すねこすり

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すねこすり







異常気象とはよく言ったものである。
本年もまた何処かで災害に見舞われる事となるが、まさか自分の身に降りかかるとは思ってもみなかった。


とても言葉では言い表せない、灼熱地獄が続いた今年の夏は天の仙人がお怒りになられてる様なそんな空模様で時折、この夏を境に天変地異の時代へ向かってるぞ!と言わんばかりだ。


住んでるこの町この辺は、この時期の荒れた嵐の通過地点で小さい頃からの慣れっこだったが、今年の嵐はとても怖い思いをした。
昔、うちの親父が怒った時に似ている…


静寂な中いきなりの雷が落ち、雨風が家中に響き渡る様で、目には写らない風圧と突き刺さる様な水の矢が飛び交う、そんな荒れ模様だった。
今年の夏は、天の仙人も人間さまの日頃の行いのせいか数千年もの怒りを覚ましたかの様に、風神雷神と共に暴れ去って行った…
そんな今年一番の台風が去って数日が過ぎた。


この怒りの嵐が湿った空気を持ち去って行き、前より乾いてキンモクセイが香る過ごし易い時を迎えた頃に変な夢を見た。
夢は頻繁によく見るが、今回は風景も登場人物も少々今までとは違う変わった風だった。
目が覚めて、にちじょうの生活に意識が戻れば大概薄れてしまうが、数日経った今でも鮮明によく覚えている。
日記など慣れては居ない身ではあるけど、この夢を絵と共に描き留めたいくらいだ。


場所は、これまで生きてきて訪れた事も見たことも無い田舎。近代的な何処かの田舎の在り来たりな場所に居る。
友人か会社の同僚たちと親しそうに、だだっ広い周りが田んぼやビニールハウスやら畑が一面広がっている。いつも、現実にこれに似た場所では鼻がものを効かせる…けれども、これは夢の中。


感触も匂いも無い。
夢を見てる時に見慣れてしまうと、
"可笑しな世界だな?あぁ、そうか夢なんだ…"と、そう何気に思える時があるから厄介だ。
今回もそんな感じで、何かを話しながら歩いているが足元がフワフワしてこの星の重力を全く感じないし、視覚がカメラのファインダーを覗いているのに似た感じもある。


五感の機能が殆ど奪われている世界の中、今は何時の何処なんだ?と自問自答で模索しながら、ファインダーの視覚から風景を灼きつける、夢の世界と言う意識の中はとても大変な労働だと感じる。何となく見慣れた景色だけど、此処は何処だかわからない不安感から逃げたい一心だった。


迷走夢とでも言うのかな?
好天の中でひたすらに歩いている。
陽射しでアスファルトに反射されて眩しいくらいな日だ。
整備された道端にはコンクリートの用水路が真新しく白色に光り、激しく川藻が揺れている。水はとても冷たそうに透き通り、ギラギラしながらゆらゆらと勢いよく流れている。


水田には陽が映り、田植えを終えて数日経ったと言った時間の流れが景色で分かる中、目的も無く誰かも顔も分からぬ仲間と喋りながら暫く歩いていると、ビニールハウスの隣に畑らしき地表面が凸凹した雑草だらけの場所を見つけて足が止まる。


雨降りの後の山歩きをしている様な匂いのしそうなこの場所はミカン畑らしく、とてもジメジメしていが、不思議とここだけ草木の匂いをハッキリ感じた。
匂わなかった今までが嘘の様に、近くで除草している最中な青汁よ様な匂いがここだけしている。
とても肥えた土の匂いもする、粘土質で黒い土にはっきりとした緑色の茎が太い草が生えている。ずっと見ていたい様な、土の中きらオケラやミミズが出てきそうな質が良い土だ。


この畑の様な所は田んぼの一角で、田んぼに埋め土をして盛り上げ高くなった場所、盛り土しっ放しなのか平とは程遠く凸凹畑の入り口には、狛犬らしい石像が台座から落ちて横たわっていた。


仲間の一人が興味本位で近づいてジロジロと舐め回すかのように狛犬の周りをウロウロと眺める、ぼくも後に続いて覗き込む。
距離にして1メートルほど近づいたところで、この狛犬が動き出したが、ぼくも仲間たちも動き出すのが分かっていた様子で笑いながら見つめている。


