【冒険者組合 七つの大罪】
1章3話
「ガァアアアアアアアアアッッ!!」
持っていた棍棒を振り上げ、振り下ろす。
たったそれだけの動作で──地面が割れ、砂ぼこりが舞い上がった。
絶対即死の一撃を放ったサイクロプスは──だが納得していないように単眼を細め、低く唸る。
砂ぼこりが晴れたそこに──獲物である白髪蒼瞳の少年はいなかった。
「──うらぁッ!」
素早くサイクロプスの懐に潜り込んだテリオンが、サイクロプスの太もも辺りに拳を放つ。
渾身の力を込めた拳撃は──鎧のような筋肉に弾かれ、攻撃を放ったはずの少年が痛みに絶叫を上げた。
「いっ──てぇえええええええッ?! なんだこれ、本当に皮膚かよッ?!」
「ルオッ、ガァアアアアアッッ!!」
「あああああっぶねぇえええええッ?!」
サイクロプスが足を持ち上げ、テリオンを踏み潰そうと地団駄を踏む。
カッコ悪く地面を転がってそれを避けるテリオンの姿は──間違っても英雄のようには見えない。
「何やってんの~? 生身の『人類族』が、ただの拳でダメージを与えられるわけないじゃ~ん。もっと頭使おうよ~」
いつの間に避難していたのか、遠くから見守るソフィアが、のらりくらりとした口調でバカにしたような言葉を飛ばす。
「チッ……なら使うか──【制限だらけの英雄】ッ!」
テリオンの体が淡い光に包まれ──異変を感じ取ったのか、サイクロプスが動きを止めてテリオンを正面から見据えた。
「はっ──はぁ!」
一跳躍でサイクロプスとの距離を詰め、拳を振りかぶる。
だが、相手は『第三級冒険者』すらも返り討ちにする事のあるサイクロプス。
テリオンの跳躍が見えているのか、迫るテリオンを叩き落とすように棍棒を振り下ろした。
しかし──テリオンのスピードは、それを上回った。
「ふんッ!」
「ガォッ──?!」
棍棒が振り下ろされるよりも早く距離を詰め、サイクロプスの頬に拳を入れる。
辺りに凄まじい衝撃音が響き、ぐらりと体勢を崩すが──ギョロッと、サイクロプスの単眼が、テリオンの姿を捉えた。
「オオッ──ゴギャァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」
「うおっ?!」
横薙ぎに棍棒を振るい──テリオンが咄嗟に両腕をXにして防御の体勢を取った。
次の瞬間──テリオンの体をサイクロプスの棍棒が撃ち抜いた。
空中に浮いていた体は簡単に吹き飛ばされ──勢い良く背中から木に激突し、肺の中の空気が強制的に絞り出される。
「がっ、は……! ク、ソがぁ──!」
激痛に支配される体を無理矢理起こし、もう一度サイクロプスに飛び掛かろうと顔を上げ──
目の前に、サイクロプスがいた。
「ヤバ──」
「ガァアアアアアアアアアアアッッ!!」
無防備な頭に向け、サイクロプスが棍棒を振り下ろした。
回避は絶対に不可能。防御も確実に間に合わない。
獲物を仕留めるための一撃が、少年の頭に激突した──瞬間。
──棍棒が、折れた。
「ォ、アア……?」
突然壊れた武器に、困惑するサイクロプス。
まるで武器が壊れる事がわかっていたかのように、少年がゆっくりと顔を上げた。
「──なんてな」
イタズラが成功した悪ガキのように笑う少年──その頭部が、ガチガチに硬質化している。
テリオンが有するもう一つの【技能】──その名も、【守護の英雄】。
自身の体をガチガチに硬め、硬質化させる【技能】である。
組合長が言うには、全身を硬質化させる事ができるらしいが……今のテリオンでは、体の一部を硬質化させるだけで精一杯。
だがそれでも、サイクロプスの一撃に耐え、逆にその武器を破壊するには充分だったようだ。
「オアッ、ガァアアアアアッッ!!」
ようやく我に返ったサイクロプスが、少年への攻撃を再開するが──遅い。
再び跳躍し──サイクロプスの顔前に現れる。
その際、頭部の硬質化を解き、拳を硬質化させるのを忘れない。
「 おッ──らぁああああああああッッ!!」
【守護の英雄】によって硬質化された拳が、【制限だらけの英雄】の力を以て放たれる。
ドズゥンッ! と重々しい衝撃音が森に響き──サイクロプスが、地面に倒れこんだ。
「はぁ──ッッ!!」
