魔王、なぜか冒険者学校の先生になって、英雄の子孫を鍛え直す

しーとみ@映画ディレッタント

不遜公(ふそんこう)

 最後に少女が目撃されたのは、迷いの森だという。


 森の外周で、小犬を散歩させていたらしい。


 主の失踪を知らせるためか、リードを咥えた犬だけが家に帰ってきた。


「この森は、前からこんなだったのか?」
「もっと穏やかなんだけど」


 ここ数日、森の様子がおかしい。
 辺りに霧が立ちこめ、迷いの森と化していたのだ。


 調査依頼が何度も出ているはず。
 だが、頻発する盗賊の撃退依頼で、手が回らなかったらしい。


 また、現地に向かった熟練冒険者が、軒並み行方不明になっている。
 そのせいで、ギルドも慎重になりすぎていた。


「んだよ、ヘタレヤロウ共が」
 ジャレスは悪態をつく。


「仕方ない。ミッション失敗は、後々成績に響くから」


 クエストを達成できなかった冒険者には、ペナルティがついてしまう。
 信頼できない冒険者と見なされるのだ。


 出てくるモンスターも、訓練用の洞窟とは段違いだった。
 ワーウルフや人間サイズのコブラなど、どれも危険度が高い。


 エステルは、連れてこられなかった。
 木々が生い茂る場所では、彼女のランチャーは扱いが難しい。担任砲も危険だ。


「精霊共はどこに行ったんだ?」


 森などは自然の要塞として、神聖な精霊たちが守っている。
 彼らがいないとなると。


「お前さんなら、分かるよな?」
「うん。多分、魔族の仕業」


 今も、ビリビリと感じている。
 担任には及ばないが、強力な魔力を。
 並の冒険者では敵わないのではないか。


「やはりな。お前さんでも、魔族の気配は感じ取れるんだな?」


「知っていたの?」


『もう一人の自分』の存在は、担任には分からないと思っていたのだけれど。 


「ああ。なんとなくな。さっきの攻撃で分かった」


 やはり、担任に隠しごとはできない。


「わたしは、おじいちゃん子だった。両親の手伝いをするより、おじいちゃんと剣術の練習をしたり、山や川へ行って知識を積んだり、そういうことが好きだった」


「イチノシン・ナナオウギ。そいつが、お前さんのジイサン」


 祖父の名を当てられ、マノンは目を丸くする。


「どうして、祖父の名前を知っているの?」


「知り合いなんだよ。随分と昔、ちょっとした用事があってな」


 マノンは、自分の過去を語り始めた。 










 赤ん坊の頃、マノンは身体が弱かった。
 持って半年だろうとさえ。


 そんな中、彼女はとある魔王にさらわれてしまう。


 イカヅチの女王こと、グリフォンロード・不遜公ふそんこうと呼ばれたBOWに。


 英雄のパーティにいた経験もある祖父イチノシンが、不遜公と立ち会う。


 しかし、グリフォンロードは赤子のマノンを取って食おうとしていたワケではなかった。


 マノンと融合し、自分の一部とすること。それが、不遜公の頼みだったのだ。


 不遜公は、何者かに命を狙われていた。
 命からがら逃げ出した彼女は、赤子に融合して追っ手をやり過ごそうとしたのである。
 力のない赤子なら出し抜けると。


 だが、捕まえて分かった。マノンの方も長くないと。


 不遜公は祖父と取り引きをした。
「自分を見逃せ。その代わり、孫の命を救ってやる」と。


 祖父は悩んだ。魔物と融合すれば、人間ではなくなってしまうのではないか。
 だが、このまま黙って死ぬよりは。




 たとえ魔物になったとしても愛しただろうと、祖父は後に語っている。




 意を決し、祖父は要求を飲んだ。
 ただし、マノンが魔物となれば容赦なく斬ると告げて。


 傷つき古びた肉体を捨てて、不遜公はマノンの身体に宿る。


 マノンは生きながらえた。魔物の力を借りて。


 いつだって、マノンはイカヅチの女王をあてにした。


 使えば使うほど、自分が魔物に近づいてしまうとは分かっている。


 しかし、自分の力が誰かの役に立つならば、マノンは惜しみなく力を行使した。
 たとえ自らが苦しむことになるとしても。

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