俺の描く理想のヒロイン像は少なくともお前じゃない
Ⅶ. “あの人”と理由
「なぁ、紫陽花坂。気付いてるか?」
俺は半歩ほど間隔をあけて隣を歩く紫陽花坂にポツリと問いかける。
「なにを?」
紫陽花坂はこちらを一瞥し、再び視線を前に戻して淡白な返事をする。
「いや、お前は分からなくて当然なんだけどさ。その…なんて言えばいいかな。周囲からの視線というか殺気というか殺意というか…」
分かりきってたことだ。B組に謎の美少女が転校してきたという噂は瞬く間に広まったらしいからな。
俺だって本当なら嬉しいはずなんだ。綺麗な女子と肩を並べて歩けるなんて最高だと思えるはずなんだ。
でも、なんでか相手が紫陽花坂だと不思議とそんな気持ちにはなれない。別に嫌ってわけじゃないんだけど、そういう気持ちで彼女と歩いてはいけない気がした。
「殺されるのなら私の見えないところでやられてね」
「それって___」
俺がひどい目にあってるところなんて見るに耐えない、そういうことなのか?!
「汚れるのは嫌だから」
ですよねー。
「で、まずはどこに案内してくれるのかしら?」
「んー、ひとまず離れた場所にある施設から見て、だんだんこっちに戻ってくる感じでどう?」
「特に異論はないわ。具体的にはどの施設から行くの?」
「そーだなー、1番離れてるのは多分プールかな」
「…」
その無言の返事を俺は受け取り遠方のプールを目指し歩いた。
そこからはもう流れ作業みたいなもんだ。各教室、施設を巡りながら元の場所に戻ってくればいい。
プール、体育館、柔道場、弓道場、トレーニングムール、音楽室、図書室、学食。そんなところだ。
「ご感想は?」
玄関口で靴を取り出しながら俺は紫陽花坂に聞く。
「外観以上に大きいのね」
「そーかもな。俺も初めは迷わないか心配だったよ」
俺は入学当時の自分のことを思い出して苦笑した。
「…それじゃあ帰りましょうか」
「えっ?それって、一緒に?」
唐突な彼女の言葉に俺は動揺を隠せず聞く。
「そうだけど、なに?」
「いや、別にお前がいいならいいんだけど」
そう言って俺たちは白い光と夏の香りが混じり合い、漂う方へと足を踏み出す。
校門までの道を歩いていると、道沿いにあるテニスコートの方から軽快なパコーンパコーンという何かを打つ音が聞こえてきた。
テニス部か…。そういえば、部活まだ何入るか決めてないな。テニスはラケットとか高そうだしな〜。あっ、あいつは…。
奥のコートで息を切らせながら周りの選手とは明らかに違う動きで女子生徒とあの男の人…あれはコーチか何かかな?とにかく、その2人が一進一退の白熱したラリーをしている。
周囲のラリーとは2テンポも3テンポも速い打ち合い。
打球音もパコーンパコーンというよりスパンッスパンッとった擬音の方が正しいだろう。
ボールの軌道もほとんど地面と並行、かと思いきや急降下してコート内に落ちる。
そのコーチの相手の女子生徒には見覚えがあった。A組の美術委員で一緒の奴だ。たしか名前は…天叢だっけか?
特徴的な紅葉の様な鮮やかな色の髪をハーフアップで後ろに束ね、茶色の大きな瞳は鋭くボールと相手を睨みつけている。
「何をぼーっとしているの?」
紫陽花坂が茫然と立ち尽くした俺の顔を覗き込んで言った。
「うわっ!な、なんだよ?!」
「それはこっちのセリフ。あなた、テニス部なの?」
「いや、違うけど…。ただ、見知った顔の奴の知らない表情って割と驚くというか、気になるというか」
俺の視線は依然として天叢の方に向いている。紫陽花坂もその視線を追う様にして天叢の方を向く。
「凄いわね」
その言葉と口調は全く噛み合ってはいなかったが、少なくとも嫌味には聞こえなかった。
「なんでも、今年の夏期の団体戦に出場する唯一の1年生なんだってさ。うちクラスの奴が騒いでたのを聞いたことがある」
「唯一の?」
「3年生の引退試合でもあるらしくてな。それで、団体戦メンバーに空きがあったから2年生よりも実力のある天叢をってことになったらしい」
こうやってプレーを見るとやっぱ凄いな。選ばれるのも納得だ。
「まぁ俺には関係ないけどな」
そう言って俺は止まった足を再び始動させた。
紫陽花坂も俺と並走する様に歩き始める。
徐々に校庭から離れていく。しかし、テニスボールの音がまだ耳奥で反響して離れない。
帰り道。俺たちは途中まで同じ道を行くということが分かり、そこまでは一緒に帰ることになった。
少し歩いたところで俺はずっと気になっていたことを聞いた。
「なぁ、紫陽花坂。ずっと気になってたんだが…」
「?」
彼女は歩みを止めず俺を一瞥する。
俺は彼女からの静かな返事を受け取り口を開く。
「紫陽花坂。どうして俺にそんな構うんだ?別に関わるなっていう意図がある訳じゃなくて、ただ、純粋に疑問で」
今思えば不思議な話だ。
初対面同士のはずの男女が出逢って3日でなんで二人っきりで帰ってるんだ?
