乙女ゲームの村人に転生した俺だけど悪役令嬢を救いたい
命の対価
「敵の数はどのくらいだ」
『に、二百二十人でちゅ!』
『あるじぃ逃げようぜ、さすがに無理だよ』
  あまりの敵の数に精霊たちも怯え出す。ビィティは二体の精霊を抱きしめる。
「すまないな。でも、逃げるわけにはいかないんだ。今逃げたらクラリスが捕まってしまうんだ」
『損な性分だよな、あるじぃ』
そう言うベルリの言葉にビィティは損な性分じゃなくて愛する人の為だよと心の中で格好つけて口許をにやけさせる。
「そうだなせっかくだから、もう少し格好つけるか。クリン俺を浮かせて剣の上に乗せてくれるか」
『あいでちゅ』
剣の上に乗ったビィティは盗賊のマントを羽織り、マントを風になびかせ腕を組む。
『ひゅ~、あるじぃかっこいい!』
『でちゅ!』
「せやろ? 最後くらい格好つけて死にたいからな。ごめんなベルリ、クリン。でもお前達がいてくれたお陰でなかなか楽しめたよ」
『何度も謝るなよ。それに、あるじぃが死ぬ分けないだろ』
『でちゅ、生き残るでちゅ』
「そうだなヴィックスとも王都で会う約束してるしな」
もし生き残れて王都に行けたらヴィックスに王都での遊び方を聞きながら遊ぶのも面白そうだなと一瞬現実逃避をしてしまい、我に返ると野盗達が目の前に迫っていた。
野盗達がビィティの手前30m程の所で止まる。剣が地面に突き刺さっていて、その上に子供が乗っていることで何かの罠かもしれないと判断したようだ。
デブで横幅の広い赤鼻の男が斧をブンブン振り回しビィティを威嚇する。
そいつは前に出て来ると腹を抱えて笑う。
「ヒャヒャヒャ、なんだこの剣は通せんぼのつもりか? 遊びてぇなら家に帰ってからやりな」
痩せっぽっちの男が短剣を舌舐めずりして、それをビィティに向ける。
「ガキを解体するのは久しぶりだぁ、エレクトしそうだぜギャハハ!」
二人とも威嚇はしてくるがその場からは動かず、こちらの様子をうかがうだけだ。この時点でこの二人は口だけのハッタリだとビィティは看破した。
「ニヤケ面とはずいぶん余裕じゃないかい坊や、それとも気でも狂ったのかい」
赤髪を後ろで編み込んだ右目をアイパッチで隠した女がこのピンチでニヤケ面をするビィティに興味を持つ。
「好きな女の子のために男の子が出来るんだぜ、笑うしかないだろ?」
ブロードソードを抜き、くるりと回し肩に乗せるとビィティはアイパッチの女を睨みつける。
「フハハハ、面白いことを言うねぇ。まさかこの数を止められる気じゃあるまいに」
「いや、止めさせてもらうよ。この線から入ったら五体満足ではいられないと思ってくれ」
ビィティがそう言うと地面に線が一本入る。クリンが風の刃で傷をつけたのだ。
それを見て赤毛の女は喜ぶ。
「ハハハ、精霊使いかい。イイネ、イイネ、ますます良いよあんた」
赤毛の女がアイパッチを取ると金色の目が光り背中から炎が渦巻くと火の精霊が現れた。
「あたいの名はマリア。テッドスコルピオン首領火災旋風のマリアとはあたいのことさ。精霊の名前は火焔蛇、王級さ」
『あるじぃヤベェよあいつの精霊、とんでもない力を感じる』
「う~ん、久々に精霊戦が楽しめると思ったのにあんたの精霊はフェイクかい」
そう言うとマリアはいつのまにか抜いた剣をクルクル回し剣に炎を纏わせる。
ビィティはフェイクと言う言葉に不快感を覚え叫ぶ。
「こいつらは俺だ大事な仲間だフェイクなんかじゃねぇ!」
「プハハハ、そうう意味じゃないんだがね。まあ、それなら少しは私を楽しませな」
マリアが手を振ると背後の精霊から炎の鞭が出現しビィティを襲う。
ビィティの指令が間に合わない。
マリアの精霊は心の声で命令を受けている。村人のビィティには到底できない芸当をする
