【冒険者組合 七つの大罪】
1章8話
「──準備は良いかな?」
──夜。
第八区画にある【欲深き狼】の支部にやって来たテリオンたちは──目の前の建物を見上げ、表情を引き締めた。
──デカい。
さすがは【Bランク冒険者組合】に匹敵する実力を持つ、物の売買をメインに活動している商業系【冒険者組合】。金は余るほど持っているのだろう。
「……テリオン。今からボクたちがするのは、人によっては間違いだと言われるかも知れない。他の【冒険者組合】に乗り込んで、拐われた奴隷を取り返す──言葉では美しく聞こえるが、実際にやる事は……ただの暴力だ」
「……ああ」
「もちろん、話し合いで済むのならそれが一番だけど──間違いなく、【冒険者組合】同士の戦闘になる。それでも……キミは戦うかい?」
柔らかな問い掛けに、テリオンは──力強く頷いた。
「当たり前だ」
「よし……ここからはボクが臨時で指揮を執るよ。ソフィアはここで待機だ。外の様子を、キミの目を通してリリアナに伝えてくれ」
「は~い」
「ボクが正面から突っ込んで暴れる。テリオンは……窓や裏口から【欲深き狼】の中に侵入して、フォクシー種の『獣人族』を探してくれ。戦闘は、できるだけ避けるように」
「おう!」
「基本的に、リリアナの【千里眼】を通して指示を出す。頼めるかな、リリアナ?」
『ん…………任せて……』
一通り指示を出し──ガルドルが、腰に下げていた刀を抜いた。
「それじゃあ──行くよ」
ガルドルが足に力を込め──脚力を爆発させる。
木製の扉を刀で斬り捨て、建物の奥へと消えて行った。
「よし……んじゃ、俺も行ってくる」
「……テリオンくん」
「ん?」
「無理はしないようにね~?」
「……おう! ──【制限だらけの英雄】っ!」
【制限だらけの英雄】を発動し──跳躍。
そのまま建物のバルコニーに飛び乗り──
「【守護の英雄】っ!」
拳を硬質化し──窓ガラスを殴る。
粉々に砕け散った窓ガラスを踏み締め──テリオンは【欲深き狼】の第八区画支部に侵入した。
「……うわ、広……」
部屋が多い。廊下が長い。
ここからあのフォクシー種の『獣人族』を探すとなると……何分掛かるかわからない。
──と、どこからかバタバタと騒がしい足音が聞こえ始めた。
慌てて近くの部屋の扉を開け──鍵が掛かっていなかった事に感謝し、部屋の中に入って扉を閉める。
『──襲撃だ! 奇妙な格好の『獣人族』が玄関にいるぞ!』
『『第三級冒険者』を集めろ!』
『店の奥にある商品部屋の鍵を閉めたか?!』
騒がしい声が、テリオンの隠れている部屋の前を通過し──足音が少しずつ小さくなっていく。
……行っただろうか。
ゆっくりと扉を開け──誰もいない事を確認し、部屋を出る。
「商品部屋……店の奥……」
『──テリオン……』
「リリアナ? どうした?」
『ガルドル、からの……伝言…………店の奥に、多分……テリオンが、探してる……『獣人族』が、いる……可能性が、高いって……』
「了解」
短い返事を返し、テリオンが店の奥を目指そうと──して、リリアナの声がテリオンを止めた。
『待って……』
「ん? なんだ?」
『……ガルドルが、言うには…………『獣人族』がいる、部屋を……『第二級冒険者』が、守ってるって……』
「……だから?」
『絶対に……無理は、しないで……』
「おう」
リリアナからの念波が終わった事を確認し、テリオンは勢いよく駆け出した。
────────────────────
「ふぅ──!」
「いっ──てぇええええっ?!」
「なんだおい、あの『獣人族』?! 『第三級冒険者』じゃ相手にならねぇぞ?!」
高速で駆け回るガルドルが、冒険者とすれ違う度に刀を振るい──その度に血が噴き出る。
