クラスごと異世界転移して好きな女の子と一緒に別行動していたら、魔王に遭遇したんですけど...

がいとう

1話 タピオカミルクティー

 風舞






 エルフの里での世界樹にまつわるあれやこれやを済ませてからソレイドに戻って来た晩の事。
 白い世界でフレンダさんと別れて眠りについた後、ふと目を覚ますといつぞやの時の様にフレンダさんの体の中に入っていた。
 フレンダさんと魂を繋ぐ事で一時的にフレンダさんのステータスの一部を借りる事ができるソウルコネクトの影響で、互いの記憶が相手に入り込むかも知れないとフレンダさんが言っていたが、どうやらこのタイミングで来たらしい。


 今回は以前フレンダさんの記憶を追体験した時よりも目線の位置が低い気みたいだ。
 おそらフレンダさんがかなり若い日の記憶なのだろう。


 そんな事を考えながら周囲の状況を確認するために視覚情報に意識を向けると、正面に座っていた金髪の女性と目が合った。
 その女性は右目を黒い眼帯で覆い、もう片方の目は赤く、耳は尖っている。
 おそらく吸血鬼の女性なのだろう。


 …ってあれ?
 この女の人の膝の上で撫でられているのローズじゃん。
 つい最近高校生ぐらいまで成長したローズを見たが、その状態のローズが物凄く嫌そうな顔をしながら眼帯の吸血鬼の女性に撫でられている。


 そんな2人の様子を確認しつつ今度はフレンダさんの体の感覚に意識を向けてみると、フレンダさんは畳の上の座布団の上で正座をしている事に気がついた。
 フレンダさん達がいるこの部屋は薄暗く、眼帯の女性は煙管キセルを持って着物を肩まではだけさせながら着ているため、まるで花魁のボスの部屋みたいだ。


 そう思いつつ、鼻をくすぐる香の匂いと眼帯の女性の豊満なおっぱいを見て楽しんでいると、その女性が煙管を一吸いしてから口を開いた。




「そろそろ時間だね。それじゃあ始めるとしようか」
「叔母様。先程から気になっていたのですが、今日の授業を遅らせた理由を教えてはくださいませんか?」




 叔母様!?
 フレンダさんの叔母様って事はローズがロリコン恐怖症になった原因の人だろ?
 へぇ、ローズとフレンダさんの叔母様ってこんなに美人でカッコいい人だったのか。




「あぁ、今日の授業に参加するやつがもう1人いたからな」
「もう1人、ですか?」
「そうだ。今日の授業はお前がよく使う転移魔法についてだから、しっかりと聞いておけ」
「転移魔法ですか?  私は転移魔法を覚えていませんが…」
「フレンダの事では無い。儂が言っているのは……。いや、これ以上は止しておこう」
「そう…ですか」
「気にするなフレンダ。叔母上様の話がよくわからぬのはいつもの事じゃろう?」
「何だローズ?  また泣くまで可愛がってやろうか?」
「わ、わーい。妾、叔母上様大好きー」




 ローズが死んだ様な目をしながらそう言って叔母様に抱きついた。
 うわぁ、ローズが叔母上様にビビッているっていうのは本当なんだな。
 ていうか、叔母様は別にロリコンって訳じゃなくてローズが好きなのか。


 …………ってあれ?
 ちょっと待てよ?
 この叔母様、もしかして俺がここにいる事に気がついているのか。


 いや、今俺が追体験しているのはフレンダさんの過去だから、正確には俺がこの日の記憶を見る事を知っていたって事か?
 ま、マジか。
 どう言う事なのかは良く分からないが、凄くヤバいっていうのは分かる。