マリアが攻撃を出した時点でビィティにそれを避ける術はないのだ。
だが以外にもベルリの水の壁が火の鞭を防ぐ。しかし力の違いからか一瞬で水の壁は蒸発する。
弱点属性だろうがフェイクの精霊ではマリアの王級精霊には遠く及ばないのである。
「ほう、やるね」
「ベルリ守ってくれたのか?」
『あるじの命令待ってたら、あるじが死んじゃうからなクリンも自分で動け!』
『……わかったでちゅ』
普段は絶対にベルリとしゃべらないクリンが自分のために我慢してくれてることにビィティは嬉しさが込み上げてくる。
『死ねでちゅ!』
クリンの風の刃が火焔蛇を襲う。だがクリンの攻撃が火焔蛇に当たると炎の鞭の火力が増すだけだった。
「だめだクリン風で火の精霊を攻撃するな!」
『どうちてでちゅ』
「相克だ、クリンの攻撃はあいつに効かないサポートに徹してくれ」
『……あいでちゅ』
風は火と相性が悪くダメージを与えられないばかりか相手に力を与えるのだ。
火焔蛇の弱点属性であるベルリの攻撃は相手に効果は無く、ビィティの最大攻撃力であるクリンの風は相手に力を与えてしまうのだ。
手詰まりだ、ビィティの額から汗がポタリと落ちる。まさか敵に本物の精霊使いがいるとは思っていなかったのだ。
だけどだからと言ってビィティは逃げることはしない一分一秒でも時間を稼ぐために。
「興ざめだね、あんたまさか属性の相克も知らないのかい?」
「ただの作戦ミスだ。安心しろ、お前を倒す方法は思い付いた」
その言葉を聞いたマリアの顔には笑みが浮かぶ。彼女は根っからの戦闘狂なのだ。
『ご主人ちゃま、役に立てなくてごめんなさいでちゅ』
「気にするなそれよりやって欲しいことがあるんだ――」
ビィティは起死回生のアイデアをベルリとクリンに伝える。
『おうまかせとけ!』
『がんばるでちゅ!』
ビィティはアイテムバッグから金貨を数枚握るとマリアめがけ投げつけた。
その金貨はベルリの水でコーティングされクリンの風で加速され、それはすでに弾丸と言っていい力があった。
協力しない二体がビィティを助けるためにはじめて協力した技だ。
超加速され、水でコーティングされた金貨は火では溶かせない。仮に溶かせたとしても溶けた金属の高温が身体を襲う。金貨の沸点は二千七百度一瞬で蒸発させるにはさらに高熱が必要だ。そんな高熱が精霊に出せるわけがない、どちらにしろマリアには逃げ道はないのだ。
そうビィティは考えたのだ。
だが、その考えは甘かった。
一瞬だった。マリアの右腕の至る部位からジェットエンジンのような火が吹くと、剣が超高速で金貨をすべて叩き落とした。
「そんな……」
「あたしに火炎加速を使わせた奴は久しぶりだね。良いアイデアだったけど、あたしは剣術も極めてるのさ」
火炎加速ジェットエンジンのように高温の精霊を圧縮して排出することにより動きを超加速させることが出来る技だ。
もちろんそれを制御するためには人間を越える反射神経が必要でもあるのだが、マリアの金色の精霊眼がそれを可能とさせた。
マリアは打ち落とした金貨を拾い、首をかしげる。
「あんたこれバルムント金貨じゃないか。どこで手に入れたんだい」
「……拾ったんだ」
「これ一枚で普通の金貨の10倍の価値があるんだよ。それを武器にするなんて豪気だね」
マリアが落とした金貨を剣で差し一枚一枚数える。
「全部で24枚、普通の金貨換算で240枚の金貨だ。あんたの命の値段には十分だね。見逃してやる、どこへでも行きな」
それはマリアの子供は殺さないと言う自分に定めたルールのお陰だった。この機を逃したらビィティは助からない。だがビィティは首を横に振る。
「俺が逃げたらあの娘のことを追いかけるんだろ、だから俺は逃げない!」