「安心していいよ。致命傷じゃないから。『回復魔法』で治療すれば、傷痕も残らないよ」
「な、なんかヤバイ事言ってるぞ?!」
「『第二級冒険者』は?! アルバトスはどこに行った?!」
「商品部屋の見張りに行かせちまったよ! クソ、なんでこんな時に……!」
慌てる冒険者の声を聞きながら、ガルドルはリリアナに話し掛けた。
「リリアナ、テリオンに伝えてくれたかい?」
『ん…………今、その部屋に……向かってる……』
「そうか……」
迫る剣を躱し──剣を振るった男の顔面に、ガルドルが拳を放った。
鼻血を撒き散らしながら吹き飛ぶ男──と、奥にいる冒険者から、魔法の気配を感じた。
「──『ファイア・ボール』っ!」
「『ウィンド・カッター』!」
灼熱の炎球が、不可視の風刃が、ガルドルに向けて放たれる。
対するガルドルは──左目に付けていた眼帯を取った。
「使うか──【消魔の魔眼】」
ガルドルの左目が魔法を捉えた──瞬間、炎球と風刃が文字通り消えた。
──【消魔の魔眼】。
視界の中にある魔力を消す【技能】である。
魔法を使う相手には、絶対的な力を誇るが──魔力自体を消してしまうため、普段は眼帯で隠している。
というのも、洗濯機や冷蔵庫、水道などは魔力を使って動かしているので、ガルドルの魔眼が発動すると──動かなくなってしまうのだ。
「なっ……ま、魔法が……?!」
「ふっ!」
「がふっ?!」
鮮やかな蹴りが、近くにいた冒険者を吹き飛ばし──さらに距離を詰め、冒険者の腕や足を刀で斬りつける。
「く、くそ……! てめぇ、何者だ?!」
「うん? ボクかい?」
動きを止め、ガルドルが──普段の穏やかな様子からは考えられないような、邪悪な笑みを見せた。
「──ボクの名前は、ガルドル・ミラード。【冒険者組合 七つの大罪】所属の『第二級冒険者』さ」
「【七つの大罪】の、ガルドル・ミラード……って、まさか……?!」
「“武士”のガルドルか?!」
『第二級冒険者』、ガルドル・ミラード。
組合長と『冒険者機関』から与えられた二つ名は──“武士”。
組合長の提案で、この二つ名になったのだが──詳しい意味は知らされていない。
「一つ聞きたい。ここにフォクシー種の『獣人族』がいるはずだ。どこにいるか大人しく教えてくれないかな?」
「てめっ、どこでその情報を……!」
「囲め囲め! 数で攻めろ!」
騒がしい冒険者の姿に、ガルドルが刀を構えた。
「教えてくれないなら、しょうがないね。キミたちを動けないようにして、奥に進むよ──【獣心の解放】」
──ドッグンッッ!! ドッグンッッ!!
何かが脈打つような、大きな音。
音の出所が、ガルドルの体から出ている──そう認識した瞬間だった。
「ふ、ぅぅぅぅぅ……! あ、があっ……ッ!」
──ガルドルの腕が、灰色の体毛に覆われる。
指先から獣のような爪が生え、鋭い犬歯が鋭い牙へと変化。
両足も灰色の体毛に覆われ──半人半獣の歪な生物に変化したガルドルが、ギラギラと輝く灰瞳と魔眼で、冒険者の姿を捉えた。
「さて……戦ろうか」
口元を獰猛に歪ませるガルドルが、【欲深き狼】の冒険者に襲い掛かった。
────────────────────
【欲深き狼】第八区画支部──の地下。
「──ここか?!」
テリオンが乱暴に扉を開け──扉を開けっ放しにして次の扉に飛び付く。
「違う……ここじゃない!」
舌打ちしながら、額から流れ落ちる汗を拭う。
──広すぎる。
侵入してからずっと『獣人族』を探しているが──全く見つからない。
店の奥にある商品部屋──まだ奥にあるのだろうか。
「クソが……!」
ここら辺にはいないと判断したのか、テリオンが廊下を走り出した。
近くにある扉に手当たり次第に掴み──中に何もない事を確認して、次の扉を掴む。
──いない。いない!