なんで彼女は俺に学校案内を頼んだ?別に俺じゃなくても他にいただろ?わざわざ異性の俺に頼むって…まさか____。
「勘違いしないでほしいのだけれど、私は別にあなたに一目惚れをした訳でもなければ、異性として気になっている訳でもないわ」
ですよね〜。
ツンデレ系キャラが言いそうなセリフ。だが、それを防弾ガラス系キャラが言うとデレ要素が消失し、ガラスの破片の様に尖ったツンのみの言葉へと変貌してしまうのか。学習しました。心のノートにメモっとこ。
「そんなのは分かりきってたことだろ?」
「えぇ、そうね。________ただ、確かめたかったの。あの人の子供がどんな人か」
「あ、あの人?」
意外な返答に俺は思わずオウム返しで聞く。
「初めは怖かった。もし、あの人がそのまま子供になった様だったらって。…でも、違った。本当に驚くほど真反対だった」
彼女はどこか虚ろな表情で語る。
「すまん、どういうことだ?」
空気読めない発言なのは重々承知だが、聞かずにはいられなかった。
「そうね、しっかり説明しないといけないわね。少し長くなるから、あそこに座りましょうか」
長い話になるということで、丁度よく差し掛かった小さな公園のブランコをベンチ代わりにして俺たちは話し合うことにした。
少しの間、俺たちは寂れた公園を眺めていた。
ブランコの他には滑り台と小さな砂場。あとはゴミで溢れかえったゴミ箱。薄汚れた公衆便所。肝心の意気衝天とした子供はどこにも見当たらない。
巳魂町は超少子化なのか?
居るのはブランコに座った辛気臭い顔をした高校生2人。まったく我ながら酷い絵面だな。思わず苦笑いが溢れる。
「私の今の母、つまりは義母、紫陽花坂 啓音…」
彼女は緊張しているのか深く深呼吸をする。
「でも、以前は違う姓だったらしいわ。露葉奈 啓音」
「………は?」
今、なんて?つゆはな?“つゆはな”って露葉奈?それって____
「それが私の義母の名前。そして……あなたの、お母さんの名前」
どういうことだよ、それ。
俺は半歩ほど間隔をあけて隣を歩く紫陽花坂にポツリと問いかける。
「なにを?」
紫陽花坂はこちらを一瞥し、再び視線を前に戻して淡白な返事をする。
「いや、お前は分からなくて当然なんだけどさ。その…なんて言えばいいかな。周囲からの視線というか殺気というか殺意というか…」
分かりきってたことだ。B組に謎の美少女が転校してきたという噂は瞬く間に広まったらしいからな。
俺だって本当なら嬉しいはずなんだ。綺麗な女子と肩を並べて歩けるなんて最高だと思えるはずなんだ。
でも、なんでか相手が紫陽花坂だと不思議とそんな気持ちにはなれない。別に嫌ってわけじゃないんだけど、そういう気持ちで彼女と歩いてはいけない気がした。
「殺されるのなら私の見えないところでやられてね」
「それって___」
俺がひどい目にあってるところなんて見るに耐えない、そういうことなのか?!
「汚れるのは嫌だから」
ですよねー。
「で、まずはどこに案内してくれるのかしら?」
「んー、ひとまず離れた場所にある施設から見て、だんだんこっちに戻ってくる感じでどう?」
「特に異論はないわ。具体的にはどの施設から行くの?」
「そーだなー、1番離れてるのは多分プールかな」
「…」
その無言の返事を俺は受け取り遠方のプールを目指し歩いた。
そこからはもう流れ作業みたいなもんだ。各教室、施設を巡りながら元の場所に戻ってくればいい。
プール、体育館、柔道場、弓道場、トレーニングムール、音楽室、図書室、学食。そんなところだ。
「ご感想は?」
玄関口で靴を取り出しながら俺は紫陽花坂に聞く。
「外観以上に大きいのね」
「そーかもな。俺も初めは迷わないか心配だったよ」
俺は入学当時の自分のことを思い出して苦笑した。
「…それじゃあ帰りましょうか」
「えっ?それって、一緒に?」
唐突な彼女の言葉に俺は動揺を隠せず聞く。
「そうだけど、なに?」
「いや、別にお前がいいならいいんだけど」
そう言って俺たちは白い光と夏の香りが混じり合い、漂う方へと足を踏み出す。
校門までの道を歩いていると、道沿いにあるテニスコートの方から軽快なパコーンパコーンという何かを打つ音が聞こえてきた。
テニス部か…。そういえば、部活まだ何入るか決めてないな。テニスはラケットとか高そうだしな〜。あっ、あいつは…。
奥のコートで息を切らせながら周りの選手とは明らかに違う動きで女子生徒とあの男の人…あれはコーチか何かかな?とにかく、その2人が一進一退の白熱したラリーをしている。
周囲のラリーとは2テンポも3テンポも速い打ち合い。
打球音もパコーンパコーンというよりスパンッスパンッとった擬音の方が正しいだろう。
ボールの軌道もほとんど地面と並行、かと思いきや急降下してコート内に落ちる。
そのコーチの相手の女子生徒には見覚えがあった。A組の美術委員で一緒の奴だ。たしか名前は…天叢だっけか?