「子供は殺す気はないんだけどね」
「見てわからねぇのか! 俺は漢だ! 好きな女のために体張ってんだよ!」
「プハハハ、あんた、あのワガママお嬢様が好きなのかい。それも平民のあんたが?」
「悪いか!」
「あんた騙されてるんだよ。あのお嬢様はそんな良いもんじゃない。子供のあんたに言っても分からないだろうけどね」
「クラリスは良い娘だよ。俺は信じてる」
ビィティの目には揺るがない信念が宿る。それを見たマリアは額を数度掻くとビィティに謝罪をする。
「そうかい、いや、悪いことしたね漢を笑っちまった許しておくれよ」
「ふん、構わないさ良い時間稼ぎにはなってる」
「私の次の一撃であんたを殺す。あんたの漢みせてみな!」
マリアが剣を水平に構えるとの背中から大量のジェットエンジンのスラスターが噴射する。だがマリアはビィティに飛びかからず足で推力を押し止める。
更にジェットエンジンのスラスターの炎が延びる。あまりの暑さに野盗は後方に逃げ出す。
「逝きな”紅ノ閃光”」
マリアの体が赤く光り一瞬で間合いがつまる。尋常じゃないスピードとパワーの塊がビィティに向かって来る。
村人には避けられない。避けるすべがない。
マリアがビィティに切りかかるその瞬間”ジュワッ”と言う音と共に湯気が立ち上ぼり目の前に剣が現れる。
それはクリンの風で剣を浮かしベルリの水で剣を黙視できなくした罠だった。
動けないことが勝利の鍵だった。
村人だからこその策だった。
現れた剣で腹部を刺されたマリアは足を滑らせ前のめりに倒れる。
だがマリアの突進する威力は死んでおらずビィティはその直撃を受けてタックルをくらって吹き飛び、何度も地面に打ち付けられては跳ねを繰り返しゴロゴロと転がる。
普通の村人ならこれだけで十分死ねる威力があった。
だがビィティは死んでいない。辛うじて生き残ることが出来た、しかし、マリアの紅ノ閃光の威力はすさまじく、身体中のあらゆる骨が折れて、腕や足はあらぬ方向を向き筋肉が切断されている部位もあった。
ビィティは村人+5なのだ。だからなんとか死なずに耐えられた。
それでもビィティは立ち上がる、剣を支えにしてクラリスを守るために。その身を削って。
「その線に入ったらただじゃおかない!」
線より内側にいるマリアを助けようと駆け寄る野盗をビィティは残りの剣を浮かせて牽制する。
野盗達は13歳の子供から立ち上る気迫に気圧されジリジリと後退りする。
「ハハハ、うちの連中は情けないね」
腹部を刺されて倒れていたマリアがひょいッと腕一本で地面を叩きバク転して立ち上がる。
腹部の剣を抜くとビィティの方へ投げ捨てた。剣の半分以上が溶けて蒸発していた。
刺さっていた刀身はほんの数センチで内臓を痛めるほどではなく、傷跡は焼かれたように焦げており血は一滴も流れなかった。
「金属を蒸発させられるのかよ」
  ビィティの言葉にマリアは笑みで答える。
腹部に剣を刺されたのにマリアはまるで何事もなかったかのようにピンピンしている。
それに引き換えビィティは満身創痍。二匹の精霊も先程の一撃に巻き込まれすでに飛ぶ力もない。
すべての力を剣を浮かすことだけに向けているのだ。
精霊も使えず完全に村人Aとなったビィティに勝ち目はない。
マリアが一歩一歩ビィティに近づく。ビィティは動かない体で剣を前に出す。ヨロヨロとスピードのない剣はマリアの体に当たっても傷一つ付けられなかった。
「良い男だねあんた。お持ち帰りしたいところだけどやめておくよ、言うこと聞かなそうだしね」
マリアはビィティの頬を撫でて額にキスをする。
「引くよ、お前立ち!」
「良いんですかいお頭、クラリスが王妃になったら国は滅びますぜ」
