クラスごと異世界転移して好きな女の子と一緒に別行動していたら、魔王に遭遇したんですけど...
113話 寝る
舞
私達の寝泊まりしていた部屋で打ち上げを始めておよそ一時間後、私の左隣でローズちゃんとお酒を飲んでいた風舞くんが疲労と酔いのためかこっくりこっくりし始めた。
ふふっ、寝ぼけ眼の風舞くんは可愛いわね。
「のうフーマ? そろそろベッドに向かったらどうじゃ? お主、もう座ってるのも辛いんじゃろ?」
「だいじょぶ」
「そうは言うが、ろくに目が開いて無いではないか」
「だいじょぶ」
「ふふっ。それじゃあ私がフーマくんが寝るまで添い寝してあげるからベッドに向かいましょう?」
「うん」
冗談でフーマくんの頭を撫でながら話しかけてみたら、意外にもフーマくんが素直に頷いた。
こ、これは中々母性が刺激されるわね。
「それじゃあほら、立てるかしら?」
「むり」
「もう。フーマくんは我が儘ね。それじゃあ抱っこしても良い?」
「うん」
「なんじゃこの生き物。いつもの子憎たらしいフーマはどこに行ったんじゃ」
「確かにいつものミステリアスな雰囲気をまるで感じませんね。まるで純粋な子供の様です」
シルビアちゃんがそう言いながら、ローズちゃんにされるがままになっている風舞くんの顔を覗きこんだ。
そうして私達が風舞くんを取り囲んでいたためにトウカさんも気になったのか、私達の元へやって来た。
あら、アンちゃんはターニャちゃんにモフられ過ぎて動けないみたいね。
「フーマ様に何かあったのですか?」
「どうやら見ての通りお眠みたいよ」
「あら、随分と可愛らしいお姿ですね」
「ええ。という訳でフーマくんをベッドまで運ぼうと思うのよ」
「そうでしたか。では、私が責任を持ってフーマ様を寝室までお連れしましょう」
「あら、トウカさんはもう私の従者なのだから私を優先なさい」
「ふふ。それでしたら尚更マスターに重労働をさせる訳にはいきません」
「フーマくんを運ぶのは重労働じゃないわよ。むしろ私にとってご褒美ね!」
「まったく、お主らは相変わらずじゃな。どれ、ここは年長者の妾が責任を持って…」
「待ちなさいミレンちゃん! 抜け駆けはさせないわよ!」
「うるさい」
フーマくんを抱き抱えようとしていたローズちゃんにストップを掛けたら風舞くんに怒られてしまった。
むぅ、これは一筋縄ではいかなさそうね。
「ねぇ二人とも。ここは平等にじゃんけんをするというのはどうかしら」
「そうですね。これ以上フーマ様の眠りを妨げる訳にはいきませんし、そうしましょう」
「うむ。妾も異論はない」
「よし、それじゃあ行くわよ。じゃんけん…」
そうして3人同時に手を振り下ろそうとしたその時、いつの間にかフーマくんに水を渡していたシルビアちゃんがフーマくんに指名されていた。
「シルビア眠い」
「ベッドまでお連れ致しましょうか?」
「おねがい」
「かしこまりました」
シルビアちゃんはそう言うと、風舞くんをすんなりとお姫様抱っこして私達に声をかけてきた。
「すみません。寝室の位置を教えてくださいませんか?」
「え、ええ。こっちよ」
シルビアちゃんがあまりにも自然に風舞くんを抱っこしていたためか、私はすんなりと案内を応じてしまった。
さ、流石は風舞くんの筆頭従者ね。
見事な腕前だわ。
「むぅ、勝負はお預けみたいじゃな」
「はい。取り敢えず私達は片付けをしましょうか」
「うむ。そうするかの」
シルビアちゃんを案内する後ろで、私と同じように風舞くんをベッドまで運ぶという嬉しい仕事を出来なかったローズちゃん達がそんな話をしていたのが何だか印象的だった。
◇◆◇
風舞
深夜。
