それでは問題、で・す・が!

しーとみ@映画ディレッタント

6-2


砂浜には、二つのエリアが設置されている。
片方にはマットが設置されているエリアだ。
片方のプールには、粘り気のある泥が用意されている。
田んぼ程ではないが、十分に練り込まれている泥だ。

「皆さんが挑戦してもらうのは、『泥んこ選択クイズ』です。では、今度はあちらを見て下さい」

泥の前方にはパラソルがあり、一組の女子がデッキチェアに並んで座っている。
「あちらにいらっしゃるのが、本物の女子プロレスラーのお二方です。お忙しい中、ありがとうございます」

こちらが挨拶をすると、二人は手を振り返す。

一人はポニーテールを出した、スラッとしたマスクマンだ。赤色の○の下に赤文字でAと書かれたゼッケンを付けている。

隣には、青い色の×、青い文字でBと書かれたゼッケンを付けたぽっちゃり体系の人が。

二人とも、マスクの色に合わせた競泳水着で武装している。
昌子姉さんが、知り合いを連れてきたのだ。

「○か×、もしくは、AかB、二つの選択肢で出題されますので、その選択肢が書かれた方へと向かって下さい」

間違っていれば泥の中へ。正解なら、無事マットに着地できる。
「では、デモンストレーションを行います。解答者は前へ」

ムキムキの男子生徒が現れた。
ピチピチのブーメランパンツが、異様な存在感を放つ。
「放送部員の西畑慶介です! よろしく!」
ギャラリーの温かい拍手で迎えられ、西畑が白い歯を見せた。

「では、西畑君、今回はよろしくお願いします」
「おう。任されて下さいっての!」
「がんばってー」と、やなせ姉が声援を送ると、慶介は力こぶを見せる。
「さて、フィアンセも応援してくれていますよ」

ギャラリーから冗談交じりのブーイングがわき起こり、慶介は手を振った。
男子生徒からはブーイングの嵐が飛ぶ。

「では準備はいいですね、では問題。二〇一四年に亡くなった歌手、やしきたかじんさん。彼の楽曲が、大阪環状線、大阪駅の発車メロディとして使用されたことが話題になりました。その楽曲とは、氏の最大ヒット曲、『東京』である。○か×か?」

慶介はやなせ姉とアイコンタクトをする。その後、○の方へと歩いて行った。

○のレスラーが立ち上がる。慶介と同じくらいの背丈だ。レスラーBは慶介を軽々と持ち上げ、お姫様抱っこしてしまう。
ズンズンと、砂浜を突き進む、レッドのレスラー。
「うわあ」と情けない声を上げているが、喜んでいる。ギャラリーに向けてガッツポーズまで決めて。
あまりにも楽しそうに見えたためか、やなせ姉はむくれた。

「さて、レスラーが泥とマットの間に立つ! さて、どちらかに放り投げられます。あーっと、泥だ!」

女子レスラーが、慶介の巨体を、ポイッと放り投げる。

慶介が、レスラーによって泥のプールへと落とされた。茶色い水しぶきを上げて、逞しい身体が情けなく泥の中へと沈んだ。

「ごきげんな婚約者に待っていたのは、泥のプールだった! さてみなさん、慶介に向かってご唱和下さい。せぇーのっ」

『そんなわけねーだろ!』

僕が合図をすると、観客が僕に合わせて「そんなわけねーだろ!」コールを唱和してくれた。

全身が茶色くなった慶介が、泥から這い上がって来る。

「今のはデモンストレーションです。わざとハズレの解答をして下さいました。では慶介、正解の方を、ご自分の口からどうぞ」

慶介が、僕からメガホンをひったくる。
「やっぱ好きやねん!」と、聞こえるように絶叫した。

「ありがとうございます。今度は婚約者に向かって直接大きな声で!」

「やっぱ好――ぶへえ!」
やなせ姉がシャレっぽく、茶色くなった慶介にビンタした。

「はい。ごちそうさまでした」
僕が言うと、観客が大ウケする。

「えー、このように、間違えると泥の池に放り投げられます。安全のため底にはマットが敷いてあります。ケガはしないと思いますが、ご注意下さい」

本当は紙か発泡スチロールの板を作り、走ってダイブしてもらおうと思っていた。
だが、番組研の部費ではそこまで賄えない。
場所はやなせ姉が提供してくれたが、それ以上の援助はさすがに頼みづらかった。
考えた末に、女子プロレス部に投げ飛ばしてもらう、という作戦を考えつく。

「なお、聖城先輩には、お一人で戦ってもらいますが、問題はありませんか?」
「ちょうどいいハンデだと思います」
まったく物怖じせず、聖城先輩は言い放つ。
のんが悔しそうに「むむむっ」と唸った。

こちらは四人に対し、聖城先輩は一人だ。
もし、スチロールの壁を用意していたら、先輩は四人分ダッシュしないといけない。
見るからに文化系の先輩には辛いだろうと思ったのも、女子レスラーに依頼した理由である。
昌子姉さんの人脈の広さに感謝だ。どこから、あのような人材を連れてくるのか。
ちなみに、彼女たち二名分の出張費用は、昌子姉さんが負担するらしい。日帰りなので微々たる額だが。

「では、先攻後攻の順番を決めたいと思います」

嘉穂さんと先輩に、割り箸で作ったくじを引いてもらう。
「色の付いた割り箸を引いた方が先攻です」
「あ、とすると?」
色つきの箸を掴んでいたのは、嘉穂さんだった。
「はい。番組研が先です」
回答する順番は、やなせ姉、のん、湊、嘉穂さんの順だ。

「では、誤答すると失格となります。サドンデス形式です。どちらかが全滅した方が負けです」

「ちょっと、いいかしら?」
聖城先輩が手を挙げる。

「どうなさいましたか?」
「こちらには、助っ人がいないのね?」
「そうですね」
厳密に言えば、聖城先輩に釣り合う人が見つからなかったのだ。
「そちらは四人。こちらは一人。つまり、番組研は三回間違えられるってわけよね?」
「いえ、先輩も三回間違えられますよ?」
当然だ。でなければアンフェアすぎる。何が言いたいんだ、先輩は?

「ハンデをあげるわ。一問でも私が負けたら失格でいい」
先輩から、恐ろしい提案が飛んできた。

「ちょっと待って下さい! 本当にいいんですか?」
予想外の事態に、僕もどうしていいか分からない。

ギャラリーもザワついている。期待の声を上げる者、開いた口が塞がらない者と様々だ。

「どう? ちょうどいいハンデだと思うんだけど」
「オイラ達を馬鹿にしてるのか?」
のんが声を荒らげた。
「ウチらは全然構わないよ。プライドが許さないけど」
「湊は、悔しくないのか?」
興奮するのんを、やなせ姉がなだめる。
「そりゃあね。でも正直、こうでもしないと勝てる気がしない」
湊が素直な意見を言う。

「分かりました。先輩は一問でも間違えると失格です。よろしいですね」

僕が確認を取ると、先輩は頷いただけで腰に手を当てた。
足首を回して柔軟運動を始める。

「では参りましょう! 泥んこクイズ、スタートです!」

今、クイズ研の未来を決める一戦が、幕を開けた。

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