【冒険者組合 七つの大罪】
1章4話
ジャーと水が流れ出る音を聞きながら、テリオンはボンヤリと食器を洗っていた。
テリオンは、【七つの大罪】の中では下っ端である。
基本的に、自分の事は自分でするのが【七つの大罪】のルールなのだが……洗濯物を干したり、食器を洗ったりするのは、下っ端のテリオンの仕事なのだ。
「……………」
──あの少女は、どうなったのだろうか。
先ほどから、その疑問が頭をぐるぐると巡っている。
なんであの『獣人族』は奴隷になった? 親に売られたのか? そもそも、どこの国からここまで来たのか?
考えてもわからないとため息を吐き、泡だらけになった食器を水で洗いながそうと──して。
「やあテリオン」
ポンと肩に手を置かれ、優しい声で名前を呼ばれた。
のっそりとした動きで振り返った先には──ワーウルフ種の『獣人族』がいた。
組合長の考案した着物や草履を身に付け、左腰に刀をぶら下げている。左目を黒い眼帯で隠しており、ガルドルを知らぬ者がその外見を見れば、かなり奇抜な格好に見えるだろう。
「ガルドル……なんだ、俺に何か用か?」
「いやいや。別に用事なんてないさ」
「じゃあ何しに来たんだ?」
「うーん……いつもの元気が無さそうだったから、かな」
穏やかな灰瞳を細め、口元に柔らかな笑みを浮かべる。
「……ガルドルは、その……奴隷について、どう思う?」
「奴隷かい? そうだね……特には何も思わないけどなぁ」
隣に並んで食器を洗い始めるガルドルが、無言でテリオンの言葉を待つ。
ディアボロやリリアナは性格に問題があるが──ガルドルは、【七つの大罪】の中で最も優しく、穏やかな青年。
この男になら、話しても良いか──そう思い、テリオンは昼間に見たフォクシー種の少女について話し始めた。
「昼間、奴隷の集団を見かけたんだ。多分、他国から連れて来られたんだろうな」
「他国から、この国に……? ふむ……よくわからないけど、続けて」
「ああ。その奴隷の中に……フォクシー種の『獣人族』がいたんだ」
「……なんだって?」
フォクシー種という言葉を聞いた瞬間、ガルドルが瞳を鋭く細めた。
いつものガルドルからは考えられない表情──困惑するテリオンを置いて、ガルドルが質問を重ねた。
「テリオン、そのフォクシー種の『獣人族』の外見は……金髪に、金色の瞳だったかい?」
「あ、ああ、そうだけど……知ってるのか?」
テリオンの問い掛けには答えず、ガルドルが無言で手元の皿を見下ろした。
数秒ほど、何かを考えるように瞳を閉じ──意を決したように、灰色の瞳をテリオンに向けた。
「……テリオンには、話しておこうかな」
「な、何を?」
「そのフォクシー種は……多分、『獣国 アーダンフィルト』の王族だ」
ガルドルの言葉に、テリオンは──硬直した。
王族? 『獣国』の?
「な、なんで王族ってわかるんだ?」
「ボク、生まれは『獣国 アーダンフィルト』なんだ。この国に来たのは、今から六年ほど前の事でね」
「六年前に……? なんで──」
「色々あったんだよ……色々、ね」
少しだけ、悲しそうに瞳を揺らすガルドル。
だがすぐに表情を戻し、平静を装った声で続けた。
「ボクの両親は王族側近の騎士でね。それで、王族の方と会う機会が多くあったんだ」
「……それって──」
「うん──ボクが出会った『獣国』の王族の方は、みんな金色のフォクシー種だった」
その言葉を聞き──テリオンは、再び疑問に囚われた。
王族なら……なんで奴隷に?