特徴的な紅葉の様な鮮やかな色の髪をハーフアップで後ろに束ね、茶色の大きな瞳は鋭くボールと相手を睨みつけている。
「何をぼーっとしているの?」
紫陽花坂が茫然と立ち尽くした俺の顔を覗き込んで言った。
「うわっ!な、なんだよ?!」
「それはこっちのセリフ。あなた、テニス部なの?」
「いや、違うけど…。ただ、見知った顔の奴の知らない表情って割と驚くというか、気になるというか」
俺の視線は依然として天叢の方に向いている。紫陽花坂もその視線を追う様にして天叢の方を向く。
「凄いわね」
その言葉と口調は全く噛み合ってはいなかったが、少なくとも嫌味には聞こえなかった。
「なんでも、今年の夏期の団体戦に出場する唯一の1年生なんだってさ。うちクラスの奴が騒いでたのを聞いたことがある」
「唯一の?」
「3年生の引退試合でもあるらしくてな。それで、団体戦メンバーに空きがあったから2年生よりも実力のある天叢をってことになったらしい」
こうやってプレーを見るとやっぱ凄いな。選ばれるのも納得だ。
「まぁ俺には関係ないけどな」
そう言って俺は止まった足を再び始動させた。
紫陽花坂も俺と並走する様に歩き始める。
徐々に校庭から離れていく。しかし、テニスボールの音がまだ耳奥で反響して離れない。
帰り道。俺たちは途中まで同じ道を行くということが分かり、そこまでは一緒に帰ることになった。
少し歩いたところで俺はずっと気になっていたことを聞いた。
「なぁ、紫陽花坂。ずっと気になってたんだが…」
「?」
彼女は歩みを止めず俺を一瞥する。
俺は彼女からの静かな返事を受け取り口を開く。
「紫陽花坂。どうして俺にそんな構うんだ?別に関わるなっていう意図がある訳じゃなくて、ただ、純粋に疑問で」
今思えば不思議な話だ。
初対面同士のはずの男女が出逢って3日でなんで二人っきりで帰ってるんだ?
なんで彼女は俺に学校案内を頼んだ?別に俺じゃなくても他にいただろ?わざわざ異性の俺に頼むって…まさか____。
「勘違いしないでほしいのだけれど、私は別にあなたに一目惚れをした訳でもなければ、異性として気になっている訳でもないわ」
ですよね〜。
ツンデレ系キャラが言いそうなセリフ。だが、それを防弾ガラス系キャラが言うとデレ要素が消失し、ガラスの破片の様に尖ったツンのみの言葉へと変貌してしまうのか。学習しました。心のノートにメモっとこ。
「そんなのは分かりきってたことだろ?」
「えぇ、そうね。________ただ、確かめたかったの。あの人の子供がどんな人か」
「あ、あの人?」
意外な返答に俺は思わずオウム返しで聞く。
「初めは怖かった。もし、あの人がそのまま子供になった様だったらって。…でも、違った。本当に驚くほど真反対だった」
彼女はどこか虚ろな表情で語る。
「すまん、どういうことだ?」
空気読めない発言なのは重々承知だが、聞かずにはいられなかった。
「そうね、しっかり説明しないといけないわね。少し長くなるから、あそこに座りましょうか」
長い話になるということで、丁度よく差し掛かった小さな公園のブランコをベンチ代わりにして俺たちは話し合うことにした。
少しの間、俺たちは寂れた公園を眺めていた。
ブランコの他には滑り台と小さな砂場。あとはゴミで溢れかえったゴミ箱。薄汚れた公衆便所。肝心の意気衝天とした子供はどこにも見当たらない。
巳魂町は超少子化なのか?
居るのはブランコに座った辛気臭い顔をした高校生2人。まったく我ながら酷い絵面だな。思わず苦笑いが溢れる。
「私の今の母、つまりは義母、紫陽花坂 啓音…」
彼女は緊張しているのか深く深呼吸をする。
「でも、以前は違う姓だったらしいわ。露葉奈 啓音」
「………は?」
今、なんて?つゆはな?“つゆはな”って露葉奈?それって____
「それが私の義母の名前。そして……あなたの、お母さんの名前」
どういうことだよ、それ。
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