魔王、なぜか冒険者学校の先生になって、英雄の子孫を鍛え直す

しーとみ@映画ディレッタント

ジャレスとエステル

 エステルに迎えに来てもらい、マノンは冒険者学校に向かう。これが朝の習慣だ。
「おお、パン屋の娘じゃねえか」


 橋の下から、声がした。担任が、石橋の下でバケットサンドをモリモリと食んでいる。


「そのパンはお母さんの」
 担任の手に持っているパンを見つめながら、エステルが敵意を剥き出しにした。


「ああ。この間、迷子犬を見つけたお礼にな、うまい店を教えてもらったんだ。そしたら、お前のお袋が経営してるっていうじゃねえかこのパンうめえな」
 言いながら、担任はパンをかじる。


「ハムもいいが、ソーセージ入りのバケットもたまらん! あいつもこんなの作るようになったんだな」
 もっしゃもっしゃと咀嚼しながら、担任は懐かしむような言い方をした。


「……ママを知ってるの?」
 暗い顔になりながら、エステルは唇を噛む。


「ああ。元気そうだったぜ。相変わらず気の強そうな女だな」


「誰のせいで、あの人がパン屋になったと思ってるのよ!」
 スタスタと、エステルが早足で担任から離れていった。


「ちょっと、エステル!」
 担任に礼をして、マノンはエステルに追いつく。


「言い過ぎだよエステル」


「分かってる!」
 マノンと顔を合わせずに、エステルは言う。


「ママがパン屋になったのは自分の意志! あたしが勝手に落ちぶれたと思ってるだけ! 今更何を言ったって、どうにもならないことくらい分かってる」
 けど、とエステルは目を細め、顔を歪めた。


「なんか悔しくて」
「ごめん」


「どうしてマノンが謝るの? 悪いのは聞き分けのないあたしなの!」
 大げさに、エステルはため息をつく。
 どうやら、昨日言われたことを、自分なりに咀嚼しようとしている。
 エステルだって聞き分けの悪い女の子ではない。ちゃんと考えているのだ。


「あんた、担任と一緒に登校したいんでしょ?」
「エ、エステル?」
 一瞬何を言われたのか分からず、思わずマノンは聞き返してしまう。


「あたしが、何にも知らないって思ってる? そんな鈍い女に見えた?」
 そんなに真正面から言われたら、耳まで熱くなる。


「あんたが担任のこと、ちょっと意識していることくらい、見れば分かるわ」
「き、気のせいかも」
「親友だもん。分かるわよ」
「むー」


 さすがにエステルには敵わない。


「でもいいの? 秘密を打ち明けることになるのよ」


 それは困る。エステルしか知らない、秘密のことを。担任は理解してくれるだろうか。


 悩みがならも登校する。


 セラフィマが校門の前にいた。


「おはよう」
 マノンは挨拶をする。エステルはさっさと教室に入りたそうだが。


「ええ。ごきげんよう」
 なんだか、浮かない顔をしている。


「何よ、いつもはオーホホホーとかって高笑いするくせに」


「なんでもありませんわ」
 それだけ言って、セラフィマはそそくさと逃げるように校舎へ急いだ。


 おかしい。
 いつもなら「わたくしはフクロウではありませんわ!」くらいの軽口が飛んでくるはずなのに。


「何よあいつ。『わたくしをフクロウと思って?』くらい返してくればいいのに」


 エステルが相変わらずだから、いいか。 

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