クラスごと異世界転移して好きな女の子と一緒に別行動していたら、魔王に遭遇したんですけど...
93話 速く飛ぶ者
風舞
確か、オーキュペテーはギリシャ神話に登場するハーピィの一体であったと思う。
この世界に何故ギリシャ神話に登場する怪物と同じ名前の魔物がいるのかは分からないが、ランバルディア共通語という翻訳スキルがそう俺に解釈させているのだし、オーキュペテークイーンの特性は俺の元いた世界のそれに近いものであると考えても問題ないだろう。
一時期何となく神話に興味を持って調べていた時期があったが、オーキュペテーは「速く飛ぶ者」という意味であったはずだ。
となると………。
「なぁローズ。取り敢えずはグリフォンの時と同じ作戦で良いか?」
「うむ。オーキュペテーは空中機動力に優れた魔物じゃ。フーマの力で移動速度をゼロにしたところに妾が渾身の一撃を叩きこむとしよう」
「よし、それじゃあ早速行くぞ!」
そうしてオーキュペテークイーンをローズの間合いに転移させようとしたその時、俺は件の迷宮王を見失った。
「は?」
『後ろです!』
フレンダさんの声と自身のスキルの警鐘を頼りに、振り返る事無く何とかオーキュペテークイーンの爪を転移魔法で避けるが、僅かばかり反応が遅れたため背中に決して浅くはない傷を負ってしまった。
「ちっ!  こやつ、フーマを狙っておるぞ!」
背中に走る激痛を何とか堪えながら転移先で振り返ってみると、剣を振り下ろした体勢のローズが俺に警告を飛ばしてきた。
どうやらオーキュペテークイーンが俺に攻撃してきたタイミングでローズも攻撃を仕掛けたが、ローズの大剣は虚しく宙を斬ってしまった様である。
『おいフーマ!  ボサっとしてないで体を動かしなさい!』
「はい!」
フレンダさんの声に弾かれる様に適当な位置に再び転移をした直後、俺の元いた位置にオーキュペテークイーンが強襲をしかけていた。
おいおい。
今までは何となく攻撃が見えなくても反射で対応できてたけど、ここまで速いといくらスキルで感知しても対処できないぞ。
「フレンダさん、何か打開策をお願いします!」
『今考えていますから、そのまま対角線上に転移し続けなさい!』
「しばらくは保ちますけど、俺の魔力も無限じゃないんでなるたけ早くお願いします」
『任せてください!』
クソっ、気がついたらオーキュペテークイーンが動き出してるから全く攻撃に反応できない。
こうして転移魔法で出来るだけランダムに転移してはいるが、視界にオーキュペテークイーンが入る事はほとんど無いし、本当に自分がオーキュペテークイーンに狙われいるのか疑わしくなってくる。
いや、さっきから背中に怖気が走りっぱなしだから狙われているのは間違いないか。
「フウマ!  あまり妾から離れすぎるな!  あまり遠すぎては当たる攻撃すら当たらん!」
ローズの声のする方を意識してみたら、確かに彼女との距離が開き始めていた。
どうやらオーキュペテークイーンの殺気に充てられて闇雲に逃げ回っていたために視野がかなり狭まっていた様である。
俺の攻撃ではオーキュペテークイーンに有効打が入るとは思えないし、出来るだけ火力の高いローズの近くにいる様にしないとか。
そんな事を考えながら気づかない内に上がっていた息を意識して戻しつつ、ローズとの距離をある程度一定に保つ様に転移し続けていると、俺の中の頼りになる参謀さんが話しかけてきた。
『フーマ。壁になりそうな巨石はアイテムボックスに入っていますか?』
「下が平らな地面なら壁になりそうなのはありますけど、森の上に落とすと倒れちゃいますよ?」
『別に形はそこまでこだわりません。遮蔽物になる大きささえあればそれで充分です』
「それなら一杯あるんでどんどんだしますね」
そうしてフレンダさんの指示を受けた俺はアイテムボックスから巨石を出しながら回避様の転移を継続した。
森という遮蔽物がある階層に住む迷宮王に対してここまで目の粗い遮蔽物がそこまで役立つとは思えないが、フレンダさんには何か考えがあるのかもしれない。
「こうやって遮蔽物を出すなら森の中を逃げ回った方が手っ取り早くないですか?」
