魔王、なぜか冒険者学校の先生になって、英雄の子孫を鍛え直す

しーとみ@映画ディレッタント

魔族、学校に潜入

 ジャレスは、学長室で待ち構えていた。
「見ろ。さっそくお出ましだぜ」


 学長室に入ると、ゴーレムに捕まっている生徒が。
 二体のゴーレムに取り押さえられ、身動きが取れないようだ。
 しかもここは、ウスターシュが仕掛けた閉鎖空間である。




 窓の向こうでは、ネリーが指に挟んだ指揮棒を振っていた。


「ふむ。『この部屋に魔神結晶がある』と触れ回ってくれ、とジャレスに言われて、試してみたら」


 ウスターシュとピエレットが、閉鎖空間に閉じ込められた生徒を眺めている。


「見ろよウスターシュ。飛んで火に入る夏の虫ってわけさ」


「あなたのような単細胞でも、たまには知恵を働かせるの」


 ピエレットの言いようは随分だが、一応褒め言葉として受け取っておこう。今日は気分がいい。


 エステルとマノンが、不遜公オデットに連れられて現れる。


「いったい、どういうことよ、担任?」


「不審者対策ってヤツだよ」


 ネリーとウスターシュに頼んで、結界を張り巡らせておいたのだ。


「何があったの?」とマノン。


「学校にスパイが潜り込んでいたのさ」


 おおかた、この学園で魔神結晶が保管されていると噂に聞き、取り返そうとしたのだ。


「というか誰よコイツ? 学校の制服を着ているけど、こんなヤツ見たことないわ!」


「うん。初めて見る顔」


 やはり、誰もこの男の素性を知らないと見える。


 ウスターシュが知らないというのだから、確実だ。


 しゃがみ込んで、ジャレスは不審者の顔を覗きこむ。


「お前たしか、オレ様とは一回だけ顔を合わせたよな? 保健室でよぉ」


「くっ……」
 生徒に扮した不審者が、唇を噛んだ。
「どうして、僕がここの生徒じゃないって分かった?」


「簡単さ。あの時、お前はオレ様になんて声かけた? 『先生』って言ったんだぜ」


 そこまで話して、不審者生徒はハッとなる。


 ジャレスはあのとき、担任として生徒たちに紹介されたばかりだ。
 受け持つクラスの生徒でさえ、ジャレスが教師だと初めて知ったのである。


 なのになぜ、クラスにいなかった人間がジャレスを教員だと分かるのか。
 答えは一つ。
 始めからジャレスがこの学園で教育者として配属されると知っている人物に限られる。


「お前さん魔族だな。ほんのわずかだが、貴族様の不愉快な魔力がビンビン伝わってくるぜ」


 冒険者学校の制服が持つ、制御機能を逆手に取られた。
 力をセーブしている状態では、発見が遅れる。


 この男は、冒険者学校に潜入がバレて、一度保健室に逃れて事なきを得た。
 おそらく、その日は何もできないで退散しただろう。


 ほとぼりが冷めるまで学校を離れ、待機していた。
 おそらく、魔神結晶のウワサを聞きつけて再度学園に潜入を試みたのだ。


「お前の目的はスパイ行為。多分だが、オレ様がいるのを確かめて、どこかに報告するのが仕事。違うか?」


「そうさ。この女も見つかったことだしな」
 魔族の視線が、マノンに突き刺さった。


「わたし?」
「自分でも気づいていないのか? 僕には分かるんだ。その瞳の奥から、魔族を超える力が眠っている。砂礫公だって気づいていたはずなのにな!」


 マノンが、戸惑いの視線をジャレスに向けてくる。


「せいぜい、教師に不信感を抱くがいい!」
 大笑いを始める不審者に対し、身体を得たばかりのオデットが前に出た。


「担任、ひとつよろしいですか?」
「お、おう」


 オデットは手をあげて、ジャレスのお伺いを立ててくる。


「この者の対処はどうなさるおつもりで?」
「ウスターシュに引き渡すしかないだろう」


「では、結局は拷問にかけるか、尋問するかになると?」
 物騒な発言が、オデットから飛び出す。


「だろうな。だが多分、コイツは指示されて動いているだけだ。詳しいことは知らないだろう」


「なるほど。ならばどうやっても構いませんよね?」


 ジャレスはイヤな予感を覚えた。


「ちょうど、この身体を試す実験体が欲しいと思っていたのです。モニクさんでは回避運動のチェックが精一杯だったので。攻撃テストは、かの者くらいが丁度いいかなと」
 久々の本格的戦闘ができると、このグリフォンロードは仰る。


