それでは問題、で・す・が!

しーとみ@映画ディレッタント

2-2

収録は、今日の部活時と決まった。
昼休み、僕は焼きそばパンとパックのコーヒー牛乳で、ささやかに空腹を満たしている。机の上に問題集を広げながら。
部活とはうって変わって、今の僕は複数の男子と机を並べている。
「晶太はいいよなー。女子に囲まれてよぉ」
クラスメイトの放送部員、西畑慶介が呟く。
大柄な体格の割に、弁当の中味は少ない。
「彼女持ちの言うセリフではないな」
ストローで、コーヒー牛乳を吸う。
慶介には年上の彼女がいるのだ。
「そういう放送部員だって、女子一杯いるだろ?」
ストローから口を離して、慶介を見る。
「それがよぉ、気の強い女ばっかりでさー。癒やしが欲しいワケよ」
「カノジョさんに言いつけてやる」
「待て晶太。それだけはやめてくれ!」
ガッシリと、グローブのような大きな手で上腕を掴まれる。
そんな会話をしつつも、僕の思考は問題集に向けられていた。
「お前も大変だな」
「いや、本番になると放送部の方が大変だろ?」
「準備はな。あとは慣れたもんだ。それより晶太、お前、顔がにやけてるぞ」
指摘されて、顔がギクシャクとなる。笑っていただって?
「なんか、困難なときほど、お前って笑ってるよな」
慶介の言葉を否定できない。
僕も相当、クイズバカなんだなって。



やなせ姉の実力が見たいと、番組研から提案された。
収録前に、軽くウォーミングアップをしよう、と。
「番組とは関係ないなら」と、やなせ姉も承諾。早速練習が始まる。
丸いちゃぶ台の上に、おもちゃの早押し機が置かれた。長方形の箱に、ボタンが四つ取り付けられているタイプだ。
「イントロクイズです。今日は問題の読み上げはありません。イントロが流れるので、答えて下さい。では、どうぞ」
僕は、スマホに録音した曲を流した。ほんの数秒だけ、曲のイントロを聞かせて止める。

優しいバイオリンの旋律だ。
どこかで聞いたことのある曲であることがポイントである。
第一問は、比較的優しい曲で攻めてみたが。

誰よりも早く、やなせ姉の席でランプが点滅した。まさに電光石火。
「リストの『愛の夢』ですか?」
「正解です」
「のわー。フィギュアで流れたのは知ってたのだーっ!」
のんが頭を抱え、髪をクシャクシャする。

「次の問題はこの曲です、どうぞ!」

ギターの音色が鳴っただけで、やなせ姉が反応した。

「エレキのツンドラ!」
「のわーっ! オッサンがご飯食べるときにかかる曲なのは分かっていたのに!」

そう、のんも「どういった曲」なのかは知っていたらしい。
でも、曲名が出なかったのだ。

続いての問題も、やなせ姉の独壇場だった。

ポーン!
「サンドストーム!」
ポーン!
「思春期を殺した少年の翼!」
ポーン!
「荒野の果てに! これは、ジェロさんのヴァージョンですね?」

カメラが回ってなくて良かったと思う。

やなせ姉の力は、遺憾なく発揮された。
いや、もう勝負どころではない。蹂躙だった。
ただ圧倒的に、やなせ姉は正解を積み上げていく。

他のメンバーは、見ているしかないといった状況である。
クラシックの名曲からド演歌まで、やなせ姉には隙が無い。
こちらも、やなせ姉が絶対に答えられないような曲を用意したはずだったのに。
マイナーなゲームのサントラにしか収録されていない曲まで言い当てる始末。これでは勝負にならない。