『いえ、森の中に罠がある可能性は未だ払拭できていませんし、戦場は出来るだけ自分で作るべきです』
「それじゃあ、水でも撒いてやりましょうか?」
『フーマのアイテムボックスにはそんなに大量の水が入っているのですか?』
「まぁ、広めの湖くらいはあると思いますよ」
ボタンさんが何回も川をせき止めて水を回収させてくれたし、水だけならとんでも無い量がアイテムボックスの中に入っている。
下流にある町がそこそこの被害を受けた気がしなくもないが、多分数日で元通りになるだろうから許してもらいたい。
そういえば、川の水をアイテムボックスに入れた時は魚とか水中を漂っていた物は勝手に除外されていたけれど、転移魔法にはそういう特性でもあるのだろうか。
何かに密着している物は転移できないはずなのだが、液体は例外なのかもしれない。
『よし、可能なら水も出してしまいましょう。出来れば森が沈むぐらいの水量が欲しいです』
「それじゃあ水と石を交互に出しますね」
ここは一応ダンジョンの中だしどこかから水が流れ出て行ってしまうとは思うのだが、25メートルプール一杯分を瞬間的に出し続けていけばそれなりのスピードでこの階層に水を張れるはずだ。
しかし、この部屋を沈没させるとなると流石に魔力の消費量がとんでも無い事になりそうだな。
「世界樹の葉って魔力も回復しますかね」
『はい。私が聞いた話だと最大まで回復するはずです』
「それじゃあ、下の木についてるやつを毟りまくれば魔力が切れる事は無さそうですね」
『いいえ。これはお姉様達の世界樹の葉を見て先ほど気が付いたのですが、回復効果のある世界樹の葉は新芽である可能性が高いです』
「それじゃあ、どれでもいいから毟るってやり方じゃダメってことですか?」
『はい。ここは迷宮王の部屋ですし、流石にそう都合よく回復アイテムが手に入ることは無いでしょう。おそらく、下の木々には新芽自体ないと思います』
「マジかいな」
普通の常緑樹なら一枚ぐらいなら新芽がありそうな気もするが、それがダンジョンの中ともなるとそう上手くはいかないのか。
まぁ、ボス部屋に回復アイテムがたくさんある方がおかしいし、当然っちゃ当然なのかもしれない。
そんな事を考えながら水球を出しつつ木々の上に石を振らせ続けていると、この階層の景観が見るからに変わってきた。
「さて、そろそろ良い感じじゃないですか?」
『そうですね。それで、オーキュペテークイーンの方はどうですか?』
「どうって…あれ?  殺気が弱くなってる気がします」
『やはりこれだけ逃げ回っていれば如何に迷宮王と言えども違う手を考える様ですね』
えぇ、それじゃあオーキュペテークイーンが俺を追うのを諦めてくれなかったら俺は魔力が切れるまでこのままだったのか?
『よし、それではそろそろお姉さまの元に戻ってください』
「はいはい。わかりましたよ」
なんとなく気が抜けてしまった俺はそんなおざなりな返事をしながら、最初に用意した10メートル四方の石の上に転移した。
「流石は転移魔法を得意としているだけの事はあるの」
「そうか?」
「うむ。まさかこの階層を沈めるほどの水を用意するとは思わんかった」
「まぁ、流石に魔力はかなり消耗したけどな」
俺はそんな事を言いながら、アイテムボックスから世界樹の葉を取り出して自分の口に放り込む。
うん、味はただの草だな。
「さて、この後はどうしようか」
『流石にオーキュペテークイーンも疲れたのか空中で動きを止めていますが、これでは手の出し様がありませんね』
「はい。さっきは転移させようとした瞬間に襲われましたし、あいつを転移させようとしたらまた襲って来そうな気がします」
「ふむ。フウマの転移魔法でも対処できぬ速さとなると厄介じゃな」
「ああ。って、あれ?  そういえば舞はどうなったんだ?」
先程ローズが、舞はエルフの重傷者二人を避難させに行ったと言っていたが、俺がこの階層を水浸しにしてしまったし避難できなくなってしまった気がする。
やっべぇ、もしかしてマイがあの二人を抱えて今も泳いでいたりするのか?