時間が経てば経つほど、ガルドルの負担が大きくなる。それに、商品部屋から『獣人族』が移動させられるかも知れない。
焦るな、落ち着け。ガルドルなら大丈夫だ。
走り回って乱れた鼓動を落ち着かせようと、深呼吸しながら扉を開け──
「ん……?」
──開かない。鍵が掛かっている。
まさか、ここに──
「【制限だらけの英雄】っ!」
全身の筋力を底上げし──力任せに扉を開く。
ガゴッ! と鈍い音を立てながら扉が壊れ──その先に、檻があった。
「……ぁ……」
「見つけた……!」
檻の中に、フォクシー種の『獣人族』がいた。
「悪いな、遅くなった……大丈夫か?」
室内に足を踏み入れ、できるだけ優しい声で問い掛ける。
こくんと、少女が小さく頷いた。
「ちょっと待ってろ。今出してやるからな」
檻に近づき──テリオンが鉄格子を掴む。
そして──ギギギッと鉄格子が歪んだ。
少女が通れるほどの隙間を作り……ポカンとしている少女に、テリオンが安心させるように笑みを見せた。
「おいで。一緒にここから出よう」
檻の中の少女に向け、手を差し出す。
テリオンの顔と、差し出された手を交互に見て──恐る恐るといった様子で、テリオンの手に触れた。
「名前は?」
「……ミリア……ミリア=ゼル・ヴォルガノンです」
「ミリアか……とりあえず、ここから出よう」
「……はい」
「リリアナ。少女を見つけた。今から組合施設に連れて戻るぞ」
『ん…………了、解……ガルドルに、伝えるね……』
「頼んだ……よし、行こう」
少女の手を握り、部屋を出る。
さて──どこをどうやってここまで来たか、全く覚えていない。
とりあえず窓のある部屋を探して、外に飛び出るのが手っ取り早いかも知れない。
そのためにはまず、この地下から一階に行かなければ。
「……お……こっちだな」
地下から一階への階段を見つけ、少女のスピードに合わせてゆっくりと上がる。
「あの……」
「ん、どうした?」
「……あなたの、お名前は?」
「テリオンだ。テリオン・フリオール」
「テリオン、様……」
長い階段をひたすら上り──ようやく一階に着いた。
「よし、ここまで来れば──ッ?!」
近くの部屋にある窓から外に出ようと考えていたテリオンが──何かを感じたように、勢いよく廊下の奥に目を向けた。
「──あぁ? オイコラてめぇ、そこで何やってんだぁ?」
──暗い廊下から、男の声が聞こえた。
ディアボロやコキュートスという『第一級冒険者』には届かないが──それでも、『第二級冒険者』であるガルドルやリリアナに匹敵するような覇気。
「……誰だ、お前」
「オイオイオイ。オレらの組合施設に勝手に上がってんのぁてめぇだろぉ? あぁコラ、失礼なガキだなぁオイ」
暗闇から姿を現したのは──薄緑色の髪の男だ。
背中からは薄緑色のひし形の羽が四枚ほど生えており、腰には六本の短剣を下げている。
「“八つ裂き猫”のアルバトス……!」
「あぁ? んだてめぇ、オレの事ぉ知ってんのかぁ?」
六本の短剣を持つ『妖精族』──前に、どこかで聞いた覚えがあった。
アルバトス・ピリアナ──『冒険者機関』から与えられし二つ名を、“八つ裂き猫”。
モンスターだけでなく、冒険者にも手を出す事のある──問題冒険者だ。
「……ミリア。窓を探して、外に出ろ」
「で、でも、テリオン様は?」
「お前が逃げる時間を稼ぐ……わかったら行けッ!」
テリオンの鋭い声に、ミリアが駆け出した。
この場に残ったのは──二人。
「チッ……んな夜中に侵入して来やがってよぉ──覚悟ぉできてんだろうなぁ?」
「はっ……なかったら、ここにいねぇよ」
『第五級冒険者』、テリオン・フリオール。
『第二級冒険者』、アルバトス・ピリアナ。
冒険者としての格も、経験にも雲泥の差がある二人が──今、激突した。