他の部員は、最初だけは打ちのめされた悔しさを見せていた。
最後辺りでは、感心したという表情しか浮かんでいない。

番組にしないでくれという発言は、謙遜の意味ではなかったのだ。
もはやクイズではなく、カルト雑学番組と化している。

「ここまでです。みんな降参ですって、やなせ姉」
僕は、イントロクイズを打ち切った。

「どうも、ありがとうございましたぁ」
息一つ、乱れていない。こんな人がいるなんて。

イントロクイズだけだったら、明らかにやなせ姉は無敵だ。
おそらくクイズ研のメンバーでさえ、やなせ姉には勝てないだろう。

「なんで、そこまで強いのだ?」
のんの問いかけに、やなせ姉は困った顔をして指を顎に当てた。
「うーん。音楽が好きだからかなぁ?」
確たる自覚がないのだろう。これは純粋な知識量の差だ。強くなりたくて強くなったって事ではないのかも。
「まいったね。こんな化け物がいたなんて」
湊も完敗といった風に、感心した。
「聞きたいんだけどさ、第一回放送に出た最後の問題って、やったら難しかったじゃん。もしかして?」
「そう。あれは、ワタシが考えたんでーす。よく分かったね湊ちゃん」
やなせ姉がVサインを作る。
「やっぱりそうかっ。どうりで、なんかマニアックだなーって思ったんだ」
やられた、といった表情で、湊が額に手を当てた。

なにか、印象に残る難問がひとつくらいあってもいいのでは、と、やなせ姉と相談したのである。
本音を言うと、僕だけが問題を作っていても、盛り上げ方に限界があった。
そのイタズラ心が、あのありえない沈黙を生んだのだが。

「あ、あの……」
何かを言いたそうに、嘉穂さんがやなせ姉と向き合う。
「嘉穂さん、どうしたの?」
「来住先輩は、晶太くんとお知り合いなんですよね?」
「お知り合いって言えばそうね。こんなにちっちゃい頃から晶ちゃんのことを知ってるわ」
やなせ姉は、テーブルと同じ高さに、手を添えた。
「どんな子供だったんですか、晶太くんって?」
何だか、興味津々といった感じだ。何だか、顔の方も上気しているように赤い。
「普通の子供だったよ。インドアだったけど、暗い性格ではなかったかな。体育会系の子よりみんなを引っ張ってた感じ。友達も多かったわね」
他人に言われると、何だか恥ずかしい。
「そんなに福原の過去って知りたいかな?」
もっともらしい質問を、湊が投げかける。
ですよねー。
「だって気にならないですか? ずっと一緒にいるわけですよ。人物像とか知っておきたいと思いませんか?」
「思わないけど」
かなりドライな解答が飛んできた。
ですよねぇ……。
言葉を返せず、嘉穂さんは「う……」と呻く。
「ウチは、福原がどんなヤツだったかなんて、気にしないかな? そんなの、今の福原には関係ないし。今の福原が面白いヤツならそれでいいじゃん」
これは信頼していると思っていいのか、それとも関心がないだけか。多分、後者なんだろうけど。
「嘉穂ちゃん的には、福原のどういった所が気になるの? 元カノとか?」
「待った待った。そんなの、いるわけないだろ!」
僕は手をワタワタさせて否定する。

「それじゃあ、今はお付き合いしている人は……」

「いやあ、そんなの、僕にはいないよ」
今はクイズ番組研が面白くて、恋愛の入る余地はない。

「では、す、す、好きな、人とか……」

かなり大胆な質問を、嘉穂さんは投げかてきた。

「は、は、は、はへえ」

僕は呼吸すらままならず、言葉を忘れてしまった風にどもってしまう。
「何? 福原ぁ。気持ち悪い声出して」
湊の意見に、返す言葉もない。自分でも気持ち悪いと感じる。
「やっぱり、好きな人がいるんですね?」
食い気味で嘉穂さんが詰め寄ってきた。
「むうう……」
いやいや、そんな怖い目で見つめられても。

「終わり、もう僕の質問は終わり! 終了です。さて、収録収録!」

強引に雑談をやめさせて、難を逃れようとする。
「何だよ、つまんないなぁ」
「つまんなくていいの! 僕の人生なんて!」
興が冷めた所で、今日も部活を開始した。
僕が司会と、出題者として問題作り。
他のメンバーは、過去問をさらいながら、出題されそうな問題を勉強し始める。

僕には、これでも勿体ないくらいだ。

クイズ番組を作りたいっていう僕のワガママに付いてきてくれている、なんておこがましいことは言えない。

感謝しきれないくらい感謝しているんだ。

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