「命を懸けて女を守った、この子、いやこの漢に免じて今回は見逃してやるよ。まあ、今後も変わらなきゃ暗殺すれば良いだけさ。それに、これだけの金貨をもらっちゃ殺すわけにもいかないだろ」
「ちがいねぇや」
「「「「ギャハハハ」」」」
盗賊の男達はビィティが投げた金貨を拾い小躍りしている。
「お前らネコババするんじゃないよ!」
「命が惜しくない奴ぁいませんぜ」
男達は拾ったすべての金貨をマリアに手渡す。枚数を確かめちゃんとあるのを確認すると5枚の金貨を男達に投げる。
「これでハメ外してきな」
「へへへ、さすが姉御、分かってらっしゃる」
男達は金貨を各小隊毎に分け、もらった金貨を噛んだり光にかざしたりしていた。
「お、お前達は、なんなんだ……」
ビィティは息も絶え絶えに戦う気の無くなったマリアに問う。
「私達かい? 私たちは正義のレジスタンスさ。ただし悪徳商人や悪徳貴族からはタンマリもらってるから政府からしたらただの盗賊扱いだけどね」
「レジスタンス……」
レジスタンスがクラリスを付け狙ったのは第一王子の婚約者だからか、評判の悪いワガママなクラリスが王妃になったら国が滅ぶ。だから今のうち殺しておこうとしたのだ。
ビィティは思う。今のクラリスなら悪役令嬢にはならずヒロインともうまくやっていくだろうと。
だがビィティは忘れていた。そもそもクラリスはヒロインに嫌がらせをしていないと言うことを。
「じゃあね、また会うときまでに更に良い男になってたら、あんたの童貞もらってやるよ」
「また姉御の悪い癖が出たぜ」
「ギャハハハ」
人が遠のく音が聞こえる。意識が朦朧としているビィティにはもう何が起こっているのかわからない。馬の蹄の音だけがマリアたちが遠くへ走り去っていくことを教えてくれた。ビィティは剣を支えに立ったまま意識を失った。
―第1章 完―
『に、二百二十人でちゅ!』
『あるじぃ逃げようぜ、さすがに無理だよ』
  あまりの敵の数に精霊たちも怯え出す。ビィティは二体の精霊を抱きしめる。
「すまないな。でも、逃げるわけにはいかないんだ。今逃げたらクラリスが捕まってしまうんだ」
『損な性分だよな、あるじぃ』
そう言うベルリの言葉にビィティは損な性分じゃなくて愛する人の為だよと心の中で格好つけて口許をにやけさせる。
「そうだなせっかくだから、もう少し格好つけるか。クリン俺を浮かせて剣の上に乗せてくれるか」
『あいでちゅ』
剣の上に乗ったビィティは盗賊のマントを羽織り、マントを風になびかせ腕を組む。
『ひゅ~、あるじぃかっこいい!』
『でちゅ!』
「せやろ? 最後くらい格好つけて死にたいからな。ごめんなベルリ、クリン。でもお前達がいてくれたお陰でなかなか楽しめたよ」
『何度も謝るなよ。それに、あるじぃが死ぬ分けないだろ』
『でちゅ、生き残るでちゅ』
「そうだなヴィックスとも王都で会う約束してるしな」
もし生き残れて王都に行けたらヴィックスに王都での遊び方を聞きながら遊ぶのも面白そうだなと一瞬現実逃避をしてしまい、我に返ると野盗達が目の前に迫っていた。
野盗達がビィティの手前30m程の所で止まる。剣が地面に突き刺さっていて、その上に子供が乗っていることで何かの罠かもしれないと判断したようだ。
デブで横幅の広い赤鼻の男が斧をブンブン振り回しビィティを威嚇する。
そいつは前に出て来ると腹を抱えて笑う。
「ヒャヒャヒャ、なんだこの剣は通せんぼのつもりか? 遊びてぇなら家に帰ってからやりな」
痩せっぽっちの男が短剣を舌舐めずりして、それをビィティに向ける。
「ガキを解体するのは久しぶりだぁ、エレクトしそうだぜギャハハ!」
二人とも威嚇はしてくるがその場からは動かず、こちらの様子をうかがうだけだ。この時点でこの二人は口だけのハッタリだとビィティは看破した。