──夜。
第八区画にある【欲深き狼】の支部にやって来たテリオンたちは──目の前の建物を見上げ、表情を引き締めた。
──デカい。
さすがは【Bランク冒険者組合】に匹敵する実力を持つ、物の売買をメインに活動している商業系【冒険者組合】。金は余るほど持っているのだろう。
「……テリオン。今からボクたちがするのは、人によっては間違いだと言われるかも知れない。他の【冒険者組合】に乗り込んで、拐われた奴隷を取り返す──言葉では美しく聞こえるが、実際にやる事は……ただの暴力だ」
「……ああ」
「もちろん、話し合いで済むのならそれが一番だけど──間違いなく、【冒険者組合】同士の戦闘になる。それでも……キミは戦うかい?」
柔らかな問い掛けに、テリオンは──力強く頷いた。
「当たり前だ」
「よし……ここからはボクが臨時で指揮を執るよ。ソフィアはここで待機だ。外の様子を、キミの目を通してリリアナに伝えてくれ」
「は~い」
「ボクが正面から突っ込んで暴れる。テリオンは……窓や裏口から【欲深き狼】の中に侵入して、フォクシー種の『獣人族』を探してくれ。戦闘は、できるだけ避けるように」
「おう!」
「基本的に、リリアナの【千里眼】を通して指示を出す。頼めるかな、リリアナ?」
『ん…………任せて……』
一通り指示を出し──ガルドルが、腰に下げていた刀を抜いた。
「それじゃあ──行くよ」
ガルドルが足に力を込め──脚力を爆発させる。
木製の扉を刀で斬り捨て、建物の奥へと消えて行った。
「よし……んじゃ、俺も行ってくる」
「……テリオンくん」
「ん?」
「無理はしないようにね~?」
「……おう! ──【制限だらけの英雄】っ!」
【制限だらけの英雄】を発動し──跳躍。
そのまま建物のバルコニーに飛び乗り──
「【守護の英雄】っ!」
拳を硬質化し──窓ガラスを殴る。
粉々に砕け散った窓ガラスを踏み締め──テリオンは【欲深き狼】の第八区画支部に侵入した。
「……うわ、広……」
部屋が多い。廊下が長い。
ここからあのフォクシー種の『獣人族』を探すとなると……何分掛かるかわからない。
──と、どこからかバタバタと騒がしい足音が聞こえ始めた。
慌てて近くの部屋の扉を開け──鍵が掛かっていなかった事に感謝し、部屋の中に入って扉を閉める。
『──襲撃だ! 奇妙な格好の『獣人族』が玄関にいるぞ!』
『『第三級冒険者』を集めろ!』
『店の奥にある商品部屋の鍵を閉めたか?!』
騒がしい声が、テリオンの隠れている部屋の前を通過し──足音が少しずつ小さくなっていく。
……行っただろうか。
ゆっくりと扉を開け──誰もいない事を確認し、部屋を出る。
「商品部屋……店の奥……」
『──テリオン……』
「リリアナ? どうした?」
『ガルドル、からの……伝言…………店の奥に、多分……テリオンが、探してる……『獣人族』が、いる……可能性が、高いって……』
「了解」
短い返事を返し、テリオンが店の奥を目指そうと──して、リリアナの声がテリオンを止めた。
『待って……』
「ん? なんだ?」
『……ガルドルが、言うには…………『獣人族』がいる、部屋を……『第二級冒険者』が、守ってるって……』
「……だから?」
『絶対に……無理は、しないで……』
「おう」
リリアナからの念波が終わった事を確認し、テリオンは勢いよく駆け出した。
────────────────────
「ふぅ──!」
「いっ──てぇええええっ?!」
「なんだおい、あの『獣人族』?! 『第三級冒険者』じゃ相手にならねぇぞ?!」
高速で駆け回るガルドルが、冒険者とすれ違う度に刀を振るい──その度に血が噴き出る。
「安心していいよ。致命傷じゃないから。『回復魔法』で治療すれば、傷痕も残らないよ」