酒を飲み過ぎたためか寝落ちしてしまった俺が目を覚ますと、横でシルビアとローズと舞とトウカさんが寝ていた。
いや、横と言うといささか語弊があるか。
俺を中心に扇状に寝ていると言う方が正しいかもしれない。
「トイレ」
酒の利尿作用にやられたためかかなりトイレに行きたくなった俺は、こっそりとベッドを抜け出してトイレに向かった。
「ふぃー。超スッキリ」
部屋に備え付けられているトイレを出てそんな事を言いながら、何となく乾いた喉を潤そうと思い水瓶に向かうと、ちょうど寝室から出てきたトウカさんに遭遇した。
「すみません。起こしちゃいましたか?」
「ええっと、そうですね。ちょうどフーマ様の魂の治療をしていたところでしたので」
トウカさんが少しだけ申し訳なさそうな顔をしながらそう言った。
そう言えばトウカさんによる魂の治療は俺が寝ている時じゃないと出来ないらしいし、俺が起きたことによって中断されたのかもしれない。
「すみませんでした」
「いえ、フーマ様が謝る事ではありませんよ。それより、少しだけお話しませんか?」
ワンピース姿のトウカさんが耳に髪をかけながらそう尋ねてきた。
窓から差し込む月明かりがトウカさんの綺麗な金髪を照らして何とも幻想的な光景である。
そんな感じでちょっぴりトウカさんに見惚れていた俺は、少しだけ返事に詰まりながらも了承した。
「わ、分かりました」
「ふふっ。それでは少し蒸しますし、夜風に当たりにいきましょう」
「はい」
俺がそう言って頷くと、トウカさんが軽く微笑んで部屋のドアを開けて廊下に出た。
俺はトウカさんの案内に素直に従って後ろに着いていく。
「もうかなり遅いのに、外はまだ宴会をやってるんですね」
「はい。此度の戦は里の命運を揺るがすものでしたから、その分喜びも大きいのでしょう」
廊下の窓から見える光景はエルフの営みを感じる素晴らしいものだった。
だが、このひっそりと静まり返った廊下には俺とトウカさんしかいないためか、あの窓の外の光景がどこか別の世界のものに感じる。
あ、ファルゴさんと団長さんがエルフの兵隊さんと肩を組んで歌ってる。
………何となくおセンチな感傷に浸ってたけど、めっちゃ見馴れた光景だったわ。
何が別の世界のものに感じるだよ。
そんな事を考えながらトウカさんの後を歩いていると、1つの大きな窓の前でトウカさんが立ち止まって、その窓を開いた。
窓から穏やかな風が吹き込んできて、纏わりついていた熱気を優しく吹き飛ばしていく。
「フーマ様。フーマ様は別の世界からこちらにいらしたのですよね?」
「そうですね」
「それでは、いつか元の世界に戻られてしまうのですか?」
「いや、元の世界に戻ろうとは今のところ考えていません。こっちにはやりたい事も大切な人も沢山ありますからね」
「そうですか。あ、喉は乾いていませんか?」
少しだけ顔を明るくしたトウカさんがそう尋ねてきた。
どうやら俺達が元の世界に戻ってしまわないか心配だったみたいである。
まぁ、向こう百年はローズの魔封結晶探しとか、フレンダさん救出作戦で忙しいだろうし、帰る予定はないな。
ていうか帰る方法すら知らないし。
俺はそんな事を考えながら、アイテムボックスからコップを2つ出してトウカさんに差し出した。
「お願いします」
「ふふっ。分かりました」
トウカさんがそう言って水魔法で入れてくれた水に口をつける。
ん? 何となく舞の出す水と味が違う気がする。
「どうかなさいましたか?」
「あぁいや、何でもないです。それより、俺からも一つだけ聞いても良いですか?」
「はい。もちろん構いませんよ」
トウカさんがそう言ってふんわりと微笑んだ。