なんて事を思いながら視線をオーキュペテークイーンに向けつつ周囲を魔力感知で探っていたその時、俺の後ろから聞き覚えのない声がかかった。
「あの少女なら無事ですよ」
「え?」
「マイという名の少女は僕達に回復魔法をかけた後フウマくんを助けに行くから後は好きにしてちょうだいと言っていたよ」
「お主ら、もう傷は良いのかの?」
ローズのその声に釣られて思わず振り返ってみると、そこには先ほどまで重体であったはずの二人がそこに立っていた。
二人とも相変わらずかなり痩せていて格好もボロボロではあるのだが、その目には確かな覇気が宿っている。
何というか、完璧魔王モードのローズと同じ様な雰囲気を纏っているのだ。
「ええ。かの少女のお蔭で体力魔力ともに十分に回復しました」
「微力ではあるけれど、僕たちも戦闘に参加させてもらうよ。トウカに毒牙をかけた男の前でこれ以上無様を晒す訳にはいかないからね」
あれ?
何となくこの男のエルフがユーリアくんに似ている気がする。
別に顔が似てるとかではないと思うのだが、話し方と言うかドSっぽい雰囲気がユーリアくんが時々怖い顔をしている時とそっくりじゃね?
「ふむ。今は少しでも戦力が欲しいところじゃったから助かるのじゃ」
「私共は一度あの迷宮王に完敗しているのでそこまで力になれるとは思いませんが、足手まといにはならないと約束しましょう」
女性の方のエルフはそう言うと、俺に優し気な微笑みを向けてきた。
あれ?
なんだか凄いドキドキする。
もしかして魅了系の魔法でもかけられたのか?
『おいフーマ。人妻にトキめいていないでオーキュペテークイーンについてその二人に聞きなさい』
「あ、はい」
そうか、これが人妻の魅力なのか。
距離感的にこの二人は夫婦であるみたいだし、このエルフの女性が人妻だというのは間違いない気がする。
そんな事を考えながらこの魅力的な女性に何て話しかけようか悩んでいると、エルフの女性が俺に気を使ったのか優し気な笑みのまま俺に話しかけてきた。
「フレンダ様から何か質問があるのですか?」
「あ、はい。何かオーキュペテークイーンについてお聞きしたいんですけど………って、あれ?  何でフレンダさんの事を知ってるんですか?」
「僕達は里の全ての音を聞いていたからね。君達が里で何を話していたのかは全て把握しているよ」
「こわっ!」
「ほう、それならば自己紹介をする手間が省けて楽で良いの」
えぇ、何でローズはそんなに落ち着いてるんだよ。
この二人が敵意が無いのは俺にも分かるけど、いくら何でも魔王である事がバレている事をもう少し気にしても良いんじゃないか?
「ふふふ。私達が今ここで貴方達に牙を剥くことはありませんから安心してください。それに、私個人としてはフーマ様の事は高く買っているのですよ」
「は、はぁ、ありがとうございます?」
「さて、迷宮王についてですが、ご存じの通りあの魔物の厄介な点は高速移動とそれを使いこなす頭脳です。私達も何度も攻撃をしたのですが、全て避けられてしまいました」
「それでは、特に打開策は持ち合わせておらんのか?」
「うん。錫杖を使って弱体化させようとはしたんだけど、彼女が力を溜めている間に二人ともやられちゃったから今はどうしようもないね」
「その錫杖というのは魔道具かの?」
「正確には違いますが、その解釈でも問題ありません。私のギフトと同調させる事で力を発揮する特殊な逸品なのですが、どうやら気絶している間にあの迷宮王に盗まれてしまった様ですね」
「それじゃあ、完全に手詰まりって事ですか?」
『はぁ、何とも役に立たない二人ですね』
フレンダさんの言い方はあんまりな気もするが、てっきりこの二人はかなりの猛者でオーキュペテークイーンを追い詰めてあと一歩のところまでいったのかと思っていた。
錫杖とやらがあれば少しは話が変わって来るのかもしれないが、それもオーキュペテークイーンに盗まれてしまった様だし、戦況を大きく変える術をこの二人は持っていない様である。
はぁぁ、マジでどうしたもんかなぁ。
なんて事を考えながらオーキュペテークイーンに目を戻したその時、俺に問いかけられていたエルフの女性がいくらか間をおいた後で意外な返事をした。
「いいえ。それが、どうやら手詰まりというほど絶望的な状況ではない様です」
「それってどういう…」
グギャガァァァァァ!!
は?
何でオーキュペテークイーンがいきなり傷を負って苦しんでいるんだ?
もしかして、このエルフの女性が何かしたのか?
