【冒険者組合 七つの大罪】
1章9話
「玄関にヤベェ『獣人族』がいるらしいからなぁ。てめぇを潰してぇ、そっちの援護にも行かなきゃならねぇ……ったくよぉ、仕事を増やすんじゃねぇよぉ」
翡翠色の瞳をスッと細め──アルバトスが腰から六本の短剣を抜いた。
人差し指と中指の間に一本。中指と薬指の間に一本。薬指と小指の間に一本。
指と指で挟むようにして短剣を握り──右手と左手を合わせて、合計六本。
今まで見た事のない構え──思わず、テリオンが緊張で身を固くする。
「行くぞぉ──」
フラリ、とアルバトスの体が揺れ──テリオンとの距離を一瞬でゼロにする。
──【守護の英雄】では間に合わない。
横薙ぎに迫る三本の短剣に対し──テリオンは避けるのではなく、迎撃した。
「はぁ──ッ!」
──掌底。
昔とある武術を習っていたというリリアナが、以前に教えてくれた技だ。
三本の短剣が届く前に、アルバトスの鳩尾を的確に撃ち抜いた掌底は──アルバトスの突っ込んでくる勢いと合わさり、尋常ならざる威力へと強化されている。
「がッ──は、ぁぁ……?! んっだ今のぉ……?!」
吹き飛ばされたアルバトスが、腹部を押さえて苦痛に顔を歪める。
「危ねぇ……! 反射的に出た……!」
『テリオン……どうし、たの……?!』
「『第二級冒険者』と遭遇した。『獣人族』の少女を逃がすための時間を稼いでる」
『そんな……! あなたじゃ、まだ……『第二級冒険者』の、相手は……早い……!』
リリアナの言葉を聞き──テリオンは、腰を落として身構えた。
「とりあえず『獣人族』の保護を頼む。俺は大丈夫だから」
『……わかっ、た……保護、したら……すぐに、ガルドルを……援護に、行かせるから……! それまで、耐えて……!』
「任せろ──【制限だらけの英雄】、【守護の英雄】」
【制限だらけの英雄】の発動により、テリオンの体が白い光に包まれる。
【守護の英雄】の発動により、テリオンの両腕がガチガチに硬質化される。
ガギィンッ! と、両拳を打ち鳴らして甲高い音を立て、アルバトスと向き合った。
「チッ……クソガキがぁ──手加減はなしだぁ、ぶっ殺してやるよぉ!」
「はっ、やってみやがれッ!」
凄まじい怒気と殺気を放ち始めるアルバトスに、テリオンは自分を奮い立たせるように大声を上げる。
次の瞬間──アルバトスの姿が消えた。
「しぃ──ッ!」
「うるぁッ!」
迫る三本の短剣を左の前腕で受け止め──右の拳を放つ。
だが──さすがは『第二級冒険者』。テリオンの拳を簡単に躱し、左手の短剣を構えた。
──斬られる。
咄嗟に両腕を盾にして、アルバトスの短剣を防御しようと──
「はっはぁ!」
「うぐっ──?!」
アルバトスが前蹴りを放ち──腹部を蹴られたテリオンが、軽々と吹き飛ばされる。
──短剣を構えたのはフェイントか……!