あぁ、俺はこんなにも素敵な女性と知り合えたのか。
そう思うと、心の奥がじんわりと熱くなるのを感じた。
「トウカさんは、巫を辞めて俺達と来ることに後悔はありませんか?」
「怒りますよ?」
トウカさんが頬を膨らませながらそう言った。
とても可愛らしいですね。
じゃなくて……。
「理由を聞いても?」
「もう。本当に分からないのですか?」
「はい。すみません」
「ふふっ。謝らなくても構いませんよ。フーマ様は本当に可愛らしいお方ですね」
「あぁ、はい。どうも。それで、話の続きなんですけど…」
「私がフーマ様方と共に行く事に後悔がないかというお話でしたか?」
「はい。トウカさんはこの里を凄く大事に思っていて、巫である事にも誇りを持っていました。俺にはそんなトウカさんが里を離れる事に何か思う所がある気がして…」
「そういう事でしたか。確かに私はこの里とこの里に生きる民を愛していますし、お母様に辞任された今でも巫であった事に誇りを持っています」
「それじゃあ…」
「しかし、私の人生は私のものです。確かに里のために生きていく事も私の人生の選択肢の一つでしょうが、私には他にもっとやりたい事があるのです。その為に生きるというのは我儘でしょうか?」
「いや、そんな事無いと思います。少なくとも俺はトウカさんには自由で幸せな人生を送ってもらいたいです」
トウカさんは今まで巫として一生懸命生きてきた。
そんなトウカさんだからこそ、何にも縛られずに自由に生きて欲しい。
俺達と共に来てくれるというのは嬉しいが、恩義や責任でトウカさんの人生を決めて欲しくはない。
「ありがとうございますフーマ様。私はそんなフーマ様だからこそ、共に在りたいのです」
「それは、トウカさんが心から望むことなのですか?」
俺は持っていたコップを窓枠に置いて正面からトウカさんの顔を見つめてそう言った。
トウカさんはそんな俺を見て一度目を閉じて深呼吸をし、俺と同じようにコップを窓枠に起いた。
そして目を開き………
ーーそっと俺にキスをした。
「これが私の本心です。私はフーマ様をお慕い申し上げております。どうか私をお傍に置いてはくださいませんか?」
トウカさんが俺の手を両手で握りながらそう問いかけてきた。
一瞬俺なんかで良いんですか、なんて言いそうになったが…
「はい。これからよろしくお願いしますトウカさん」
俺はしっかりとトウカさんの目を見てそう言った。
「ふふっ。ありがとうございますフーマ様。さて、あまり冷えては行けませんしそろそろ戻りましょうか」
そう言ったトウカさんが俺に背を向けて、ゆっくりと廊下を歩き始める。
俺は2つのコップをアイテムボックスにしまい、窓を閉めて一度深く溜め息をついた。
「はぁ、出てこいよ」
「お、オホホホ。いつから気づいていたんですの?」
「ついさっきだ。それで、何か用か?」
「オホホ。私もキスをさせていただ…」
「そうか。それじゃあお休み」
「オホホホ。冗談ですわ! カグヤ様がお二方をお呼びですの!」
「私も、ですか?」
「はい。フーマ様の魂の事で話があるそうです」
スーシェルさんがそう言いながらスッと影から出てきた。
この人も見てたのか。
油断ならないな。
「分かりました。それでは向かうとしましょう」
「オホホ。ご主人様も宜しいですの?」
「ああ。何か大事な話っぽいし、大人しく着いて行くぞ」
「オホホホ。それではこちらへどうぞ」
そうして、俺はエルセーヌさんの後ろを大人しく着いていった。
「トウカ様も中々やりますね。ところで、フーマ様の唇の感触はどうでしたか?」
「とても柔らか……って、何を言わせるのですか!」
