲深い存在だ。だが、その存在が裁きを下し、人々に枷を嵌めて力を奪った。一体その身に何が? トマスの言葉によれば、聖教国の人間による暗躍があったようだが……)
「うーん、とても綺麗な景色ね」
アベルがあれこれと考え事をしていると、おっとりとした声が響いた。
(な!? この声はフローラ? ど、どうして?)
フローラはこちらに気付いた様子も無く、湯に足を入れる。
(ま、まずい。俺が先に入っていたとはいえ、姿を見られたらおしまいだ)
幸いアベルは岩の陰に隠れて、フローラからは死角となっており、湯気も濃い。
うまく、このまま隠れきればこの場をやり過ごせるだろう。
「でも、リンデ達も来れば良かったのに。とっても良いお湯」
アベルはフローラの声を聞きながら、この場を抜け出す機会をうかがう。
「って、あら?」
(ま、まずい、気付かれたか)
フローラが岩陰に近づいてくる。
「っ……」
アベルは咄嗟に水中に身を隠す。
幸いアベルのいる場所は、気泡の噴流するジェットバスとなっている。
その気泡に紛れて、アベルはフローラと入れ替わるように岩陰を脱することに決めた。
「ふふ、ここだけ。ジェットバスになってるわ」
どうやら、気付かれたわけではないようだ。とはいえ、こちらへ来る以上、抜け出さざるを得ない。アベルは身体が水面に浮かばないように、両手両足に力を入れて何とか床に張り付き、移動を試みる。
(くっ、これは以外ときついぞ)
呼吸ができないまま、全身の筋肉を使って水中を這いずる、なかなかに困難な作業であった。
「…………お父様、お母様」
ふと、フローラが悲しげな声音で呟いた。
彼女たちの親は既に処刑されたと、聖教国より発表されている。彼らを悼み、祈りを捧げているのだろう。
「既に女神と決別したというのに、私は何をやってるのかしら……」
聖女だ何だともてはやされても、まだ二十に満たない若い娘である。
親を失い、日常を奪われ、心の拠り所たる女神とも決別をしたのだ。その心細さたるや察するに余りある。
(……早くここから上がろう)
足と手を酷使して、何とか入り口近くまでやってきた。
しかしその時――
「んぁっ!?」
足がつってしまった。そして急なことに動転して、肺の中に湯が入ってきてしまった。
「ごぼっ……」
息を止め、ギリギリまで耐えていたためにアベルは呼吸不全となりそのまま意識を手放してしまった。
*
「大丈夫、アベルくん?」
誰かの声と共に身体を揺さぶられる感覚がした。
どうやら温泉の縁の石床に横たえられているようだ。
温泉の成分が染みたぬるぬるとした感触が妙に心地良い。
「アベル、起きたみたい」
もう一人、声がした。
(ん? ま、まさか)
その声を聞いて恐る恐る目を開いてみる。
「良かった、起きたみたい」
「おはよ。大丈夫?」
そこにはフローラとアイリス、二人の娘がアベルの顔をのぞき込んでいた。
「ああ、これ、人生終了しましたね」
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