「な、なんかヤバイ事言ってるぞ?!」
「『第二級冒険者』は?! アルバトスはどこに行った?!」
「商品部屋の見張りに行かせちまったよ! クソ、なんでこんな時に……!」
慌てる冒険者の声を聞きながら、ガルドルはリリアナに話し掛けた。
「リリアナ、テリオンに伝えてくれたかい?」
『ん…………今、その部屋に……向かってる……』
「そうか……」
迫る剣を躱し──剣を振るった男の顔面に、ガルドルが拳を放った。
鼻血を撒き散らしながら吹き飛ぶ男──と、奥にいる冒険者から、魔法の気配を感じた。
「──『ファイア・ボール』っ!」
「『ウィンド・カッター』!」
灼熱の炎球が、不可視の風刃が、ガルドルに向けて放たれる。
対するガルドルは──左目に付けていた眼帯を取った。
「使うか──【消魔の魔眼】」
ガルドルの左目が魔法を捉えた──瞬間、炎球と風刃が文字通り消えた。
──【消魔の魔眼】。
視界の中にある魔力を消す【技能】である。
魔法を使う相手には、絶対的な力を誇るが──魔力自体を消してしまうため、普段は眼帯で隠している。
というのも、洗濯機や冷蔵庫、水道などは魔力を使って動かしているので、ガルドルの魔眼が発動すると──動かなくなってしまうのだ。
「なっ……ま、魔法が……?!」
「ふっ!」
「がふっ?!」
鮮やかな蹴りが、近くにいた冒険者を吹き飛ばし──さらに距離を詰め、冒険者の腕や足を刀で斬りつける。
「く、くそ……! てめぇ、何者だ?!」
「うん? ボクかい?」
動きを止め、ガルドルが──普段の穏やかな様子からは考えられないような、邪悪な笑みを見せた。
「──ボクの名前は、ガルドル・ミラード。【冒険者組合 七つの大罪】所属の『第二級冒険者』さ」
「【七つの大罪】の、ガルドル・ミラード……って、まさか……?!」
「“武士”のガルドルか?!」
『第二級冒険者』、ガルドル・ミラード。
組合長と『冒険者機関』から与えられた二つ名は──“武士”。
組合長の提案で、この二つ名になったのだが──詳しい意味は知らされていない。
「一つ聞きたい。ここにフォクシー種の『獣人族』がいるはずだ。どこにいるか大人しく教えてくれないかな?」
「てめっ、どこでその情報を……!」
「囲め囲め! 数で攻めろ!」
騒がしい冒険者の姿に、ガルドルが刀を構えた。
「教えてくれないなら、しょうがないね。キミたちを動けないようにして、奥に進むよ──【獣心の解放】」
──ドッグンッッ!! ドッグンッッ!!
何かが脈打つような、大きな音。
音の出所が、ガルドルの体から出ている──そう認識した瞬間だった。
「ふ、ぅぅぅぅぅ……! あ、があっ……ッ!」
──ガルドルの腕が、灰色の体毛に覆われる。
指先から獣のような爪が生え、鋭い犬歯が鋭い牙へと変化。
両足も灰色の体毛に覆われ──半人半獣の歪な生物に変化したガルドルが、ギラギラと輝く灰瞳と魔眼で、冒険者の姿を捉えた。
「さて……戦ろうか」
口元を獰猛に歪ませるガルドルが、【欲深き狼】の冒険者に襲い掛かった。
────────────────────
【欲深き狼】第八区画支部──の地下。
「──ここか?!」
テリオンが乱暴に扉を開け──扉を開けっ放しにして次の扉に飛び付く。
「違う……ここじゃない!」
舌打ちしながら、額から流れ落ちる汗を拭う。
──広すぎる。
侵入してからずっと『獣人族』を探しているが──全く見つからない。
店の奥にある商品部屋──まだ奥にあるのだろうか。
「クソが……!」
ここら辺にはいないと判断したのか、テリオンが廊下を走り出した。
近くにある扉に手当たり次第に掴み──中に何もない事を確認して、次の扉を掴む。
──いない。いない!