「がふッ……! げほっ、ごほっ!」
「おら──よぉ!」
「ぶっ──」
立ち上がろうとする──前に顔面を蹴り飛ばされ、長い廊下を再び転がり飛んだ。
硬質化した腕を床に押し付けて無理矢理勢いを殺し、口の端から垂れる血を拭い取る。
「ああクソッ……!」
「オイオイオイ、まっさかこの程度かぁ? 面白くねぇ、面白くねぇなぁ!」
──硬質化した腕で短剣を受け止めたのに、全く刃こぼれしていない。
どんな素材で作られた短剣なんだ──とか考える間もなく、アルバトスの短剣が迫る。
「がああああああああああああッッ!!」
短剣を捌き、カウンターに拳を放つ。
頭を下げる事でテリオンの攻撃を避け、再び蹴りを放ち──テリオンが床の上を転がった。
──最初の掌底は、アルバトスが油断していたから入れる事ができた。
あの時、あの瞬間──アルバトスが怒り、本気になった。
わかっていた事だが、本気になったアルバトスは──テリオンなんかよりも、ずっとずっと強い。
「なんだよオイどうしたぁ?! 調子良かったのぁ最初の一発だけかぁ?!」
「ぅうるッ──せぇッ!」
迫るアルバトスを前に──テリオンは、思い切り地面を殴り付けた。
瞬間──床が割れ、眼前を砂ぼこりが覆い隠す。
「んな──?!」
突然の砂ぼこりに、アルバトスは一瞬だけテリオンの姿を見失った。
「チッ──!」
大きく後ろに飛び退き、砂ぼこりが晴れるまで待つ。
やがて砂ぼこりが晴れた時──そこに、テリオンの姿はなかった。
「……あぁ……? 逃げたぁ……?」
あり得ない話ではない。
『第五級冒険者』のテリオンと『第二級冒険者』のアルバトスでは、そもそも勝負にならない。なら、逃げるのは普通だ。
だが──と、アルバトスは鋭い瞳をさらに細めた。
あのガキのような冒険者は、何度も見た。
そう──あれは、死んでも諦めない者の瞳だ。
問題冒険者であるアルバトスは、何人もの冒険者を殺した。
そんな自分を倒すために、正義感に満ちた冒険者が何度も攻撃を仕掛けてきたが──あのガキの瞳は、ソイツらに似ている。
「んならぁ、尻尾巻いて逃げるわけぇねぇよなぁ……」
邪悪に笑い、アルバトスが一歩踏み出す──と。
何かを察知したのか、その場から大きく飛び退き──
「おッ──らぁッ!」
アルバトスの近くにあった扉が砕け散り──その奥から、テリオンが現れる。
硬質化した右拳が、アルバトスの顔面へと迫り──
「──遅ぇんだよノロマぁ」
まるで、そこから出てくるのがわかっていたかのような動きで回避し──アルバトスが、三本の短剣をテリオンの左腕に突き刺さした。
「がっ、あ──ああああああああッッ?!」
「ひゃははっ! おらよぉッ!」
アルバトスが短剣を引き抜き──テリオンの左腕から、鮮血が噴き出す。
痛みに絶叫を上げるテリオン──と、アルバトスが短剣を振るい、テリオンの体を袈裟斬りにした。
右肩から左腹にかけての斬傷──畳み掛けるように、アルバトスがテリオンの顔面を蹴り飛ばす。
鮮血を散らせながら飛んでいき──近くの部屋の扉を壊し、その室内へと吹き飛んだ。
「ぐ、がっ……」
『ダメ……! テリオン、逃げてっ!』
念波からリリアナの声が聞こえるが──テリオンの体は、ピクリとも動かない。
そんなテリオンを見たアルバトスは、どこか退屈そうにため息を吐いた。
「……この程度かぁ……」
短剣を鞘に収め、アルバトスが部屋を後にする。
向かう先は──ガルドルの所だろう。
「ザコにしちゃぁ頑張ったんじゃねぇのかぁ? ま、オレの相手じゃぁなかったがなぁ」
そんな言葉を残し、アルバトスがガルドルの所へ行こうと──して。