すっかり泡がなくなった食器を持ったまま、ガルドルの言葉を頭で何度も繰り返し──水が勢い良く噴出される音を聞いて、我に返った。
「まあ……何にせよ、無視しておく事はできないね」
思いきり蛇口をひねったガルドルが、底知れぬ覇気を瞳に宿す。
水を止め、近くのタオルで手を拭き、ガルドルが部屋を出て行こうと──して、テリオンが呼び止めた。
「ガルドル!」
「ん……どうしたんだい?」
「その……フォクシー種の奴隷を探すなら、俺も連れて行ってくれないか?」
テリオンは──昼間の出来事を後悔していた。
ソフィアの瞳の圧力に、屈してしまった。助けを求めていたフォクシー種の少女に、背を向けてしまった。
あの金色の瞳には──助けてくれという訴えがあったのに、それから目を逸らしてしまった。
英雄に憧れるテリオンにとって──その行為は、許されない。
だから──ガルドルが行くのなら、テリオンも行く。もう、あの瞳から目を逸らさない。
「うん……今夜はまだ大丈夫だし、一緒に探そうか」
「ほ、本当か?」
「皿洗いが終わったら行こう。組合長や他のみんなには、内緒だよ?」
ガルドルの言葉に頷き、テリオンは残った皿の処理を進めた。
────────────────────
「さて……それじゃあ、手分けして探そうか。ボクは今から第八区画から反時計回りに探す。テリオンは、この第一区画から時計回りに探してくれ」
「ああ!」
そう言うと、ガルドルは近くの屋根に飛び乗り、第八区画の方へと駆けて行った。
「よし……俺も──」
『テリオン……何、やってるの……?』
「──?!」
──リリアナの【千里眼】による念波。
そうだった。リリアナは知っている者の視界を共有する事ができるんだった。
「り、リリアナか……」
『……ん……? ……ん……ガルドルも、外に……出てるの……?』
ヤバイ。ガルドルが組合施設の外に出ている事もバレた。
「その……何て言うか……悪い、帰ってから説明する。だから、組合長には──」
『黙っておいて、あげる……』
「……悪い、ありがとう」
『ん……気を付けて……』
気を使ってくれる怠惰な先輩に感謝し、テリオンも夜の第一区画へ足を踏み入れた。
「……おお……」
テリオン・フリオールは、孤児院育ちだ。
こんな時間に外へ出た事がないため、今のテリオンには──この時間の全てが新鮮に見える。
近くの酒場から聞こえる喧騒や、男性を呼び込む娼婦の声。路地裏に消えて行く怪しい人物や、道の端から品定めするような視線を向けてくる者もいる。
「……うっし、んじゃ早速──!」
その場で膝を曲げ、屋根に目を向けた。
「【制限だらけの英雄】っ!」
テリオンの体を、ほんのりと輝く淡い光が包み込んだ。
それを認識した──瞬間、地面を蹴って上空に飛び上がる。
爆風の余波を地上に残し──屋根へと着地。
すぐに【制限だらけの英雄】を解除し、技能冷却時間に入る。
近くの屋根に飛び移り、勢いのまま夜の空を駆け回る。
──あの少女は、どこにいる?
それっぽい人間や建物を探すが……なかなか見つからない。
まあ、奴隷の売買は目立つような所ではしないか──そんな事を思いながら、屋根の上を走り回っていると。
「…………ん……?」
何やら、『水鱗族』の姿が見えた。
体にはボロボロの布切れを纏っており、お世辞にも綺麗とは言えない……が。
だが……あの『水鱗族』の顔、どこかで……?
深く考えなくても、すぐに思い出せた。
フォクシー種の『獣人族』を見かけた時、その近くにいた『水鱗族』だ。
「──ちょっといいですか?」
「うおっ?!」
『水鱗族』の男性の後ろに着地し、驚かせないように小さな声で問い掛ける。
だが、どうやら逆効果だったようだ。
突如背後に現れたテリオンの声に、男が驚愕したようにその場を飛び退いた。
「なっ……お前っ、どこから……?!」
「驚かせてごめんなさい。ちょっと聞きたい事があるんですけど、いいですか?」
両手を上げ、危害を加えるつもりはないと意思表示する。
その姿と、言葉と、テリオンの外見を見て警戒を解いたのか、男が肩の力を抜いてテリオンと向かい合った。
「……別に、構わないが……」
「ありがとうございます。では、早速質問なんですけれど──他の奴隷はどこにいますか?」
「っ?! お前、何を知って……?!」
「昼間、あなたの姿を見かけまして……その中にいた、フォクシー種の『獣人族』を探しているんです」
テリオンの言葉に男が眉を寄せ……話しても問題ないと判断したのか、その口を開いた。
「……第一区画と第二区画の間ある、『黒の出会い』っていう店。そこに連れて行くとか言ってたな」
「そうなんですか……聞いて良いかわからないのですけど、あなたは何故ここに?」
「もう売れたからさ……ああ、別に後悔はしてないぞ? 俺を買ってくれたのは優しい人だったからな」
ふっと小さく笑う『水鱗族』。
第一区画と第二区画の間──そこにある『黒の出会い』という店。
充分すぎる情報だ。
「貴重な情報をありがとうございました」
「ああ。じゃあな」
