魔王、なぜか冒険者学校の先生になって、英雄の子孫を鍛え直す

しーとみ@映画ディレッタント

新米冒険者マノン

 宙に浮いている間、ジャレスは様子を窺う。一瞬意識が飛んだが、すぐに復帰した。


「ブモーッ!」
「じっとして」


 暴れる巨大イノシシの上にまたがった状態で、少女が立ち往生している。
 ショートカットの黒髪が、暴走イノシシの疾走によって大きく乱れていた。
 桜色の着物も着崩れている。豊満な胸が、今にもこぼれそうだ。


「てええ!」
 イノシシの牙に、ジャレスのカバンが引っかかった。盛大に頭をぶつける。
 牙は思いのほか硬く、岩のようだ。もし背中に刺さっていたら、命が危なかったかも。


「大丈夫? えっと、ゴブリンさん?」
 少女が声をかけてくる。


 少女の黒い瞳は、片方が前髪で隠れていた。
 髪と目の色からするに、東洋人だ。
 一四か、一五歳くらいか。
 冒険者の称号が若草色だ。アメーヌ冒険者学校の生徒だろう。


「オレ様はジャレスだ」
「わたしはマノン」


「おう、マノンか。どうしたんだ?」
 ぶら下がったまま、マノンに返事をする。


「刀が抜けなくて!」


 このイノシシの恐ろしさは、体格だった。
 象ぐらいのサイズがあるなんて。足跡で気づくべきだった。
 体型もブタの貯金箱みたいに丸々と太っている。


 耳の後ろ辺りを見る。
 細い刀が、斜めに深く刺さっていた。


「イノシシが暴れている原因は、コイツだな」
「牙を避けた拍子に刀で突いたら、この有様で」


 マノンはイノシシから振り落とされまいと身体をひねったら、イノシシの頭部に乗ってしまったという。
 武器を取り戻せず、かといって逃げるわけにも行かず、動きが取れない状態なのだとか。


「確かにコイツの耳の裏は、筋肉組織が柔らかい。だが、骨に近いんだ。変に抜かない方がいいかもな。刀の方が折れちまう!」


 狙いは正確だった。しかし、力不足なせいで、中途半端に食い込んでいる。
 これでは単に怒らせただけで、とどめを刺せていない。
 傷口を止めているから、放っておいても出血で死ぬなんてこともないだろう。
 確実に仕留める必要があった。


「ごめんなさい。このモンスターを討伐しようとしたら、暴れ出してしまって」


「どうってことねえよ。自分で仕留められるか? それとも手伝おうか?」
 牙に引っかかったまま、ジャレスは銃を構える。
 魔力を弾丸として撃ち出す『ハンドガン』タイプだ。


「平気。自分で倒す」
 勇ましく、少女は答える。


「分かったぜ、マノン。けど、刀は抜くな。そのまま首を切り裂いてやれ!」


「どうやって?」


 このイノシシの皮膚は、相当硬い。ならば、圧力をかければいいだけ。


「上からオレが押してやる。キックすることになるから踏ん張れよ!」


「分かった。お願い」
 マノンは刀を両手で掴んだ。


「そうだ。そんでもって傷口をグリグリしてやれ!」


「こ、こう?」
 ジャレスの指示通り、マノンは刺さった刀をねじって、傷口を広げた。


「ブモモーッ!」
 イノシシが、マノンを振り落とそうと首を振り回す。


 その勢いに乗せて、ジャレスがカバンごと、宙を舞った。


「そら!」
 ジャレスは、上空に魔力の弾丸を放った。


 降下速度に、勢いがつく。
 マノンのいる位置へと、正確に急降下する。


「イヤッホーッ!」
 ジャレスは、マノンの刀を踏みつけた。


 バターでも切っているかのように、スルリと刀がイノシシの首を滑る。


「ヒューッ! さすが斬ることに特化した東洋の刀だぜ!」
 イノシシの身体を切り裂き、刀が胴体から離れた。


「ととっと!」
 マノンをかばうように、ジャレスは背中から地面へと着地する。


「あいてっ」とうめく。
 直後、マノンの大きな胸がジャレスの顔面に直撃した。


「ふご、ふご」
 息ができず、ジャレスはもがく。


 柔らかく心地よい感触である。


「ひゃあ」と、マノンが小さく悲鳴を上げた。どうやら、シャレにならない事態になっているらしい。


 これ以上埋もれていると死んでしまいそうだ。こんな姿をウスターシュなどに見られたら、社会的にもどうなるか。


「ごめんなさい」と、マノンは身体をどける。


「お、おう。スマン!」
 気まずくなったジャレスは、イノシシの方角へ視線を移した。


 マノンも、頬を桜色に染めた。乱れた衣服や髪を直す。


「それより見てみろ」


 五、六歩進んだ後、イノシシはフラフラと身体を揺らしている。バタリと倒れると、そのまま動かなくなった。


「へへっ、一丁上がり」
 ジャレスは、親指で鼻をこする。

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