「さて、理解が追いついた様だし早速授業に入ろう。フレンダは転移魔法についてどの程度学んでいる?」
「転移魔法にはテレポート、アポート、アイテムボックスの3つが存在し、そのLVが上がる事で転移距離や転移条件に融通が利く様になります」
「ではローズ。転移魔法は戦闘に使えるか?」
「いや。弱い相手になら使えるじゃろうが、ある程度戦闘に慣れておるやつ相手だと無理じゃろうな」
「それは何故だ?」
「転移直後に僅かな硬直があるし、転移をしながら魔法を用意する事もスキルを使う事も出来ないからじゃ」
「それでは転移後の硬直を限りなく無くせた場合はどうだ?」
「ふむ。それならば戦闘に使えぬ事も無いが、相手の動揺を誘う為に使うのが限界じゃろうな。一定以上の戦闘は基本的に常に体内で魔力を練り続ける物じゃし、その点を考慮すると転移魔法を戦闘中に使う必要性はそこまで高くはならないじゃろう」
「そうだ。つまり、それなりの相手と戦う時には、基礎戦闘力がある程度ある事を大前提として、相手を転移させたり相手の死角に回る事で隙を作るのが転移魔法の有効な使い方だ。雑魚を相手にして転移魔法で息巻いている様では、間違いなく強敵に殺される日が来るから気をつける様に」
「分かりました」「言われるまでも無いのじゃ」




 そうか。
 確かに今の俺は目の前の強敵をどうにかする為に小手先の技ばっかり身につけて、転移魔法に頼りきって戦っていたが、一定以上の強者と戦うには基礎戦闘力を身につけなてはならないのは確かに頷ける。
 何でこの叔母様が俺がここに来る事を知っていたのかはわからないままだが、俺に向けたアドバイスである事には間違いないだろうし、素直に受け止めておこう。




「では、次の問題だ。転移魔法を得意とする者が次に覚えるべき魔法はなんだ?」
「のう叔母上様。転移魔法なんぞ使い勝手が悪い魔法なんぞを得意とするやつがおるのか?」
「ああ。間違いなく存在するぞ。お前もいずれ出会う事になるだろう。それより、あまり時間が無いから早く答えないか」
「空間魔法でしょうか?  転移魔法と空間魔法は魔力の使い方が似ていると聞いた事があります」
「そうだ。空間魔法は……。いや、折角なら自分で学びながら身につけた方が良いか」
「どういう事ですか?」
「いや、気にしなくて良い。儂が言いたかった事は転移魔法を過信するなという事と、空間魔法を覚えろという事だけだ。あぁそれと、儂の元に来る時には何か上手い料理を持って来い。そうすれば便宜を図ってやる気になるかも知れん」
「はぁ、叔母上様のボケは留まる事を知らんの」
「よしローズ。今から布団に行くぞ。フレンダは今日の授業は終わったからもう帰って良い」
「分かりました。お姉様をよろしくお願いします」
「ああ、明日の朝には返してやろう」
「おい!  待つのじゃフレンダ!  妾を1人にしないで欲しいのじゃ!  頼む!!」
「何だ?  つい先程お前は儂の事を好いていると言っていたではないか」
「そうは言ったが、それとこれとは話が別じゃ!  おいフレンダ!  お主の菓子を勝手に食べた事をまだ怒っておるのか!?」
「いいえ。もう怒っていませんよ。ただお姉様が少しだけ痛い目を見れば良いなと思うだけです」
「それを怒っていると言うんじゃろうが!  って、おい! 待つのじゃ!  おい!」




 そう言うローズを他所に、フレンダさんはスタスタと歩いて行って和室から出て行った。
 どうやら俺が今回経験するフレンダさんの記憶はここまでらしい。


 今回はおそらく魔王になる前のローズとフレンダさんの記憶だったが、俺が強くなる為のアドバイスを貰えたし、ローズに厳しいレアなフレンダさんを知れたから、かなり良い追体験だったな。
 俺はそんな事を考えながら、睡魔に身を任せてフレンダさんの記憶の世界を去った。






 ◇◆◇






 風舞 ソレイドのローズ邸リビングにて






 先日の世界樹のスタンピード鎮圧から5日後。
 俺は自分の従者であるアンとシルビアと、従魔であるエルセーヌさんを集めて、改めて自己紹介と雇用条件の確認をしていた。
 俺の従者や従魔になってくれた3人には辛い思いはさせたく無いし、出来るだけ良い条件で働いてもらいたい今日この頃の俺である。




「さて、今のところはこんな感じでいこうと思うんだが、何か意見はあるか?」
「そ、その。フーマ様のお気持ちは大変嬉しいのですが、月に金貨3枚の報酬というのは…」
「何だ?  もしかして足りなかったか?」
「い、いえ!  逆です!  月に金貨3枚なんてそんな大金いただけません!」




 え?
 金貨3枚は俺と舞の換算だと日本円で30万円ぐらいだから、そこまで多くないんじゃないか?
 年収で360万円がどのぐらいかは分からないけど、そんなに興奮するほどの大金では無い気がする。