『ま、マイがあの迷宮王に一撃いれた様です』
「え?  どこに舞がいるんですか?」
『スキルや感覚ではなく視覚のみで探せば見つかるはずです。迷宮王に一撃いれた後そのまま落下していきました』
視覚だけで探すか。
最近はスキルと感覚だけで戦ってきたからその全くの逆をやるのが微妙に難しく感じる。
「あ、いた」
そうしてフレンダさんの指示通りに頭を切り替えてみると、ちょうど水に浸かった森に着水する舞の姿が確認できた。
一瞬の事だったので確かではないのだが、目をつぶっていた様な気がする。
「あの少女の才覚には驚きました。まさか本当に完全に気配を消しきるとは」
「その指示はお主が出したのかの?」
「はい。オーキュペテークイーンが気配の感知にも優れていると伝えたところ、それなら何の問題も無いわねと言って壁を昇って行きました」
「でも、それだと落下音とかでバレるんじゃないか?」
「いや、恐らくじゃが風魔法で上手く周囲の空気を操作しながら落下した様じゃ。まさか魔法までもを感知させずに使うとは恐ろしい奴じゃな」
「魔法って感知させずに使えるもんなのか?」
「うむ。自身の周囲を上手く魔力の膜で囲んで魔力の流れを隠せば理論上は出来ぬ事もない。じゃが、それを気配を漏らさないほどの薄い意識で行うとすれば並大抵のことではないの」
「ん?  よくわかんないんだけど、つまりどう言う事だ?」
「お主ら風に言うとすれば、マイはチートキャラじゃったという事じゃな」
「あぁ、なるほど」
俺には舞がやった事の凄さがイマイチ分からないが、つい先程までどう攻めれば良いのか分からなかった迷宮王に一太刀入れている訳だし、舞がチートキャラだというのには俺も得心がいく。
最近の舞はどうも残念美人な感じが強かったけれど、そういえばパーフェクトハイパー美少女でもある事をすっかり忘れていた。
まぁ、何はともあれ舞であればオーキュペテークイーンに有効な攻撃を入れられるみたいだし、一先ずは舞を回収して彼女が攻撃をしやすい状態を作り出す事に専念するとするかね。
俺は舞という頼もしい味方の存在に感謝しつつそんな事を考えた。
確か、オーキュペテーはギリシャ神話に登場するハーピィの一体であったと思う。
この世界に何故ギリシャ神話に登場する怪物と同じ名前の魔物がいるのかは分からないが、ランバルディア共通語という翻訳スキルがそう俺に解釈させているのだし、オーキュペテークイーンの特性は俺の元いた世界のそれに近いものであると考えても問題ないだろう。
一時期何となく神話に興味を持って調べていた時期があったが、オーキュペテーは「速く飛ぶ者」という意味であったはずだ。
となると………。
「なぁローズ。取り敢えずはグリフォンの時と同じ作戦で良いか?」
「うむ。オーキュペテーは空中機動力に優れた魔物じゃ。フーマの力で移動速度をゼロにしたところに妾が渾身の一撃を叩きこむとしよう」
「よし、それじゃあ早速行くぞ!」
そうしてオーキュペテークイーンをローズの間合いに転移させようとしたその時、俺は件の迷宮王を見失った。
「は?」
『後ろです!』
フレンダさんの声と自身のスキルの警鐘を頼りに、振り返る事無く何とかオーキュペテークイーンの爪を転移魔法で避けるが、僅かばかり反応が遅れたため背中に決して浅くはない傷を負ってしまった。
「ちっ!  こやつ、フーマを狙っておるぞ!」
背中に走る激痛を何とか堪えながら転移先で振り返ってみると、剣を振り下ろした体勢のローズが俺に警告を飛ばしてきた。
どうやらオーキュペテークイーンが俺に攻撃してきたタイミングでローズも攻撃を仕掛けたが、ローズの大剣は虚しく宙を斬ってしまった様である。
『おいフーマ!  ボサっとしてないで体を動かしなさい!』
「はい!」
フレンダさんの声に弾かれる様に適当な位置に再び転移をした直後、俺の元いた位置にオーキュペテークイーンが強襲をしかけていた。
おいおい。
今までは何となく攻撃が見えなくても反射で対応できてたけど、ここまで速いといくらスキルで感知しても対処できないぞ。
「フレンダさん、何か打開策をお願いします!」
『今考えていますから、そのまま対角線上に転移し続けなさい!』
「しばらくは保ちますけど、俺の魔力も無限じゃないんでなるたけ早くお願いします」
『任せてください!』
クソっ、気がついたらオーキュペテークイーンが動き出してるから全く攻撃に反応できない。