ヒラヒラと手を振ってその場を後にする男を見送り──再び【制限だらけの英雄】を発動し、屋根の上に飛び乗る。
「リリアナ」
『…………なに……?』
「悪いけど、ガルドルに念波で情報を伝えてくれないか?」
『……いい、けど…………何を、伝えるの……?』
「第一区画と第二区画の間にある『黒の出会い』、そこにいる可能性が高い──そう伝えてくれ」
『…………了、解……』
リリアナに伝言を頼み──屋根を蹴って、先を急いだ。
────────────────────
「──テリオンはどこだー?!」
【七つの大罪】の組合施設。
そこに──組合員を探す、若い組合長の姿があった。
「ん~? 組合長、どうしたの~?」
「テリオンがいないの。あの子の【技能】について、新たにわかった事があるから伝えようと思ってたんだけど」
「組合長。ガルドルの姿も見当たりません。どうなされますか?」
組合施設の中を一通り探したコキュートスが、ガルドルもいない事を組合長に伝える。
「うーん……コキュートスはリリアナを起こしに行って。ソフィアは私と一緒にテリオンたちを探そう」
「了解しました」
「は~い」
リリアナの部屋に向かうコキュートスに背を向け、組合長はソフィアと共にテリオンたちの捜索を再開する。
「……ね、組合長~」
「どうしたの?」
「テリオンくんの【技能】についてわかった事があるって言ってたけど、何がわかったの~?」
「んー……彼の【技能】は、どちらも強力な【技能】なんだけど……その強化の値は、思いによって左右されるんだと思う」
例えば【制限だらけの英雄】。
英雄への強い憧れ。強い願望。強い羨望。強い妬み。強い羨み。
英雄になりたいと強く思えば思うほど、テリオンの【制限だらけの英雄】は、能力強化値が上昇する。
例えば【守護の英雄】。
守りたいという思い。護りたいという思い。
誰かを守りたいと、誰かを護りたいと強く思えば思うほど、硬質化の強度は更に硬くなり、硬質化の範囲も広がる。
どちらの【技能】も、テリオンの思い次第で強力にもなるし──テリオンの思いが弱ければ、弱小【技能】に成り下がる。
「……彼なら、本当に──」
「英雄になれるかも、って思ってるの~?」
ソフィアの言葉に、組合長は口元に笑みを浮かべた。
「……ま、とりあえずテリオンたちを探さないとね」
「そうだね~」
テリオンは、【七つの大罪】の中では下っ端である。
基本的に、自分の事は自分でするのが【七つの大罪】のルールなのだが……洗濯物を干したり、食器を洗ったりするのは、下っ端のテリオンの仕事なのだ。
「……………」
──あの少女は、どうなったのだろうか。
先ほどから、その疑問が頭をぐるぐると巡っている。
なんであの『獣人族』は奴隷になった? 親に売られたのか? そもそも、どこの国からここまで来たのか?
考えてもわからないとため息を吐き、泡だらけになった食器を水で洗いながそうと──して。
「やあテリオン」
ポンと肩に手を置かれ、優しい声で名前を呼ばれた。
のっそりとした動きで振り返った先には──ワーウルフ種の『獣人族』がいた。
組合長の考案した着物や草履を身に付け、左腰に刀をぶら下げている。左目を黒い眼帯で隠しており、ガルドルを知らぬ者がその外見を見れば、かなり奇抜な格好に見えるだろう。
「ガルドル……なんだ、俺に何か用か?」
「いやいや。別に用事なんてないさ」
「じゃあ何しに来たんだ?」
「うーん……いつもの元気が無さそうだったから、かな」
穏やかな灰瞳を細め、口元に柔らかな笑みを浮かべる。
「……ガルドルは、その……奴隷について、どう思う?」
「奴隷かい? そうだね……特には何も思わないけどなぁ」
隣に並んで食器を洗い始めるガルドルが、無言でテリオンの言葉を待つ。
ディアボロやリリアナは性格に問題があるが──ガルドルは、【七つの大罪】の中で最も優しく、穏やかな青年。
この男になら、話しても良いか──そう思い、テリオンは昼間に見たフォクシー種の少女について話し始めた。
「昼間、奴隷の集団を見かけたんだ。多分、他国から連れて来られたんだろうな」
「他国から、この国に……? ふむ……よくわからないけど、続けて」
「ああ。その奴隷の中に……フォクシー種の『獣人族』がいたんだ」
「……なんだって?」
フォクシー種という言葉を聞いた瞬間、ガルドルが瞳を鋭く細めた。
いつものガルドルからは考えられない表情──困惑するテリオンを置いて、ガルドルが質問を重ねた。
「テリオン、そのフォクシー種の『獣人族』の外見は……金髪に、金色の瞳だったかい?」
「あ、ああ、そうだけど……知ってるのか?」
テリオンの問い掛けには答えず、ガルドルが無言で手元の皿を見下ろした。
数秒ほど、何かを考えるように瞳を閉じ──意を決したように、灰色の瞳をテリオンに向けた。
「……テリオンには、話しておこうかな」
「な、何を?」
「そのフォクシー種は……多分、『獣国 アーダンフィルト』の王族だ」
ガルドルの言葉に、テリオンは──硬直した。
王族? 『獣国』の?