「オホホ。ご主人様が何を勘違いなさっているのかは分かりませんが、一般的な王宮に使える文官が給料として貰っているのは、この辺りで使われている金貨で3枚から4枚相当ですの。貴族でも無いご主人様から月に3枚の金貨というのはかなりの破格なのですわ」
「でも、生活費とか税金とか諸々でそれなりに金はいるだろ?」
「生活費は私とシルちゃんの2人で大銀貨1枚くらいだよ。ソレイドの税金は入街税と年に1回
 金貨を1枚払うだけだから、月に金貨3枚も貰っても使い道が無いよ」




 あれ?
 食べ物とか武器の値段とかでなんとなく物価を把握していた気になっていたけど、もしかして俺が思ってる物価とはかなり違うのか?
 いや、ここは異世界なんだから日本と物価とか品物の価値基準が違くて当たり前か。




「えぇっと。それじゃあ、俺はどのくらい報酬を払えば良いんだ?」
「オホホ。私は金貨3枚でも構いませんわよ?」
「私は報酬などいただかなくても大丈夫です。フーマ様にお仕え出来るだけで幸せですし、食事や衣服はいつもいただいておりますので」
「そうだね。私も欲しい物があったらパンを売ったりとかしたら良いし、特にお給金は必要ないよ」
「いや、それはダメだ。給料を払わないってのは俺が何か嫌だからダメだ」
「オホホ。ですから私は月に金貨3枚でも…」




 そんな感じで従者達の給料について話し合っていると、ジュースの瓶を持ったローズがリビングにやって来た。




「なんじゃ?  一体何の話をしておったんじゃ?」
「聞いてよミレン様。フーマ様が私達に給料を払うとか言うんだよ!  それに金貨3枚も!」
「む?  そのぐらいフーマに仕えるなら普通では無いのかの?」
「オホホホ。ミレン様は高貴なお方なのでそう思うかもしれませんが、一般的な平民の月収は月に大銀貨5枚前後が普通なのですわ」
「しかし、フーマは勇者じゃろう?  ならば金貨3枚でも少ないと思うんじゃが…」
「だよな?  よし、それじゃあシルビア達の給料は金貨5枚にしよう!」
「ちょ、ちょっと待ってくださいフーマ様!  そんなに大金をもらって私達はどうしたら良いのですか?」
「え?  買い食いするなりアクセサリー買うなり好きに使えば良いんじゃないか?」
「そんな生活をしていては堕落してしまいます!」
「そうだよ!  それに、ここ最近家でゴロゴロしてるか街に散歩に行くかしかしてないフーマ様がどうやってそんなに大金を用意するの!?  エルフの里からの報奨金が元里長を誘拐した件と、トウカ様とデモを起こした件と、勝手に牢屋から抜け出した件の罰金で相殺された事忘れちゃったの!?  それと、ボタンさんに借金もあるんでしょ!?    あといくら返すか覚えてるの!?」
「え、ええっと。あと大金貨4枚と金貨5枚だな」
「私達の給料よりも先にそっちの返済をしなよ!」




 アンが興奮した様子でそう言いながら詰め寄って来た。
 確かにスタンピードを鎮圧に協力した分の報酬はアンが今言った理由で新しく里長になったカグヤさんからもらえなかったけど、アイテムボックスに入ってるグリフォンの死体とか、オーキュペテークイーンの巣にあった武器は貰って良いって言ってたから、売り払えばそれなりの金額にはなるはずだ。
 だからその、俺の肩を掴んでガンガン揺らすのをやめてくれないだろうか。




「あ、ああ。もちろんそのつもりだぞ」
「オホホホ。もしかして午前中に作っていた物がお金を稼ぐ為の秘策なのですか?」
「なんだ。見てたのか」
「オホホホ。私はご主人様の行動の全てを把握していますので」
「ふ、フーマ様の全てを…流石はフーマ様が見初めた従魔ですね」




 いやいや。
 そこは悔しそうにするところじゃないと思うぞ。
 ていうか、フレンダさんといいエルセーヌさんといい、俺の周りには俺の行動を把握している人が多い気がする。
 この調子だと俺が気づいて無いだけで他にもいるんじゃないか?