こうして転移魔法で出来るだけランダムに転移してはいるが、視界にオーキュペテークイーンが入る事はほとんど無いし、本当に自分がオーキュペテークイーンに狙われいるのか疑わしくなってくる。
いや、さっきから背中に怖気が走りっぱなしだから狙われているのは間違いないか。
「フウマ!  あまり妾から離れすぎるな!  あまり遠すぎては当たる攻撃すら当たらん!」
ローズの声のする方を意識してみたら、確かに彼女との距離が開き始めていた。
どうやらオーキュペテークイーンの殺気に充てられて闇雲に逃げ回っていたために視野がかなり狭まっていた様である。
俺の攻撃ではオーキュペテークイーンに有効打が入るとは思えないし、出来るだけ火力の高いローズの近くにいる様にしないとか。
そんな事を考えながら気づかない内に上がっていた息を意識して戻しつつ、ローズとの距離をある程度一定に保つ様に転移し続けていると、俺の中の頼りになる参謀さんが話しかけてきた。
『フーマ。壁になりそうな巨石はアイテムボックスに入っていますか?』
「下が平らな地面なら壁になりそうなのはありますけど、森の上に落とすと倒れちゃいますよ?」
『別に形はそこまでこだわりません。遮蔽物になる大きささえあればそれで充分です』
「それなら一杯あるんでどんどんだしますね」
そうしてフレンダさんの指示を受けた俺はアイテムボックスから巨石を出しながら回避様の転移を継続した。
森という遮蔽物がある階層に住む迷宮王に対してここまで目の粗い遮蔽物がそこまで役立つとは思えないが、フレンダさんには何か考えがあるのかもしれない。
「こうやって遮蔽物を出すなら森の中を逃げ回った方が手っ取り早くないですか?」
『いえ、森の中に罠がある可能性は未だ払拭できていませんし、戦場は出来るだけ自分で作るべきです』
「それじゃあ、水でも撒いてやりましょうか?」
『フーマのアイテムボックスにはそんなに大量の水が入っているのですか?』
「まぁ、広めの湖くらいはあると思いますよ」
ボタンさんが何回も川をせき止めて水を回収させてくれたし、水だけならとんでも無い量がアイテムボックスの中に入っている。
下流にある町がそこそこの被害を受けた気がしなくもないが、多分数日で元通りになるだろうから許してもらいたい。
そういえば、川の水をアイテムボックスに入れた時は魚とか水中を漂っていた物は勝手に除外されていたけれど、転移魔法にはそういう特性でもあるのだろうか。
何かに密着している物は転移できないはずなのだが、液体は例外なのかもしれない。
『よし、可能なら水も出してしまいましょう。出来れば森が沈むぐらいの水量が欲しいです』
「それじゃあ水と石を交互に出しますね」
ここは一応ダンジョンの中だしどこかから水が流れ出て行ってしまうとは思うのだが、25メートルプール一杯分を瞬間的に出し続けていけばそれなりのスピードでこの階層に水を張れるはずだ。
しかし、この部屋を沈没させるとなると流石に魔力の消費量がとんでも無い事になりそうだな。
「世界樹の葉って魔力も回復しますかね」
『はい。私が聞いた話だと最大まで回復するはずです』
「それじゃあ、下の木についてるやつを毟りまくれば魔力が切れる事は無さそうですね」
『いいえ。これはお姉様達の世界樹の葉を見て先ほど気が付いたのですが、回復効果のある世界樹の葉は新芽である可能性が高いです』
「それじゃあ、どれでもいいから毟るってやり方じゃダメってことですか?」
『はい。ここは迷宮王の部屋ですし、流石にそう都合よく回復アイテムが手に入ることは無いでしょう。おそらく、下の木々には新芽自体ないと思います』
「マジかいな」
普通の常緑樹なら一枚ぐらいなら新芽がありそうな気もするが、それがダンジョンの中ともなるとそう上手くはいかないのか。
まぁ、ボス部屋に回復アイテムがたくさんある方がおかしいし、当然っちゃ当然なのかもしれない。
そんな事を考えながら水球を出しつつ木々の上に石を振らせ続けていると、この階層の景観が見るからに変わってきた。
「さて、そろそろ良い感じじゃないですか?」
『そうですね。それで、オーキュペテークイーンの方はどうですか?』
「どうって…あれ?  殺気が弱くなってる気がします」
『やはりこれだけ逃げ回っていれば如何に迷宮王と言えども違う手を考える様ですね』
えぇ、それじゃあオーキュペテークイーンが俺を追うのを諦めてくれなかったら俺は魔力が切れるまでこのままだったのか?
