暗黒騎士と堕ちた戦乙女達 ~女神に見放されたので姫と公女たちに魔神の加護を授けて闇堕ちさせてみた~

水都 蓮

戦乙女達の進撃

「そんな……」


 悲嘆の声を漏らしたのは《巫女》のフローラであった。


 地下道から抜け出した彼女たちを待っていたのは、宰相一派の兵団であった。
 帝都から命懸けで抜け出した先に立ちはだかる、視界を覆うほどの兵達、突然の帝都襲撃で憔悴した一行の心をへし折るには十分であった。


「ここで網を張って正解だったな。まさか皇女達が引っかかるとはな」


 兵達は得物を一斉に構えた。


「これも帝国の明日のためだ。悪く思うなよ」
「もう駄目よ、こんなの……」


 シャーロットは手で顔を覆った。


 気が緩んでいたのだ。あと少しであの地獄から抜け出せると。
 それだけに目の前の光景は、受け入れがたい絶望であった。


「…………」


 しかしその中で、《皇女》ジークリンデだけは、キッと目の前の兵団をにらんでいた。


「敵が何人いようとやることは構いません。突破しましょう」


 ジークリンデはきっぱりと言い放った。


「リンデ、正気なの?」
「ええ、フローラ。あなた達も感じるでしょう? 私達は信仰を捨て、魔を受け入れたことでこれまでにない力を得たと」


 ジークリンデは剣を引き抜くと、禍々しい闘気を発した。
 それは、数で勝る兵達を圧倒するほどに寒々しく、雄々しいものであった。


「リンデの言うとおり。敵は多い。だけど、今の私達なら」


 その後に続いたのは《賢者》のアイリスだ。アイリスは魔道書を開いて霊子を練り上げると、無数の光の剣を頭上に展開した。


「そう……ね、私達にはもう後がない。それならば死中に活を見出すべきだったわ。でしょう、シャルちゃん?」
「うん……まだ少し怖いけど。確かに今の私、私達なら……」


 フローラは手甲を、シャーロットは弓をそれぞれ構えた。


「三人とも行きましょう!! 私達の後ろに立つ人たちは、誰一人傷つけさせはしません」




*




 それは一方的な蹂躙であった。
 《剣帝》の域へと達したジークリンデは、稲妻のごとき神速で兵のまっただ中に飛び込んでいくと、一瞬の内に周囲の兵達を切り捨てた。
 その速さにおののいた兵達が咄嗟に逃げ回ろうとするが、ジークリンデが剣に奔らせた紫電を振るって、辺り一面に雷撃を解き放と、次々と兵達を焼き払った。


 一方、ジークリンデの猛撃に気を取られた兵達の背後で、フローラが豪腕をうならせた。
 彼女が一突き繰り出す度に、天が揺れ、地が割れていく。そして止めと言わんばかりに振るわれた拳から、黒い瘴気が巨大なエネルギーの奔流となって放たれ、兵達を呑み込んでいった。


「つ、つよすぎる……」


 一瞬のうちに、兵の大半が倒されたことに恐怖したのか、兵達の表情が青くなっていく。


「お、恐れるな! 数で押し切れ!!」


 その様子を見て指揮官らしき男が、声を張り上げて鼓舞した。すると兵達は密集して、数の利を活かした突撃を敢行する。


「させない」


 しかし、それは阻んだのはアイリスの放った剣光であった。


「まだまだ、終わらせない」


 そしてその直後、アイリスが手に小さな黒炎を燃え上がらせると、それを振るって兵達を焼き尽くしていった。


「ば、馬鹿な、相手はたった四人だぞ、何を手こずっ――」


 そして、背後で慌てていた指揮官の眉間を風の矢が射貫いた。
 その矢が飛来した先には、赤い魔眼を見開き、こちらを捉えるシャーロットの姿があった。


「た、隊長がやられた! 無理だ、こんなの。勝てるはずがない!! 逃げろ、逃げろ!」


 いくら数で勝っていても埋めようがないほどに、その実力は開いていた。
 兵達は勝ちの目はないと一斉に武器を捨てて、逃げ去っていった。


「逃がさない」


 それを追撃しようとアイリスがさらなる詠唱を始める。しかし、それを遮るようにジークリンデが制止した。


「逃げる兵達は見逃しましょう。これ以上の血は見たくありません」


 自国の兵相手に、殲滅戦を行うことは本意では無かった。
 ジークリンデは小さくため息を吐くと、得物をしまった。
 既に、その場に彼女たちを狙う敵の姿はいなかった。


「ま、まさか、助かったのか……?」


 共に帝都を脱してきた者の一人が、ぼそりと漏らした。


「え、ええ、殿下と騎士達が敵を打ち払ってくださったわ」


 安堵と興奮の声が、逃亡者達の間に広がっていく。


「……歳!! ……万歳!!」
「うおおおおおおおお、俺たちは逃げ延びたぞ!! 皇女殿下、万歳!!!」


 それはやがて、ジークリンデ達を称える歓声となって、辺りを包み込んでいった。

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