「が、ぁ──ああああああああああッッ!!」
テリオンが雄叫びを上げ、近くにあった椅子を掴み、アルバトスに向けて投げ付けた。
【制限だらけの英雄】を解除していなかった──その事が功を奏したのか、投げられる椅子の速度は尋常ではない。
「──はっはぁッ!」
アルバトスが振り向くと同時、三本の短剣を抜いて振り下ろす。
それだけで椅子がバラバラに斬り刻まれ──その先から、テリオンが飛び出した。
「あああああああああああああああッッ!!」
【守護の英雄】で無理に止血しているが、傷口からはボタボタと血が溢れ落ちている。
だが──テリオンは痛みを押し殺し、硬質化させた両腕でアルバトスに殴り掛かる。
「あぁ──まだ若ぇのに、もったいねぇなぁ」
振るわれる拳撃を避け──アルバトスが三本の短剣による突きを放った。
引き寄せられるように、あるいは吸い寄せられるように、短剣の切っ先がテリオンの左胸部へと迫り──
「──はああああああああッッ!!」
「んなっ──?!」
第三者の声が聞こえた──直後、アルバトスがテリオンから視線を逸らし、短剣を振り下ろした。
瞬間──甲高い金属音が響き、アルバトスがその顔を歪ませた。
床の上を転がったテリオンは──現れた者を見て、驚愕するのと同時、安堵の表情を浮かべる。
「てめぇは──!」
「しッ!」
『獣人族』の青年が刀を振るい──対するアルバトスは、合計六本の短剣を振るう。
尋常ならざる速さで展開される攻防──思わず見入ってしまうテリオンの耳に、聞き慣れた少女の声が聞こえた。
「テリオンくん!」
「ソ、フィア……」
駆け寄って来る少女が、瞳に涙を浮かべながらテリオンに抱きついた。
「『ライト・ヒール』っ!」
「おっ──」
「ばかばかばかっ! 無理はしないでって言ったのに! 何やってるの?!」
体の傷が癒えるのを確認し、ソフィアがテリオンを無理矢理立たせた。
そのままギュッと手を握り──ガルドルを置いて、来た道を引き返し始める。
「なっ──ま、待てソフィア! ガルドルが──」
「ガルドルくんは大丈夫! テリオンくんと違って引き際をわかってるし、強いから! それより、帰ったら説教だからね?! わかった?!」
ソフィアに引っ張られるまま、テリオンはその場を後にする。
この場に残ったのは──二人。
「ふッ! はッ!」
「あぁッ! うるぁッ!」
息を吐く間もない攻防──と、アルバトスが大きく飛び退き、鬱陶しそうに舌打ちした。
「てめぇっ、何のつもりだゴラァアアアアアアアアアアアアアアアッ?!」
「悪いけど、選手交代だ。ここからはボクが……いや──」
そこまで言って、ガルドルが灰色の瞳を閉じた。
──ピリッと、肌を刺すような鋭い雰囲気。
先ほどまでは、こんなに殺気に満ちた覇気は放っていなかったはず──豹変する雰囲気に、アルバトスは静かに身構えた。
そして──ガルドルが、瞳を開いた。
「──こっからは、オレが相手だぜ」
血のように真っ赤な瞳をギラギラと輝かせ、口元には狂ったような笑みを浮かべた。
「……てめぇ、何者だぁ?」
スッと瞳を細め、無意識の内にアルバトスが短剣を握る力を強めた。
と、何が楽しいのか、ガルドルはニヤニヤと笑っている。
「きひっ、ふひひっ……初めてじゃねぇか? アイツが自分の意思で性格逆転するなんてよぉ……」
「てめぇ……! いつまで無視する気だぁ──ッ!」
床が割れるほど強く踏み込み──アルバトスがガルドルに飛び掛かる。
ダランと両腕を下げているガルドル。その無防備な顔面へ、三本の短剣が迫り──
「──んだテメェ」