仰向けの状態のサイクロプス。その顔面に向かって再び拳を放つ。
硬質化された拳と地面に挟まれたサイクロプスは──その頭部を四散させた。
一拍遅れて打撃音が轟き、地面が蜘蛛の巣状にひび割れる。
「はぁっ、ああっ……!」
陥没したサイクロプスの顔面から拳を引き抜き、荒々しい呼吸を繰り返しながらサイクロプスを見下ろす。
──ピクリとも動かない。その単眼からは光が失われており、死んでいるのは明らかだ。
生死確認を終えたテリオンは、【技能】を解き──勝利の雄叫びを上げた。
「っしゃああああああああああッッ!!」
「お〜。まさか、本当に勝つなんてね〜」
空に向かって吼えるテリオンを見て、珍しくソフィアが驚いたような表情を見せる。
「……リリアナ~」
『ん…………テリオンの、視界を……通して、見てたよ……スゴいね、彼……本当に、すぐ…………『第三級冒険者』に、なるよ……』
【千里眼】で戦いを見ていた『第二級冒険者』も、テリオンの実力を見て多少は驚いているようだ。
これは、あたしが抜かされる日も近いかな~? そんな事を思いながら、ソフィアはテリオンの頭を撫でた。
「うおっ?! い、いきなりなんだよ?!」
「ん~? 頑張った後輩への~……ご褒美~?」
「んなご褒美いらねぇよ!」
憤慨したように叫ぶテリオンが、ソフィアの手を払い退けて来た道を引き返し始める。
オーガの死体を数秒見つめた後……本当にデタラメな【技能】を持っているなぁ、と苦笑混じりにため息を吐き、ソフィアも帰路を辿った。
────────────────────
「……?」
ヘヴァーナ王国の入口。 
冒険者である証の『冒険証』を見せ、ヘヴァーナ王国所属の冒険者だと示せば国に入れるのだ。
名刺サイズほどの『冒険証』を片手に、テリオンが門を越えようとするが──ピタリと足を止め、ある一点を見つめ始める。
「お~い、どうしたの〜?」
「あ、いやっ、えっと……」
テリオンの視線を辿ると──何やら少し離れた所に、ボロボロの布切れを身に纏った集団がいた。
その種族は、かなりバラバラだ。
『人類族』がいれば、『水鱗族』だっている。
誰かが歩く度に、ジャラジャラという金属音が聞こえた。
……全員の手足に、鎖やら手錠が付けている。
「……奴隷、だね〜」
「奴隷……」
ヘヴァーナ王国では、奴隷制度というのを認めている。
というのも、身売りをしないと生きていけないほど貧しい人々が少なからずいるのだ。
だから……あそこにいる人たちは、自分の意志で奴隷になった。
正義感の強いテリオンは、無理矢理自分を納得させ……視線を外してヘヴァーナ王国に入ろうと──して。
『獣人族』の少女と、目があった。
……目が、合ってしまった。
「ぁ……」
金髪に金瞳。頭部にはキツネのような耳が生えており、臀部からぶら下がっている太い金色の尻尾がゆらゆら揺れている。
『獣人族』。それも、フォクシー種だ。
フォクシー種は個体数が少なく、滅多に見られないと聞いていたのだが……こんな所で会えるなんて珍しい──ソフィアの表情から、そんな考えが読み取れる。
だが……テリオンは、少女のある部分に視線が釘付けになっていた。
──瞳に、覚悟が宿っていない。
他の奴隷は、それぞれ瞳に覚悟が宿っていた。まあ、自分で身売りしたのだから当然だろう。
だが、あのフォクシー種の少女だけ、その瞳を不安に揺らしていた。
私は望んでここにいるわけじゃない。奴隷になんてなりたくない。誰か助けて──瞳がそう言っているような気がして、テリオンは無意識の内に奴隷の列に歩みを進め──
グイッと、襟元を引っ張られた。
「ちょっと、何やってんの〜?」
「あ……いや……」
乱暴にテリオンを引き寄せたソフィアが、黄金の瞳を細めて咎めるように見つめてくる。
──余計な面倒事には関わるな。
言外にそう伝えてくるソフィアの姿に、テリオンは何も言えずに俯いた。
「ほら、行くよ〜?」
「……ああ」
何かを期待するように視線を向けてくるフォクシー種の少女に背を向け、テリオンはソフィアと共に【七つの大罪】の組合施設へ向かった。
────────────────────
「おっ、お帰り! 森の様子はどうだった?」
