暗黒騎士と堕ちた戦乙女達 ~女神に見放されたので姫と公女たちに魔神の加護を授けて闇堕ちさせてみた~

水都 蓮

解き放たれた力

「無事に逃げ延びたのはここにいる方ですべてでしょうか?」


 今回の襲撃は、皇宮周辺の貴族街が対象となっていた。


 帝都に住むの貴族の人口約1200人の内、無事に逃げ果せたのは20人余りであり、兵士も含めてこの場にいたのは100人ほどであった。


「私の《遠見》で見付けた範囲だとこれぐらいね。他は宰相一派に捕まったか、独自に帝都を脱出したってところでしょうね」
「今この場にいない方がどのような目に遭っているのか、想像するだけで気が滅入るわ……」
「だが、今は俺たちじゃどうしようもない。聞くところによると、あの変態枢機卿の配下を除けば、そうは酷い目に遭ってはいないそうだ。今は信じて、帝都を脱出しよう」


 一同が集まったのは地下水道につながる、広場の一角であった。


「帝都の地下道は、外につながっているといわれている。当然出口にも見張りはいるだろうが、ここに留まるよりはマシだ」
「そうですね……」


 ジークリンデの表情は暗い。無理もない、一日にして家族と臣下を失ったのだ。
 そのような状況、簡単に受け入れられるものではない。


「ですが、立ち止まってはいられません。私とシャーロットで先導を務めます。フローラ、アイリス、そしてアベル、あなた達はしんがりをお願い」
「ようやく見付けたぞ、背教者め」


 その時、僧兵を連れた一人の男が現れた。


「ハンネスの死体を見付けた。貴様らだな? ハンネスの命を奪ったのは」
「ヨハン枢機卿、あなたまでいらしていたのですね? ハンネスは、己の欲望のために無辜の民を蹂躙しました。その罪、女神エリュセイアがお許しになっても、我々には到底許せるものではありません」
「黙れ! 軽々しく御名を口にするな。自らの背信を棚に上げ、女神の名を汚すとは実に愚か。恥を知れ!!」


 ヨハンの怒りはすさまじく、素早く詠唱を済ませると、手を天に掲げ、雷雲を招来した。


「塵一つ残さず消滅せよ!!」


 そして、その手を前方に振り下ろすと、雷雲に電流が奔った。


「まずい!!」


 咄嗟にアベルが前に出て大盾を構えた。すると、その後ろにいた者達を包むように巨大な黒い防壁が展開された。
 新たに発動が可能になったスキル《漆黒の大盾》である。同時に放たれた、天雷はその防壁によって阻まれる。


「忌々しい力を振るいおって、兵達よあれを破れ」


 ヨハンの合図を機に、僧兵達が一斉に魔法を放った。しかし、それらをものともせず、アベルの"盾"はそれらを防いでいく。


「ジークリンデ、早く行くんだ」
「で、ですが、一人では?」
「大丈夫、俺の盾ならまだしばらくもつから。それよりも、戦えない人も多い。彼らをここから遠ざける方が先決だ」
「アベルの言う通り。以前のアベルならともかく今なら、多分任せても大丈夫」
「そうね。これほどの防壁が展開できるんだし、あとを任せた方が合理的よね」
「わかりました。私達は先行します。必ず追いついてください」


 アベルは無言でうなずき、地下道へと去る面々を見送った。


「ふん、自分を犠牲にして逃がしたか。面倒なことを……」
「一つ勘違いをしている」
「何?」
「自己犠牲のために彼女たちを行かせたんじゃない。巻き込みたくなかったからだ」


 アベルは片手剣を大盾の鞘にしまった。すると、盾が変形して巨大な大剣へと変形した。


「あの日、女神の加護を失った日から俺の中で燻ってた力、それが今にもあふれ出そうなんだ。少し、肩慣らしに付き合ってもらうぞ」


 アベルは腰を落として剣を構えると、兜の奥からその両の目を赤く光らせ、禍々しい闘気を纏った。


「ふん、たった一人で何ができる」


 再びヨハンが天雷を落とした。先ほどとは比にならないほど強力な一撃であった。


「その程度」


 だが、アベルが臆することなく剣を掲げると、雷は大剣へと落ち、その漆黒の大剣に吸収されるように帯電した。


「ふん」


 そして、続けざまに剣を横薙ぎに振るうと、何倍にも増幅された雷撃が僧兵達をなぎ払った。


「なんだと」


 防壁を展開して防いだヨハンだが、自身の渾身の一撃がまんまと返されたことに驚愕が隠せなかった。


「どうやら俺は根っからの背教者だったらしい。俺が本来持っていたスキルは《魔鏡》、女神の加護を受けた魔法ならどんなものでも跳ね返せるって代物らしい。さっきの防壁もその派生みたいなもんで、さらに応用すればある程度、相手の魔法も制御できるらしい」
「ふ、ふざけるな!! そんな女神を否定するスキルがあってたまるかぁぁ!!」


 激昂したヨハンが、魔力を収束させたエネルギーの刃を右手に生成した。
 その老体のどこにそんな力があるのか、洗練された剣技でアベルに斬りかかる。
 だが、アベルはそれを軽くいなすと、ヨハンを弾き飛ばした。


「ぐぅっ、まだこんなものでは」
「いや、もうおしまいだ」


 《瞬動》のスキルで、一瞬にしてアベルはヨハンの背後に回り込み、大剣を構えた。


「後ろを取ったぐらいで!!」


 ヨハンは左手をアベルの前に出し、渾身の結界を展開した。


「多重結界だ。物理的な攻撃程度なら――」
「なら、魔力量比べだな」


 アベルの剣の柄から剣先へ蒼炎が奔った。それは一気に膨れ上がると、天を突くほどに巨大な竜炎へと変化した。


「なぁ!?」


 驚愕に腰を抜かすヨハンに、アベルは竜炎を思い切り振り下ろした。
 その膨大な魔力の前ではヨハンの防壁も紙同然で、まるでガラスのようにあっさりと破れ散ってしまった。


「ば、ばかな……」


 もはや防ぐ術もなく、ヨハンは竜の顎に呑まれた。
 そしてその瞬間、あたりを包み込む巨大な爆炎が燃え広がった。

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