一見、狛犬と思いよく見てみると昔に居たとされている妖怪のすねこすりの様だった。


剛毛で太く硬そうな毛なみで覆われている、全体が白っぽい灰色の様な艶があり、いくつか黒いボカした斑点の模様がある、背中を丸めながらノソノソと動き回る様は気弱で臆病な猫みたいだった。ぼくらの足元をウロウロと動き回りながら、やがて元の位置でまあるくなった。


暫く眺める仲間たちとぼく…
すると、マス目状の道なりに突風が北から南へ吹き抜けた…


その風が合図なのかぼくたちはまた歩きはじめその場を後にした。
振り返ること無く風が流れる方向へ皆、
暗黙に進めはじめる、歩いて進んで行くうちに緑や土の匂いが薄れていった。


行く先には、遠目では道沿いの奥には民家が数軒並び手前にはローカル線が通る踏切が見えてきた。ペンキを塗りたてたばかりの様なレモン色の遮断機が風に揺れていた。
踏切に差し掛かる線路も鉄の匂いがしてきそうな茶褐色で、上面だけはすり減ってツヤツヤしていて眩しい。道路と線路の間からは雑草が数カ所元気に伸びていた。


仲間たちとぼくは、何の会話もないまま踏切が鳴り出したので急いで渡り、ローカル線沿いの線路より少し低い位置に昔からあるような農道を東へ進む、何も言われず地図も見ずに黙って当たり前のように歩いて行く。
すると150メートル位先に小さな無人駅が見えてきた。もうその少し先は、濃い緑の山々があった。谷間は靄がかかっていて、その場所だけ何かでくり抜かれた様な済んだ白さだった。
無人駅の近くには大きな古めかしくて重そうな鉄塔が建ち並び、高圧線らしい太い電線が山と風向きの方向へ張り巡らされている。
この時、益々この世界の時代が何時かわからなくなるくらいの景色に見えた、この山の靄のお陰で空気が湿気てきたのを感じた、雲も多くなって陽も隠れる様になる。
ぼくたちの影も消えたり現れたりするのを意識して歩き続けた。


駅に辿り着くと、いつの間にか風が止んでいたのに気が付く。小屋を駅にしただけの様な簡素な造りで、左側に背の高いドカン型の真っ赤なポスト、右には利用者があまり居なさそうな縦長の自販機が迎えてくれる。屋根を潜り券売機で切符を買い改札口を通ると、木造の古い無人駅の匂いが気になった。
戦後、あるいは戦前から此処にある様な雰囲気と匂いが何か物言いげに思えてキョロキョロと歩く。
屋根はトタン板で随分と錆び付いて所々に穴が空いてボロボロだった。


何度も錆止めや枕木を塗っていた余りの塗料で塗られた様な雑な手塗りが黒色でもわかるくらい印象的だった。墨の匂いか、錆の匂いか、または火薬のような匂いもする古びた駅。もしかしたら、蒸気機関車の燃料に使う石炭の匂いかもしれない。
色んな事を思い考えながら、石垣のような所に砂利が敷き詰められたホームで電車を待つ。


ここが何処か、行く先は何処なのか気になりホームで駅名のプレートを探すが見当たらない。そう言えば、改札の前の屋根や柱にも駅名は無かった…古臭くて謎に満ちた無人駅。


やがて2両編成の電車が小刻みに揺れながらホームに着くとドアが開き、老人数人の降車を待ち急いで飛び乗った。


何故急いだのかはわからないが、ホームではさっきのすねこすりの左耳が欠けていた事を思い出し電車が来たのも気が付かないで居たから?電車が入ってきた様子をはっきり見ているのに…これではまるで夢の中の夢に居るようだ。


ドアが閉まり、電車が動き出す。
鉄とビニール、座席の高級そうなテカったカバーの匂いが充満している車内で疲れて居たのかいつのまにか寝てしまった、動いて揺られて居ないのに気が付いてゆっくり目を開けると…自室の天井ご見えた、枕を頭にしているようだ…そう、夢だった事に目を覚ますと同時に色々な匂いがしたから寝ながらとても息苦しかった。現実の世界に目覚め徐に深呼吸をした、とても美味しい。
そしてまた、いつもの様に夢を見た後は何も無かった様に現実の世界を淡々と過ごす、つくづく人間と言うものは何て馬鹿げた生き物なんだと思う。