「多分、他の場所から迷い込んだサイクロプスが原因だと思うよ〜。あ、サイクロプスはテリオンくんがしっかり討伐したから、とりあえずは様子見かな〜」
「おお! やるねぇテリオン! まさか冒険者になって一ヶ月でサイクロプスを討伐するなんて!」
──【七つの大罪】の組合施設。
いつもの会議室に、組合長のサクラ・キリュウインがいた。
「……うん? テリオン、どうかしたの?」
「ぁ……いや、何でもない」
いつもなら自分の成果を声高に話すテリオンが、何やら大人しい。
不思議そうに首を傾げる組合長。そんな空気を感じたのか、ソフィアが明るい声で話題を変えた。
「そう言えば組合長っ、あたしの二つ名はどうなったの〜?」
「ああそうだったね。『冒険者機関』と私が考えた結果、ソフィアの二つ名は──“淫魔”になったよ!」
何やら盛り上がる組合長とソフィア──と、組合長の隣の席に座っていたジャンヌが立ち上がった。
ぺたぺたと裸足で歩き、テリオンとすれ違う──時に、クイッと顎で扉を指す。
──外に来い。
何とも人間らしい仕草をするモンスターに続き、テリオンは部屋を出て──
「何かあったんですの?」
会議室から離れながら、ジャンヌが丁寧な言葉遣いで問いかける。
「……ジャンヌは、奴隷についてどう思う?」
「奴隷ですの? そうですわね……生き抜くための手段の一つ、としか思っていませんわ」
「……もし、自分の意志で奴隷になったわけじゃない人がいたら、どう思う?」
「……ワタクシには、難しいですわね……まだ人の心というのを完全に理解したわけではないですので……」
ジャンヌは、組合長に調教されたスライムだ。
外見、話し方、表情、どれも人間のように見えるのだが……実際には、モンスターなのだ。
だから、ジャンヌには心というのがわからない。
悩むような仕草を見せる少女に、まあそうなるよなとテリオンは苦笑した。
「やっぱり何でもない。忘れてくれ」
「……組合長には、黙っておきますわよ?」
「そうしてくれると助かる」
モンスターの心遣いに感謝し、テリオンは自室に向かった。
──その後、夕食の時間まで人前に姿を現す事はなかった。
持っていた棍棒を振り上げ、振り下ろす。
たったそれだけの動作で──地面が割れ、砂ぼこりが舞い上がった。
絶対即死の一撃を放ったサイクロプスは──だが納得していないように単眼を細め、低く唸る。
砂ぼこりが晴れたそこに──獲物である白髪蒼瞳の少年はいなかった。
「──うらぁッ!」
素早くサイクロプスの懐に潜り込んだテリオンが、サイクロプスの太もも辺りに拳を放つ。
渾身の力を込めた拳撃は──鎧のような筋肉に弾かれ、攻撃を放ったはずの少年が痛みに絶叫を上げた。
「いっ──てぇえええええええッ?! なんだこれ、本当に皮膚かよッ?!」
「ルオッ、ガァアアアアアッッ!!」
「あああああっぶねぇえええええッ?!」
サイクロプスが足を持ち上げ、テリオンを踏み潰そうと地団駄を踏む。
カッコ悪く地面を転がってそれを避けるテリオンの姿は──間違っても英雄のようには見えない。
「何やってんの~? 生身の『人類族』が、ただの拳でダメージを与えられるわけないじゃ~ん。もっと頭使おうよ~」
いつの間に避難していたのか、遠くから見守るソフィアが、のらりくらりとした口調でバカにしたような言葉を飛ばす。
「チッ……なら使うか──【制限だらけの英雄】ッ!」
テリオンの体が淡い光に包まれ──異変を感じ取ったのか、サイクロプスが動きを止めてテリオンを正面から見据えた。
「はっ──はぁ!」
一跳躍でサイクロプスとの距離を詰め、拳を振りかぶる。
だが、相手は『第三級冒険者』すらも返り討ちにする事のあるサイクロプス。
テリオンの跳躍が見えているのか、迫るテリオンを叩き落とすように棍棒を振り下ろした。
しかし──テリオンのスピードは、それを上回った。
「ふんッ!」
「ガォッ──?!」
棍棒が振り下ろされるよりも早く距離を詰め、サイクロプスの頬に拳を入れる。
辺りに凄まじい衝撃音が響き、ぐらりと体勢を崩すが──ギョロッと、サイクロプスの単眼が、テリオンの姿を捉えた。
「オオッ──ゴギャァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」