道中そんな話が後ろから聞こえてきたが、クールな俺は動じることなく淡々と足を動かした。
◇◆◇
風舞
「オホホ。お二方をお連れしましたわ」
エルセーヌさんに連れられてとある一室の前まで行くと、エルセーヌさんがそう言いながら扉をノックした。
中から返事は無かったが、エルセーヌさんは扉を開いて中に脚を踏み入れる。
あ、ここの部屋も和室の部屋なのか。
扉の中に襖がある。
そんな事を考えながら俺も部屋に脚を踏み入れると、襖の中から声がかかった。
「どうぞ中にお入りください」
その声に従って襖の中に入るために靴を脱ごうとすると、エルセーヌさんとスーシェルさんが俺とトウカさんにお辞儀をして一瞬で姿を消した。
どうやらあの2人はただの案内役であったらしい。
「こんばんはカグヤさん」
「こんばんはお母様」
「はい。2人ともよく来てくださいましたね」
俺たちが襖を開けて中に入ると、薄い着物を着たカグヤさんが出迎えてくれた。
どうやらこの睡蓮描かれたの白い着物がカグヤさんの寝巻きであるみたいである。
すぐそこに布団が敷かれているし、間違い無いはずだ。
「それで、俺の魂の件でお話があるという事でしたが」
「はい。なのでまずは私と褥を共にしてください」
「はい?」「お母様!?」
「フレンダ様にもお話ししておきたい事があるので、フーマ様の精神世界に脚を運びたいのです。トウカは何を想像したのですか?」
「い、いえ。何でもありません」
そうか。
てっきり親子丼な展開なのかと思ったけど違うのか。
いや、別にガッカリはしてないぞ。
そんな事を考えている間にカグヤさんが布団を捲ってその中に入った。
「さぁ、どうぞフーマ様。こちらへいらっしゃい」
「え、ええっと。因みに何ですけどサラムさんは?」
「夫は深酒によって朝まで目を覚まさないので心配ありませんよ。今は別の部屋で寝ています」
「そ、そうですか」
「ほら、トウカもいつまでもそこに立っていないでこちらにいらっしゃい」
「はい。失礼します」
トウカさんはそう言うと、カグヤさんとの間に1人分の隙間を開けて布団に入った。
マジか。
そのちょうど良さげなスペースは俺の為のスペースなのか。
「どうかなさいましたか?」
「い、いえ。失礼します」
カグヤさんに話しかけられた俺はそう言ってそそくさとトウカさんとカグヤさんの間に入った。
なんだかめっちゃ良い匂いがする。
俺がそんな事を考えている間に、両隣の2人が体を倒して俺の方を向いてきた。
「そんなに緊張していては眠れませんよ?」
「す、すみません」
「ふふ。仕方ありませんね」
カグヤさんはそう言うと体を少しだけ起こして布団の上から俺をぽんぽんし始めた。
反対側にで布団に入っていたトウカさんも同じように体を起こしてぽんぽんし始める。
俺はそんな2人のぽんぽんに従って目を閉じたのだが、
ね、寝れねぇ。
それが俺の純粋な感想だった。
そんな緊張状態に耐えながら5分ほど経った頃、トウカさんが俺の頭を軽く撫でて言葉を漏らした。
「ふふ。寝顔も素敵ですね」
「あら、トウカはフーマ様の様な方が好みだったのですか?」
「いいえお母様。私はフーマ様の様な方ではなくフーマ様が好みなのです」
あのー、目は閉じてるけどまだ起きてますよ。
「ふふ。どうやらその様ですね」
「はい。私はフーマ様と出会えただけでこれまでの人生の全てが報われた様な気がします」
「だそうですよフーマ様。トウカを大切にしてやってくださいね」
「………はい」
「お、起きていたのですか!?」
「すみません」
「さ、先程言った事は忘れてください!」
トウカさんがそう言って俺に背を向けて布団をバッと被った。
えぇっと、ごめんね?