「ニヤケ面とはずいぶん余裕じゃないかい坊や、それとも気でも狂ったのかい」
赤髪を後ろで編み込んだ右目をアイパッチで隠した女がこのピンチでニヤケ面をするビィティに興味を持つ。
「好きな女の子のために男の子が出来るんだぜ、笑うしかないだろ?」
ブロードソードを抜き、くるりと回し肩に乗せるとビィティはアイパッチの女を睨みつける。
「フハハハ、面白いことを言うねぇ。まさかこの数を止められる気じゃあるまいに」
「いや、止めさせてもらうよ。この線から入ったら五体満足ではいられないと思ってくれ」
ビィティがそう言うと地面に線が一本入る。クリンが風の刃で傷をつけたのだ。
それを見て赤毛の女は喜ぶ。
「ハハハ、精霊使いかい。イイネ、イイネ、ますます良いよあんた」
赤毛の女がアイパッチを取ると金色の目が光り背中から炎が渦巻くと火の精霊が現れた。
「あたいの名はマリア。テッドスコルピオン首領火災旋風のマリアとはあたいのことさ。精霊の名前は火焔蛇、王級さ」
『あるじぃヤベェよあいつの精霊、とんでもない力を感じる』
「う~ん、久々に精霊戦が楽しめると思ったのにあんたの精霊はフェイクかい」
そう言うとマリアはいつのまにか抜いた剣をクルクル回し剣に炎を纏わせる。
ビィティはフェイクと言う言葉に不快感を覚え叫ぶ。
「こいつらは俺だ大事な仲間だフェイクなんかじゃねぇ!」
「プハハハ、そうう意味じゃないんだがね。まあ、それなら少しは私を楽しませな」
マリアが手を振ると背後の精霊から炎の鞭が出現しビィティを襲う。
ビィティの指令が間に合わない。
マリアの精霊は心の声で命令を受けている。村人のビィティには到底できない芸当をする
マリアが攻撃を出した時点でビィティにそれを避ける術はないのだ。
だが以外にもベルリの水の壁が火の鞭を防ぐ。しかし力の違いからか一瞬で水の壁は蒸発する。
弱点属性だろうがフェイクの精霊ではマリアの王級精霊には遠く及ばないのである。
「ほう、やるね」
「ベルリ守ってくれたのか?」
『あるじの命令待ってたら、あるじが死んじゃうからなクリンも自分で動け!』
『……わかったでちゅ』
普段は絶対にベルリとしゃべらないクリンが自分のために我慢してくれてることにビィティは嬉しさが込み上げてくる。
『死ねでちゅ!』
クリンの風の刃が火焔蛇を襲う。だがクリンの攻撃が火焔蛇に当たると炎の鞭の火力が増すだけだった。
「だめだクリン風で火の精霊を攻撃するな!」
『どうちてでちゅ』
「相克だ、クリンの攻撃はあいつに効かないサポートに徹してくれ」
『……あいでちゅ』
風は火と相性が悪くダメージを与えられないばかりか相手に力を与えるのだ。
火焔蛇の弱点属性であるベルリの攻撃は相手に効果は無く、ビィティの最大攻撃力であるクリンの風は相手に力を与えてしまうのだ。
手詰まりだ、ビィティの額から汗がポタリと落ちる。まさか敵に本物の精霊使いがいるとは思っていなかったのだ。
だけどだからと言ってビィティは逃げることはしない一分一秒でも時間を稼ぐために。
「興ざめだね、あんたまさか属性の相克も知らないのかい?」
「ただの作戦ミスだ。安心しろ、お前を倒す方法は思い付いた」
その言葉を聞いたマリアの顔には笑みが浮かぶ。彼女は根っからの戦闘狂なのだ。
『ご主人ちゃま、役に立てなくてごめんなさいでちゅ』
「気にするなそれよりやって欲しいことがあるんだ――」
ビィティは起死回生のアイデアをベルリとクリンに伝える。
『おうまかせとけ!』
『がんばるでちゅ!』
ビィティはアイテムバッグから金貨を数枚握るとマリアめがけ投げつけた。