「うおっ?!」
横薙ぎに棍棒を振るい──テリオンが咄嗟に両腕をXにして防御の体勢を取った。
次の瞬間──テリオンの体をサイクロプスの棍棒が撃ち抜いた。
空中に浮いていた体は簡単に吹き飛ばされ──勢い良く背中から木に激突し、肺の中の空気が強制的に絞り出される。
「がっ、は……! ク、ソがぁ──!」
激痛に支配される体を無理矢理起こし、もう一度サイクロプスに飛び掛かろうと顔を上げ──
目の前に、サイクロプスがいた。
「ヤバ──」
「ガァアアアアアアアアアアアッッ!!」
無防備な頭に向け、サイクロプスが棍棒を振り下ろした。
回避は絶対に不可能。防御も確実に間に合わない。
獲物を仕留めるための一撃が、少年の頭に激突した──瞬間。
──棍棒が、折れた。
「ォ、アア……?」
突然壊れた武器に、困惑するサイクロプス。
まるで武器が壊れる事がわかっていたかのように、少年がゆっくりと顔を上げた。
「──なんてな」
イタズラが成功した悪ガキのように笑う少年──その頭部が、ガチガチに硬質化している。
テリオンが有するもう一つの【技能】──その名も、【守護の英雄】。
自身の体をガチガチに硬め、硬質化させる【技能】である。
組合長が言うには、全身を硬質化させる事ができるらしいが……今のテリオンでは、体の一部を硬質化させるだけで精一杯。
だがそれでも、サイクロプスの一撃に耐え、逆にその武器を破壊するには充分だったようだ。
「オアッ、ガァアアアアアッッ!!」
ようやく我に返ったサイクロプスが、少年への攻撃を再開するが──遅い。
再び跳躍し──サイクロプスの顔前に現れる。
その際、頭部の硬質化を解き、拳を硬質化させるのを忘れない。
「 おッ──らぁああああああああッッ!!」
【守護の英雄】によって硬質化された拳が、【制限だらけの英雄】の力を以て放たれる。
ドズゥンッ! と重々しい衝撃音が森に響き──サイクロプスが、地面に倒れこんだ。
「はぁ──ッッ!!」
仰向けの状態のサイクロプス。その顔面に向かって再び拳を放つ。
硬質化された拳と地面に挟まれたサイクロプスは──その頭部を四散させた。
一拍遅れて打撃音が轟き、地面が蜘蛛の巣状にひび割れる。
「はぁっ、ああっ……!」
陥没したサイクロプスの顔面から拳を引き抜き、荒々しい呼吸を繰り返しながらサイクロプスを見下ろす。
──ピクリとも動かない。その単眼からは光が失われており、死んでいるのは明らかだ。
生死確認を終えたテリオンは、【技能】を解き──勝利の雄叫びを上げた。
「っしゃああああああああああッッ!!」
「お〜。まさか、本当に勝つなんてね〜」
空に向かって吼えるテリオンを見て、珍しくソフィアが驚いたような表情を見せる。
「……リリアナ~」
『ん…………テリオンの、視界を……通して、見てたよ……スゴいね、彼……本当に、すぐ…………『第三級冒険者』に、なるよ……』
【千里眼】で戦いを見ていた『第二級冒険者』も、テリオンの実力を見て多少は驚いているようだ。
これは、あたしが抜かされる日も近いかな~? そんな事を思いながら、ソフィアはテリオンの頭を撫でた。
「うおっ?! い、いきなりなんだよ?!」
「ん~? 頑張った後輩への~……ご褒美~?」
「んなご褒美いらねぇよ!」
憤慨したように叫ぶテリオンが、ソフィアの手を払い退けて来た道を引き返し始める。
オーガの死体を数秒見つめた後……本当にデタラメな【技能】を持っているなぁ、と苦笑混じりにため息を吐き、ソフィアも帰路を辿った。
────────────────────
「……?」
ヘヴァーナ王国の入口。 
冒険者である証の『冒険証』を見せ、ヘヴァーナ王国所属の冒険者だと示せば国に入れるのだ。
名刺サイズほどの『冒険証』を片手に、テリオンが門を越えようとするが──ピタリと足を止め、ある一点を見つめ始める。
「お~い、どうしたの〜?」
「あ、いやっ、えっと……」
テリオンの視線を辿ると──何やら少し離れた所に、ボロボロの布切れを身に纏った集団がいた。
その種族は、かなりバラバラだ。
『人類族』がいれば、『水鱗族』だっている。
誰かが歩く度に、ジャラジャラという金属音が聞こえた。
