それでは問題、で・す・が!

しーとみ@映画ディレッタント

6-6

「お待たせ致しました。では津田さんに問題です。カモノハシには乳首がある。○か×か」
観客が黙り込む。誰もが、嘉穂さんの解答を見守っていた。

「さて、津田さんが選んだのは、×のレスラーだ。果たして正解かどうか」
レスラーが嘉穂さんを抱え、泥に接近する。
一瞬、嘉穂さんの顔がこわばった。しかし、次の瞬間にはマットの上に。
「正解です。カモノハシはほ乳類ですが、乳首はありません。お腹の袋の中でお乳を飲みます」

これで、また一つ命を繋げた。
先輩の手番である。

「問題。ヴァンゲリスが音楽を手がけた映画で、海外で先に放映されたのはどっち? A・炎のランナー。B・ブレードランナー。さあどっちでしょう?」

余裕がなかった聖城先輩が、笑みを浮かべる。
先輩は、迷わずBへと向かった。自信があるのだろう。

「さて、これで先輩が正解なら、四巡目となります。果たして、正解しているのか、はたまた、泥の海に沈むのか?」

悠々と、レスラーはマットと泥の間まで突き進む。
聖城先輩が、勝利を得たように笑う。

湊とのんは身を乗り出し、やなせ姉は祈りのポーズを取る。

レスラーが、マットの前に立ち止まる。

「ああ」と、嘉穂さんが口から声を漏らす。

誰もが、「これまでか」と感じていたに違いない。

だが、青いレスラーは、赤いレスラーを呼んだ。

「なんだ、なんだ?」といった困惑した声が、ギャラリーから漏れ出す。

ざわつく観衆をよそに、赤のレスラーが、青のレスラーと頷き合う。赤レスラーが先輩の両脇を、青が両足側を掴む。そのまま、先輩の全身をゆっくりと揺らし始めた。
揺れは、徐々に大きくなっていく。

最高潮に達したとき、二人のレスラーは、泥の方角へ先輩を投げ込んだ。
何が起きたのか分からない、といった表情を見せながら、先輩は泥の中へと沈む。

「あーっと、ここで始めて、聖城頼子先輩が泥まみれに!」

「って、いう事は?」
「ワタシ達の?」
「勝ち?」
番組研の面々が、顔をつきあわせた。不安まみれだった顔が、段々と、歓喜の表情へと変わっていく。

「おめでとうございます! この勝負、クイズ番組研究部の勝利です!」

「やったーっ!」
僕が宣言すると、番組研のメンバーが飛び上がって喜びだした。
「よかったのだ! 嘉穂がいなくならなくて済んだのだ!」
「助かったぁ。笑ってくれる役の人がいなくなると悲しいなって思ってたんだよ」
「おめでとう、嘉穂ちゃん!」
番組研に励まされ、嘉穂さんがペコペコと何度も頭を下げる。
「ありがとうございます! 皆さんがいてくれたから、わたし、わたし……」
喜びと安堵が入り交じり、嘉穂さんが涙ぐむ。

聖城先輩が浮かんでこない。
「あれ、先輩?」
泥から、プクプクと泡が立つ。

「なんでよ!」

ドーン! と勢いよく、聖城先輩が浮かび上がった。
その表情は、泥ですっかり見えない。だが、瞳は怒りでギラついている。
泥まみれという情けない姿すら、先輩はまるで気にしていない。

生徒達も、泥まみれになった先輩を茶化せないでいる。
「日本では、ブレードランナーが先になって公開されていたわ! 一九八一年よ?」

「確かに、日本では『ブレードランナー』は一九八二年七月三日に公開してます。対して『炎のランナー』の公開日は一九八二年八月二一日です」

「ほら見なさい、やぱり先なんじゃない!」

「で・す・が!」と、僕は強く主張した。

「炎のランナーは一九八一年三月三〇日にイギリスで、ブレードランナーが一九八二年六月二五日にアメリカで公開されています!」
実に、一年以上の開きがある。
「よって、海外で先に公開されたのは、炎のランナーなんです!」

スローモーションのように、聖城先輩が崩れる。背中からドサリと、泥のプールへと倒れ込んだ。

「さあ、これで、番組研チームの勝利が確定しました」

先輩が這い上がる。眼鏡を外すと、パンダみたいになっていた。
「ふふふ、あははっ」
手鏡を見て高らかに、聖城先輩が笑う。そのまま泥の中へ寝そべった。

先輩は、嘉穂さんに顔を向ける。
「津田嘉穂さん、前の対戦で、コニサーを言い当てたじゃない?」
「はい。そうですね……?」
質問の意図が読めないのか、嘉穂さんは首をかしげた。

「あの問題、私ね、あなたよりも早く答えられなかったの」

嘉穂さんが目を見開く。
ほんの一問だけだが、たしかに嘉穂さんは、聖城先輩に土を付けたのだ。

あのとき、机を叩いて悔しがっていた先輩は、演技をしているわけでも、パフォーマンスでもなかった。
本当に悔しがっていたのだろう。
最大級、ギリギリの全力で、先輩は戦っていたのだ。

「これが、あなたたちの目指す。クイズ番組なのね」
虚空を見上げながら、しみじみと聖城先輩は言う。

「あなたたちは、間違えた相手を責めない。人を追い立てない。急かさない。それは、お互いを尊重し合っているからなのね」

「はい」と嘉穂さんが返す。「わたしたちは、もし自分たちが間違えた場合、他の人に託せるんです。それが、番組研の強さです」
嘉穂さんの言葉を聞いている聖城先輩の顔に、わずかばかりの悲しみが覗く。

「そうね。よく考えたら、私は自分の事ばっかり考えていたわ。これじゃあ、誰も付いてこなく当然よ」

「そんな事、ないと思います」
嘉穂さんは、先輩に手を差し伸べる。
「もし、本当に聖城先輩が嫌われていたら、こんな大規模なクイズ企画なんて通そうとしなかったでしょう」

誰も聖城先輩を好いていなかったら、水着を合わせようなんて思わなかったに違いない。
やなせ姉だって来なかったはず。なのに、来てくれた。

「みんな、聖城先輩が本当は楽しいことが好きだって知っているから、来てくれたんだと思います」
僕は、番組研の面々に向き直る。
「だよね、みんな」

嘉穂さん、湊、のん、やなせ姉が、揃って肩を組んでいた。
聖城先輩に、笑顔を向ける。
そこには、先輩に対する敵意なんてない。

いや。そんなわだかまりは、最初からなかったんだ。

あったのは、意見の食い違いだけ。

先輩は、しばらく立ち尽くしていた。
「そうね。張り詰めすぎていたみたい」
まるで雪解けのように、安堵の顔が浮かぶ。
「見せてもらったわ。あんたたちの戦いを」

嘉穂さんの手を掴んで、聖城先輩が立ち上がった。
そこからは、もう氷のような冷たさは感じない。

「では皆さん、ここからが本番です!」

僕は、高らかに宣言する。

何事か、何が始まるんだ、と、辺りがざわつく。
「泥んこクイズですが、これで終わりではありません」
周囲に緊張が走る。
「只今より、泥んこクイズは、全員の参加を許可いたしします! 参加したい方は一列に並んで下さい!」
僕が発言をすると、生徒たちが一斉に並び出す。行儀良く並びはじめ、出題を待つ。
壮観な光景を目に焼き付けて、僕は問題を読み上げる準備をした。
「では行きますよ、問題です!」

さあ、楽しいクイズの時間だ。

(第六章 完)

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