逆手に持った刀を振り上げ──たったそれだけの動作で、アルバトスの短剣が弾かれる。
「三下にゃ用はねぇ──とっとと引っ込めクソザコ『妖精族』」
「は──」
三度、ガルドルが逆手に持った刀を振るった。
瞬間──アルバトスの短剣が、全て壁に突き刺さった。
──今の一瞬で、全ての短剣が弾かれた。
その事に気づくアルバトスの顔が、驚愕に染まった。
「な、あ……?!」
「おら──よッ!」
鮮やかな回し蹴り──アルバトスの頭部を的確に打ち抜き、アルバトスが吹き飛んだ。
「はっ。クソザコじゃねぇか……もうちっと楽しませろよッ!」
「ふ、ぐっ……!」
壁に激突するアルバトスが、慌てた様子で床を転がった。
瞬間──先ほどまでアルバトスのいた所が、バラバラに斬り落とされる。
「何っつー切れ味だよぉ……?!」
「あっははははははははッ! おらおらどうした?! もっと逃げろよおッ!」
高笑いを上げるガルドルが、逃げるアルバトスへ刀を振るった──
翡翠色の瞳をスッと細め──アルバトスが腰から六本の短剣を抜いた。
人差し指と中指の間に一本。中指と薬指の間に一本。薬指と小指の間に一本。
指と指で挟むようにして短剣を握り──右手と左手を合わせて、合計六本。
今まで見た事のない構え──思わず、テリオンが緊張で身を固くする。
「行くぞぉ──」
フラリ、とアルバトスの体が揺れ──テリオンとの距離を一瞬でゼロにする。
──【守護の英雄】では間に合わない。
横薙ぎに迫る三本の短剣に対し──テリオンは避けるのではなく、迎撃した。
「はぁ──ッ!」
──掌底。
昔とある武術を習っていたというリリアナが、以前に教えてくれた技だ。
三本の短剣が届く前に、アルバトスの鳩尾を的確に撃ち抜いた掌底は──アルバトスの突っ込んでくる勢いと合わさり、尋常ならざる威力へと強化されている。
「がッ──は、ぁぁ……?! んっだ今のぉ……?!」
吹き飛ばされたアルバトスが、腹部を押さえて苦痛に顔を歪める。
「危ねぇ……! 反射的に出た……!」
『テリオン……どうし、たの……?!』
「『第二級冒険者』と遭遇した。『獣人族』の少女を逃がすための時間を稼いでる」
『そんな……! あなたじゃ、まだ……『第二級冒険者』の、相手は……早い……!』
リリアナの言葉を聞き──テリオンは、腰を落として身構えた。
「とりあえず『獣人族』の保護を頼む。俺は大丈夫だから」
『……わかっ、た……保護、したら……すぐに、ガルドルを……援護に、行かせるから……! それまで、耐えて……!』
「任せろ──【制限だらけの英雄】、【守護の英雄】」
【制限だらけの英雄】の発動により、テリオンの体が白い光に包まれる。
【守護の英雄】の発動により、テリオンの両腕がガチガチに硬質化される。
ガギィンッ! と、両拳を打ち鳴らして甲高い音を立て、アルバトスと向き合った。
「チッ……クソガキがぁ──手加減はなしだぁ、ぶっ殺してやるよぉ!」
「はっ、やってみやがれッ!」
凄まじい怒気と殺気を放ち始めるアルバトスに、テリオンは自分を奮い立たせるように大声を上げる。
次の瞬間──アルバトスの姿が消えた。
「しぃ──ッ!」
「うるぁッ!」
迫る三本の短剣を左の前腕で受け止め──右の拳を放つ。
だが──さすがは『第二級冒険者』。テリオンの拳を簡単に躱し、左手の短剣を構えた。
──斬られる。
咄嗟に両腕を盾にして、アルバトスの短剣を防御しようと──
「はっはぁ!」
「うぐっ──?!」
アルバトスが前蹴りを放ち──腹部を蹴られたテリオンが、軽々と吹き飛ばされる。
──短剣を構えたのはフェイントか……!