台風一過の後の変な夢、その後数日が経ったが同じような夢は見ていない。
夢を見るどころか、台風のお陰で夜も過ごし易くあの変な夢を境に夢を見る間も無く熟睡の毎日だった。
そう言えば今日は日曜日…
行きつけの骨董店にでも足を運んでみることにした、隣町の商店街の一角に在る、車で10分ほどの寂れた店だ。


戦後のバラックを改装したような店で、口数少ない老店主が暇そうに居る。
駐車場は、隣の住人が立ち退いた後の更地を借りて二台しか停められない。
店頭には、何処で仕入れてきたのかわからない怪しい古い物が無造作に置かれている。ズラーッと値打ちがありそうなものが無いか探し眺めて店に入ると、直ぐに黒い猫の置物が置かれているのが目に入った。


昭和初期の洋風な招き猫の様な物で、店先のオブジェとしての役目を終え持ち主が手放したのかな?と妄想に浸る。
骨董店を見て回るのは、値打ち物を探し買う目的だけではない、古い物には歴史があるし長い時間を経過してぼくの前に無言で訴える。
それをぼくは見たまま、目の前のありのままの姿でその歴史を妄想する事が出来る、変わった趣味であるがこれも古い物好きの使命となっている。


目の前の黒猫の置物は、元々が黒いのか?焦げた箇所がある様だけど、焼け焦げたのか?はたまた、持ち主が黒く塗り直したのか?…と、色んな事を考える。
値札が無さそうだが、無口で無愛想な老店主とはあまり話したくない…
前に押し売りをされた事があるからだ。


押し売りも何度かされて、お宝として値打ちがあるものはあまり無かった。
しいて言えば、同じ様な猫の置物で寝ている姿の物を買わされた。
さほど、高額ではなかったがヒビも入って居て、耳も片方欠けている。
それが愛嬌に思えて折角だと言って買ってみた。
オマケで、ヨーロッパで高貴な人が使っていたと思われるタバコのパイプを付けてくれたからその時は文句も出なかった。実際、そっちのオマケの方が価値があったようだった。
そのオマケのパイプも、何処かに閉まってあって行方不明になってたな。


骨董品で妄想と回想を重ねていると、黒猫の置物の奥隣に以前押し売りされ買わされた寝てる猫の置物にそっくりな物を見つけた。


焼物で出来ていて、ヒビが至る所に入り古びて誰も買わない様な置物、左耳が欠けていたので買ってから可哀想だから補修しようと思ってそのまま玄関の下駄箱の上に無造作に置きっ放しだった…
目の前の物も全く同じやつだった。


あれ?家にあるのと双子か?夫婦か、兄弟か?そんな事を思いながら、値札を見るとウン万円。家にあるのも同じ価値なのかな?まぁいいやぁと思い暫くお店の中を徘徊した。
今日は特に目新しく仕入れた物も無いし、しっくりこないから老店主にまた来るねぇと言ってそのまま何も買わずに車に乗り帰路に就く。


帰り道の車の中で10年前ここで買った置物の事を振り返ってみる。
押し売りされて買わされたけど、決して嫌では無かったし、まるで捨て猫を拾って来て家で世話をする感じで買って来た事を思い出す。


焼物で出来ていて、ヒビが至る所に入り古びて誰も買わない様な置物、左耳が欠けていたので買ってから可哀想だから補修しようと思ってそのまま玄関の下駄箱の上に無造作に置きっ放しだった…


そうだ!これから帰ってから補修してやろう…そう考えて帰路を急いだ。


数日前の今年一番の台風被害で一階と二階の間の壁のヒビから雨漏りが酷かったので修繕した事も思い出し、使い残りの漆喰で猫の置物の欠けた左耳を直す事にした。壁に比べれば、猫の置物を修繕するのは余りの材料で十分だ。


家に着き、玄関に埃の被った押し売りされた置物を手にし部屋に新聞紙を広げ、まずは補修する部分周りのやすりがけから始めた。漆喰の食い付きが良くなるように、下地処理をした。それからボロ布で拭ってヘラで漆喰を欠けた左耳に盛っていく。
ヒビが酷い所も直そうとひっくり返すと買ってから気がつかなかったお腹部分の刻印を目にする、




"  一九一八年、岡山県小田郡 「ヨ」作  "




刻印にはそう記してあった。
以前に台風一過の数日後、変な夢を見たのを思い出す。
そこに出てきたすねこすりって…
こいつだったのかな?


それに…岡山県??










おわり





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