「ふふ。それではそろそろ寝ましょうか」
カグヤさんはそう言うと、枕元にあった行灯を消して俺の横で目を閉じた。
俺がカグヤさんのその様子を横目で眺めていると、カグヤさんから魔力が流れて来るのを感じた。
「これは?」
「よく眠れる様におまじないですよ」
確かにこのままじゃ緊張で眠れそうにはないし、おまじないとやらを受けてみるか。
そう思って魔力の循環速度を落とすと、俺は驚くほどすんなりと深い眠りに落ちていった。
私達の寝泊まりしていた部屋で打ち上げを始めておよそ一時間後、私の左隣でローズちゃんとお酒を飲んでいた風舞くんが疲労と酔いのためかこっくりこっくりし始めた。
ふふっ、寝ぼけ眼の風舞くんは可愛いわね。
「のうフーマ? そろそろベッドに向かったらどうじゃ? お主、もう座ってるのも辛いんじゃろ?」
「だいじょぶ」
「そうは言うが、ろくに目が開いて無いではないか」
「だいじょぶ」
「ふふっ。それじゃあ私がフーマくんが寝るまで添い寝してあげるからベッドに向かいましょう?」
「うん」
冗談でフーマくんの頭を撫でながら話しかけてみたら、意外にもフーマくんが素直に頷いた。
こ、これは中々母性が刺激されるわね。
「それじゃあほら、立てるかしら?」
「むり」
「もう。フーマくんは我が儘ね。それじゃあ抱っこしても良い?」
「うん」
「なんじゃこの生き物。いつもの子憎たらしいフーマはどこに行ったんじゃ」
「確かにいつものミステリアスな雰囲気をまるで感じませんね。まるで純粋な子供の様です」
シルビアちゃんがそう言いながら、ローズちゃんにされるがままになっている風舞くんの顔を覗きこんだ。
そうして私達が風舞くんを取り囲んでいたためにトウカさんも気になったのか、私達の元へやって来た。
あら、アンちゃんはターニャちゃんにモフられ過ぎて動けないみたいね。
「フーマ様に何かあったのですか?」
「どうやら見ての通りお眠みたいよ」
「あら、随分と可愛らしいお姿ですね」
「ええ。という訳でフーマくんをベッドまで運ぼうと思うのよ」
「そうでしたか。では、私が責任を持ってフーマ様を寝室までお連れしましょう」
「あら、トウカさんはもう私の従者なのだから私を優先なさい」
「ふふ。それでしたら尚更マスターに重労働をさせる訳にはいきません」
「フーマくんを運ぶのは重労働じゃないわよ。むしろ私にとってご褒美ね!」
「まったく、お主らは相変わらずじゃな。どれ、ここは年長者の妾が責任を持って…」
「待ちなさいミレンちゃん! 抜け駆けはさせないわよ!」
「うるさい」
フーマくんを抱き抱えようとしていたローズちゃんにストップを掛けたら風舞くんに怒られてしまった。
むぅ、これは一筋縄ではいかなさそうね。
「ねぇ二人とも。ここは平等にじゃんけんをするというのはどうかしら」
「そうですね。これ以上フーマ様の眠りを妨げる訳にはいきませんし、そうしましょう」
「うむ。妾も異論はない」
「よし、それじゃあ行くわよ。じゃんけん…」
そうして3人同時に手を振り下ろそうとしたその時、いつの間にかフーマくんに水を渡していたシルビアちゃんがフーマくんに指名されていた。
「シルビア眠い」
「ベッドまでお連れ致しましょうか?」
「おねがい」
「かしこまりました」
シルビアちゃんはそう言うと、風舞くんをすんなりとお姫様抱っこして私達に声をかけてきた。
「すみません。寝室の位置を教えてくださいませんか?」
「え、ええ。こっちよ」
シルビアちゃんがあまりにも自然に風舞くんを抱っこしていたためか、私はすんなりと案内を応じてしまった。
さ、流石は風舞くんの筆頭従者ね。
見事な腕前だわ。
「むぅ、勝負はお預けみたいじゃな」
「はい。取り敢えず私達は片付けをしましょうか」
「うむ。そうするかの」
シルビアちゃんを案内する後ろで、私と同じように風舞くんをベッドまで運ぶという嬉しい仕事を出来なかったローズちゃん達がそんな話をしていたのが何だか印象的だった。