『よし、それではそろそろお姉さまの元に戻ってください』
「はいはい。わかりましたよ」
なんとなく気が抜けてしまった俺はそんなおざなりな返事をしながら、最初に用意した10メートル四方の石の上に転移した。
「流石は転移魔法を得意としているだけの事はあるの」
「そうか?」
「うむ。まさかこの階層を沈めるほどの水を用意するとは思わんかった」
「まぁ、流石に魔力はかなり消耗したけどな」
俺はそんな事を言いながら、アイテムボックスから世界樹の葉を取り出して自分の口に放り込む。
うん、味はただの草だな。
「さて、この後はどうしようか」
『流石にオーキュペテークイーンも疲れたのか空中で動きを止めていますが、これでは手の出し様がありませんね』
「はい。さっきは転移させようとした瞬間に襲われましたし、あいつを転移させようとしたらまた襲って来そうな気がします」
「ふむ。フウマの転移魔法でも対処できぬ速さとなると厄介じゃな」
「ああ。って、あれ?  そういえば舞はどうなったんだ?」
先程ローズが、舞はエルフの重傷者二人を避難させに行ったと言っていたが、俺がこの階層を水浸しにしてしまったし避難できなくなってしまった気がする。
やっべぇ、もしかしてマイがあの二人を抱えて今も泳いでいたりするのか?
なんて事を思いながら視線をオーキュペテークイーンに向けつつ周囲を魔力感知で探っていたその時、俺の後ろから聞き覚えのない声がかかった。
「あの少女なら無事ですよ」
「え?」
「マイという名の少女は僕達に回復魔法をかけた後フウマくんを助けに行くから後は好きにしてちょうだいと言っていたよ」
「お主ら、もう傷は良いのかの?」
ローズのその声に釣られて思わず振り返ってみると、そこには先ほどまで重体であったはずの二人がそこに立っていた。
二人とも相変わらずかなり痩せていて格好もボロボロではあるのだが、その目には確かな覇気が宿っている。
何というか、完璧魔王モードのローズと同じ様な雰囲気を纏っているのだ。
「ええ。かの少女のお蔭で体力魔力ともに十分に回復しました」
「微力ではあるけれど、僕たちも戦闘に参加させてもらうよ。トウカに毒牙をかけた男の前でこれ以上無様を晒す訳にはいかないからね」
あれ?
何となくこの男のエルフがユーリアくんに似ている気がする。
別に顔が似てるとかではないと思うのだが、話し方と言うかドSっぽい雰囲気がユーリアくんが時々怖い顔をしている時とそっくりじゃね?
「ふむ。今は少しでも戦力が欲しいところじゃったから助かるのじゃ」
「私共は一度あの迷宮王に完敗しているのでそこまで力になれるとは思いませんが、足手まといにはならないと約束しましょう」
女性の方のエルフはそう言うと、俺に優し気な微笑みを向けてきた。
あれ?
なんだか凄いドキドキする。
もしかして魅了系の魔法でもかけられたのか?
『おいフーマ。人妻にトキめいていないでオーキュペテークイーンについてその二人に聞きなさい』
「あ、はい」
そうか、これが人妻の魅力なのか。
距離感的にこの二人は夫婦であるみたいだし、このエルフの女性が人妻だというのは間違いない気がする。
そんな事を考えながらこの魅力的な女性に何て話しかけようか悩んでいると、エルフの女性が俺に気を使ったのか優し気な笑みのまま俺に話しかけてきた。
「フレンダ様から何か質問があるのですか?」
「あ、はい。何かオーキュペテークイーンについてお聞きしたいんですけど………って、あれ?  何でフレンダさんの事を知ってるんですか?」
「僕達は里の全ての音を聞いていたからね。君達が里で何を話していたのかは全て把握しているよ」
「こわっ!」
「ほう、それならば自己紹介をする手間が省けて楽で良いの」
えぇ、何でローズはそんなに落ち着いてるんだよ。
この二人が敵意が無いのは俺にも分かるけど、いくら何でも魔王である事がバレている事をもう少し気にしても良いんじゃないか?