 そんな事を考えながらなんとなく窓の外に目を向けていると、ローズがてけてけとやって来て俺の横にポスリと座った。
 なんか最近のローズのスキンシップが落ち着いて来たんだけど、何か心境の変化でもあったのだろうか?
 俺は少しだけ寂しいぞ。




「のうフーマ。それで、昼前に作っておった物とはどんなものなんじゃ?」
「飲み物っていうかスイーツみたいな物だな」
「スイーツかの!?  それは何とも楽しみじゃな!   もちろん食べさせてくれるんじゃろうな!?」
「おう。今持って来るからちょっと待ってな」
「あ、私もお手伝いいたします」
「いや、大した量じゃ無いし大丈夫だ」
「しかし…」
「シルビアは真面目だなぁ。そんなんじゃ将来はげ…」
「禿げません!」




 セリフを言い切る前にシルビアに突っ込みを入れられてしまった。
 そんなに早く突っ込まなくても良いじゃんね。
 折角久し振りにシルビアをからかってやろうと思ったのに。


 俺はそんな事を考えながらリビングを出て、台所から昼間に作って冷蔵庫に入れておいた特製スイーツを持って来た。
 そんな俺の元へローズが興味津々といった感じで寄って来る。




「おお!  それがフーマの自信作じゃな!」
「ああ。今コップに入れるからちょっと待ってな」




 そんな事を言いながらテーブルの上にスイーツの入った大皿を置くと、今の今までテンションの高かったローズが見るからに暗い顔をしてしまった。




「おい、なんじゃこれは?」
「そうか。やっぱりこの世界には無いんだな」
「ふ、フーマ様?  疑う訳では無いのですが、これは本当にスイーツなのですか?」
「あれ?  そう見えないか?」
「うん。これはちょっとスイーツどころか食べ物には見えないかな」
「オホホ。確かにこれは食べ物と言うよりはカエルか何かの卵と言った方が適切な気がしますわね」
「あぁ、そういう事か」




 この世界の人達にはタピオカミルクティーは食べ物には見えないらしい。
 折角キャッサバっぽい芋を見つけたからデンプンを抽出して作ってみたんだけど失敗だったか?
 味はほぼ完璧に再現出来たんだけど…。




「のうフーマ。これは本当にスイーツなんじゃな?」
「ああ。これは間違いなくスイーツだぞ。でも、ミレン達の反応を見る限りこれで一儲けするのは厳しそうだし、何か別のものを…」
「いや、これで良い。妾は何があってもフーマの作ってくれた物は完食すると決めてるんじゃ!」
「わ、私もです!  フーマ様の用意してくださった物ならば、例えジャイアントドードの卵でも平らげて見せましょう!」
「いや。だからカエルの卵じゃ無いんだけど」
「話は後じゃ!  早速妾の分のカエルの卵を大盛りで用意してくれ!」
「私のカエルの卵もお願いします!」
「カエルの卵じゃ無いんだが…。まぁ良いか。ちょっと待ってな」




 俺はそんな事を言いながら、食べてくれると言ったローズとシルビアに感謝しつつ2人分のタピオカミルクティーを用意してやった。
 火魔法で焼き焦がして作った太めのストローも忘れずに刺してやる。
 この世界にはタピオカ用のストローなんてものは無かったから、これも手作りしたのだ。




「さて、召し上がれ」
「うむ。いただこう!」
「いただきます!」




 ローズとシルビアがそう言って勢いよくタピオカミルクティーを吸い上げた。
 さて、見た目はダメだったけど、味の方は満足してもらえるかね。




「なんじゃこれは!?  カエルの卵がこんなに美味いとは知らなかったぞ!」
「はい!  私もこんなに美味しいカエルの卵は初めて食べました!」




 どうやら2人とも気に入ってくれたらしい。
 流石は俺達の世界で一大ブームを巻き起こしただけの事はあるな。


 ………。
 そういえば、以前アイツが教室でタピオカミルクティーが好きだって言ってた気がする。
 あの時クラスメイトと一緒に城に残して来てしまったが、明日香は無事だろうか。




「フーマ様?  どうしたの?」
「あぁ、いや。なんでもない。それで、何の話だったか?」
「私とエルセーヌさんも食べてみたいから貰っても良い?」
「おう。今用意するからちょっと待ってな」
「妾にはお代わりを頼む!  もちろん大盛りじゃ!」
「私もお願いします!  このカエルの卵は凄い気に入りました!」




 よしよし。
 この調子ならローズ達に売り子というかサクラをやってもらえば明日からのお祭りでそれなりの収益を見込めそうだな。
 俺はそんな事を考えながら、頭の中で算盤を動かして取らぬ狸の皮算用を始めた。


 ていうか、タピオカはカエルの卵じゃ無いんだけど、何回言えばわかってくれるのだろうか?