◇◆◇
風舞
深夜。
酒を飲み過ぎたためか寝落ちしてしまった俺が目を覚ますと、横でシルビアとローズと舞とトウカさんが寝ていた。
いや、横と言うといささか語弊があるか。
俺を中心に扇状に寝ていると言う方が正しいかもしれない。
「トイレ」
酒の利尿作用にやられたためかかなりトイレに行きたくなった俺は、こっそりとベッドを抜け出してトイレに向かった。
「ふぃー。超スッキリ」
部屋に備え付けられているトイレを出てそんな事を言いながら、何となく乾いた喉を潤そうと思い水瓶に向かうと、ちょうど寝室から出てきたトウカさんに遭遇した。
「すみません。起こしちゃいましたか?」
「ええっと、そうですね。ちょうどフーマ様の魂の治療をしていたところでしたので」
トウカさんが少しだけ申し訳なさそうな顔をしながらそう言った。
そう言えばトウカさんによる魂の治療は俺が寝ている時じゃないと出来ないらしいし、俺が起きたことによって中断されたのかもしれない。
「すみませんでした」
「いえ、フーマ様が謝る事ではありませんよ。それより、少しだけお話しませんか?」
ワンピース姿のトウカさんが耳に髪をかけながらそう尋ねてきた。
窓から差し込む月明かりがトウカさんの綺麗な金髪を照らして何とも幻想的な光景である。
そんな感じでちょっぴりトウカさんに見惚れていた俺は、少しだけ返事に詰まりながらも了承した。
「わ、分かりました」
「ふふっ。それでは少し蒸しますし、夜風に当たりにいきましょう」
「はい」
俺がそう言って頷くと、トウカさんが軽く微笑んで部屋のドアを開けて廊下に出た。
俺はトウカさんの案内に素直に従って後ろに着いていく。
「もうかなり遅いのに、外はまだ宴会をやってるんですね」
「はい。此度の戦は里の命運を揺るがすものでしたから、その分喜びも大きいのでしょう」
廊下の窓から見える光景はエルフの営みを感じる素晴らしいものだった。
だが、このひっそりと静まり返った廊下には俺とトウカさんしかいないためか、あの窓の外の光景がどこか別の世界のものに感じる。
あ、ファルゴさんと団長さんがエルフの兵隊さんと肩を組んで歌ってる。
………何となくおセンチな感傷に浸ってたけど、めっちゃ見馴れた光景だったわ。
何が別の世界のものに感じるだよ。
そんな事を考えながらトウカさんの後を歩いていると、1つの大きな窓の前でトウカさんが立ち止まって、その窓を開いた。
窓から穏やかな風が吹き込んできて、纏わりついていた熱気を優しく吹き飛ばしていく。
「フーマ様。フーマ様は別の世界からこちらにいらしたのですよね?」
「そうですね」
「それでは、いつか元の世界に戻られてしまうのですか?」
「いや、元の世界に戻ろうとは今のところ考えていません。こっちにはやりたい事も大切な人も沢山ありますからね」
「そうですか。あ、喉は乾いていませんか?」
少しだけ顔を明るくしたトウカさんがそう尋ねてきた。
どうやら俺達が元の世界に戻ってしまわないか心配だったみたいである。
まぁ、向こう百年はローズの魔封結晶探しとか、フレンダさん救出作戦で忙しいだろうし、帰る予定はないな。
ていうか帰る方法すら知らないし。
俺はそんな事を考えながら、アイテムボックスからコップを2つ出してトウカさんに差し出した。
「お願いします」
「ふふっ。分かりました」
トウカさんがそう言って水魔法で入れてくれた水に口をつける。
ん? 何となく舞の出す水と味が違う気がする。
「どうかなさいましたか?」
「あぁいや、何でもないです。それより、俺からも一つだけ聞いても良いですか?」
「はい。もちろん構いませんよ」
トウカさんがそう言ってふんわりと微笑んだ。
あぁ、俺はこんなにも素敵な女性と知り合えたのか。
そう思うと、心の奥がじんわりと熱くなるのを感じた。