「な、なんで王族ってわかるんだ?」
「ボク、生まれは『獣国 アーダンフィルト』なんだ。この国に来たのは、今から六年ほど前の事でね」
「六年前に……? なんで──」
「色々あったんだよ……色々、ね」
少しだけ、悲しそうに瞳を揺らすガルドル。
だがすぐに表情を戻し、平静を装った声で続けた。
「ボクの両親は王族側近の騎士でね。それで、王族の方と会う機会が多くあったんだ」
「……それって──」
「うん──ボクが出会った『獣国』の王族の方は、みんな金色のフォクシー種だった」
その言葉を聞き──テリオンは、再び疑問に囚われた。
王族なら……なんで奴隷に?
すっかり泡がなくなった食器を持ったまま、ガルドルの言葉を頭で何度も繰り返し──水が勢い良く噴出される音を聞いて、我に返った。
「まあ……何にせよ、無視しておく事はできないね」
思いきり蛇口をひねったガルドルが、底知れぬ覇気を瞳に宿す。
水を止め、近くのタオルで手を拭き、ガルドルが部屋を出て行こうと──して、テリオンが呼び止めた。
「ガルドル!」
「ん……どうしたんだい?」
「その……フォクシー種の奴隷を探すなら、俺も連れて行ってくれないか?」
テリオンは──昼間の出来事を後悔していた。
ソフィアの瞳の圧力に、屈してしまった。助けを求めていたフォクシー種の少女に、背を向けてしまった。
あの金色の瞳には──助けてくれという訴えがあったのに、それから目を逸らしてしまった。
英雄に憧れるテリオンにとって──その行為は、許されない。
だから──ガルドルが行くのなら、テリオンも行く。もう、あの瞳から目を逸らさない。
「うん……今夜はまだ大丈夫だし、一緒に探そうか」
「ほ、本当か?」
「皿洗いが終わったら行こう。組合長や他のみんなには、内緒だよ?」
ガルドルの言葉に頷き、テリオンは残った皿の処理を進めた。
────────────────────
「さて……それじゃあ、手分けして探そうか。ボクは今から第八区画から反時計回りに探す。テリオンは、この第一区画から時計回りに探してくれ」
「ああ!」
そう言うと、ガルドルは近くの屋根に飛び乗り、第八区画の方へと駆けて行った。
「よし……俺も──」
『テリオン……何、やってるの……?』
「──?!」
──リリアナの【千里眼】による念波。
そうだった。リリアナは知っている者の視界を共有する事ができるんだった。
「り、リリアナか……」
『……ん……? ……ん……ガルドルも、外に……出てるの……?』
ヤバイ。ガルドルが組合施設の外に出ている事もバレた。
「その……何て言うか……悪い、帰ってから説明する。だから、組合長には──」
『黙っておいて、あげる……』
「……悪い、ありがとう」
『ん……気を付けて……』
気を使ってくれる怠惰な先輩に感謝し、テリオンも夜の第一区画へ足を踏み入れた。
「……おお……」
テリオン・フリオールは、孤児院育ちだ。
こんな時間に外へ出た事がないため、今のテリオンには──この時間の全てが新鮮に見える。
近くの酒場から聞こえる喧騒や、男性を呼び込む娼婦の声。路地裏に消えて行く怪しい人物や、道の端から品定めするような視線を向けてくる者もいる。
「……うっし、んじゃ早速──!」
その場で膝を曲げ、屋根に目を向けた。
「【制限だらけの英雄】っ!」
テリオンの体を、ほんのりと輝く淡い光が包み込んだ。
それを認識した──瞬間、地面を蹴って上空に飛び上がる。
爆風の余波を地上に残し──屋根へと着地。
すぐに【制限だらけの英雄】を解除し、技能冷却時間に入る。
近くの屋根に飛び移り、勢いのまま夜の空を駆け回る。
──あの少女は、どこにいる?