「がふッ……! げほっ、ごほっ!」
「おら──よぉ!」
「ぶっ──」
立ち上がろうとする──前に顔面を蹴り飛ばされ、長い廊下を再び転がり飛んだ。
硬質化した腕を床に押し付けて無理矢理勢いを殺し、口の端から垂れる血を拭い取る。
「ああクソッ……!」
「オイオイオイ、まっさかこの程度かぁ? 面白くねぇ、面白くねぇなぁ!」
──硬質化した腕で短剣を受け止めたのに、全く刃こぼれしていない。
どんな素材で作られた短剣なんだ──とか考える間もなく、アルバトスの短剣が迫る。
「がああああああああああああッッ!!」
短剣を捌き、カウンターに拳を放つ。
頭を下げる事でテリオンの攻撃を避け、再び蹴りを放ち──テリオンが床の上を転がった。
──最初の掌底は、アルバトスが油断していたから入れる事ができた。
あの時、あの瞬間──アルバトスが怒り、本気になった。
わかっていた事だが、本気になったアルバトスは──テリオンなんかよりも、ずっとずっと強い。
「なんだよオイどうしたぁ?! 調子良かったのぁ最初の一発だけかぁ?!」
「ぅうるッ──せぇッ!」
迫るアルバトスを前に──テリオンは、思い切り地面を殴り付けた。
瞬間──床が割れ、眼前を砂ぼこりが覆い隠す。
「んな──?!」
突然の砂ぼこりに、アルバトスは一瞬だけテリオンの姿を見失った。
「チッ──!」
大きく後ろに飛び退き、砂ぼこりが晴れるまで待つ。
やがて砂ぼこりが晴れた時──そこに、テリオンの姿はなかった。
「……あぁ……? 逃げたぁ……?」
あり得ない話ではない。
『第五級冒険者』のテリオンと『第二級冒険者』のアルバトスでは、そもそも勝負にならない。なら、逃げるのは普通だ。
だが──と、アルバトスは鋭い瞳をさらに細めた。
あのガキのような冒険者は、何度も見た。
そう──あれは、死んでも諦めない者の瞳だ。
問題冒険者であるアルバトスは、何人もの冒険者を殺した。
そんな自分を倒すために、正義感に満ちた冒険者が何度も攻撃を仕掛けてきたが──あのガキの瞳は、ソイツらに似ている。
「んならぁ、尻尾巻いて逃げるわけぇねぇよなぁ……」
邪悪に笑い、アルバトスが一歩踏み出す──と。
何かを察知したのか、その場から大きく飛び退き──
「おッ──らぁッ!」
アルバトスの近くにあった扉が砕け散り──その奥から、テリオンが現れる。
硬質化した右拳が、アルバトスの顔面へと迫り──
「──遅ぇんだよノロマぁ」
まるで、そこから出てくるのがわかっていたかのような動きで回避し──アルバトスが、三本の短剣をテリオンの左腕に突き刺さした。
「がっ、あ──ああああああああッッ?!」
「ひゃははっ! おらよぉッ!」
アルバトスが短剣を引き抜き──テリオンの左腕から、鮮血が噴き出す。
痛みに絶叫を上げるテリオン──と、アルバトスが短剣を振るい、テリオンの体を袈裟斬りにした。
右肩から左腹にかけての斬傷──畳み掛けるように、アルバトスがテリオンの顔面を蹴り飛ばす。
鮮血を散らせながら飛んでいき──近くの部屋の扉を壊し、その室内へと吹き飛んだ。
「ぐ、がっ……」
『ダメ……! テリオン、逃げてっ!』
念波からリリアナの声が聞こえるが──テリオンの体は、ピクリとも動かない。
そんなテリオンを見たアルバトスは、どこか退屈そうにため息を吐いた。
「……この程度かぁ……」
短剣を鞘に収め、アルバトスが部屋を後にする。
向かう先は──ガルドルの所だろう。
「ザコにしちゃぁ頑張ったんじゃねぇのかぁ? ま、オレの相手じゃぁなかったがなぁ」
そんな言葉を残し、アルバトスがガルドルの所へ行こうと──して。
「が、ぁ──ああああああああああッッ!!」
テリオンが雄叫びを上げ、近くにあった椅子を掴み、アルバトスに向けて投げ付けた。
【制限だらけの英雄】を解除していなかった──その事が功を奏したのか、投げられる椅子の速度は尋常ではない。
「──はっはぁッ!」
アルバトスが振り向くと同時、三本の短剣を抜いて振り下ろす。
それだけで椅子がバラバラに斬り刻まれ──その先から、テリオンが飛び出した。
「あああああああああああああああッッ!!」