「トウカさんは、巫を辞めて俺達と来ることに後悔はありませんか?」
「怒りますよ?」
トウカさんが頬を膨らませながらそう言った。
とても可愛らしいですね。
じゃなくて……。
「理由を聞いても?」
「もう。本当に分からないのですか?」
「はい。すみません」
「ふふっ。謝らなくても構いませんよ。フーマ様は本当に可愛らしいお方ですね」
「あぁ、はい。どうも。それで、話の続きなんですけど…」
「私がフーマ様方と共に行く事に後悔がないかというお話でしたか?」
「はい。トウカさんはこの里を凄く大事に思っていて、巫である事にも誇りを持っていました。俺にはそんなトウカさんが里を離れる事に何か思う所がある気がして…」
「そういう事でしたか。確かに私はこの里とこの里に生きる民を愛していますし、お母様に辞任された今でも巫であった事に誇りを持っています」
「それじゃあ…」
「しかし、私の人生は私のものです。確かに里のために生きていく事も私の人生の選択肢の一つでしょうが、私には他にもっとやりたい事があるのです。その為に生きるというのは我儘でしょうか?」
「いや、そんな事無いと思います。少なくとも俺はトウカさんには自由で幸せな人生を送ってもらいたいです」
トウカさんは今まで巫として一生懸命生きてきた。
そんなトウカさんだからこそ、何にも縛られずに自由に生きて欲しい。
俺達と共に来てくれるというのは嬉しいが、恩義や責任でトウカさんの人生を決めて欲しくはない。
「ありがとうございますフーマ様。私はそんなフーマ様だからこそ、共に在りたいのです」
「それは、トウカさんが心から望むことなのですか?」
俺は持っていたコップを窓枠に置いて正面からトウカさんの顔を見つめてそう言った。
トウカさんはそんな俺を見て一度目を閉じて深呼吸をし、俺と同じようにコップを窓枠に起いた。
そして目を開き………
ーーそっと俺にキスをした。
「これが私の本心です。私はフーマ様をお慕い申し上げております。どうか私をお傍に置いてはくださいませんか?」
トウカさんが俺の手を両手で握りながらそう問いかけてきた。
一瞬俺なんかで良いんですか、なんて言いそうになったが…
「はい。これからよろしくお願いしますトウカさん」
俺はしっかりとトウカさんの目を見てそう言った。
「ふふっ。ありがとうございますフーマ様。さて、あまり冷えては行けませんしそろそろ戻りましょうか」
そう言ったトウカさんが俺に背を向けて、ゆっくりと廊下を歩き始める。
俺は2つのコップをアイテムボックスにしまい、窓を閉めて一度深く溜め息をついた。
「はぁ、出てこいよ」
「お、オホホホ。いつから気づいていたんですの?」
「ついさっきだ。それで、何か用か?」
「オホホ。私もキスをさせていただ…」
「そうか。それじゃあお休み」
「オホホホ。冗談ですわ! カグヤ様がお二方をお呼びですの!」
「私も、ですか?」
「はい。フーマ様の魂の事で話があるそうです」
スーシェルさんがそう言いながらスッと影から出てきた。
この人も見てたのか。
油断ならないな。
「分かりました。それでは向かうとしましょう」
「オホホ。ご主人様も宜しいですの?」
「ああ。何か大事な話っぽいし、大人しく着いて行くぞ」
「オホホホ。それではこちらへどうぞ」
そうして、俺はエルセーヌさんの後ろを大人しく着いていった。
「トウカ様も中々やりますね。ところで、フーマ様の唇の感触はどうでしたか?」
「とても柔らか……って、何を言わせるのですか!」
道中そんな話が後ろから聞こえてきたが、クールな俺は動じることなく淡々と足を動かした。
◇◆◇
風舞
「オホホ。お二方をお連れしましたわ」
エルセーヌさんに連れられてとある一室の前まで行くと、エルセーヌさんがそう言いながら扉をノックした。
中から返事は無かったが、エルセーヌさんは扉を開いて中に脚を踏み入れる。
あ、ここの部屋も和室の部屋なのか。