 ◇◆◇






 風舞






「とても美味しいわ!  でも、もちろんダメよ」




 最近の日課で出かけていた舞が帰って来た後、舞にも試食してもらって明日からのお祭りの屋台でこれを出そうと思っていると話したら反対されてしまった。
 ソレイドでは毎年夏の間に1週間、討伐祭と言うお祭りが開催されるらしく、その期間は町中に出店が出て隣国や近くの村から沢山の人が訪れるらしい。
 元々はこの街に多く住む冒険者達を労わる為のお祭りだったそうだが、長い年月とともにこの街の冒険者にとっては自分の武勇を隣国のお偉いさん達に見せつける良い機会になったらしく、期間中は冒険者ギルドも魔石や魔物の素材の買取金額をアップして、迷宮王の討伐情報や深い階層からの帰還情報が大々的に発表されるそうだ。


 俺はそんな街を上げてのお祭りで、この世界では珍しい食べ物を売ってボロ儲けしようと思ったんだけど、ダメなのか?
 そう思いながら反対の理由を聞こうとしたら、舞が諭す様に微笑みつつ口を開いた。




「良いかしら風舞くん。風舞くんのこのタピオカは凄く美味しいし、それなりに高額で売っても間違いなく完売すると思うわ」
「それじゃあ…」
「でもね。このタピオカミルクティーは美味しすぎるのよ。それも、私が今まで飲んだタピオカの中でぶっちぎりの一番ね。そこで風舞くんに質問です。美味しすぎる食べ物を作れる人はどうなるでしょうか?」
「金持ちになる?」
「はぁ、今はお金の事しか頭に無いのね。確かにこれだけの物を売ればお金持ちになれるでしょうけど、少しでも売れ始めたら風舞くんの作った料理の評判は止まる事なく世界中に広がって、世界中の権力者からオファーが来るでしょうね」
「別にそんなの断れば良いだろ?」
「甘いわね風舞くん。このタピオカミルクティーと同じくらい甘いわ!」




 別にそれはそこまで甘くしてないぞ。
 と思ったが、舞が気持ちよそうに話すもんだから突っ込みを入れるのが躊躇われた。
 確かにこのセリフを言いたいって時あるもんな。




「それじゃあ、なんでそんなに甘いか教えて貰っても良いか?」
「良いでしょう。とても甘々な風舞くんに特別に教えてあげるわ。ここは異世界。私達が住んでいた世界よりも法律や権利の概念が緩いのよ。まぁ、私達は勇者だから断ろうと思えば断れるのでしょうけど、それは私たちが勇者である事が広まると同時に、とある権力者の誘いを断ったと広まる事になるのよ」
「あぁ、なるほど」
「私も出来る事なら風舞くんと一緒に出店をやりたいけれど、今回ばっかりは許可できないわ。今回は比較的閉鎖した社会で暮らしていたエルフ達に協力するのとは違う事を理解してちょうだい」
「そうか。ありがとな舞。お陰で美人な貴族のお姉さんから依頼が来てホイホイ付いて行くのを事前に防げた」
「ふふっ。このぐらい大した事ないわ。でも、私やローズちゃんやトウカさんよりも美人な貴族がそういるとは思えないし、そこのあたりは心配なさそうね」




 舞がそう言いながらふんわりと微笑んだ。
 舞は日本にいた頃は名家のお嬢様として色んな社交界に出席していたらしいし、そういう大人の世界には俺よりも詳しいところがあるのだろう。
 仮に俺の作ったタピオカが原因でとある派閥の貴族全員に相手してもらえなくなったりしたら嫌だし、今回は大人しく舞の忠告を聞いておくとしよう。
 まぁ、俺の作ったタピオカが世界中で話題になる事はないだろうけどな。