【守護の英雄】で無理に止血しているが、傷口からはボタボタと血が溢れ落ちている。
だが──テリオンは痛みを押し殺し、硬質化させた両腕でアルバトスに殴り掛かる。
「あぁ──まだ若ぇのに、もったいねぇなぁ」
振るわれる拳撃を避け──アルバトスが三本の短剣による突きを放った。
引き寄せられるように、あるいは吸い寄せられるように、短剣の切っ先がテリオンの左胸部へと迫り──
「──はああああああああッッ!!」
「んなっ──?!」
第三者の声が聞こえた──直後、アルバトスがテリオンから視線を逸らし、短剣を振り下ろした。
瞬間──甲高い金属音が響き、アルバトスがその顔を歪ませた。
床の上を転がったテリオンは──現れた者を見て、驚愕するのと同時、安堵の表情を浮かべる。
「てめぇは──!」
「しッ!」
『獣人族』の青年が刀を振るい──対するアルバトスは、合計六本の短剣を振るう。
尋常ならざる速さで展開される攻防──思わず見入ってしまうテリオンの耳に、聞き慣れた少女の声が聞こえた。
「テリオンくん!」
「ソ、フィア……」
駆け寄って来る少女が、瞳に涙を浮かべながらテリオンに抱きついた。
「『ライト・ヒール』っ!」
「おっ──」
「ばかばかばかっ! 無理はしないでって言ったのに! 何やってるの?!」
体の傷が癒えるのを確認し、ソフィアがテリオンを無理矢理立たせた。
そのままギュッと手を握り──ガルドルを置いて、来た道を引き返し始める。
「なっ──ま、待てソフィア! ガルドルが──」
「ガルドルくんは大丈夫! テリオンくんと違って引き際をわかってるし、強いから! それより、帰ったら説教だからね?! わかった?!」
ソフィアに引っ張られるまま、テリオンはその場を後にする。
この場に残ったのは──二人。
「ふッ! はッ!」
「あぁッ! うるぁッ!」
息を吐く間もない攻防──と、アルバトスが大きく飛び退き、鬱陶しそうに舌打ちした。
「てめぇっ、何のつもりだゴラァアアアアアアアアアアアアアアアッ?!」
「悪いけど、選手交代だ。ここからはボクが……いや──」
そこまで言って、ガルドルが灰色の瞳を閉じた。
──ピリッと、肌を刺すような鋭い雰囲気。
先ほどまでは、こんなに殺気に満ちた覇気は放っていなかったはず──豹変する雰囲気に、アルバトスは静かに身構えた。
そして──ガルドルが、瞳を開いた。
「──こっからは、オレが相手だぜ」
血のように真っ赤な瞳をギラギラと輝かせ、口元には狂ったような笑みを浮かべた。
「……てめぇ、何者だぁ?」
スッと瞳を細め、無意識の内にアルバトスが短剣を握る力を強めた。
と、何が楽しいのか、ガルドルはニヤニヤと笑っている。
「きひっ、ふひひっ……初めてじゃねぇか? アイツが自分の意思で性格逆転するなんてよぉ……」
「てめぇ……! いつまで無視する気だぁ──ッ!」
床が割れるほど強く踏み込み──アルバトスがガルドルに飛び掛かる。
ダランと両腕を下げているガルドル。その無防備な顔面へ、三本の短剣が迫り──
「──んだテメェ」
逆手に持った刀を振り上げ──たったそれだけの動作で、アルバトスの短剣が弾かれる。
「三下にゃ用はねぇ──とっとと引っ込めクソザコ『妖精族』」
「は──」
三度、ガルドルが逆手に持った刀を振るった。
瞬間──アルバトスの短剣が、全て壁に突き刺さった。
──今の一瞬で、全ての短剣が弾かれた。
その事に気づくアルバトスの顔が、驚愕に染まった。
「な、あ……?!」
「おら──よッ!」
鮮やかな回し蹴り──アルバトスの頭部を的確に打ち抜き、アルバトスが吹き飛んだ。
「はっ。クソザコじゃねぇか……もうちっと楽しませろよッ!」
「ふ、ぐっ……!」
壁に激突するアルバトスが、慌てた様子で床を転がった。
瞬間──先ほどまでアルバトスのいた所が、バラバラに斬り落とされる。
「何っつー切れ味だよぉ……?!」
「あっははははははははッ! おらおらどうした?! もっと逃げろよおッ!」
高笑いを上げるガルドルが、逃げるアルバトスへ刀を振るった──
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