……全員の手足に、鎖やら手錠が付けている。
「……奴隷、だね〜」
「奴隷……」
ヘヴァーナ王国では、奴隷制度というのを認めている。
というのも、身売りをしないと生きていけないほど貧しい人々が少なからずいるのだ。
だから……あそこにいる人たちは、自分の意志で奴隷になった。
正義感の強いテリオンは、無理矢理自分を納得させ……視線を外してヘヴァーナ王国に入ろうと──して。
『獣人族』の少女と、目があった。
……目が、合ってしまった。
「ぁ……」
金髪に金瞳。頭部にはキツネのような耳が生えており、臀部からぶら下がっている太い金色の尻尾がゆらゆら揺れている。
『獣人族』。それも、フォクシー種だ。
フォクシー種は個体数が少なく、滅多に見られないと聞いていたのだが……こんな所で会えるなんて珍しい──ソフィアの表情から、そんな考えが読み取れる。
だが……テリオンは、少女のある部分に視線が釘付けになっていた。
──瞳に、覚悟が宿っていない。
他の奴隷は、それぞれ瞳に覚悟が宿っていた。まあ、自分で身売りしたのだから当然だろう。
だが、あのフォクシー種の少女だけ、その瞳を不安に揺らしていた。
私は望んでここにいるわけじゃない。奴隷になんてなりたくない。誰か助けて──瞳がそう言っているような気がして、テリオンは無意識の内に奴隷の列に歩みを進め──
グイッと、襟元を引っ張られた。
「ちょっと、何やってんの〜?」
「あ……いや……」
乱暴にテリオンを引き寄せたソフィアが、黄金の瞳を細めて咎めるように見つめてくる。
──余計な面倒事には関わるな。
言外にそう伝えてくるソフィアの姿に、テリオンは何も言えずに俯いた。
「ほら、行くよ〜?」
「……ああ」
何かを期待するように視線を向けてくるフォクシー種の少女に背を向け、テリオンはソフィアと共に【七つの大罪】の組合施設へ向かった。
────────────────────
「おっ、お帰り! 森の様子はどうだった?」
「多分、他の場所から迷い込んだサイクロプスが原因だと思うよ〜。あ、サイクロプスはテリオンくんがしっかり討伐したから、とりあえずは様子見かな〜」
「おお! やるねぇテリオン! まさか冒険者になって一ヶ月でサイクロプスを討伐するなんて!」
──【七つの大罪】の組合施設。
いつもの会議室に、組合長のサクラ・キリュウインがいた。
「……うん? テリオン、どうかしたの?」
「ぁ……いや、何でもない」
いつもなら自分の成果を声高に話すテリオンが、何やら大人しい。
不思議そうに首を傾げる組合長。そんな空気を感じたのか、ソフィアが明るい声で話題を変えた。
「そう言えば組合長っ、あたしの二つ名はどうなったの〜?」
「ああそうだったね。『冒険者機関』と私が考えた結果、ソフィアの二つ名は──“淫魔”になったよ!」
何やら盛り上がる組合長とソフィア──と、組合長の隣の席に座っていたジャンヌが立ち上がった。
ぺたぺたと裸足で歩き、テリオンとすれ違う──時に、クイッと顎で扉を指す。
──外に来い。
何とも人間らしい仕草をするモンスターに続き、テリオンは部屋を出て──
「何かあったんですの?」
会議室から離れながら、ジャンヌが丁寧な言葉遣いで問いかける。
「……ジャンヌは、奴隷についてどう思う?」
「奴隷ですの? そうですわね……生き抜くための手段の一つ、としか思っていませんわ」
「……もし、自分の意志で奴隷になったわけじゃない人がいたら、どう思う?」
「……ワタクシには、難しいですわね……まだ人の心というのを完全に理解したわけではないですので……」
ジャンヌは、組合長に調教されたスライムだ。
外見、話し方、表情、どれも人間のように見えるのだが……実際には、モンスターなのだ。
だから、ジャンヌには心というのがわからない。
悩むような仕草を見せる少女に、まあそうなるよなとテリオンは苦笑した。
「やっぱり何でもない。忘れてくれ」
「……組合長には、黙っておきますわよ?」
「そうしてくれると助かる」
モンスターの心遣いに感謝し、テリオンは自室に向かった。
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