 だが、オデットの様子を見ると、どうやらそれだけではない気がした。


「わーったよ。好きにしな」


 ここは、成り行きに任せよう。


「ありがとうございます。ネリーさん、この男をグラウンドまで」






 ジャレスとオデットは、魔族をグラウンドまで連れて行った。


「オデりん先生、ホントにいいの? 放しちゃうよ」


「構いません。浮遊するタイプでも、捕らえる自信があります。それに、貴方の作った擬態のテストでもあります。これくらいできるかと」


「じゃあ、いっか」
 ネリーはオデットにお伺いを立てて、ゴーレムを土へ返した。


「後悔するなよ不遜公!」
 魔族がカフスを解き、力を解放する。


 なるほど、不遜公・オデットクラスがいなければ、自分が出なければならなかった。
 それくらいの強さを持っている。


「これが、魔族の本気」
 今まで強気だったエステルが、後ずさりをした。
 すぐに踏みとどまり、臨戦態勢を取る。


 それくらいの使い手なのだ。
 赤き英雄の血を引く少女でさえ、全力で闘志を燃やさなければいけない相手。


「貴様は一度、魔族と相打ちになっているだろう! 弱った身体をその東洋人に救ってもらったようだが」


「ええ、あなたをコテンパンにするくらいには」


「嗤っていられるのも今のうちだ、グリフォンロード! 随分と妖艶な出で立ちになったようだが、人間となって弱ったのではないか? そんな身体で僕に勝てるとでも?」


「御託はいいからかかってきなさい。あなたがどれほどに無力であるか、ご自身でもお気づきでないでしょうから」


 頭に血が上った魔族が、逃亡もせずオデットに立ち向かう。


「逃げねえのか?」




 ジャレスの意見を、魔族はあざ笑う。
「この学園の者を皆殺しにすれば済むこと! 死ねえ!」
 魔族は手を交差して、濁流と化した魔力を放つ。


「危ない!」
 マノンがオデットを心配した。


「ご心配なく、マノン」
 だが、オデットは避けようともせず、真正面から受け止めた。
 傷一つ追っていない。自身の身体を確かめている。


「なるほど。魔力で防御していることもありますが、頑丈に作られています。これなら、多少無茶をしても平気でしょう」


「無傷だと? いくら魔王クラスの魔物だからと言って、魔族と互角とは思えぬ! こやつらだって、平和ボケして相当弱っているはずなのに!」


「我ら魔物から誕生した魔族と、あなたがたヒラの魔族と一緒になさらないでください」
 オデットが、単純なハイキックを繰り出す。


 何かが弾ける音がした。自慢の角が、根元から折れたのだ。


「魔神の加護を持たぬ魔族など、所詮はこんなものです」


「クソが。魔神結晶さえあれば、貴様なんぞに!」
 頭部を割られ、魔族は虫の息となる。
 この状態でまだ生きているとは、魔族はしぶとい。


「そんな石に依存しなければならないとは愚かな。ご自身で魔力を研鑽なさい」


「魔神結晶で生きながらえている貴様なんぞに言われたくない! 魔族に訓練を促すなど片腹痛いわ! 元々強大な力を誇る我々に、努力など!」


 取り乱す魔族を憐れむように、オデットがため息をついた。
「もうよろしいですか、担任? 聞き出せることは全て聞き出しました」


「ああ。お好きなように」
 オデットが右腕を正面に突き出す。指から無数の光弾を発射した。


 無数の光弾を浴びて、魔族は蜂の巣となる。原形すら留めず、魔族は息絶えた。


「マノンを侮辱した罰です。安らかに眠らせなど、してやりません」
 フンと鼻を鳴らし、オデットは腕を降ろす。


「魔法の弾丸が、あれだけの硬度を持って敵を貫くなんて」
 オデットの技を見たマノンは、自分なりに推理をしている。
 だが、正解には至らない。


「死体の側まで行けば、オデットの技が何か分かるぜ」


 ジャレスはヒントを与えた。


 マノンはジャレスに従い、息絶えた魔族の側まで行く。足下に落ちている小さなつぶてを拾った。
「小石を武器にするの?」


「オデットの能力は、いわば磁力。石ころを吸い込んで、一気に飛散させる。それなら、純粋な魔力を撃ち出すよりパワーは少なくて済む」


 磁力を使えば、雷だって起こすことができる。
 オデットは雷などの電流自体を魔力として使っていたのではない。
 彼女自身が電撃を帯び、物体を動かしていた。


「わたしとは、相性が悪かった?」


「というか、マノンが強くなっていくのに対して、オデットがついて行けてなかったのさ」


「ただの人間であるわたしが、魔王すら凌ぐとは思えない」


「そうか? オレ様はそうは思わんがね」
 らしくない口調で、ジャレスは言葉を投げる。


「お前さんは成長しているよ。自覚していないだけでよ」
 その真価は、これから発揮されていくだろう。


「もっとも、こいつは生きながらえようとか、お前さんの魔力を全部いただくなんて、そんなクソみたいな理由で、お前さんと融合していたわけじゃない」


「私が何を考えていようと、私の勝手です」
 ジャレスの言葉に、オデットが過剰反応した。


「見捨てられなかったんだよな。何か恩を返せないかと考え、協力しようとした。だがマノンは自分の予想に反し、強くなっていく。自分の出番はもうない。だが、居心地が良すぎて出られなかった。そんなところだろう」


「憶測で語らないでいただけますか?」
 オデットの周辺にあった小石が、フワリと宙に浮く。


「お、やるか?」
 ジャレスも、本気モードになった不遜公とは戦ったことがない。ここはひとつ手合わせを。


「よしなさいよ二人とも」
 しかしエステルが割って入り、勝負は流れた。


「オデット先生ちゃん強い! 自画自賛しているみたいだけど」
 大はしゃぎで、ネリーが何度も飛び上がる。今までの話も聞いていないだろう。


「当然です。副担任ですから」


 声色からして、オデットもまんざらでもなさそうだ。

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