「それで、舞達の方はどうだったんだ」
「ふふふ。聞きたいですか?」




 先程舞と一緒に渡したタピオカを夢中で飲んでいたトウカさんが顔を上げてそう言った。
 トウカさんは俺のアイテムボックスを活用して数時間で引越しを済ませたため、俺達がエルフの里から戻って来た日からソレイドで一緒に暮らしている。


 ちなみに、ファルゴさん達はエルフの使者と共に今回の魔物の異常発生の一件が解決した事を村々に報告しながら帰るため、陸路で帰るそうだからつい数日前に別れた。
 帰りの足として途中で俺達の馬車とファイアー帝王を回収してくれるらしいし、ソレイドのお祭りにもセイレール騎士団のみんなで3日目あたりには来る予定らしいので、またすぐにでも会えるだろう。




「ああ。その調子だと今日もダメだったみたいだけど一応聞いても良いか?」




 俺は頰に青い痣を作っている舞の顔を見ながらそう言った。
 ソレイドに帰って来てから舞は世界樹の第50階層からソレイド近郊の草原に転移させたドライアドを従魔にするために、主人と認められる様に毎日ちょっかいを出しに行っているのである。
 もちろん、舞の従者であるトウカさんは毎日その付き添いだ。




「むぅ、そうよ。今日もダメだったわ」
「ふふ。しかし、今日はついにドライアドさんに一太刀入れていたではありませんか」
「確かに一太刀は入れられたけれども、あれはドラちゃんが肉を切って骨を断とうとしたからであって、私の力量によるものではないわ」
「でも、あのドライアドに何はともあれダメージを与えたんだろ?  それなら少しずつ舞も強くなってるって事じゃないのか?」
「そうかしら?」
「そうですよ。我が主は毎日かなりのスピードで強くなっていっています。この調子なら討伐祭の期間中にはどうにか出来ると思いますよ」




 トウカさんが俺からお代わりのタピオカを受け取りながらそう言った。
 ちなみに、トウカさんが主人の舞を呼ぶ時の名前は舞の気分次第でコロコロ変わるため、一貫性は一切ない。
 一昨日あたりにトウカさんがやれやれと言った顔で、「そろそろ固定してもらいたいものです」なんて事をこっそりと俺に言ってきたりもしたが、舞の従者の仕事には舞の話し相手も含まれてるし頑張ってくれ。


 って、そうじゃなくて…。




「お祭りの間にどうにかする予定なのか?」
「あら、まだローズちゃんに聞いていなかったのかしら?」
「聞いてなかったって何がだ?」
「私とローズちゃんと風舞くんは討伐祭の間にデモンストレーションとして沢山の人の前で魔物と戦うのよ?」
「え?  そうなのか?」




 そんな話、今初めて聞いたぞ。
 ていうか、勇者として目立つのが良くないからタピオカの屋台は止めておいた方が良いって言ってたのに、沢山の人の前で魔物と戦うのは良いのか?
 あぁ。でも、沢山の人達の前で戦っても俺達が勇者だと思う事はないか。
 黒髪黒眼も別大陸の出身って言えば誤魔化せるし。




「ええ。ちなみに、冒険者ギルドから報酬で1人金貨5枚をもらえるわよ」
「おお、それならやっても良さそうだな」
「しかし、おそらくフーマ様は転移魔法の使用は控える様にミレン様に言われるでしょうね」
「マジかいな」
「転移魔法はあんまり人前で見せちゃいけないらしいし、当然と言えば当然じゃないかしら」
「それじゃあ、俺の相手は何だ?  俺もドライアドと戦うってわけじゃないんだろ?」
「風舞くんの対戦相手はローズちゃん達が今日捕まえ行ってるわよ。お使いに行ってくるって言ってたでしょう?」




 確かにローズとシルビアとエルセーヌさんがそう言って舞達が帰って来る少し前に出てったけど、あれはそういう事だったのか。
 ローズが用意した魔物と戦う事になるとは、少し不安だ。
 絶対俺よりも強い魔物を連れてくるんだろうなぁ。


 そんな事を考えながら、残りのタピオカミルクティーにラップ代わりの布をかけて冷蔵庫に戻しに行こうとすると、俺がタピオカミルクティーを味見するのを嫌がって白い世界に戻っていたフレンダさんがやって来た。