「ふふふ。私達が今ここで貴方達に牙を剥くことはありませんから安心してください。それに、私個人としてはフーマ様の事は高く買っているのですよ」
「は、はぁ、ありがとうございます?」
「さて、迷宮王についてですが、ご存じの通りあの魔物の厄介な点は高速移動とそれを使いこなす頭脳です。私達も何度も攻撃をしたのですが、全て避けられてしまいました」
「それでは、特に打開策は持ち合わせておらんのか?」
「うん。錫杖を使って弱体化させようとはしたんだけど、彼女が力を溜めている間に二人ともやられちゃったから今はどうしようもないね」
「その錫杖というのは魔道具かの?」
「正確には違いますが、その解釈でも問題ありません。私のギフトと同調させる事で力を発揮する特殊な逸品なのですが、どうやら気絶している間にあの迷宮王に盗まれてしまった様ですね」
「それじゃあ、完全に手詰まりって事ですか?」
『はぁ、何とも役に立たない二人ですね』
フレンダさんの言い方はあんまりな気もするが、てっきりこの二人はかなりの猛者でオーキュペテークイーンを追い詰めてあと一歩のところまでいったのかと思っていた。
錫杖とやらがあれば少しは話が変わって来るのかもしれないが、それもオーキュペテークイーンに盗まれてしまった様だし、戦況を大きく変える術をこの二人は持っていない様である。
はぁぁ、マジでどうしたもんかなぁ。
なんて事を考えながらオーキュペテークイーンに目を戻したその時、俺に問いかけられていたエルフの女性がいくらか間をおいた後で意外な返事をした。
「いいえ。それが、どうやら手詰まりというほど絶望的な状況ではない様です」
「それってどういう…」
グギャガァァァァァ!!
は?
何でオーキュペテークイーンがいきなり傷を負って苦しんでいるんだ?
もしかして、このエルフの女性が何かしたのか?
『ま、マイがあの迷宮王に一撃いれた様です』
「え?  どこに舞がいるんですか?」
『スキルや感覚ではなく視覚のみで探せば見つかるはずです。迷宮王に一撃いれた後そのまま落下していきました』
視覚だけで探すか。
最近はスキルと感覚だけで戦ってきたからその全くの逆をやるのが微妙に難しく感じる。
「あ、いた」
そうしてフレンダさんの指示通りに頭を切り替えてみると、ちょうど水に浸かった森に着水する舞の姿が確認できた。
一瞬の事だったので確かではないのだが、目をつぶっていた様な気がする。
「あの少女の才覚には驚きました。まさか本当に完全に気配を消しきるとは」
「その指示はお主が出したのかの?」
「はい。オーキュペテークイーンが気配の感知にも優れていると伝えたところ、それなら何の問題も無いわねと言って壁を昇って行きました」
「でも、それだと落下音とかでバレるんじゃないか?」
「いや、恐らくじゃが風魔法で上手く周囲の空気を操作しながら落下した様じゃ。まさか魔法までもを感知させずに使うとは恐ろしい奴じゃな」
「魔法って感知させずに使えるもんなのか?」
「うむ。自身の周囲を上手く魔力の膜で囲んで魔力の流れを隠せば理論上は出来ぬ事もない。じゃが、それを気配を漏らさないほどの薄い意識で行うとすれば並大抵のことではないの」
「ん?  よくわかんないんだけど、つまりどう言う事だ?」
「お主ら風に言うとすれば、マイはチートキャラじゃったという事じゃな」
「あぁ、なるほど」
俺には舞がやった事の凄さがイマイチ分からないが、つい先程までどう攻めれば良いのか分からなかった迷宮王に一太刀入れている訳だし、舞がチートキャラだというのには俺も得心がいく。
最近の舞はどうも残念美人な感じが強かったけれど、そういえばパーフェクトハイパー美少女でもある事をすっかり忘れていた。
まぁ、何はともあれ舞であればオーキュペテークイーンに有効な攻撃を入れられるみたいだし、一先ずは舞を回収して彼女が攻撃をしやすい状態を作り出す事に専念するとするかね。
俺は舞という頼もしい味方の存在に感謝しつつそんな事を考えた。
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