時間が経てば経つほど、ガルドルの負担が大きくなる。それに、商品部屋から『獣人族』が移動させられるかも知れない。
焦るな、落ち着け。ガルドルなら大丈夫だ。
走り回って乱れた鼓動を落ち着かせようと、深呼吸しながら扉を開け──
「ん……?」
──開かない。鍵が掛かっている。
まさか、ここに──
「【制限だらけの英雄】っ!」
全身の筋力を底上げし──力任せに扉を開く。
ガゴッ! と鈍い音を立てながら扉が壊れ──その先に、檻があった。
「……ぁ……」
「見つけた……!」
檻の中に、フォクシー種の『獣人族』がいた。
「悪いな、遅くなった……大丈夫か?」
室内に足を踏み入れ、できるだけ優しい声で問い掛ける。
こくんと、少女が小さく頷いた。
「ちょっと待ってろ。今出してやるからな」
檻に近づき──テリオンが鉄格子を掴む。
そして──ギギギッと鉄格子が歪んだ。
少女が通れるほどの隙間を作り……ポカンとしている少女に、テリオンが安心させるように笑みを見せた。
「おいで。一緒にここから出よう」
檻の中の少女に向け、手を差し出す。
テリオンの顔と、差し出された手を交互に見て──恐る恐るといった様子で、テリオンの手に触れた。
「名前は?」
「……ミリア……ミリア=ゼル・ヴォルガノンです」
「ミリアか……とりあえず、ここから出よう」
「……はい」
「リリアナ。少女を見つけた。今から組合施設に連れて戻るぞ」
『ん…………了、解……ガルドルに、伝えるね……』
「頼んだ……よし、行こう」
少女の手を握り、部屋を出る。
さて──どこをどうやってここまで来たか、全く覚えていない。
とりあえず窓のある部屋を探して、外に飛び出るのが手っ取り早いかも知れない。
そのためにはまず、この地下から一階に行かなければ。
「……お……こっちだな」
地下から一階への階段を見つけ、少女のスピードに合わせてゆっくりと上がる。
「あの……」
「ん、どうした?」
「……あなたの、お名前は?」
「テリオンだ。テリオン・フリオール」
「テリオン、様……」
長い階段をひたすら上り──ようやく一階に着いた。
「よし、ここまで来れば──ッ?!」
近くの部屋にある窓から外に出ようと考えていたテリオンが──何かを感じたように、勢いよく廊下の奥に目を向けた。
「──あぁ? オイコラてめぇ、そこで何やってんだぁ?」
──暗い廊下から、男の声が聞こえた。
ディアボロやコキュートスという『第一級冒険者』には届かないが──それでも、『第二級冒険者』であるガルドルやリリアナに匹敵するような覇気。
「……誰だ、お前」
「オイオイオイ。オレらの組合施設に勝手に上がってんのぁてめぇだろぉ? あぁコラ、失礼なガキだなぁオイ」
暗闇から姿を現したのは──薄緑色の髪の男だ。
背中からは薄緑色のひし形の羽が四枚ほど生えており、腰には六本の短剣を下げている。
「“八つ裂き猫”のアルバトス……!」
「あぁ? んだてめぇ、オレの事ぉ知ってんのかぁ?」
六本の短剣を持つ『妖精族』──前に、どこかで聞いた覚えがあった。
アルバトス・ピリアナ──『冒険者機関』から与えられし二つ名を、“八つ裂き猫”。
モンスターだけでなく、冒険者にも手を出す事のある──問題冒険者だ。
「……ミリア。窓を探して、外に出ろ」
「で、でも、テリオン様は?」
「お前が逃げる時間を稼ぐ……わかったら行けッ!」
テリオンの鋭い声に、ミリアが駆け出した。
この場に残ったのは──二人。
「チッ……んな夜中に侵入して来やがってよぉ──覚悟ぉできてんだろうなぁ?」
「はっ……なかったら、ここにいねぇよ」
『第五級冒険者』、テリオン・フリオール。
『第二級冒険者』、アルバトス・ピリアナ。
冒険者としての格も、経験にも雲泥の差がある二人が──今、激突した。
コメント