その金貨はベルリの水でコーティングされクリンの風で加速され、それはすでに弾丸と言っていい力があった。
協力しない二体がビィティを助けるためにはじめて協力した技だ。
超加速され、水でコーティングされた金貨は火では溶かせない。仮に溶かせたとしても溶けた金属の高温が身体を襲う。金貨の沸点は二千七百度一瞬で蒸発させるにはさらに高熱が必要だ。そんな高熱が精霊に出せるわけがない、どちらにしろマリアには逃げ道はないのだ。
そうビィティは考えたのだ。
だが、その考えは甘かった。
一瞬だった。マリアの右腕の至る部位からジェットエンジンのような火が吹くと、剣が超高速で金貨をすべて叩き落とした。
「そんな……」
「あたしに火炎加速を使わせた奴は久しぶりだね。良いアイデアだったけど、あたしは剣術も極めてるのさ」
火炎加速ジェットエンジンのように高温の精霊を圧縮して排出することにより動きを超加速させることが出来る技だ。
もちろんそれを制御するためには人間を越える反射神経が必要でもあるのだが、マリアの金色の精霊眼がそれを可能とさせた。
マリアは打ち落とした金貨を拾い、首をかしげる。
「あんたこれバルムント金貨じゃないか。どこで手に入れたんだい」
「……拾ったんだ」
「これ一枚で普通の金貨の10倍の価値があるんだよ。それを武器にするなんて豪気だね」
マリアが落とした金貨を剣で差し一枚一枚数える。
「全部で24枚、普通の金貨換算で240枚の金貨だ。あんたの命の値段には十分だね。見逃してやる、どこへでも行きな」
それはマリアの子供は殺さないと言う自分に定めたルールのお陰だった。この機を逃したらビィティは助からない。だがビィティは首を横に振る。
「俺が逃げたらあの娘のことを追いかけるんだろ、だから俺は逃げない!」
「子供は殺す気はないんだけどね」
「見てわからねぇのか! 俺は漢だ! 好きな女のために体張ってんだよ!」
「プハハハ、あんた、あのワガママお嬢様が好きなのかい。それも平民のあんたが?」
「悪いか!」
「あんた騙されてるんだよ。あのお嬢様はそんな良いもんじゃない。子供のあんたに言っても分からないだろうけどね」
「クラリスは良い娘だよ。俺は信じてる」
ビィティの目には揺るがない信念が宿る。それを見たマリアは額を数度掻くとビィティに謝罪をする。
「そうかい、いや、悪いことしたね漢を笑っちまった許しておくれよ」
「ふん、構わないさ良い時間稼ぎにはなってる」
「私の次の一撃であんたを殺す。あんたの漢みせてみな!」
マリアが剣を水平に構えるとの背中から大量のジェットエンジンのスラスターが噴射する。だがマリアはビィティに飛びかからず足で推力を押し止める。
更にジェットエンジンのスラスターの炎が延びる。あまりの暑さに野盗は後方に逃げ出す。
「逝きな”紅ノ閃光”」
マリアの体が赤く光り一瞬で間合いがつまる。尋常じゃないスピードとパワーの塊がビィティに向かって来る。
村人には避けられない。避けるすべがない。
マリアがビィティに切りかかるその瞬間”ジュワッ”と言う音と共に湯気が立ち上ぼり目の前に剣が現れる。
それはクリンの風で剣を浮かしベルリの水で剣を黙視できなくした罠だった。
動けないことが勝利の鍵だった。
村人だからこその策だった。
現れた剣で腹部を刺されたマリアは足を滑らせ前のめりに倒れる。
だがマリアの突進する威力は死んでおらずビィティはその直撃を受けてタックルをくらって吹き飛び、何度も地面に打ち付けられては跳ねを繰り返しゴロゴロと転がる。
普通の村人ならこれだけで十分死ねる威力があった。
だがビィティは死んでいない。辛うじて生き残ることが出来た、しかし、マリアの紅ノ閃光の威力はすさまじく、身体中のあらゆる骨が折れて、腕や足はあらぬ方向を向き筋肉が切断されている部位もあった。