扉の中に襖がある。
そんな事を考えながら俺も部屋に脚を踏み入れると、襖の中から声がかかった。
「どうぞ中にお入りください」
その声に従って襖の中に入るために靴を脱ごうとすると、エルセーヌさんとスーシェルさんが俺とトウカさんにお辞儀をして一瞬で姿を消した。
どうやらあの2人はただの案内役であったらしい。
「こんばんはカグヤさん」
「こんばんはお母様」
「はい。2人ともよく来てくださいましたね」
俺たちが襖を開けて中に入ると、薄い着物を着たカグヤさんが出迎えてくれた。
どうやらこの睡蓮描かれたの白い着物がカグヤさんの寝巻きであるみたいである。
すぐそこに布団が敷かれているし、間違い無いはずだ。
「それで、俺の魂の件でお話があるという事でしたが」
「はい。なのでまずは私と褥を共にしてください」
「はい?」「お母様!?」
「フレンダ様にもお話ししておきたい事があるので、フーマ様の精神世界に脚を運びたいのです。トウカは何を想像したのですか?」
「い、いえ。何でもありません」
そうか。
てっきり親子丼な展開なのかと思ったけど違うのか。
いや、別にガッカリはしてないぞ。
そんな事を考えている間にカグヤさんが布団を捲ってその中に入った。
「さぁ、どうぞフーマ様。こちらへいらっしゃい」
「え、ええっと。因みに何ですけどサラムさんは?」
「夫は深酒によって朝まで目を覚まさないので心配ありませんよ。今は別の部屋で寝ています」
「そ、そうですか」
「ほら、トウカもいつまでもそこに立っていないでこちらにいらっしゃい」
「はい。失礼します」
トウカさんはそう言うと、カグヤさんとの間に1人分の隙間を開けて布団に入った。
マジか。
そのちょうど良さげなスペースは俺の為のスペースなのか。
「どうかなさいましたか?」
「い、いえ。失礼します」
カグヤさんに話しかけられた俺はそう言ってそそくさとトウカさんとカグヤさんの間に入った。
なんだかめっちゃ良い匂いがする。
俺がそんな事を考えている間に、両隣の2人が体を倒して俺の方を向いてきた。
「そんなに緊張していては眠れませんよ?」
「す、すみません」
「ふふ。仕方ありませんね」
カグヤさんはそう言うと体を少しだけ起こして布団の上から俺をぽんぽんし始めた。
反対側にで布団に入っていたトウカさんも同じように体を起こしてぽんぽんし始める。
俺はそんな2人のぽんぽんに従って目を閉じたのだが、
ね、寝れねぇ。
それが俺の純粋な感想だった。
そんな緊張状態に耐えながら5分ほど経った頃、トウカさんが俺の頭を軽く撫でて言葉を漏らした。
「ふふ。寝顔も素敵ですね」
「あら、トウカはフーマ様の様な方が好みだったのですか?」
「いいえお母様。私はフーマ様の様な方ではなくフーマ様が好みなのです」
あのー、目は閉じてるけどまだ起きてますよ。
「ふふ。どうやらその様ですね」
「はい。私はフーマ様と出会えただけでこれまでの人生の全てが報われた様な気がします」
「だそうですよフーマ様。トウカを大切にしてやってくださいね」
「………はい」
「お、起きていたのですか!?」
「すみません」
「さ、先程言った事は忘れてください!」
トウカさんがそう言って俺に背を向けて布団をバッと被った。
えぇっと、ごめんね?
「ふふ。それではそろそろ寝ましょうか」
カグヤさんはそう言うと、枕元にあった行灯を消して俺の横で目を閉じた。
俺がカグヤさんのその様子を横目で眺めていると、カグヤさんから魔力が流れて来るのを感じた。
「これは?」
「よく眠れる様におまじないですよ」
確かにこのままじゃ緊張で眠れそうにはないし、おまじないとやらを受けてみるか。
そう思って魔力の循環速度を落とすと、俺は驚くほどすんなりと深い眠りに落ちていった。
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