『おいフーマ。もうカエルの卵は食べていませんよね?』
「はい。ちょうど今片付けようとしたところです」
『そうですか。って、うぇぇぇ。よくトウカはそんなゲテモノを食べれますね』




 フレンダさんがわざとらしい口調でトウカさんにそう言った。
 トウカさんはギフトの力で俺の魂を治療する際に俺の記憶を少しだけ覗いたらしく、フレンダさんの正体とローズの正体について知っている。
 フレンダさんにとって、自分が魔王の妹だと知っていながら対等に接してくれるトウカさんは嬉しい存在であるそうだ。
 良かったねフレンダさん。




「私は大人なので、フレンダ様と違って食べ物の選り好みをしないのです」
『聞き捨てなりませんね。私は選り好みをしたのではなく、食欲が無かっただけです』
「フレンダさんはなんて言ったのかしら?」
『食欲が無かったんだと。フレンダさんは俺と感覚を共有しているからそんな事無いと思うんだけど、そう言うならそうなんじゃないか?』
「ふふ。食欲が無いとはまるで思春期の小娘の様な事を言うのですね」
『おいフーマ!  今すぐあのカエルの卵を用意しなさい!  私が小娘などでは無い事を証明してやりましょう!』
「別に良いですけど、本当に大丈夫なんですか?」
『もちろんです!  トウカに食べれて私が食べれぬ道理がありません!』
「はいはい。分かりましたよ」




 そうして、俺はフレンダさんの指示通りにタピオカミルクティーをよそって、そのままストローで吸い上げた。




『ちょ、ちょっと待ってください!  まだ心の準備が出来てな…。ああっ!?  ちょっとまっ!!」
「ずぞぞぞ。うん、やっぱり我ながらによく出来てるな。って、あれ?  フレンダさん?」
「どうしたのかしら?」
「ああ。どうやら逃げたみたいだ」
「ふふふ。また私の勝ちですね」




 トウカさんがそう言いながら胸を張ってドヤ顔をした。
 舞がそのトウカさんを見て、微笑まし気な笑みを浮かべながら俺に耳打ちをしてくる。




「フレンダさんと話してる時のトウカさんって楽しそうよね」
「そうだな。フレンダさんの方も何だかんだトウカさんの事を気に入ってるみたいだぞ」
「ふふっ。これからも仲良くしてくれると良いわね」
「ああ。これからもウチのフレンダさんをよろしくな」
「こちらこそ、ウチの可愛いトウカさんをよろしくお願いするわね」




 俺と舞はそう言いながら、互いに軽く頭を下げる。
 その様子を見ていたトウカさんが白い目をしながら俺達に話しかけてきた。
 そういえば、トウカさんもユーリアくんやカグヤさん達ほどではないけど耳が良かったな。




「私は我が主の娘か何かですか」
「ええそうよ!  さぁ、いらっしゃい!  胸を撫でてあげるわ!」
「私は我が主の娘ではありませんし、普通撫でるなら胸ではなくて頭でしょう」
「そんな事どうでも良いわ!  私はトウカさんの胸をサワサワしたい気分なのよ!」
「毎晩私の胸を撫でながら寝ているのにまだ足りないのですか!」
「へぇ、毎晩舞がトウカさんの胸を…」
「ち、ちが…。これは我が主が言うから仕方なく」
「ふっふっふ。昨日はあんなにシーツを濡らしたくせに何を言っているのかしら?」
「へぇ、シーツをねぇ」
「ち、違いますよ!  私が主が私の股に手を伸ばそうとしたから水魔法で吹き飛ばしただけですからね!」
「そうかそうか。そう言う事にしておいてやろう」
「ふふ。トウカさんってば真っ赤になって可愛いらしいわね」
「私が主の所為でしょう!  違いますからねフーマ様!  私はまだ我が主に手懐けられていませんからね!」
「はいはい。まだな、まだ」
「あっ、違うんです!  私の心は既にフーマ様の…」
「ふふっ。体は屈しても心は屈しないってやつよね」
「マイ様は黙っていてください!!」




 そうしてトウカさんの胸に手を伸ばそうとする舞と、その魔の手から逃げ出そうとするトウカさんを残して、俺はタピオカミルクティーを片付けるために台所に向かった。


 ミレイユさんに続きトウカさんも堕とされる日は近そうだな。
 そう思うと微妙に興奮する今日の昼下がりであった。

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