ビィティは村人+5なのだ。だからなんとか死なずに耐えられた。
それでもビィティは立ち上がる、剣を支えにしてクラリスを守るために。その身を削って。
「その線に入ったらただじゃおかない!」
線より内側にいるマリアを助けようと駆け寄る野盗をビィティは残りの剣を浮かせて牽制する。
野盗達は13歳の子供から立ち上る気迫に気圧されジリジリと後退りする。
「ハハハ、うちの連中は情けないね」
腹部を刺されて倒れていたマリアがひょいッと腕一本で地面を叩きバク転して立ち上がる。
腹部の剣を抜くとビィティの方へ投げ捨てた。剣の半分以上が溶けて蒸発していた。
刺さっていた刀身はほんの数センチで内臓を痛めるほどではなく、傷跡は焼かれたように焦げており血は一滴も流れなかった。
「金属を蒸発させられるのかよ」
  ビィティの言葉にマリアは笑みで答える。
腹部に剣を刺されたのにマリアはまるで何事もなかったかのようにピンピンしている。
それに引き換えビィティは満身創痍。二匹の精霊も先程の一撃に巻き込まれすでに飛ぶ力もない。
すべての力を剣を浮かすことだけに向けているのだ。
精霊も使えず完全に村人Aとなったビィティに勝ち目はない。
マリアが一歩一歩ビィティに近づく。ビィティは動かない体で剣を前に出す。ヨロヨロとスピードのない剣はマリアの体に当たっても傷一つ付けられなかった。
「良い男だねあんた。お持ち帰りしたいところだけどやめておくよ、言うこと聞かなそうだしね」
マリアはビィティの頬を撫でて額にキスをする。
「引くよ、お前立ち!」
「良いんですかいお頭、クラリスが王妃になったら国は滅びますぜ」
「命を懸けて女を守った、この子、いやこの漢に免じて今回は見逃してやるよ。まあ、今後も変わらなきゃ暗殺すれば良いだけさ。それに、これだけの金貨をもらっちゃ殺すわけにもいかないだろ」
「ちがいねぇや」
「「「「ギャハハハ」」」」
盗賊の男達はビィティが投げた金貨を拾い小躍りしている。
「お前らネコババするんじゃないよ!」
「命が惜しくない奴ぁいませんぜ」
男達は拾ったすべての金貨をマリアに手渡す。枚数を確かめちゃんとあるのを確認すると5枚の金貨を男達に投げる。
「これでハメ外してきな」
「へへへ、さすが姉御、分かってらっしゃる」
男達は金貨を各小隊毎に分け、もらった金貨を噛んだり光にかざしたりしていた。
「お、お前達は、なんなんだ……」
ビィティは息も絶え絶えに戦う気の無くなったマリアに問う。
「私達かい? 私たちは正義のレジスタンスさ。ただし悪徳商人や悪徳貴族からはタンマリもらってるから政府からしたらただの盗賊扱いだけどね」
「レジスタンス……」
レジスタンスがクラリスを付け狙ったのは第一王子の婚約者だからか、評判の悪いワガママなクラリスが王妃になったら国が滅ぶ。だから今のうち殺しておこうとしたのだ。
ビィティは思う。今のクラリスなら悪役令嬢にはならずヒロインともうまくやっていくだろうと。
だがビィティは忘れていた。そもそもクラリスはヒロインに嫌がらせをしていないと言うことを。
「じゃあね、また会うときまでに更に良い男になってたら、あんたの童貞もらってやるよ」
「また姉御の悪い癖が出たぜ」
「ギャハハハ」
人が遠のく音が聞こえる。意識が朦朧としているビィティにはもう何が起こっているのかわからない。馬の蹄の音だけがマリアたちが遠くへ走り去っていくことを教えてくれた。ビィティは剣を支えに立ったまま意識を失った。
―第1章 完―
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