それっぽい人間や建物を探すが……なかなか見つからない。
まあ、奴隷の売買は目立つような所ではしないか──そんな事を思いながら、屋根の上を走り回っていると。
「…………ん……?」
何やら、『水鱗族』の姿が見えた。
体にはボロボロの布切れを纏っており、お世辞にも綺麗とは言えない……が。
だが……あの『水鱗族』の顔、どこかで……?
深く考えなくても、すぐに思い出せた。
フォクシー種の『獣人族』を見かけた時、その近くにいた『水鱗族』だ。
「──ちょっといいですか?」
「うおっ?!」
『水鱗族』の男性の後ろに着地し、驚かせないように小さな声で問い掛ける。
だが、どうやら逆効果だったようだ。
突如背後に現れたテリオンの声に、男が驚愕したようにその場を飛び退いた。
「なっ……お前っ、どこから……?!」
「驚かせてごめんなさい。ちょっと聞きたい事があるんですけど、いいですか?」
両手を上げ、危害を加えるつもりはないと意思表示する。
その姿と、言葉と、テリオンの外見を見て警戒を解いたのか、男が肩の力を抜いてテリオンと向かい合った。
「……別に、構わないが……」
「ありがとうございます。では、早速質問なんですけれど──他の奴隷はどこにいますか?」
「っ?! お前、何を知って……?!」
「昼間、あなたの姿を見かけまして……その中にいた、フォクシー種の『獣人族』を探しているんです」
テリオンの言葉に男が眉を寄せ……話しても問題ないと判断したのか、その口を開いた。
「……第一区画と第二区画の間ある、『黒の出会い』っていう店。そこに連れて行くとか言ってたな」
「そうなんですか……聞いて良いかわからないのですけど、あなたは何故ここに?」
「もう売れたからさ……ああ、別に後悔はしてないぞ? 俺を買ってくれたのは優しい人だったからな」
ふっと小さく笑う『水鱗族』。
第一区画と第二区画の間──そこにある『黒の出会い』という店。
充分すぎる情報だ。
「貴重な情報をありがとうございました」
「ああ。じゃあな」
ヒラヒラと手を振ってその場を後にする男を見送り──再び【制限だらけの英雄】を発動し、屋根の上に飛び乗る。
「リリアナ」
『…………なに……?』
「悪いけど、ガルドルに念波で情報を伝えてくれないか?」
『……いい、けど…………何を、伝えるの……?』
「第一区画と第二区画の間にある『黒の出会い』、そこにいる可能性が高い──そう伝えてくれ」
『…………了、解……』
リリアナに伝言を頼み──屋根を蹴って、先を急いだ。
────────────────────
「──テリオンはどこだー?!」
【七つの大罪】の組合施設。
そこに──組合員を探す、若い組合長の姿があった。
「ん~? 組合長、どうしたの~?」
「テリオンがいないの。あの子の【技能】について、新たにわかった事があるから伝えようと思ってたんだけど」
「組合長。ガルドルの姿も見当たりません。どうなされますか?」
組合施設の中を一通り探したコキュートスが、ガルドルもいない事を組合長に伝える。
「うーん……コキュートスはリリアナを起こしに行って。ソフィアは私と一緒にテリオンたちを探そう」
「了解しました」
「は~い」
リリアナの部屋に向かうコキュートスに背を向け、組合長はソフィアと共にテリオンたちの捜索を再開する。
「……ね、組合長~」
「どうしたの?」
「テリオンくんの【技能】についてわかった事があるって言ってたけど、何がわかったの~?」
「んー……彼の【技能】は、どちらも強力な【技能】なんだけど……その強化の値は、思いによって左右されるんだと思う」
例えば【制限だらけの英雄】。
英雄への強い憧れ。強い願望。強い羨望。強い妬み。強い羨み。
英雄になりたいと強く思えば思うほど、テリオンの【制限だらけの英雄】は、能力強化値が上昇する。
例えば【守護の英雄】。
守りたいという思い。護りたいという思い。
誰かを守りたいと、誰かを護りたいと強く思えば思うほど、硬質化の強度は更に硬くなり、硬質化の範囲も広がる。
どちらの【技能】も、テリオンの思い次第で強力にもなるし──テリオンの思いが弱ければ、弱小【技能】に成り下がる。
「……彼なら、本当に──」
「英雄になれるかも、って思ってるの~?」
ソフィアの言葉に、組合長は口元に笑みを浮かべた。
「……ま、とりあえずテリオンたちを探さないとね」
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